~第330夜~「お金のない世界(その3)」
1つの街から始まった「世界からお金をなくすプロジェクト」は、配給制度を主軸に置くことでスムーズに回り始めます。
衣食住が完全に保障された街で、人々は自分のペースに合わせた働き方を続けました。
もちろん、全く働かない人というのも現れてきますが、それはそれで1つの生き方。それに、何もしない人生というのは意外と大変なモノです。最初は「何もしない人生」にあこがれていた人たちも、やがて苦痛を感じるようになり、何かしらの活動に参加するようになっていきました。
こうなってくると、うらやましがるのは、グランエクスベンチャー以外の地域に住んでいる人たち。
「僕もあの街に住んでみたい!」
「いいな~!私も何もかもが無料化した生活をしたい!」
…といった声が殺到するようになります。
やがて、グランエクスベンチャーは周辺地域を巻き込みながら規模を拡大していきます。そうして、瞬く間に国中に、そして世界中に広がっていきました。
本当に便利な仕組みというのは、長い時間をかけずとも、急速に伝播してゆくもの。
たとえば、インターネットの誕生がいい例でしょう。最初は一部の人たちだけの間で利用されていたサービスが「我も!我も!」と、短期間で広がっていったではありませんか。
こうして、地球上のほとんどの地域で、無料で何でも手に入る「配給制」が採用されることになりました。
それは「無料で手に入れたい!」と思う人が大勢いたからこそ、実現に至ったシステムです。逆に言えば、みんながそれを望まなければ実現しなかったはず。
この時点で、世の中から完全にお金がなくなったわけではありませんでした。それでも、チャルラタンが夢見ていた通り「お金の価値をどんどん下げていき、ゼロに近づけていく」という目論見自体は成功したと言えるでしょう。
それから、人々は無駄に物を使わなくなっていきました。電子化できる物は全て電子化してしまい、それ以外の物も再利用という形で何度も使うようになります。
たとえば、子供が着る服は大抵お下がりです。もちろん、下着や紙おむつなどは新品が配給されます。
大人が着る服だって、デザインのよいモノや品質のよいモノはみんな再利用です。ちょっと古くなったからとか、着なくなってしまったからといって、すぐに捨てたりはしません。人にあげたり、交渉して他の物と交換したり。
もちろん、新製品が全く作られなくなったわけではありません。相変わらずパソコンやスマホやタブレットの進化は凄まじく、ハイペースで新商品がリリースされ続けています。それも、今や人間がデザインやプログラムをしているわけではなく、ほとんどはAIによる開発です。
プログラム・医療・物理学・数学…ファッションや絵画の世界ですら人間はすでにAIの足下にさえ及ばなくなってしまっていました。
意外に思われるかもしれませんが、発想力においては人間よりもコンピューターの方が遙かに優秀だったのです。逆に、理路整然とした矛盾ない思考においては、まだまだ苦手。なので、その辺りは人間が微調整を行っています。
たとえば、AIに物語を書かせてみると、人間では到底思いもつかないようなド派手な発想でとんでもなくおもしろい作品をあげてきます。ただし、数ページとか数十ページ前に書いた文章(酷い時には数行前)と完全に矛盾するような設定だったりもするのです。それは、まるで幼稚園児が話すような物語でありました。
創作や芸術の世界では、むしろそういった「子供が作るような作品」の方が難しいとされているのですが、AIはいとも簡単に子供の作る作品を生み出していきます。今や、それらを人間が矛盾なく整理してまともな形にするのが、創作の基本となっているくらい。
コンピューターが自動で設計しているので、昔に比べて圧倒的に安く、しかも高品質な物が作れるようになっていました。
「大量生産・大量消費」という概念自体が、もう古い時代になり、人々は余計な物を買わなくなりましたが、だからと言って昔よりも不便になったかというと、そういうわけでもありません。むしろ、精神的には幸せになったくらいでしょう。
ご飯を食べ、トイレに行き、お風呂に入ったり、ハミガキをしたり、洗濯したり。そういう部分は以前と全く変わりません。けれども、労働時間は激減し、通勤や通学をしなくなる人たちも増えました。
余暇の時間は大幅に増え、読書をしたり、交流したり、スポーツをしたり、ゲームをしたりといった時間に割けるようにもなりました。仕事はせずとも、1日中自分の興味のある分野について研究し続けている人もいます。
お金という概念がなくなっていけば、余計な仕事も減っていきます。
たとえば「経理」という職業は必要なくなっていき、税金の取り立てもいらなくなります。「銀行」も「消費者金融」も役割を終えました。
以前は、自分の利益を増やすために「無理矢理にでも物を売ってやろう!」としていた営業や販売担当の人が、そのような行為を行わなくなりました。お金そのものに価値がなくなれば、利益を増やす必要もなくなりますからね。
さて、この続きは、また明日の夜に語るといたしましょう。




