裏切られた想い
私は今、学園周囲を彷徨っていた。
決して迷子ではない。
新しいユートピアを探して彷徨っているのだ。
お礼のパンケーキを渡して二日が経ち、その間私は一度も元お気に入りの場所には行っていない。
ジルベールも教室では話しかけてくる事がないため今もあの場所に行っているのかどうかは知らない。
なかなか理想の場所が見つからず苦戦していると裏山に辿り着いた。
確かこの先に温室があると初日の説明会で聞いたような気がする。
温室か。
植物園のような作りになっていて生徒達の憩いの場として設置されていると説明されたな。
でも実際使っている生徒は皆無だったはず。
何故なら設置されている場所が…裏山だから。
道が整備されているといっても貴族の子供が山登りしないでしょ。
作った人は何を思ってこの場所をチョイスしたんだ?
私みたいなユートピアを探している人間には最適かもしれないが。
という事で温室にお邪魔してみた。
温室の中は予想通り静かで全く人がいなかった。
ここならのんびりくつろげそうだ。
早速植物で覆われた一人分が寝転がれるスペースを見つけて寝転がってみた。
温かいし静かだし、とても快適だ。
眠気が襲ってきてそのまま眠ってしまった。
人の話し声が耳に入り意識が浮上した。
体を起こして植物の隙間から覗くと少し離れた場所にあるサロンで話をしている人影が見えた。
なるほど…密会には持って来いの場所という事か。
いや。私に聞かれている時点で持って来いでもない気もするが。
ここも駄目かと落胆していると「婚約破棄」との単語が聞こえてきた。
修羅場か?
興味本位でサロンの状況が見える場所まで音を立てずに移動するとその場にいた人物達に目を丸くした。
「お願いですから婚約破棄をして下さい、殿下」
「イザベラが心配する事など何も起きていないだろ?どうしてそんなに警戒しているんだ?」
これは聞いちゃいけないやつかも…。
私がそっと後退ろうとすると背後から耳元で囁かれた。
「覗きとは悪趣味だな」
「ひっ!」
驚きで声を上げそうになり、口を押さえられた。
「声を上げると見つかるぞ」
振り返ると私の口を押さえながらサロンを見つめるジルベールがいた。
冷や冷やしながらイザベラ達を窺うも話に夢中になっているのか気付かれた様子はなかった。
「ヘンリーとイザベラか。またやっているのか…」
また?
首を傾げて目で問いかけた。
「婚約してからイザベラから婚約破棄したいと度々申し出があるんだよ」
ジルベールは私の口から手を離しながら答えてくれた。
イザベラ自身も断罪を恐れているという事なのか?
私からしたらこの世界は悪役令嬢奮闘物語のように思えるが。
「学園に通い始めたらヘンリーの気が変わるからと言っていた」
それはヘンリーがヒロインを愛してしまうかもしれないと考えているからだろうか?
でも私から見てもヘンリーがイザベラ以外を愛するようには思えない。
自信を持ってもいいと思うけど…。
入学式の時、私を見たイザベラの表情を思い出した。
そう簡単に不安は払拭出来ないよね。
自分も恐怖からジルベールを避けているし。
イザベラも同じだ。
それにしてもイザベラはこの世界がどういう世界か知っているのかもしれない。
一度話をしてみたいけど…多分私の事を警戒してるから駄目だよね。
「サラは何か知っているようだな」
考え込んでいる私にジルベールは鋭い視線を向けた。
どうしてピンポイントで私が知っていると思ったのだろう。
もしかしたらイザベラから何か聞いたのか?
もしそうなら今まで私に付きまとっていたのは私がイザベラに変な事をしないように監視していたということか。
もしくはヘンリーに命じられて私の事を探っていたか。
私の脳裏に公爵令嬢を取り巻く男達の恋物語が過った。
どちらにせよこの男はイザベラの事が好きなんだ。
甘い言葉に騙されて絆されるところだった。
私は唇を噛みしめた。
いつの間にかヘンリーとイザベラは温室を出ていっていた。
「イザベラに伝えて下さい。私は何もするつもりは無いと」
ジルベールに背を向けて立ち上がった。
何でこんなに胸が痛むの。
警戒すべき対象だと最初から分かっていた事じゃない。
「サラ」
涙が出そうになりその場を立ち去ろうとするとジルベールに名前を呼ばれた。
もう放っておいてよ!
怒りをぶちまけようと振り返ると鼻に何かが当たった。
「ニャア」
目の前にはキャットの体があり鼻に当たっているのはどうやらキャットの前足のようだ。
「何のつもり」
イラっとしながら返事をするとジルベールが微笑んだ。
「キャット可愛いよな」
はあ?何が言いたいの?
「まあキャットは可愛いですけど…」
「また会いたいだろ?」
要領を得ず訝しそうにジルベールを見上げた。
「キャットも会いたいって」
何それ。
まだ監視を続けたいって事?
「心配しなくても私はイザベラには何もしませんから」
念押しで伝えるもジルベールは恍けているのか首を傾げた。
「どうしてそこでイザベラが出てくるの?」
また私を騙すつもり。
その手には引っかからないから。
「もう私の事は放っておいて下さい。貴方達に危害を加えるような事はしませんから」
もう話す事はないと歩き出す私の背にジルベールが呼びかけた。
「いつもの場所で待ってるから。キャットと待ってるから」
私は返事をせずに温室を後にしたのだった。
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