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口は禍の元

 謹慎処分が明けてからマイスナー公爵邸に訪れて謹慎中のイザベラとおしゃべりするのが私の日課となっていた。


「全く…。英語を使うならもっと気を付けなさいよ。キャットって聞いた時は新しい英単語が増えたと思ってビックリしたんだから」


 あれ以来イザベラは友達のように接してくれるようになった。

 前世の記憶持ち同士、通じる話が多く私はイザベラを親友のように感じていた。

 今日もマイスナー公爵邸の庭でお茶を楽しんでいる。


「猫の名付けって言われてキャットしか思いつかなかったのよ。まあこの世界に英語はないしいいかなって」


 楽観的な私にイザベラは溜息を吐いた。


「英語はないって…本当にそう思っているの?」


 イザベラの言葉に疑問符である。


「ケーキもパンケーキも英語よ」


 言われてみれば!


「きっと私達のように前世の記憶持ちが広めたのかもしれないわ。キャットみたいにね」


 最後ちょっと棘ついてませんか?


「なんだ。そう思うと前世の記憶なんて全然特別じゃないじゃない」

「本当にそう思う?」


 私は首を傾げた。


「ここより優れた文明を持つ世界の記憶を持っているのよ。それを誰かに知られでもしたら誘拐、監禁、拷問…」

「ちょっと止めてよ。怖いから!」

「そういう危険もあるかもしれないって事よ」


 イザベラは脅すだけ脅して優雅にお茶を啜った。


「まああまり表立って前世の記憶を持っていますなんて話さない方がいいって事よ」

「興味深い話をしているね」


 違う所から声がして二人で振り返った。


「すっかり仲が良くなったみたいだね」


 姿を見せたのはジルだった。


「あら?ジル来ていたの」


 イザベラは動揺を微塵も見せずに応対した。

 流石公爵令嬢。

 直ぐに顔に出る私とは大違いだ。


「サラがここにいると聞いてね」


 私に用なの?

 首を傾げた。


「全く貴方達ときたら…」

「そういえばヘンリーももうすぐ来るって」

「そ…そう…」


 それを聞いたイザベラの頬に少し赤みがさした。

 髪を整えているあたりこの人達かなり上手くいってる感じですか?

 にやけた顔でイザベラを見つめると睨まれた。


「イザベラ。例の件ありがとう」


 立ち去ろうとするイザベラにジルがお礼を言った。


「いいのよ。ただ本人がどうしたいかは確認しなさいよ」


 イザベラはジルに返事をするとそのまま立ち去って行ってしまった。

 何の話か全く分からない私は首を傾げた。

 イザベラが立ち去るとジルが私に向き直った。


「サラ。話がしたいんだけど、いつもの場所に行かないか?」


 まあイザベラもヘンリーを優先させたいだろうし、予定が空いた私に断る理由はない。

 差し出されたジルの手を取ったのだった。



 いつもの場所に到着すると腰を下ろした。


「サラはまだ卒業後は平民に戻るつもりでいるの?」


 そういえば以前そんな話したな。


「うん。そのつもりだよ。別に男爵家を追い出されても一人で生きていけるしね」


 神妙な面持ちのジルに見つめられた。

 何だかいつもと違う?

 私は視線を逸らした。


「サラは男爵から縁を切られても平気なの?」

「平気も何も私の親は亡くなったお母さんだけだから。あの人はただ血が繋がっているだけの人だから縁を切られても何とも思わないかな」


 今まで放置してきたのに、急に父親面で現れたかと思ったら狙いは甘い汁を吸いたいとか…。

 子供を道具にしか思っていないような人の元に帰りたいとか全く思わない。


「もし俺が平民に戻って欲しくないと言ったら考えを変えてくれる?」

「無理だよ。卒業したらルブイン男爵に強制的に平民に戻されるだろうし…」


 ルブイン男爵が父である以上、私の身の振り方を決めるのはあの人になる。


「実はサラに内緒にしていた事があるんだ」


 ジルを見上げるとラピスラズリの瞳が私を見つめていた。


「サラはもう…男爵令嬢ではないんだ」


 …??

 ついにルブイン男爵家が没落したのか?

 そんなに裕福な方ではなかったから学費が嵩んで没落なんてことは大いにあり得る。

 だとすると学園は退学する事になるのか…。

 ズキリと胸が痛み自然と俯いた。

 平民に戻る覚悟も出来ていたし、男爵令嬢の肩書きに未練があるわけではない。

 だとするとこの胸の痛みは…。

 横目でジルを見た。

 ジルは先程と変わらない瞳を私に向けていた。

 ジルとも会えなくなるんだ…。

 急な話に心が沈んだ。


「サラに黙っていた事は謝るよ」

「こればかりは仕方がないよ。ジルが悪いわけじゃないし…」

「いや。俺がサラの許可を取らずに勝手に動いた事だから俺の所為なんだ。サラが嫌なら白紙に戻すけど…」


 まさかジルが男爵家を潰したのか!?

 どんだけ権力があるのよ!


「でもそうか。そういう事なら平民に…」

「マイスナー公爵の養女は良い話だと思うんだ」


 お互いがほぼ同時に話をしたため脳内処理が追い付かない。


「今、何て言った?」

「だからサラをマイスナー公爵家の養女にしたいと申し出があったんだよ」


 ごめん。

 聞き返しても脳内処理が追い付くことが無かったわ。

 マイスナー公爵家の養女って何でそんな話になってるの?

 男爵家の没落はどこ行った?


「えっと…私の耳が可笑しくなってなければマイスナー公爵ってイザベラの家だよね?」


 頷くジルを確認して脳内を処理してみたが…。


「あの…養女に行きつくまでの流れを、順を追って話してもらっていいかな?」


 全く処理しきれなかった。

 ジルは私が男爵令嬢ではなくなった理由から話してくれた。


 ジルは私が卒業後平民に戻るという話を聞いてから私が貴族として残れないかを考えていたらしい。

 私の話から私とルブイン男爵との確執が問題だと判断したジルはジルの遠縁の養女になる案で動いていたそうだ。

 しかし二つ問題があった。

 まずは父であるルブイン男爵に私との縁切りの書類にサインをしてもらう必要があるという事、もう一つは遠縁の誰の養女にしたらいいかという事。


 そして機会は突然訪れた。

 ジルはここしかないと判断してルブイン男爵に会いに行ったそうだ。

 するとルブイン男爵は既に私の謹慎処分の話を聞いており、ジルに私とは無関係だと泣きついてきたらしい。

 まあ予想通りの反応だよね。

 ルブイン男爵はジルの渡した書類に二つ返事でサインした。

 こうして私は男爵令嬢ではなくなったらしい。

 しかしこの時ジルはもう一つの問題も同時に片付けていた。

 それがマイスナー公爵の養女案である。

 マイスナー公爵は陛下の前でイザベラを助けようと必死に訴えていた私に感涙したそうだ。

 私にお礼をしたいと考えていたマイスナー公爵はジルから養女の件で相談を受けていたイザベラからの提案で私が望むならと承諾してくれたそうだ。


「つまり私はマイスナー公爵の娘になるって事??」

「サラが望むならね。ただ娘と言っても恐らくマイスナー公爵邸で過ごす事はほとんど無い…と思いたい…」


 語尾にジルの不安が現れていた。

 ジルは目を閉じて一度大きく息を吐き出すと、おもむろに立ち上がり私の前に跪いた。


「サラと出会えてからつまらなかった俺の人生は輝くものへと変わったんだ。これからもずっと俺の傍にいて欲しい」


 いつの間にか持っていた小箱をジルが開けると中央に青色の宝石がはめ込まれた指輪が入っていた。


「だから卒業後はウォーロック公爵邸で過ごして欲しいって事なんだけど…嫌かな?」


 ジルは私の手を取り立たせると指に指輪をはめてくれた。

 私はジルのような青い宝石を見つめた。


「私は問題児だよ…」


 断罪イベントに謹慎処分…この数ヶ月で完全なトラブルメーカーとなっていた。


「知ってる」


 微笑むジルに眉をひそめた。

 そこは知っていてもフォローするところじゃない?


「そういうところも含めて好きだって事」


 ジルは笑いながら私の手の甲にキスをした。

 キスをされながら上目遣いで見つめられたら…直視出来ん!

 視線を逸らすとジルの手が私の頬に触れ正面を向かされた。


「この真っ赤な顔が返事って事でいいのかな?」


 意地悪く笑うジルを睨んだ。

 やられっぱなしは性に合わない。


「そうね…。卒業までにジルの愛がどれだけ本気なのか証明してくれるならジルのお嫁さんにでも何でもなってあげる」


 卒業までには一年あるし、その間にまた変な事件が起こるとは限らない。

 それにヘンリーの「こんな事で冷める程、俺の愛は薄っぺらくない!」にちょっと憧れたのもあったし。

 ジルは私の心を知ってか知らずか不敵に微笑んだ。


「じゃあサラが言った事を後悔するくらい証明してあげなくちゃね」


 何だかとても不穏な空気に鳥肌が立った。

 もしかして私、とんでもない事言っちゃった?


 



読んで頂きありがとうございます。

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