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猫の名前

 よし!完成だ!

 目の前には蜂蜜をたっぷりかけ頂上にバターを乗せた二枚のパンケーキが高級な皿の上に場違いに乗っかっていた。


「まさかそれで完成か?」


 覗き込んできた料理長はあまりのシンプルさに唖然としていた。


「クリームとフルーツくらい盛り付けたらどうだ?お礼のパンケーキなんだろ?」

「豪華にして好いていると勘違いされても困るのでこれでいいんです」


 正直に言えば私の知っているパンケーキはこの形だったので…発想が乏しくてすみません。

 皿ごとパンケーキを籠に入れると約束の場所へと向かった。



 約束の場所ではジルベールが子猫の相手をしていた。


「作ってきたか」


 私の姿に気付いたジルベールは猫じゃらしらしき物を上下に揺すりながら顔をこちらに向けた。

 仔猫は興奮して飛び回っていた。


 ジルベールの傍に座り籠からパンケーキを取り出すと、それを見たジルベールの口元が綻んだ。

 そんなにパンケーキが好きなのか?


「これでお礼はしましたからね」


 念押しする私を無視してパンケーキを一口含むとフッと笑う息が漏れた。

 今の反応は何?

 パンケーキが普通過ぎて笑ったのか?


「昔、母がパンケーキを作ってくれたんだ」


 どうやら普通である事に笑った訳ではないらしい。

 それにしても母って公爵夫人の事だよね?

 確かウォーロック公爵夫人は現国王の妹で元王女様だったはず。

 ジルベールとヘンリーが従兄なのもこの関係からきている。

 顔を上げると優しく見つめるラピスラズリの瞳と目が合い胸が高鳴った。

 ドキッて何だ?死にたいのか。

 目を覚ませと頬をペチッと叩いた。


「母は料理なんかした事ない人だったけど、誕生日には簡単に出来るパンケーキをいつも手作りで作ってくれていたんだ」


 大切な想い出なのか食べかけのパンケーキに視線を移した。


「焦げている上にこんなにふっくらしていなくて…正直不味かった」


 語る顔は不味いという顔ではなかった。

 決して私の作ったパンケーキも立派な物ではありませんが。

 むしろ普通です。

 料理長の盛り付け案を採用するべきだったかもしれないと少し後悔した。


「不味かったけど不思議と食べたくなって」


 それは不味く作って欲しかったという事か?

 やはり盛り付け案は不採用で良かったようだ。

 秒で後悔が消え失せた。


「また誕生日に公爵夫人に作ってもらっては如何でしょう。可愛いご子息の頼みなら聞いてくれると思いますよ」


 慣れない料理を頑張って手作りしてくれるくらいなんだから子供の事はとても愛しているのだろう。

 しかしジルベールの表情にはどこか哀愁のようなものが漂った。


「母は俺が小さい時に風邪を拗らせて亡くなったんだ」


 失言してしまった事を後悔し俯いた。

 だから風邪に対してあんなに過敏に反応していたのか。

 なのに私は…。

 ジルベールと関わる事が怖くて逃げ出して、風邪を引いても授業を無理して出ていた私はさぞトラウマだっただろう。


「ごめんなさい。知らなかったとはいえ辛い事を思い出させてしまいました」


 ジルベールは首を振った。


「正直に言うと母が亡くなってからパンケーキを見るのも辛くて避けていたんだ」


 まさかの発言に目を丸くした。

 あんなにパンケーキを求めている感じだったのに?


「でも今日、このパンケーキを食べてパンケーキって本当はこんな感じなんだと知ったら…なんだか可笑しくなった」


 再び顔を上げたジルベールの顔は慈しみに溢れていた。


「またパンケーキを食べたいと思えるようになったのは…サラのおかげだ」


 私の胸がうるさいくらい高鳴った。


「パ…パンケーキくらい気が向いたらまた作ってあげますよ」


 胸の高鳴りを誤魔化すため顔を逸らした。

 顔が熱い…。

 頬を押さえながらジルベールに背を向けた。

 これはあれだ。名前で呼ばれたから照れているだけで決して危険な感情ではない!

 首を振って感情を押し殺すと子猫が私の足にすり寄って来た。


「そういえばこの()名前を付けないんですか?」


 仔猫を持ち上げるとつぶらな瞳に見つめられて頬が綻んだ。


「サラが名付けてよ」


 何ですと!?

 発想力の無い私に名付け親になれと!?

 ジルベールを見ると幸せそうに残りのパンケーキを食べていた。

 仔猫と見つめ合っていると「ニャア」と可愛く鳴いた。


「じゃあ『にやあ』…とか?」

「それはないだろう」


 ジルベールに冷やかに返されたが…ごもっともです。


「そんな事を仰るならジルベール様が名付けて下さいよ!」

「ジルでいいよ」


 仔猫をジルベールに向けるとジルベールは猫を受け取りながら全く関係の無い話をしだした。

 愛称とか…。


「無理です」


 心の声が噴出した。


「俺とサラの仲なのに愛称で呼んでもらえないのは寂しいよな」

「ニャア」


 猫に語り掛けるな。

 そして返事をするな。

 大体いつ私との仲が深まったんだ。


「抱っこが噂になるくらいの仲なのに冷たいよな」


 いやーーーー!お姫様抱っこの事は言わないで!!

 睨む私の心の声を読んだのかジルベールが畳みかけてきた。


「そ…その節はお世話になりました。そしてご迷惑もおかけしました」


 そのためにお礼のパンケーキを作ったのにいつまで言われ続けるんだ。


「恋人同士でもある俺とサラの仲だから気にしなくていいよ」


 ジルベールからもたらされた新情報に眩暈がした。

 恋人同士って何!?

 抱っこだけじゃなくて恋人って噂が流れているの!?

 この学園の方達の妄想力が半端ない。

 お前等恋愛に飢えてんのか。

 関わらないと決めて空気になっていたのにたった一ヶ月で恋人の噂が流れるとか…私、破滅するかも…。

 項垂れる私の頭に仔猫の肉球を乗せてきた。

 猫を使って遊ぶの止めてもらっていいですか?


「名前を付けてもらえるのを待ってるよ」


 結局私に付けさせんのかい!

 猫でしょ…猫…猫…。


「じゃあキャットで」


 やけになった私は適当に返事してしまった。

 猫に猫はないよね…自分でツッコんでいるとこれを聞いたジルベールがとんでもないことを言い出した。


「キャット…キャットか響きが変わっていていいな」


 なんと即採用!?

 いやいや!猫を英語にしただけだよ!

 確かにこの国に英語はないけど…。


「お前の名前は今日からキャットな」

「ニャア」


 だから返事をするな!

 猫に猫って正気か!?

 乗り気の一人と一匹に頭を抱えた。


「あの…他の名前にした方が…」

「キャットでいいよ。なあキャット」


 訳すと『猫でいいよ。なあ猫』になりますが…。

 英語を知っている私としてはこれからこの()を猫呼びするのか…。

 ごめんなキャット。

 パンケーキを見てもらっても分かるように発想力の無い私を許して欲しい。

 一人心の中で涙を流したのだった。


 イザベラでもいいから誰かツッコんでくれ!!





読んで頂きありがとうございます。

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