第2話 中学生という名の壁
僕は帰宅後して着替えると、右の頬を枕に当ててベッドに横たわる。この至福のひとときを謳歌することが、一番生を感じられるのだ。
すると、スマホにある人物からのメッセージが届いた。
「もう終わったわ」
端的に悲痛な文面を送ってきたのは、僕の友人・北村香織だった。彼女は僕の大親友こと山寺陽人と交際していて、じきに一年の月日を迎えようとしていた。
『おいおい……。二人が喧嘩するの、これで何度目だよ……』
僕は「はぁ」と声に出しながら、ゆっくりとため息をこぼす。
「はいはい」 「それで、今度は何が終わったんだ?」
「私は守られたいの」 「なのに陽人が弱腰だからもう付き合っていられない」
「“なんで最初からそれが分からなかった”って突っ込んじゃダメか?」
「そうね、駄目ね」
『これは愛なのか……うーん』
僕は腕を組んで眉をしかめる。すぐに次の言葉が浮かぶと、徐に文字を打ち込み始める。
「守られたい欲を我慢しないと」
「無理かも」
「そうか……」
僕は香織が唐突に病んでしまった理由を聞くべく、陽人に電話をかける。ビデオ通話になると、そこには顔色を喪った陽人の姿があった。
「もしもし?」
「……も、もしもし」
「ほんで、お前は何をしたんだ?」
「あぁ……聞いたのか」
「聞かされたんだけどな」
僕は呆れに由来する真顔で応じる。
「本当に何もしていないから! あいつが勝手に怒っているだけなんだって!」
陽人は顔面を蒼白させて無実を訴える。
「ご夫人は陽人が何もしていないことに怒っておられるけど」
「はぁぁ……わけが分からない」
「仲介役した回数もそろそろ二桁いきそうなんだけど、別れる気は?」
「さらさらないな。喧嘩しても、どうにか一年半続いてきたんだしさ」
「皺寄せがこっちに来るのはどうなんだよ……」
僕は目を瞑って、陽人に不機嫌そうな態度をとる。
「次、なにか奢るからマジで許してほしい」
陽人はスマホにおでこをつけて、そう懇願してきた。
「怒ってはいないけどさぁ……。まぁ二人とも、ある意味お似合いなのかもな」
「ごめんって……」
「まぁ、いつも通り僕の思想でどうにか啓蒙しておくよ」
「あざす!」
僕は陽人との電話を終えて他のトークに目を移すと、美紀からトークが一通来ていることに気づいた。
「今日は命を救ってくださりありがとうございました」
『自分から救われに行ったって言っているんだけどなぁ……。まぁいいか』
「美紀さん自身の陰だよ」 「僕の存在を自分で気づけたんだから」
「本当にありがとうございました」
「なぁ、ちょっと質問いいか?」 「お礼代わりにと言っちゃなんだけど……」
「大歓迎です!」 「なんですか?」
「まず大前提として、とあるカップルがいるとするだろ?」
「はい」 「いるとしますね」
「やがて相手に自分の求めている物がないと分かったとして、それでもこのカップルは交際を続けるべきか?」
「いえ、別れるべきだと思います」
少し身体がビクッと震えて、スマホとの距離をとる。
『まぁ、普通ならそうだよな』
「お、おぉ……即答だな」
「……たしかに理想を追い求めすぎるのはダメです」
「そうだな」
「でも、妥協して自分の首を絞めるのはもっとダメなんです」
「その発想はどこで得たんだ?」
「周りの人の失敗から学びました」
「失敗しすぎだろ……周り」
「みんな恋愛に失敗する年頃ですから」
「みんなませているな……」
僕は細目をして苦笑する。
「それはそうと」
「なんだ?」
「俊さん、彼女さんがいるんですか?」
『あぁ……この子は何かとんでもない勘違いをしているみたいだ』
僕は急いで文字を打って返信を試みる。
「僕は同級生にしか興味がないし、まずまず今の同級生にも興味がない」
「私にも興味がないんですか?」
「……え?」
「え?」
『な、なんだこれ……もしかして誘われているのか? 中学生に? 僕が??』
目を瞑って仰向けになる。少しして起き上がると、また打ち込みはじめる。
「高校生になるまではな」 「中学生を好きになるとロリコン呼ばわりされるから」
「ロリコン好きでもいいじゃないですか?」
「というと……?」
「胸を張って堂々とロリコンとして生きていくんですよ」
「嫌すぎるだろそれ……」 「というか、なんでそんなこと僕に聞くんだよ?」
「知りたいですか?」
「いや聞かないでおく」
「もう、つまらないなぁ」
「ありがとうな」 「参考になった」
「何かあれば、これからいつでも聞いてくれていいんですよ」
「たまに聞くな」
僕はスマホをベッドに置いて、「ふぅ」と一息つく。一仕事も二仕事も終えた今日はなんだか充実した一日だった。
『まぁ……一応つまらない一日ではなくなったかな』




