第9話 妹とディトの約束をする
僕は「ふぇ」という変な息をつく。
「流石は姉妹だな」 「お姉様にもそう言われたよ」
「そう言われたとは……?」
「人として好きだって」
「……そうなんですか」
「ありがとうな」 「僕を嫌わなくて」
「嫌うわけないですよ!」 「俊さんは私の命と心の恩人ですよ!?」
『こ、心……?』
「心ってなんだ?」
すると二分ほど返信が帰ってこない。
『変なこと聞いちゃったかな……』
「さっきのは気にしないでください」 「深い意味はないんで」
「それならいいんだけど」
『いや、どこもよくはないか……。もしかしたら重要な意味が……考えるだけ時間の無駄か』
5月16日水曜日、午前8時前、月寒中央駅から学校までの歩道。僕はぼけぇっと何も考えずに歩み進めている。
「あぁ、俊さん! おはようございます!」
すると一気に喧騒が舞い込んできた。
美紀は僕のところに腕を振りながら小走りで駆け寄ってくる。
「おはよう。美紀さんは今日も元気はつらつだな」
「また私のこと‟さん”付けしている……」
美紀は上唇と下唇を口の中にめり込ませて、なんとも口にし難い表情をする。
「よその中学生を呼び捨てで呼ぶほど、僕も腐りきっていないんでね」
「そんな気にすることかな……私がいいって言っているのに」
「僕が嫌なんだ。美紀さんは中学生で思春期真っただ中。そんな女子の逆鱗に触れようものなら、たぶん明日の命はないだろうな」
僕は話を面白がって鼻で笑う。
「もう、憶測で語らないでくださいよ……。私はそんなことしないし、第一既に事故のときに身体は……身体は」
「あ、あれはノーカンだ!」
「……都合のいい人ですね」
美紀は少し右の頬をふくらませる。しばらくしてぱっと口を開き、もとに戻す。
やがて顔を赤らめ、恥じらう様子を見せるようになる。
「あ、あの、俊さん……」
「なんだどうした?」
「私とデートしてくれませんか」
「……はい?」
『いやいやいやいや、突拍子がなさすぎるだろ!?』
「クラスに風采のいい男子の一人や二人はいるだろ……?」
「ふ、風采ってなんですか?」
「要するにイケメンの一人や二人はいるだろ」
「勝手に面食いにされても困るんですけど……」
「そもそも、美紀さんは受験生なんだから、勉強に没頭しないとダメだ」
「い、一日で変わるぐらいの勉強じゃ大して変わりませんって……」
「うん、まぁそれはそうかもな」
「そ、そこは納得するんですね……」
「あぁ。だけど美紀さんは、まずその一日一日を大切に使うことから始めないと。僕は絶対に同行しないからな」
「じゃあ……私はひたすら勉強すればいいんですね」
「無論だな」
「……来週、模試があるんです。そこで志望校の判定が良かったら、一日だけデートしてください」
「D判定だ。それが最低ライン」
「……それ、私とデートしたくないって言っているようなもんですよ」
「別に美紀さんとデートしたくないなんてことはない。僕に懐いてくれる美人で健気な中学生なんて、金輪際現れないだろうしな」
「ふ、ふうぇっ⁉」
美紀は驚きのあまり右の半身を後ろに下げて、手はおばけのような形をする。
「とりあえず、美紀さんは今日から勉強漬けだ。僕も協力する」
「……い、一年生の範囲からやったほうがいいですよね?」
「当たり前だ……。これから週に二、三回はやるんだから、その時間もたっぷりあるだろ?」
「そうですね!」
「今日とか行けそうか?」
「すみません……今日だけはお家で勉強できないんです……」
「親御さんがいらっしゃる日なのか?」
「いえ、ただお姉ちゃんが友人と遊びに出かけていないので……。それでやっぱり二人きりは社会的によくないかと……」
「なんだよ社会的って……」
僕は少し美紀の容姿を見つめる。
『うん、客観的に見てもやっぱり美人だな。だとしても、親友の元カノの妹に危害を加えるわけないだろうよ……』
「まぁ、ちょっとだけ不健全かもしれないしな」
「……そうですか?」
「僕だって一端の高校生だ。いつなにがあって理性が崩壊するか……い、いや、とにかく香織の言うことは真っ当だ」
「……ふーん。お姉ちゃんのことは香織って呼ぶんだ」
「なんせ同級生なもんでね」
「はぁ……私も俊さんと同級生だったらよかったのに」
僕は少し顔を神妙な面持ちに持っていって、真面目な話題へと移る準備をする。
「昨日、トークで送ってきたやつ。あれはどういう意味だ」
「あれって言われてもどれのことか……」
「僕のことが割と好意的だ……なんだの言ってただろ?」
「あれは深夜テンションってやつです。忘れてください」
「全然深夜ではなかったと思うんだけどな……」
『深く考えるまでもなかったか。この子は中学生で、僕は高校生。全然立場だって生きている世界線だって違うんだ』




