16話
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雨が好きだ。
雨に濡れるのが好きだ。
心地よい雨音。水滴が体を打つ感覚。重くなる衣類。全てが好きだ。
「ねーおにいさんなにしてるの?」
「雨浴び中〜」
「あめ、すきなの?」
「気持ちよくてさ」
大の字で転がる俺に、教会の窓から子供達が声をかける。
サーちゃんが目覚めるまで待つのみとなり、落ちる陽にウトウトし始めた俺は降り始めた雨を見てこれ幸いと大地に体を投げ出していた。
前の世界のころから俺はよく雨の中でリラックスしたり、考え事をする事が多かった。
子供の時からの習慣で、こちらの世界でもその癖は治らず時たまこうやって雨に打たれている。
「だれだこれ」
「死んでるんじゃないのー?」
「生きてるよ。だって返事してるもんな」
聞こえる声は色とりどり。
微笑ましいものだ。
「おにーさんおしごとは?」
「おしごとはおやすみ中なの」
「うらやましいなあ!代わりに廊下掃除やってよ」
「お兄さん幽霊だから教会の中には入れないのよ」
「うそだよお兄さんくっきりしてるもんなー。幽霊はもっと透明なんだよなー」
「手伝ってくれなきゃシスターローザに言いつけるぞ!幽霊おにいさん!」
ゆっくり昼寝をする空気では無くなったな。
ローザに怒られそうなので入るのは遠慮しようかと思ったが、仕方ない。少し構ってあげるか。
「じゃあ招いてもらおかなぁ?」
ゆっくり立ち上がって言う。
ぼたぼたと体から水分が落ち、前髪が顔に張り付くがあえてそのままにする。
「まねく?」
「そう。にいちゃん幽霊なもんで、入ってええよて言うてくれんと入れんのよ」
大袈裟にふらつきながら窓枠にゆっくりと近づく。
窓枠から身を乗り出していた子供達は、それと反比例するように少しづつ後ずさっていく。
「ああ入りたいなぁ。小さくて美味しそうな魂がこんなにたくさん....」
徐々に...徐々に近づいて、後一歩のところで飛び付いて前へ。
わざと大きく音を立て、叫んだ。
「入れてくれぇぇぇーー!!」
「「「きゃー!」」」
「ごっ!?」
頭に強い衝撃。
見上げるとそこには分厚い本を手にしたシスターローザ。
「何してんだい」
「いや、廊下掃除手伝って欲しいらしくて」
「ようこそ掃除の幽霊さん。ならびしょびしょの窓と廊下はお前さんがやってくれるんだね?」
「あ」
ずぶ濡れの俺が張り付いたおかげで窓枠はぐっしょり。廊下にも水滴がぼたぼただ。
「おそうじ...俺の苦手なおそうじ....」
「ふん」
「シスターローザすごーい!」
「幽霊がいちげきだ!」
「いちげき!本の角でいちげき!」
子供達はローザに拍手喝采。
俺は突っ伏して意気消沈。
絵面通りの勧善懲悪。
「はーい。じゃあ可哀想な幽霊さんを手伝ってくれる人〜」
「俺いちぬけ!」
「ぼくもえほんみたいもんなー」
「ちぇー」
たたたっと逃げていく子供達にぶーたれながら伸びをする。シスターローザも気がついたら居なくなっていた。
雨足がやや治った雨雲を見つめ、窓に視線を戻すと1人分だけ影が残っている。
おにいさん何してるのと最初に声をかけてきた女の子だ。
「わたし手伝ってあげるよー」
「お、ほんまに?えらいねぇ嬉しいねぇ」
言いながら服を脱ぐ。
俺のアイテムBOXに回収するものはその直前の状態が維持される。
このまま保存したら次出すときずぶ濡れだ。
濡れた服を絞って窓際へかける。
サッと体を拭いて、新しい服へ着替えてから中へ足を踏み入れた。
「ほぇ...おにいさんきずだらけ...」
「ん?あー、死んだ時の傷は魂が覚えちゃうから偶に痕残るとかで...」
「?」
「ゴホンっ!古傷は男の勲章ってね」
その後は真面目に掃除に勤しみ、雨が上がる頃にはしなくて良い部分までピカピカになった。
これも丁寧に教えてくれた小さな先生のお蔭だ。
「ありがとうございました〜!」
「えへへー」
深々と頭を下げてお礼を告げる。
まだ小さいのに掃除の腕前は達人級だ。
俺には出来ない事。素直に尊敬。これからは先生と呼ぼうかな。
「うわ」
顔を上げると微笑む先生の後ろに顰めっ面のシスターローザ。
おいおいまた足音聞こえなかったぞ。俺よりこっちの方が幽霊だろ。
「持ってきな」
差し出されたバスケットの中にはサンドイッチが入っている。
すぐに合点が入った。
「心配なら行ってあげたらいいのに」
「掃除の駄賃だよ」
「ふふふのふ」
「ちっ...今行くべきはお前さね。生き返ったなら腹括って地に足つけな」
「えー...どうかな」
彼女の周りには少なくともメイちゃんやローザさんがいる。
過去の縁だけではない。新しい縁も結んで、彼女は今を生きている。
何よりあの爽快な闘争心...
後ろめたさや憂いなどがあるならああは戦えない。
彼女は今で完成している。俺の存在は蛇足だと思う。
流石にあのまま放ってはおかないが、あの子の周りで根を張る必要もないだろう。
「.....」
「...どしたんけったいな顔して」
「なに、お前はこんなやつだったなと思い出しただけさ」
はぁこいつ分かってねぇわとでも言わんばかりの顔をされた。
やや釈然としないまま、先生に手を振ってその場を後にする。
日はもう完全に落ちた。
過去の俺が付けた建築ライトで明るい孤児院とは違い、サーちゃんの家は薄暗い。
唯一灯りが見えるあの窓はサーちゃんとメイがいる部屋。恐らくは蝋燭の灯りだろう。
足音を立てないようゆっくり家に入り、そのままドアを...
「誰だ」
「俺よ。はぁーこわ」
開けたところで首に剣が伸びてきた。
流石は職業兵士と言ったところか。
「ローザさんからサンドイッチの差し入れ。サーちゃんどう?」
「まだ寝てる。ただもうそろそろ起きると思うから貰っとくよ。あんがとな」
「はいはい...サーちゃんってもしかして敵多い?」
「そんな事ねぇけどよ...弱みを見せる人でもねぇから何があるかわかんねぇし...」
「そっか。じゃあ玄関は俺固めるからメイちゃんも程よく休みなね」
中を見せずのやり取りでケイが去った後、メイがため息を吐く。
振り返ったメイの目線の先にはベッドで涙を流すサラがいた。
「師匠...アイツ絶対気にしてませんって。ずっと寝てる訳にもいかないでしょう」
「無理....こわい......」
「...会いたがってないって言いましょうか?」
「......」
「じゃどうするんですか....」
枕に顔を押し付けて首を振る彼女にらしくないとメイは思う。
そもそも肉体的なダメージは無かった為か師匠は直ぐに目覚めた。
そして目を開いた瞬間の号泣。
吐く言葉は「ごめんなさい。許して。嫌わないでケイ君」。
嫌っている様子など無いと伝えても絶対嫌われた。もう生きていけない、などと言い出す始末。
どんな事柄でも力技で成し遂げてしまうあの超人がまるで駄々をこねる子供のような振る舞いだ。
挙句会うのが怖いからと居留守のようなマネまで。
首を振ってこめかみをつまむ。
(どうすっかなぁ....)
仲を取り持つとか苦手なんだよ。そう思いながら自然にサンドイッチへ伸びた手がカサリと紙切れに触れる。
上からは見えないようサンドイッチの隙間に挟まれたそれは、開くと文字が書いてあった。
「師匠。ローザさんからです」
「...なに?」
「“欲しいなら、手ぇ伸ばしな“だそうです」
「ぅぅ.....」
直球の助言だ。
この短期間ではあるが、師匠があの人に抱く感情がどのようなものなのかはよく分かった。
ならばそれを伝えれば良いだけ。師匠が動けば良いだけだ。
息を乱し気絶するまで精神的なダメージを負った師匠には酷かもしれないが、2人を引き合わせさえすれば間違いなく事態は良い方向へ動く。
アイツは自分が殺された直後であるにもかかわらず、意識を失った師匠にずっと声をかけ続け、薬を用意し、自分が不要だと言われれば即座に引き下がった男だ。
下手に時間をかけて思い悩むより多少強引でも引き合わせてしまった方がいいだろう。
「自分も同感です。アイツ、呼んで来ますからね」
「...!待って!」
「待ちませんまどろっこしい。謝るなら謝って下さい。話したいことがあるなら話して下さい。アイツはそれを無碍にする奴じゃないんでしょ?」
言って部屋を出る。
アイツに声をかけ、師匠が目覚めたから会ってやってくれと伝えた時、私は事態が間違いなく良い方向へ進むと信じていた。
その暫くの後、部屋からの衝撃と師匠の狂ったような笑い声を聞くまでは。
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