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お礼は手作りで

 恐怖の時間を過ごした翌日。

 何だか体がふらふらするし、頭も痛い…うん。これは風邪だな。

 頑丈説がもろくも崩れ去った。

 ジルベールに知られでもしたらドヤ顔されそうだ。

 絶対バレないように乗り切らなければ。


 そんな決意も午後には怪しくなってきた。

 やばい…気分が悪くなってきた…。


「…さん…サラさん…サラ・イングリット・ルブイン男爵令嬢!!」


 少し強めに名前を呼ばれて顔を上げると教室にいる全員がこちらを見ていた。


「今は礼法の授業の時間ですよ」


 先生の言わんとしている事が理解出来ずに首を傾げた。


「いつまで歴史の教科書を開いているのですか?」


 下に視線を向けると机の上には『これがこの国の歴史だ!!』と言わんばかりに堂々と歴史の教科書が広がっていた。

 焦った私は教科書をしまおうとするも熱が出てきたのか手が震えて上手く仕舞えず、さらに焦りから気分が悪くなっていき冷や汗も出てきた。


「先生。彼女は()()を引いて具合が悪そうなので医務室に連れて行ってきます」


 肩が跳ね上がった。

 風邪を強調しているあたり怒っていらっしゃる?

 ゼンマイ仕掛けのように絶対に向かない左に顔を向けると、傍に寄ってきていたジルベールが私の腕を掴み立たせるとそのまま廊下に引っ張っていった。


「たく。何が頑丈だよ。普通に風邪引いてんじゃねぇかよ」


 腕を掴まれたまま廊下を歩くというより半分引きずられていた。


「おい!聞いてるのか?」


 ジルベールが立ち止まり振り返った勢いで私は完全に力が抜けてしまった。

 その後の記憶が全くなく体が浮いたような心地よい気分だけが残ったのだった。



 目を覚ますと見慣れない天井が見えた。

 体を起こすと少し体調が戻ったのか先程までの気分の悪さが落ち着いていた。


「あら、目が覚めたのね」


 カーテンが開かれ年配の女性校医が顔を出した。


「あの…ここって医務室ですか?」


 医務室まで行った記憶がなく混乱していた。


「そうよ。後でウォーロック公爵令息にお礼を言っておきなさいよ。私が戻るまでずっと付いてくれていたようだから」


 ウォーロック公爵令息ってジルベールが!?

 お…恐ろしい…。

 身震いをすると校医はまた熱が上がってきたのかと判断したようで液体の飲み薬を渡してきた。


「今日は寮に戻って温かくして休みなさい」


 私はお礼を言うと医務室を後にした。


 廊下に出ると放課後になっており何人かの生徒達とすれ違った。

 その際、生徒達が私を見てコソコソと何かを話している事に気付いた。

 耳を澄ますと「抱えて」とか「好き」等の不穏な単語が聞こえてきた。

 私の事?話をしている生徒達の方を振り返ると生徒達は口を閉ざして視線を逸らされた。

 ちょっと待って。私の知らない所で一体何が起こっているの!?



 翌日、すっかり体は元気になり登校するも昨日の帰り…いやそれ以上の注目を浴びていた。

 昨日から一体何なんだ?

 原因が分からず気味悪く感じていた。


 教室に入ると教室内にいた全員が一斉にこちらを振り返った。

 本当に何なの!?

 席について皆の視線を避けるため俯いていると机をノックされた。


「もう大丈夫なのか?」


 顔を上げるとジルベールが通りすがりに声をかけてきた。


「昨日はご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。あとこれ…」


 立ち上がり洗濯した制服の上着を出そうとするとジルベールが手で制した。


「放課後受け取るよ」


 一言だけ残して自分の席へと戻って行った。

 放課後って…また私のお気に入りの場所にやって来るという事ですか。

 これは新しいお気に入り場所を見つけておいた方が良さそうだ。



 放課後になり制服の上着を持ってお気に入りの場所にやってきた。

 もうお気に入りでも無くなってしまったが…。

 ジルベールを待っていると猫の鳴き声が聞こえてきたため視線を向けると子猫を抱えたジルベールが姿を見せた。


「その子猫って…」

「お前が助けようとしていた猫だよ」


 ジルベールは私に子猫を手渡した。

 とても人懐っこく私の腕の中で「ニャア」と一声鳴いて私を見上げた。

 子猫の喉を撫でてやると気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 か…可愛すぎる!!


「助けてくれていたんですか?」

「お前すっかり忘れてただろ。酷いよな」


 私の腕の中で大人しくしている子猫を撫でながら子猫に言った。

 こっちは生死がかかっていて必死だったんですけど。

 とりあえずこれ以上こいつに関わるのは危険過ぎる。

 さっさと上着を返してお礼だけしたらとっととずらかろう。

 子猫をジルベールに返すと洗濯した上着を差し出した。


「上着ありがとうございました。あと先日と昨日とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。お礼は後日用意して公爵邸にお送りさせて頂きます」


 これでもう関わる事もないだろう。

 しめしめと心の中でほくそ笑んでいるとジルベールが少し考え込んで答えた。


「お礼はパンケーキでいいよ」

「パンケーキ…ですか?」

「うん」

「お気に入りのパンケーキのお店でもあるんですか?」

「作ってよ」


 …今、作れと仰いました?

 いやいやいやいや!パンケーキとはいえ手作りとか難易度高すぎでしょ!!


「あの…高貴な貴族様は見知らぬ人の手作りは食べてはいけないのでは…?」


 何とか断る理由を付けたい私は前世で読んだ漫画の知識を使ってみた。


「ヘンリーじゃないから問題ない。それにもう見知らぬ人でもないでしょ。それとも毒を盛りたい…とか?」


 私は全力で首を振った。


「じゃあ決まり。明日はちょうど学校も休みだし、寮の厨房には使用許可を取っておくから出来たらここに持って来て」


 言いたい事だけ言うとジルベールは子猫を抱いて帰って行ってしまった。

 取り残された私は呆然とその後ろ姿を眺めていた。

 お礼としてはここで渡すのが一番注目を浴びずかつ余計な気を遣わなくて済むから有難い申し出だが…何で手作り?


 翌日。学園が休みの為、寮の中は静まり返っていた。

 ほとんどの生徒が実家に帰っているからだ。

 それでも全員が帰っているわけではなく、ちらほらと生徒の姿は目にしている。

 ただでさえ最近変な注目を浴びているのにこれ以上注目されたくない。

 このお礼を最後に、関わりを絶とう。

 雑念だらけの中、私はというと厨房でパンケーキの種を混ぜていた。


「しかしウォーロック公爵家の坊ちゃんが珍しいな」


 種をこねくり回していると料理長が声をかけてきた。


「基本侯爵家以上の子供は私が作った物以外は食さないのだが…」


 ほら!やっぱり私が指摘した通りじゃん!!

 ムキーっと込み上げる怒りを種にぶつけた。


「それだけあんたの事が気に入っているって事かな」

「気に入られるような事をした覚えはありませんが…」

「でも風邪を引いた令嬢を抱きかかえて医務室まで連れて行ったって噂の令嬢ってあんたの事だろ?」


 …な…何ですと!?


「抱きかかえてってどういう事ですか!?」


 料理の手を止め思わず料理長に詰め寄った。


「いや…そのままの意味だが…」

「抱きかかえるってこうですか!?」


 脇に抱えるようなポーズを取ると料理長は首を振った。


「じゃあ、こうですか!?」

「それは抱えたとは言わないだろう」


 今度は背中に背負う仕草をするも指摘されてしまった。

 となると…。私は震える手でお姫様だっこの構えをした。


「…こう…?」

「ああ。それそれ」


 ああ。それそれ。じゃないわ!

 最悪だ!!そりゃあ注目も浴びるわ!


「女の子なら一度はされたいんじゃないのか?ああでも他の女の子達の嫉妬が凄いか…」


 食堂で話していた令嬢達の事を思い出しているのだろうか。

 料理長は遠い目をしていた。

 ただでさえ元平民が首席という事で目を付けられているのに、これ以上他の生徒を刺激する真似は止めて欲しい。

 でも元を正せば意識が無くなった私が悪いのか…。

 複雑な感情が頭の中をぐるぐると駆け巡った。


「それにしてもあんたは変わっているな」


 項垂れる私に料理長が意味深な笑みを浮かべた。


「他の令嬢だったら泣いて喜びそうなところなのに、あんたは全く喜んでいない。もしかしたらそういうところが気に入ったのかもな」


 私は苦虫を嚙み潰したような顔で料理長を見上げた。


「私は元平民の男爵令嬢ですよ。公爵様なんて雲の上の存在。これ以上関わって目立ちたくないんです。私の目標は空気になって生き残る事ですから!」

「なんか鬼気迫っているな」


 そうよ!私は破滅なんかしないんだから!!


 



読んで頂きありがとうございます。

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