第8話 メロイ!!
午後5時になって、やっと勉強が始まる。美紀は机に高校受験の参考書を並べ、香織は学校から配布された赤点課題を並べる。
「トホホ……」
香織は渋い顔をしながら勉強をする。他方、僕は美紀にこんな問いかけをする。
「なぁ、美紀。勉強している最中に悪いんだけど」
「どうしたんですか?」
「お前、僕に奉仕するつもりで絡んできたんだろ?」
「えぇ、そうでしたね」
「それなのに、どうし僕に頼んだんだ? 別に塾でも良かっただろ……?」
美紀は手を止めてそのまま静止する。
『……え、な、なんで黙るんだよ』
「……まぁ、そこは塾の好き好きの問題もありますから」
「そりゃあ、姉も勉強嫌いじゃどうしようもないか」
「嫌いではないわよ。ただ好きじゃないだけだから」
「ほぼ一緒だろ……」
美紀は背筋を伸ばして、参考書の問題が一段落した雰囲気を出す。
「解けたか?」
「は、はい。一応それっぽく……」
「それっぽく……って、え?」
僕が丸付けをすると、回答は軒並み全問不正解だった。
『逆にこの手の問題で、どうやったら全問不正解なんて取れるんだよ……』
「さ、流石に三平方の定理は知っているよな?」
「三平方のタイルってどんなタイルですか?」
僕は赤ペンを落として硬直する。
「ど、どうしちゃったんですか?」
「ごめんね。こんな感じだから手がかかると思うけど……」
「……美紀、お前は僕に勉強で奉仕しろ」
「そ、そそそれは無理です!」
美紀は人差し指でバツを作って、顔にはゲテモノを見るような、明らかな嫌悪が滲んでいる。
「なんでだよ……?」
「そもそも、俊さんに利益がないです」
「親友の可愛い妹が幸せに暮らすことのどこに利益がないんだよ」
『う、うん? もしかして僕、いま可愛いって言ったか……?』
美紀は急に全ての感情を失ったかのように真顔になる。
香織は少し小馬鹿にしたような「ふっ」という笑いをして、顔をニンマリとさせる。
「伊賀って良くも悪くも大胆よね」
美紀は未だに真顔を続ける。そうして数十秒が経って、やっと口を開いてくれた。
「俊さん」
「な、なんだよ」
「ちょっとメロいです」
美紀はなぜか目を輝かせる。
「メ、メロいって……なんだそれ?」
「要するに俊さんの本音っぽい言葉に惹かれたってことです」
「大丈夫……だよな? ギリギリなんとかセクハラにはならないよな……?」
「いままで“ムッツリスケベ”とか言ってきた人間がなに言っているのよ……」
香織は吐息交じりでそう言う。
「え、俊さんそんなこと言っていたんですか……!?」
「逆にそっちでひくなよ……」
「とりあえず、お礼はちょっと待っていてください」
「……些細なものでいいからな?」
「お、ちょっとは俊さんも乗り気になってくれましたね!」
「まぁ、受験勉強という大前提があるんだけどな」
「あぁ……そうですね」
そうして美紀は苦笑する。
そこから数分して、香織も赤点課題を終わらせた。
「赤点課題十点って、お前も美紀のこと言えないだろ……」
「点を取っているだけマシよ」
「そうですよ! お姉ちゃんは点を取っているんですから!」
「なんで0点が誇らしげなんだよ」
そこからさらに一時間、美紀と香織の回答に俊が正答を教える時間が続く。
午後6時半にもなると、僕はかなり疲れ切って抜け殻のようになっている。
「きょ、今日はこんなもんにしておこう。そろそろ外も暗くなってきたしな」
「そうね」
「そうですね」
「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ。今日はありがとうな」
「あ、私、送っていきましょうか⁉」
「そこ、逆のパターンはないだろ……」
姉妹揃って手を振って、僕を共用廊下まで見送る。
『この生活、一体いつまで続くんだ……?』
僕はため息をつくとともに、少し笑い顔を作る。自分の心に聞いてみると、この生活がさほど嫌いではなかったのだ。
午後9時、僕は自室でボーっとしていると、美紀からトークが来た。
「今日もありがとうございました」
「役に立ったならよかったよ」
「あの、俊さん」
「なんだ?」
「私、俊さんのこと、結構好きです」
「そうか」
『そうか結構好きなのか……ん、ん⁉』




