第22話 姉(あね)さんによる強制ディト
そのうち7月が幕を開けて、定期テストが始まった。その間の香織は、教室でも自習室でも勉強を重ねて、何かの目標に向けて突っ走っていた。
『……もしかして、あのデートのためなのか?』
香織は人が変わったように勉学に励み、美紀を超える成長を遂げる勢いだった。
そして、7月9日火曜日。いざテスト返しが行われると、香織の表情は終始無表情だった。
『なんだなんだ……奮わなかったのか?』
そののち、最後の休み時間に香織が僕の元へやってきた。
「香織にしては珍しいな、休み時間に話しかけてくるなんて」
「だって、色々と事情があるもの」
すると、香織は一枚の紙を僕の眼前に持ってきた。
「ち、近いんだけど」
「……これで文句ないでしょ?」
「ん……?」
香織が見せつけてきた一枚の紙は、さっき配られたばかりの得点表だった。
『……おお、おお!』
そこに赤点を意味する赤字の得点は、存在していなかった。
「……別に元から文句言うつもりはないんだけどな。とりあえず、おめでとう」
「ありがとう」
すると、 彼女はなぜか手をモジモジさせて僕に窄めた口を見せつけてくる。
「じゃあ……その……あの」
「ん?」
「今日、このあとちょっと出掛けない?」
「そ、それってつまり……?」
すると、香織は僕の耳元に急接近して、息を吹きかけるようにこう囁いた。
「デート、するわよ」
「ん……ん?」
『……は、早くないか!?』
ということで放課後、僕は香織に先導されるままに軽くデートすることになった。なお、これが例のご褒美デートなのか否か、香織に聞く暇すら与えられなかった。
「……この時間から行けるところって限られているだろ?」
「だから、二箇所しか寄らないわよ」
「二箇所……?」
そう言って向かった一箇所目は、以前も訪れた喫茶店だった。誰かさんと誰かさんの別れ話を聞いたことも、記憶に新しい。
「……どうしてここなんだ?」
着席すると、僕は不意にそう尋ねた。
「私がちょっと感心した場所だからよ」
「なにに……?」
「俊の価値観に決まっているじゃない」
「ぼ、僕の価値観……?」
今日の香織にはそれなりに余裕があるようで、話を中断して「なに頼む?」と呟けるだけの気概があった。
「……それで?」
「俊が持っている向上心の塊みたいな達観した考え、私、結構好きなのよ」
「それは嬉しい限りだけど……」
「別に浮気しようと思ったわけじゃないの。ただ、私が向上心ある人を思慕していることもあるから……」
『……まさか、僕の言葉のせいで別れ話に拍車をかけたんじゃ』
僕の脳裏に一つの疑惑が浮上する。急に寒気がして辺り一変がモノクロになる。
「……結果的に二人が別れたの、僕のせいだったりしないか?」
「か、勘違いしないで。元からもうすぐ別れる雰囲気になっていたんだから!」
香織は焦燥に駆られてそう告げると、冷静さを取り戻して手を擦り合わせる。
「私は別れる口実が欲しかったの。だから、それをくれた俊には本当に感謝している」
「……え?」
「俊は私を何度も啓蒙してくれて、私のことを陰ながら支えてくれたのよ」
「別にそんな大層なことはしていないんだけど……」
「これで私も陽人も幸せになれたから、なにも問題はないと思うんだけど……どう?」
『まぁ、本人がそう言っているなら……』
事実、陽人も新しい恋に勤しんで、最近は少し笑顔に華が添えられた気がするし、香織も香織で勉強の余裕が生まれた。
「失敗は汚点じゃないものね」
「あぁ、そうだ」
あながち、僕の行為は間違っていないような気もしてきた。なので、そっと胸の中に疑惑の種を封じておいた。
『幸せって……結果論なのかな』




