第10話 妹による、僕のための名案
午後4時過ぎ、僕と美紀は学園前駅近くの手頃な価格帯のカフェに入る。郊外なので人気は少なく、同級生もいないことで心置きなく過ごせそうだ。
席に着くと、美紀は黙って学校配布の参考書を取り出して、早速問題に取り掛かることにした。
午後4時半になると、美紀は度々悲鳴をあげ始めていた。
「うげぇ……全然分からない」
「……あれ、でも現代文のところの解釈は、半分以上とれているぞ」
「え、それマジですか⁉」
「あぁ、マジだ。ある程度本文の意味が分かっているんだから、あとは知識ゲーでどうにか点にはなるんじゃないか?」
「暗記ってことですか……やる気が出ませんね」
「うーん、そうだなぁ……」
某は美紀のやる気を引き出すための工夫を考える。腕を組んで頭をかしげ、見た目からも考えている風を装う。
「逆に聞くけど、僕が何をしたら美紀さんは勉強のモチベになるんだ?」
「……別になにもしなくていいんですよ。ただ……その」
「ただ?」
「い、いいえ、なんでも。デデ、デートって目標がありますし、それに向かって頑張るだけです!」
「おぉ、話が分かってきたじゃないか。よし、その意気だ!」
「はい!」
そうして僕と美紀、そこへよく香織との三人で放課後に勉強する特別な関係が育まれていった。この日々は疲労と引き換えに、ある種の幸福に満ちていた。
『……わりと幸せかもな』
翌週になると急速に成長する美紀の様子と、徐々に成長する香織との対比が生まれていく。
僕は瞬く間に成長する美紀の姿に、思わず目を奪われそうになる。
5月30日木曜日の午後4時、僕と姉妹は北村家のリビングに佇んでいる。今日が模試の成績開示日と言うことで、ウェブにて発表される成績の開示を待ち侘びていた。
模試結果を下にスクロールしていくと、第一志望の高校の判定が載っていた。そこにあった英文字は‟E”の文字だった。
「……ダメ、でした」
「別にダメなんかじゃないだろ……」
「Fじゃなかっただけよかったじゃない。判定が出ているんだもの」
「……あんな右も左も分からない状況から、よくここまで頑張った。もっと自分を褒めるべきだよ」
「やっぱり、いままで貯めてしまっていた負債が大きかったんです……。できる限りのことはしたつもりですが……」
美紀は笑顔をわずかに残して、今にも涙を垂れ流しそうな悲痛な顔をする。やがて俊の方を向いて、潤んだ眼を見せる。
「つ、次こそはC判定、いや、B判定とってみせますから……なので、そのときにまたチャンスをください……」
僕は黙って美紀の目を見つめ、自然な笑顔をしては優しい口調で語り掛ける。
「美紀はどこに行きたいんだ?」
「え……?」
「一日だけな。お前のデートに付き合わせてもらうから」
「で、でも私は……」
美紀はさらに悲痛な顔をして、性格に合わない根暗な雰囲気を醸し出す。
「お前は必要な失敗をしたんだ。この失敗があるからこそ、次の成功はきっと途轍もなく嬉しく感じるんだよ」
「……そういうもんなんでしょうか?」
「そうだよ。その経験を積んで成長できたんだから、僕はその成長へのご褒美をあげたいんだ」
香織は俊の姿に黙って笑みをこぼす。美紀はと言うと、僕の言葉に感銘を受けたのか、ほんの少し笑顔を見せる。
「……流石、俊さんは変に大人びたこと言いますね」
「実際に僕は変人だからな」
「そこ、誇ってどうするのよ……」
「だから……ちょっと言い方が悪いけど、これは失敗へのご褒美だ」
「……本当に言い方が悪いですね」
「悪かったって……。また判定が良かったらその時は別にご褒美やるからさ」
「あはは……ご褒美の負債がたまっちゃうな」
「負債は勉強で返済してくれ」
「たぶん債務不履行になりますよ」
「だからなんでそんな言葉を知っているんだよ……」




