第5話 相手=振られてホヤホヤのJK
5月13日日曜日、午後2時、喫茶店の店内に僕と香織は佇んでいた。四人掛けのテーブルに向かい合って座ると、中々に重苦しい空気が流れていた。
『居心地悪いな……。まぁ、相手が振られたてほやほやのJKだしな』
僕は変な汗をかきながら冷たいコーヒーを一口含む。他方、香織はいつも通り、のほほんとした顔をしてカフェラテ嗜む。
『それにしても端正な顔立ちしているよな……。よく陽人のやつはこんな美少女をとっ捕まえたな』
「悪いわね……私の地元まで来てもらっちゃって」
彼女は開幕早々、僕にそう詫びた。
「隣駅だから別にいいけど、悪いと思うならさっさと踏ん切りつけて欲しかったんだけどなぁ……」
「……流石に別れたことぐらい聞いているわよね」
「あぁ、こっちがそれにちょっと加勢したぐらいだ」
「え……?」
「い、いやなんでもない」
僕はもう一口コーヒーを飲む。
「それで……今日はその話がしたかったの」
香織は机の上で軽く腕を伸ばし、伸ばしきると「ふぅ」と言って、諦めを含んだ笑顔を浮かべた。
「私……また恋愛に失敗しちゃったってことよね」
「失敗の何が悪いんだよ?」
「……だって、汚点じゃない」
「汚点?」
「交際していたことぐらい、みんな知っているのよ。別れちゃったら今までの言動が全部くどくなっちゃうでしょ?」
僕には香織が何を言っているのか、さっぱり分からない。女子の心理を噛み砕くには中々に時間と胆力が必要だった。
「その《《くどくなる》》って……どういうことだ?」
「アピールのことよ。彼氏と楽しくやっていますっていう。ずっと友達にスマホで共有とかしていたから」
香織は目を閉じながら、ストローに吸い付く。
「なるほど。要するに恥ずかしいわけだな」
「そ、それは要約しすぎじゃないかしら……?」
「まぁ、北村のメンタルがやられていなくてよかったよ。現にこうして男に声をかけて、喫茶店に誘い出しているんだからな」
僕は赤羅様に鼻で笑う。
「……こっちは別に好き勝手に男性を呼びだしているんじゃないの。ただ、伊賀の発想に救われようと思って……」
「それは嬉しい悲鳴だな」
「お、お代は払うから!」
「そういうことじゃないんだけどな……」
僕は口を閉じたまま、口角を片方だけ上げる。香織から信頼を寄せられている事実と、何度も話に付き合わされている現実に複雑な想いを抱いていた。
『最近、やけに人任せな人間とばっかり関わるな……』
「それにしても、“僕の発想に救われる”ってだいぶ抽象的すぎないか?」
「それは……そうね。で、でも、恋愛経験のある男子から話を聞いてみたいところもあったし……」
「恋愛経験って……僕のはそんな大層なものじゃないからな? それでもいいなら、啓蒙の一つや二つはできるけどさ」
「ぜ、ぜひお願いします!」
香織の強い意志に僕は言葉を失い、ぽかんと口を開け、ただ一点、香織の方だけを見つめる。
「じゃあまず初歩の初歩だけど、北村、お前は妥協を覚えろ」
「妥協って……難しいことを言うのね」
「そんなに難しいこと……か。あぁ、そうだったな」
香織は苦い顔をする上に笑顔を重ねる。
「妥協できないならできないで、今度は理想を低く見積もればいいんだ。それなら妥協も軽微なもので済む」
「それができるならいいんだけど、低く見積もった結果が過去の恋愛だったから……」
「低く見積もるって言っても、別に全部低く見積もらなくていいんだ。一つや二つ、絶対に譲れないものがあったっていい」
「……たとえば?」
僕は香織の言葉の真意を読み取れず、目をパチクリさせて困惑する。
「た、たとえば……とは?」
「伊賀だったら何を妥協したくないの?」
香織は関心のある話題なようで、打って変わって純粋な笑顔を見せる。
「そうだなぁ……」
僕は腕を組んで天井で回るプロペラを見つめる。五秒ぐらい見つめたところで、香織の方に視線を戻す。
「強いて言えば、知性のあるなし……とか」
「知的な人が好きなの?」
「知的な人というより、論理があって感情で動かない人だな」
「……そう」
香織は脱力して視線を机に向ける。目を細めて何かに落胆している様子を見せる。
『な、なんで僕の趣味を聞いて落胆するんだよ……。いいだろ、別に知的な人が好きでも』
僕は気が抜けた香織の方を見て、おどおどする。すると香織は突然バッと顔を上げて、少しだけ笑顔を取り戻した。




