12話
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最初は期待があった。
彼の子供。もしくは弟子なのではないかと。
私の弟子のメイが兵士として、その下積みとしてあの土地で働き始めて1年のお祝い。
その席で聞いた、杖で殴る墓暴きの話し。
魔物によって壊滅した農村から、幼い私を助けてくれた彼も...そうだったから。
僻地の村ではよくある事だ。
魔物の異常繁殖の発見が遅れてその餌食になるなんて。
そして、これも僻地の村ではよくある事だ。
そこで生まれた子供に、これからの人生を決める自由がないなんて。
毎日倒れるまで村を駆け回るのが当たり前だった。
両親の役に立てなければ当然の様に食事が消えた。
一度居ないものとして扱われた子供が、本当に居なくなってしまうまでそう時間がかからない事も、物心着く頃には知っていた。
この村が嫌いだった。
そこにいるしかない無力さも、その癖何か行動を起こして死ぬのは怖い自分も...嫌いだった。
それを少しでも変えたくて、場を和ませる方法を覚えた。
気付く力を養った。
誰よりも働いて、村の役に立とうとした。
周りだけではない。
自分自身が変わる事で居場所を作って、両親も、村も、好きになろうとした。
その結果が、目の前に広がるあの火の海。
魔炎浪と呼ばれる<災害>だった。
火山の近くで、稀に異常繁殖するそれは火を纏う人間サイズの狼の群れ。
動きは俊敏。触れるだけで火達磨。
元が精霊であるため神出鬼没で、村の自警団などで太刀打ちできる筈もなく私が生まれた村は瞬く間に炎に包まれた。
散々村のためにと尽くした私達を置いて村長は逃げ、両親は私の足を打って囮にした。
家に逃げ、屋根に登り、遂に迫った絶望の中で死ぬはずだった私を救ったのが...彼だった。
「ごめん。急いで来たけど...君以外はダメかも」
皮肉な事に、彼の庇護を受けた私のみが唯一の生存者となった。
村へ1番に駆けつけた彼以外には、単独で救助に動け魔炎浪を討伐できる人材が居なかった為だ。
大火災となった森の二次被害を減らす為捜索も救助も行われなかった。結果的に誰も周囲の村や街まで逃げ切れた者はおらず、森へ散った村人は総じて餌食となったと後から聞いた。
夢のような生活が始まったのは、それからだった。
新たな環境で必要とされなければと逸る私に、彼はただただ優しく言葉をかけ続けた。
気張らなくていい。焦らなくていい。
それでいいと頭を撫でてくれた彼に、気持ちが傾くのもそう時間はかからなかった。
たとえ周りがどうなっても、彼だけは味方でいてくれる。
本気でそう思えるほど、彼は私に優しく、私はいつしかそんな彼に依存していた。
満たされていた。
その余裕があればこそ、孤児院での生活も上手くいった。シスターや街の人も最初は怖かったが...仲良くできた。
子供なんだから甘えてよと言う彼の無償の愛を享受する幸せな日々。
それじゃダメだった。
私も成長すべきだった。
彼が大切なら。失いたくないなら。
彼よりもっと強く、自分で護れるようになるべきだった。
私が自分の過ちに気付いたのは、まだ肌寒い10歳の秋。
彼が...死んでからだった。
予感はあった。
分かってしまった。
でも見ないふりをした。
なりふり構わなければ...私の心の底からの願いなら、きっと彼は残ってくれた。なのに彼を英雄視することで帰ってくると信じ送り出した。
彼も、同じ人間だったのに。
(......)
風を纏って空を飛ぶ。
ヒリアの街から離れ、向かうはランクトルム。
彼が死んだ丘。
奇しくも、あの大火事で野原となった場所を刺す言葉だった。
(......いた)
見間違える筈もない。
夢の向こうに、何度も戻る事を祈った背中。
ケイ。その人だった。
「やっぱり」
あの手紙を見た時点では、まだ彼に近しい人物だと思っていた。
むしろ、その確信があって気分が高揚したくらいだ。
過去に一度だけあの文字を見たことがあった。
自分の名前はこう書くんだと見せてくれた事があったから。その名前を知っていると言うことは、近しい人物に違いないと。
だがヒリアの街に着いて、その考えは変わった。
新しくなった道具箱、工房、酒屋のコップ。全て彼が遺した物だ。ああまで完璧に修理されているなんて別人では考えられない。
そして既に死んだ人物を蘇った...ように見せるのは、アンデッドタイプの魔物によくある手段だ。
「街を見て、最後はここ?」
私に気付いて振り返るケイくん。
緩みそうになる涙腺を堪える。
ああやっぱり...彼だった。
「んーん?館が最後かな。行くなら夜がいいかなって」
「そっか」
蘇り、アンデッドに...眷属にされた人物は、無自覚のまま彼らの手先となる。
私はそれを知っている。この場所であった戦争。彼も死んだその戦いの後、戦死者が戻り、夜グールとなって家族を食い散らかす...その現場を見てきたから。
彼らは生前同様に家族の元へ帰り、喜びを分かち合い、抱擁を交わし、何を食っているのかも分からぬまま、その全てを壊す。
王都騎士の防具を形成するアダマイト鉱石。その唯一の鉱脈を有するヒリア地方を効果的に破壊する為、魔族が仕掛けた妨害行為だった。
元凶の吸血鬼やリッチは何度も殺した。
しかし、戦争が続く限り終わりはないのが現状だ。
誰もが一度は願う、死んだあの人が戻ればとの気持ちにつけ込んだ汚い手口。情報を流しても、注意喚起を呼びかけても、当人になってしまえば抗える人ばかりでは無い。
この人だけは違うのでは、本当に奇跡が起きたのではと。
そんな日も、魔王が死んでやっと終わる...そう思っていたのに。
「ガゼくん相変わらず忙しくしてる?」
「うん。色々言うけど、街のためにずっと働いてるよ」
「ハハッ、ツンデレは変わらずかぁ」
それもこの人を。
あえてこの人を。
怒りで魔力が漲る。
この口ぶり。領主様のところへ向かおうとしている?
私がヒリアの街を離れる時を狙ったのか?
いや、領主様は親友だからこそ躊躇しないだろう。
だとすれば....
「メイに存在を見せて、私を釣ったんだよね」
「....」
嫌がらせだ。
私への嫌がらせだ。
かつて無いほど趣味の悪い宣戦布告だ。
感じる魔力もこれまでと別種。
魔界から直接漏れ出ているような、強く純粋な闇の力。
また新しい魔族か。
「体から漏れる魔界の魔力...気付かないとでも思った?魔王も死んだのに、魔族はまだこの街を諦めてないんだ」
「....」
「あの人の形を奪い、魂を汚したな」
きょとんとする彼の顔に、また感情が抑えきれなくなる。
あの胸に飛び込めたら。寂しかったと、会いたかったと言えたらどんなに救われるだろう。
死人でも良いと抱きつき、そのまま首筋を噛み切られたとしても、どれほど幸せに逝けるだろうか。
だが、それは出来ない。
彼が守った街がある。
彼が守った人々がいる。
そして、今の私には慕ってくれる弟子たちがいる。
みんなが誇れる師匠であるために。
そんな結末、私自身が許さない。
(そうでしょ?だって、大切なものは...自分で守らないと。だよね、ケイくん)
「すぐ終わるから。ケイくん....」
彼は笑った。
私が戦うつもりなのが分かったのだろう。
それでも笑う。
いつものように。
感傷に浸るのは終わりだ。
彼の目の奥、その先にこの場面を見ている筈の存在へ告げる。
「お前、ヒリアから生きて帰れると思うなよ」
「ヒヒッ、本当にもう...」
「ぶ ち 殺 す ! !」
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