~第703夜~「箱の中の世界(その3)」
少年プリオと少女ポステリは、旅に出ることに決めました。
データベースにアクセスし、旅の基本を身につけると、地図を手に入れ、カバンいっぱいにお菓子を詰め込みます。
「さて、と。これで、準備オッケー!」
「で、次はどうするの?」
ポステリがプリオにたずねました。
「歩き始めるのさ!目的地に向かって!」
そう言って、隣の街を目指して出発進行するプリオ。
ところが、5分ほど歩いたところでプリオは立ち止まります。
「どうしたの?」と、ポステリ。
「これは…思ったよりも遠いようだ。全然進んでいない」
「どうするの?」
「乗り物を使おう!」
「わかった」
それから、プリオはライブラリで検索して、古代のバスを選び出し、その場に生み出します。運転手つきで。
バスには、運転手の他には誰も乗っておらずプリオとポステリの専用車です。
2人が乗り込むと、バスはすぐに走り始めました。
しばらくの間、静かに席に座っていた2人ですが、やがてポステリがポツリとつぶやきました。
「退屈ね」
「退屈だね」
この時代、人類は常に刺激を求め、何かをやっていないとすぐに退屈になってしまうのです。
「お菓子でも食べようか?」と、プリオが提案しました。
「そうしましょう」と、答えるポステリ。
カバンいっぱいに詰め込んだお菓子を広げ、食べ始める2人。
バリバリ、ポリポリ、静かな車内にふたりがお菓子を食べる音が響きます。他に聞こえるのは、バスのエンジン音のみ。
退屈な2人は、ずっとお菓子を食べ続けています。
もちろん、2人とも電子生命体なので、お腹がいっぱいになることもなければ、糖分を取り過ぎて糖尿病になったり、食べ過ぎてお腹を壊したりもしません。そもそも、トイレにいきたくなったりもしないのです。
ただし、食べ物の味はします。ケーキやお菓子を食べれば“甘い”と感じ、フランス料理のフルコースや中華料理の満貫全席を食べれば“おいしい”と思います。
食べようと思えば、いくらでも食べることができます。この時代、誰もが最強のフードファイターなのですから。
ヒマを持て余した2人はバリバリ、ボリボリ、カバンの中のお菓子を全部食べ尽くしてしまいました。
「食べ終わっちゃったね」と、ポステリ。
「食べ終わっちゃった…」と、プリオ。
「それで、これはどうするの?」と、ポステリが食べ終わったお菓子の包み紙や空き箱を見ながらいいました。
「これは…ゴミというモノだ。ちょっと待ってて」
そう言って、プリオはデータベースにアクセスして、ゴミの処理方法を検索します。
「うん、わかった。古代人は、ゴミが出たらゴミ箱に捨ててたらしい」
「でも、ここにはゴミ箱というモノはないわ」と、ポステリ。
「そうだね。じゃあ、ゴミ箱を出そう」
プリオがそう言ったかと思うと、目の前に大きなゴミ箱が現われました。
お菓子の包み紙や空箱を全部ゴミ箱に捨ててから、ポステリが言いました。
「でも、これって、楽してない?困ったら、なんでも出してもらって。“苦労する”っていう目的からは離れちゃってない?」
その言葉を聞いて、プリオが答えました。
「最初は仕方がないよ。徐々に減らしていけばいい」
「そうね。最初は仕方がないわよね」と、ポステリも答えます。
しばらくの間、再びバスのエンジン音だけが車内に響きました。
それから、プリオがポツリとつぶやきました。
「古代人も、これと同じコトをしてたらしいよ」
「ゴミ箱を出したり、消したり?」
「いや、そうじゃなくて。便利な時代になって、あえて不便な生活を経験するっていう」
「たとえば?」
「たとえば、“キャンプ”という行為があって。都会でなんでもそろっているのに、あえて何もない山や田舎に出かけていって、不便な生活を楽しんでいたんだ」
「へ~」
「都会には立派な家があるのに、わざわざ何もない自然の中に布を張って、その中で寝てたらしいよ」
「寝る?」
「ああ、そうか。僕らは寝る必要もないものね。“寝る”というのは、一時的に意識を切断して、休息を取る行為さ。“死”にも似ている。事実、睡眠と死を同一視していた文化もあったらしい」
「私も寝てみようかな?」
「昔の人は、バスの中でも寝ていたらしいよ。あまりにも忙しく、時間がなくて、労働に疲れ果て、バスの中で寝ていたらしい」
「じゃあ、私もやってみる」
そう言って、ポステリは目をつぶり、寝ることに挑戦してみました。
プリオも横に座ったまま目をつぶり、寝ようとしてみました。
けれども、なかなかうまくいきません。
「難しいものね。“寝る”っていうのは…」と、ポステリ。
「そうだね。僕らの体は、寝るようには作られていないから。食事をして味を感じることはできる。でも、排泄行為はできない。それと同じように、寝ることはできない。ただ、それだって、心の底から願えば…」
「ゴミ箱を出したり消したりするみたいにできる?」
「そうだね。強く願ってみる?」
「今はいいわ。また今度にしましょう」
「そうだね」
プリオがそう答えると、再び車内に沈黙が訪れました。
さて、この続きは、また明日の夜に語るといたしましょう。




