街で一番の魔法使い
便利屋になって早三日。
俺は今日も、依頼掲示板の前でため息をついていた。
薬草採取、荷物運び、井戸の修理……。便利屋のスキルはこういう仕事に向いているが、正直地味だ。
魔王討伐を目指す冒険者にしては、いささか物足りない滑り出しだった。
そんなことを考えながら大通りを歩いていると、路地裏から声が聞こえてきた。
「それは私に喧嘩を売っているんですか?」
覗き込むと、メガネをかけた小柄な女の子がガラの悪そうな冒険者三人に囲まれていた。
「察しがいいな嬢ちゃん。俺はお前みたいな馬鹿が大嫌いなんだよ!」
「いいでしょう。どちらが馬鹿か教えてあげます」
女の子は一歩も引かずに言い返している。度胸は認めるが、状況は全く良くない。男たちはナイフを取り出していた。どうやら本気らしい。
……さて、どうするか。
俺が飛び出していったところで返り討ちに遭うだけだ。しかし、このまま放っておくのも気が引ける。
「あの、そこの三人」
俺は一つの案を思いついたので、声を掛けることにした。
「その子に何かするなら、そこにいる警備員を呼びに行きますよ。それに、この辺りでは今、素材の横流しの噂が出ています。騒ぎを起こすと、疑われてしまうかもしれませんよ?」
「……ちっ。覚えてろよ」
昨日依頼主さんが言っていたことを適当に言ってみただけだったんだが、三人組の顔色がわずかに変わった。図星だったらしい。
定番の捨て台詞を残して、三人は去っていった。
女の子に目をやると、助かったというよりは悔しそうな顔でこちらを見ている。
「……別に助けてとはいってませんよ」
「そうですか。それは失礼しました」
「まぁ、助けてもらったのは事実ですし。ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をすると、女の子は仕切りなおすように咳ばらいをした。
「わたしはナルファ。この街で一番の魔法使いです」
自信満々にそんなこと言って恥ずかしくないのか、と俺は思ったが口には出さないでおいた。
「俺は鈴木平です。よろしくお願いします、自称この街一番の魔法使いさん」
「自称じゃありません。私の魔法は誰よりも優れていますから」
ナルファはメガネに手をあてこちらを睨んできた。
「自称でもなんでもいいですが、これからは気をつけてくださいね。それでは」
「だから自称ではありません! 後、ちょっと待ってください」
この場を去ろうとした俺をナルファは呼び止めた。
「助けてくれたお礼をまだしていません。私は借りた恩は返す主義なんです」
「そんなことを言われても、特に今必要なものはないですよ?」
「そうですねぇ……。でしたら私の依頼に連れて行ってあげます。報酬はあなたに半分渡す。これでどうですか?」
こんな好条件な提案を断る理由もなく。
俺はナルファと一緒にゴブリン討伐の依頼を受けることにした。
「いました。あれがゴブリンです」
依頼書の場所に行ってみると、そこには5体ほどのゴブリンがいた。
「あの、今更なんですが魔法ってどうやって使うんですか?」
「スキルと一緒で使いたい魔法を唱えればいいんです。それと、同じパーティなんですから敬語はやめてください」
俺が便利屋ということを告げ、俺たちは一時的にパーティを組むことにした。
「それなら遠慮はしないが、ナルファも嫌なら敬語をやめてもいいんだぞ?」
「私は大丈夫です。この話し方が慣れてますから」
俺は敬語で話すの疲れるのに。
やっぱりメガネは真面目なんだろうか?
「魔法には三段階あって、消費魔力が多いほど威力が高くなるんです。まぁ、私ほどの大ベテランなら全部同じ威力で出せますが」
ナルファは魔法の解説と同時にさらっと自慢話を……。
「つまり少ない魔力で高い威力を出せるってことか? それってやばくないか?」
「だから言ったでしょう。私はこの街一番の魔法使いだと」
そんな魔王みたいなことができるとは。
正直疑ってたんだがどうやら本当に強いらしい。
これなら俺が何かするまでもなく依頼が終わって報酬だけもらえるな。
「それじゃあ見ていてくださいね。……“バーニングファイア”」
ナルファが魔法を唱えると小さな火の玉が飛んでいき……。
小さな火の玉?
すでに勝ち誇った顔をしているナルファの魔法がゴブリンに命中すると……。
「!? ぐおーーーー!」
大したダメージを与えることなく居場所を知らせる結果となった。
「ぐあーーーー!」
「どうするんだよ! 全然威力がでてないじゃないか!」
居場所がばれた俺たちは、ゴブリンから逃げ回ることになった。
「おかしいですね。あれが最高出力のはずなんですが……」
「嘘つくなよ! 今のは1段階目なんだろ!?」
「今のは1段階目じゃありません。3段階目です」
ナルファはどや顔でそんなことを……。
「お前さっき全部同じ威力だって言ってたよな? それって全部高威力ってことじゃないのか?」
「何言ってるんですか? 全部高威力だったじゃないですか」
もしかしてこいつ、自分の魔法が弱いことに気づいてなくてあれが最高威力だと思ってるのか?
弱すぎて威力が一緒とか詐欺にもほどがあるだろ。
「もうこうなりゃやけだ! “バーニングファイア”!」
俺がやけになって唱えた魔法は、さっきよりも大きな炎を生み出し、ゴブリンを1体燃やすことに成功した。
「おお! これが魔法か!」
「何ですか今の威力!? どうやったんですか!」
普通に魔法を唱えただけなんだが。
だが感動に浸っている場合でもない。
仲間がやられたことで怯んでいる今がチャンスだ。
「唐突な魔法でビビってるな。それじゃあとどめの……」
魔法を使おうとしたところで突然のめまいに襲われた。
「魔法を使うのには体力と集中力を必要とします。未熟なあなたが何発も連発できるものではありません!」
ナルファに未熟と言われるのは癪だが、どうやら事実らしい。
だがこのままではまずい。
魔法が飛んでこないと分かったゴブリンたちがじりじりと迫ってきていた。
「こ、こっちに来ないでください! “ファイア”、“ファイア”、“ファイア”」
ナルファが魔法を連発してくれているが、威嚇にもなっておらず、ゴブリンたちは構わずに詰め寄ってきた。
俺の異世界生活、ここで終わったかも……。
「こっちに来ないでってばーーー!」
そういいながらナルファは杖を大きく振り、その風圧でゴブリンたちは吹っ飛ばされていった。
「ゴブリン嫌い! あっちいってよ! もういやー!」
……え?
突然のことすぎて情報を上手く処理できない。
ナルファが突然泣きじゃくって、杖を振って、ゴブリンが吹っ飛ばされて……。
ダメだ。整理しても理解ができない。
「えっと、ナルファさん? そろそろ泣き止んでくれませんかね?」
そういわれてナルファは慌てて涙を拭い。
「泣いていません」
すまし顔でそんなことを言ってきた。
「……泣いてたよな?」
「泣いてません」
頑なに認めようとしないので、俺はこれ以上触れないことにした。
「それにしても、杖でゴブリン吹っ飛ばすとかお前どんだけ力が強いの?」
「それはこっちのセリフです。なぜあんなに高威力の魔法を打てたんですか?」
お互いがお互いに疑問を抱いていたが、それはいったん後回しにして。
「とりあえず、先にこっちを片付けるか」
「そうですね」
気絶したゴブリンたちのとどめを刺すことにした。
「なるほど、つまり私の魔法はあれが最高威力ではないと」
街に帰ってきた俺たちは、適当なご飯屋で夜食を取ることにした。
「そういうことだ。お前は全然すごくないってことだよ」
俺は、恐らくあれが最高威力でないことと多分魔法使いが向いていないことを教えてあげた。
「私の魔法が弱い。ということは……」
「そう。お前はあのスーパーパワーを生かした……」
「まだまだ伸びしろがあるということですね!」
あれ、思ってた解答と違うな。
てっきり挫折して、別の道に進むかと思ったんだが。
「私はまだ未熟でした。そのことに気づかなければ精進を怠り、強くなる機会を失うところでした。あなたは私の魔法使いとしての恩人です!」
「いや、別に恩人って程じゃ……」
ナルファに恩人なんて言われても別に嬉しくないんだが。
そんな俺に構わずナルファは続けて。
「恩は絶対に返す主義なんですが、どうも恩が大きすぎますね。……でしたら、私があなたのパーティに入って、あなたの旅をサポートします」
そんなよくわからないことを言い出した。
「いやいやいや。俺がやったことなんてちっぽけなことだからさ、別に気にしなくていいんだよ?」
「謙遜しないでください。私はこの街、いいえ世界で一番の魔法使い。今は無理でも必ずやこの称号を手に入れて見せますから」
「だったら、俺なんかに構わず一人で修行に励んだらいい。俺も世界のどこかで応援しているよ」
そういうとナルファは黙り込んでしまった。
顔を見ると今にも泣きだしそうで……。
「わ、悪かったよ! このままパーティを続けてやるからさ。だからその、泣かないで?」
俺のその言葉を聞いて嬉しそうな顔になり。
「よがっだー! タイラがパーティをぐんでぐれてー! うわーん!」
嬉し泣きしてしまった。
「分かった、分かったから。周囲からの視線が痛いので泣かないでください!」
こうして、俺はナルファを一人目の仲間として迎え入れることになった。




