第12話 目移りの時間って何秒?
6月3日月曜日、午前8時のこと。僕は教室に一番乗りで入室すると、席に座って腕を組み、ボーっと前方の黒板を眺める。
すると、陽人が僕ほうに近づいてくる。顔には申し訳程度の笑顔が伴っている。
僕はそれなりの笑顔で応じるが、この空気感には重々しいものがあった。
「おはよう、陽人」
「おはよう……」
「珍しく今日は来るの早いんだな」
「まぁな……。ちょっと聞きたいことがあってさ」
「なんだよ? そんなかしこまっちゃってさ……」
「ハッキリ言ってほしい。お前、香織と付き合っているのか……?」
「は……」
僕は目を点にして、そのまま数秒間硬直する。正気に戻ると手を振って必死に否定を試みる。
「いやいやいやいや! 僕はそんな下衆い人間じゃない!」
陽人は真剣な眼差しをして語る。
「別にいいんだぞ。お前と香織が付き合ってくれても。むしろ安心する」
「勝手に安心するな……というか、どこからそんな憶測が出たんだよ?」
「先週、たしかお前ら一緒に帰っていたんだろ?」
「あ、あぁ、なんだそれか。まぁ、誰かに見られるとは思っていたけどさ」
「付き合っていないなら、なにしていたんだよ……?」
陽人は態度を緩めて不思議そうな面持ちをする。
「実は香織の妹と色々諸々あって……あいつの家まで行って勉強を教えに行っていたんだよ」
「美紀さんと……それまたどうして?」
「話すと長くなるけど、要するに美紀を事故から救ったんだ。それで連絡先を交換して……という」
僕は意味もなく視線を下に下げる。
「そんなことがあったのか」
「まぁ……だから美紀からはちょっぴり片思いされているみたいだ」
「お前、もし付き合いでもしたらロリk……」
「分かってる、分かってるって! 手も足も出さないって」
僕は誰もいないことをいいことに、目を大きく開いて少し大きな声を出す。
「……何回も言うけど、俺はお前と香織が付き合ってもいいと思っている」
陽人は諦念を含んだ笑みを浮かべる。
「別に付き合わないよ。香織からも人としてだけ好き認定されたしな。ここからなにか起こることもないだろうよ」
「……そうか」
「そうだ。悪いな心配かけて」
「ううん。勘違いした俺の方がいけないからさ……」
陽人は最後にちゃんとした笑顔を見せてその場を離れていく。
『……陽人は僕の心配もしてくれたんだろうけど、一番はやっぱり香織を心配しているんだろうな』
午後3時半、下校の時刻になると、教材をカバンに詰め込む僕の元に、なぜか香織がやってきた。そして、自分のカバンを僕の机に置いて笑顔を振りまいてくる。
「ねぇ、今日は一緒に帰らない?」
「帰らない」
「……なんでよ?」
香織は少し口をすぼめる。
「今日、陽人が僕らの交際を疑ってきたんだ」
「それこそなんでよ⁉」
「一緒に帰っている姿を誰かに見られていたらしい」
香織は数秒黙って腕を組み考え込む。
「え、でも逆に考えてみてちょうだい」
香織は手をポンと叩いて何かにひらめいた様子を見せる。
「ん?」
「いまさら一緒に帰っても、もう周りからは‟また一緒に帰っている”って思われるだけでしょ?」
「それがダメなんじゃないのか……?」
「私は別にいいわよ。それで私の居場所がなくなるわけでもないし。現に俊の居場所だってなくならなかったでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「大丈夫よ。世間は私たちに興味ないって、伊賀が言ったのよ?」
「それならいいんだけどさ……」
午後3時半過ぎ、僕らは特別会話を交わすこともなく校門を出る。
『……なんで一緒に帰ろうなんて言ってきたんだ?』
僕は香織の顔をのぞき見る。すると香織は真顔に近い真剣な面持ちをしている。
「それで、用件はなんだ?」
「よ、用件って?」
香織は僕の急な一言に、こっちを振り向いてきょどる。
「分かりやすく動揺し過ぎだろ……。あとでお前んちに行くんだから、わざわざここで聞くこともないだろ?」
「……ちょっとね。際どい質問があったから」
「なんだそれ?」
香織は一呼吸おく。
「俊はさ」
『ん? 俊??』
「その……いつから目移りじゃなくなると思う?」
「いつからって……?」
「別れたあと、どれくらい期間が開けば目移りしたことにならないのかしら」
「一秒じゃないか?」
僕はそう即答する。
「い、一秒は流石に短すぎない?」
香織は僕の言葉に瞳孔を開いて驚きを見せる。
「そもそも目移りとか関係ないだろ」
「え、そこから!?」
「結局は自分の人生なんだからさ、ある程度は自分の思い描くようにすればいいんだよ」
「でも、相手のこともあるし……」
「もちろん、コロコロ目移りするのは違うけどさ、円満に別れたなら、そんなこと一々考えなくていいんだよ」
「べ、別に私のことじゃないし」
『コテコテのツンデレだな……』
「まぁ、なんでもいいさ。ひとまず、お前の次の色恋に期待しているからな」
香織は黙ってにこっと微笑む。
『……へ、変なこと言っちゃったか?』
「えぇ、期待していて頂戴」
「お、おう」
『なんだったんだ、今の間は……』




