第7話 馬鹿姉妹との団欒
5月15日火曜日、午後4時の少し前、僕は香織と帰路を共にしていた。
「おいおい、一緒に歩いちゃったりして大丈夫なのかよ……?」
「別に浮気性の女にみられてもいいわよ。きっともう高校時代に恋愛なんてできないし」
「……やけに思い切りがいいんだな」
「誰かさんに“達観”ってやつを教えてもらったから」
「誰だろうなぁ」
すると、香織はある場所の前で立ち止まった。眼前にはよくある五階建ての鉄筋コンクリート造のマンションが佇む。
僕は香織にその五階へと誘導されて、玄関前の「北村」の標を見る。
「この家、陽人も入ったことないのよ」
彼女は鍵を開けながら平然とそう言う。
「やましいことなんてないだろうし、入れてあげればよかったのに……」
「そうね。あとは信頼と場数かしらね」
「ん?」
鍵が開くと、香織は手のひらを廊下の方に向けて、俊へ先に入るよう促す。
「お、おじゃまします」
『人の家に来るなんて何年ぶりだろうな……』
僕はあたりを舐めまわすように見回す。
白を基準とした清潔な住まいで、その向こうにはもしかすれば誰かさんのいるであろう、リビングがあった。
「美紀、恩人連れてきたわよ」
「お、恩人ってなんだよ」
「もう、分かっているくせに」
するとリビングの向こうから、部屋着姿の美紀が出てくる。
美紀は僕の方を見ると一瞬笑顔になる。そののち、俊と目が合うとすぐに真顔になって、急に視線を泳がせては顔を伏せる。
「お、お久しぶりです」
「お前……外ではそんな《《よそよそ》》しくなかっただろ」
「二人と三人じゃわけが違う……」
「お前って……思っていたより勝手知ったる仲みたいね」
「あはは……。そんなつもりは微塵もなかったんだけど」
「いや? 今、初めて《《お前》》って言われたよ」
「あら?」
香織は僕の方を少々狂気じみた笑顔で見つめる。
「い、いやだって、ここに北村さんが二人いるから……」
姉妹は目を合わせると、腹を抱えて二人してゲラゲラと笑う。僕はなんとか辛うじて許されたのであった。
『あ、危ねぇ……』
「それなら、今日から私のことは《《美紀》》って呼ばないとですね!」
「それで本当に呼んだら軽蔑とかは……」
「無いに決まっているでしょう⁉」
「さ、流石にそうだよな」
「私は軽蔑するかもしれないわよ?」
「第三の勢力は止めてくれ……」
香織は微笑して冷蔵庫の方に向かい、飲み物を取って戻ってくる。
「恩人って、北村……姉の方も僕と美紀さんとの関係知っていたのか?」
「呆れた……私にもちゃんと“香織”って名前があるのに」
「それに美紀“さん”はいらないよね」
「注文の多い姉妹だな……」
またしても姉妹してほくそ笑む。
それから少しして、姉妹の行動にちょっとした差が出てきた。美紀は僕の方をじっと見て、香織は友人とのトークを続ける
「で、香織は僕が美紀を助けたことを知っているんだな?」
そう尋ねると、香織はスマホからひょいと顔を見上げる。
「そうね。美紀が恩人と連絡先交換したって言ってきたからから、相手のアカウント名見てみたのよ」
「そりゃあ、見るよな……」
「そしたらビックリよね。“俊”って書いてあったんだから」
「じゃ、じゃあ、今日のこれも美紀との約束を知っていて……か?」
「約束って……?」
「前々から俊さんに勉強教えてもらう約束していたの」
「あぁ、そうだったの。これで美紀も勉強する気が起きるわよね」
香織は俄然、スマホに目を凝らす。
「おい待て、香織。お前、今回のテストどうだったんだ?」
香織は絵に描いたように「ギクッ」と大きく震える。僕に対して眉をひそめながら笑顔を見せる。
「あ、赤点が……」
「は、赤点あったのか?」
「三つかな……あは」
僕は諦めの意味を込めて最大限の笑顔を見せつける。
「へぇっ……」
僕は「ひょいっ」と香織のスマホを取り上げる。
「じゃあ二人とも、勉強しよっか」
「はい!」
「わ、私は……」
「ん? 拒否権はないぞ?」




