~第702夜~「箱の中の世界(その2)」
人類が肉体を捨て、精神だけの生命体となった時代。
デジタル情報となった人間たちは、小さな箱の中で暮らしています。
…とはいえ、それは狭苦しい生活とは無縁のモノでした。
むしろ、全く逆!何もかもが瞬時にかなってしまう世界。まるで、魔法みたいに!
どこに行くのも何をするのも自由。
自由過ぎて、飽きてしまうくらいに…
公園のベンチに座っている少年プリオと少女ポステリ。
ふたりは、ただベンチに腰掛けて会話しているだけ。見た目は子供ですが、ふたりとも様々な経験を経て、人生に飽きかけていました。
「労働ってやってみたくない?」と、プリオがたずねます。
「働こうと思ったら、この時代だって働けるでしょ?」と、ポステリ。
「そうじゃなくて、お金のためにさ。生きるために仕事をして、お金を稼いで、そのお金で食べる物だとかプレゼントを買うのさ」
「プレゼント?」
「そう。好きな人に贈り物をするんだ」
「なんのために?望めば、なんだって手に入るこの世界で、誰かに物をもらう必要なんてないわ」
「わかってないな…大切なのは気持ちなんだ。苦労して、お金を手に入れて、そのお金で誰かにプレゼントを贈る。それって、素敵な行為だと思わないかい?」
「どうだろう…?」と、少女ポステリは、ほんのちょっとばかし考えてから答えました。
「そりゃ、最初は楽しいかもしれないけど。きっと、すぐに飽きちゃうわ。『ああ~あ、なんでこんなめんどうなコトを毎日やらないといけないんだろう?』って」
「かもね。でも、それこそが“生きる意味”なんじゃないかい?何かを苦労して手に入れる行為そのものが。この世界は、あまりにも便利になり過ぎた。だから、生きる意味を失ってしまったんじゃ?」
この世界には、いわゆる“死”は存在していません。
病気だとか事故だとかで命を落とすコトは、まずあり得ないのです。
たとえ、データの一部が破損したとしても、瞬時に修復する機能が働きます。命そのものが完全に失われるようなデータ欠損事故が起るなんて、天文学的確率に過ぎません。
もしも、人が死を望むとしたら、それは“消滅”
みずからが「この世界から消えてしまいたい!」と、心の底から望んだ時だけ。
「そうねぇ…それは考えてみたことなかったわ。“あえて、苦労してみる”か…」
「だろ?別に労働でなくても構わないんだ。一緒に苦労してみようよ?そしたら、生きる意味がわかるかも。『もうちょっとこの世界で生きていきたい。消滅したくない』って思えるようになるかも」
「悪くないアイデアね。いいわ。一緒に苦労してみましょう。生きる意味が見つかるまで」
“みずから消滅を選ぶ”という行為。
それは、この世界でも大きな問題になっていました。
何もかもが瞬時にかなってしまうこの世界で、やりたいコトをやり尽くした人間たち。あとは“消滅する”しかないのです。
もちろん、新たな命は生まれてきます。次から次へと。
けれども、根本的な問題が解決しないままなので、新しく生まれてきた人間たちも、いずれ生きるのに飽きて消滅を選んでしまうのでした。
*
プリオとポステリは、話し合いの末、ふたりで旅に出ることにしました。
この世界には先人たちが生み出した遺跡や観光地などが無数に存在しています。
当然ながら、“望めばなんでも手に入る世界”ですから、瞬時に行きたい場所へも移動できます。気に入らなければ、自分たちで新しい観光スポットを作り出すことだってできます。
世界は全てデータでできていて、データ領域は無限に近いくらい用意されているのですから。
けれども、それではおもしろくありません。だって、“苦労するコト”が目的なのですから。
そこで、プリオとポステリは、徒歩や乗り物を使って移動することに決めました。
「準備はいいかい?」と、たずねるプリオ。
「ええ、いいわ。もっとも、準備なんて必要ないけど。だって、困った時は、なんでも空中から出してもらえばいいんだもの」と、ポステリ。
「それじゃ、意味がないんだって。だって、僕らは“苦労するため”に旅に出るんだから」
「あ、そっか。けど、ほんとに困った時には必要な物を出してもらいましょうね。それ以外は、なるべく自分の力だけを頼りにして」
「うん、それでいいよ。じゃあ、出発しよう」
そう言って歩き始めるプリオ。あとをついて歩くポステリ。
しばらく歩いてからプリオは気づきました。
「えっと…どっちに向かって進めばいいんだっけ?」
「さあ?私は、あなたのあとをついて歩いているだけだから」
困ったコトに、ふたりは旅の仕方を知らなかったのです。
何もかもが即座にかなってしまう世界で、これまでは移動も望んだ瞬間に終わってしまっていたからです。
そこで、ふたりはデータベースにアクセスして、「古代人がどうやって旅をしていたのか?」を調べました。
「うん。大体わかった。まずは目的地を決め、地図を手に入れるんだ。それから、目的地に向かって進み始める。目的地が遠い場合は、徒歩でなく乗り物を使う。バスとか電車とか、そういったモノを」
さて、この続きは、また明日の夜に語るといたしましょう。




