10話
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その日、ヒリアの街は浮き足立っていた。
馬車の移動に痺れを切らした師匠が私を抱えて飛んだため2日目の昼にはヒリアに着いた。
魔力探知の痕跡は森を突っ切っていたので役に立たず、早くも頓挫したかに思われた追跡はヒリアで間違いないと断言した師匠よって先回りへと目的が移っていた。
過酷な森を行くのなら、整備された街道を馬車で行く私たちが速度で負けるわけがない。
そう思い手配したが、師匠はどうも考えが違ったらしい。ずっとソワソワと落ち着かず2日目の朝ついに「遅くない?」と言い出した。
こんなもんですよと返した私を引っ掴んで、気がついた時には空だ。
馬車と空路。
障害物の多い森を直進したあの男が先に到着する訳は無い。当然私は待ち伏せの体でいたが、正門に着いた師匠は吸い寄せられるようにヒリアの中へ入っていった。
そしたらこれだ。
最近の魔王討伐祭の沸き立ちとは一切異なる浮つき。
祝い、盃を掲げるような盛り上がりは無い。
皆、何かを偲んで想いを馳せている。
私を小さい頃から可愛がってくれた大工のおやっさんは、声掛けにも上の空で工具箱を見つめていた。
仕事一筋で寡黙な鍛冶屋のジジイが珍しく昼間から酒を煽って工房を休ませ、肝っ玉母さんである酒屋のあねさんも今日は些か声が小さいように思える。
そろいも揃って、懐かしい気配がした...だそうだ。
「なんか調子狂うな...」
地方都市ではあるが活気がウリな街だった筈だ。
こんなしみったれた哀愁が漂う場所が、私の故郷の日常ではなかった。
「....」
迷いなく歩を進めていた師匠が立ち止まる。
また物憂げだ。
「どうしたんですか?」
「命日なんだ、今日」
「はい?誰の?」
「本当は...あっちでお墓参りしようと思ってたんだけどね。メイのお祝いもあったし...」
「墓参り...ああ、なるほど」
脳裏にチラつくあいつに首を振りながら思い出す。
確かに毎年師匠が遠出することがあったが、もうそんな時期だったか。
「でも、それだけじゃなさそうだね」
「はい。こんなの初めて見ましたよ」
誰しも何かに浸っているような時間はある。師匠の恩人は領主様と共にアダマンタイト鉱脈の開拓に携わり、幾多の脅威から街を守った英雄だと聞いている。関わりのあった人々が、命日に彼を偲ぶ時間があっても不思議ではない。
だがもう10年以上前の話だ。それに毎年こうではなかった。何か理由があるはずだ。
「ばあさん。街の雰囲気がおかしいんだけど、何か知らない?」
広場で椅子を揺らす老婆に声をかけてみた。
四六時中こうしてるので、街のことには事情通な人だ。何か聞けるかもしれないと思った。
「懐かしい気配がしてねぇ...」
「またそれかよ」
「...昔、このババに椅子を作ってくれた子がいてねぇ」
「昔話しはいいってばあさん。また今度聞いてやるから....ん?」
椅子と言われ、なんとなく視線を落とす。
違和感の正体はすぐに分かった。
このお婆さんはもう随分と長い間、日中は家の前に出て椅子を揺らしている。
使っている揺り椅子は年季が入ってかなり傷んでいたはずだ。
使っている椅子の形は全く同じだから気付くのが遅れた。新品同然だ。
「来る度に手入れしてくれてたんだよぉ。懐かしいねぇ...」
「...なぁばあさん。椅子、誰かが新しいの買ってくれたのか?」
「さぁねぇ...。あの子が...直してくれたのかねぇ...」
椅子を撫でる老婆の手を見て、先程の光景がまた頭を巡った。
そうして気付く。
錆の消えた工具箱。手入れのされた工房。新しくなったコップ。
どれも私が孤児院に引き取られる前からある年季ものが今日はどれも、記憶にあるよりずっと綺麗な状態ではなかったか。
誰がこんなことを?
私達が追って来た人物を思えば、答えは簡単だった。
「師匠....」
「うん」
(まさか本当に...?)
一瞬浮かんだ考えを、首を振って掻き消した。
死人が蘇るなんてあり得ない。
そもそも、生き返ったとするなら遺体が無くなった勇者一行の茶髪のはずでは無いか。
師匠の恩人の墓は荒らされて居ない。道理が通らない。
もし彼が生き延びて今回の事件を起こしているとしても、年齢が合わない。彼はどう見ても私と同年代か、高く見積もっても20代いくかどうか。
「メイ。ちょっと手分けしよっか」
「え?」
スタスタと歩いて行ってしまう師匠の言葉に、面食らって置いて行かれてしまう。
手分け?手分けと言ってもどこを探せば?
「ちょっと師匠...考えるのは苦手なんすよ」
空を見上げた私の鼻口を、甘い香りがくすぐった。
そうか。広場の脇にはあの店があったな。
同時、あいつの声が脳裏をよぎる。
<サーちゃんにクッキー...>
故郷に帰ってきた安心感や、街の雰囲気から緊張はとうの昔に消え去った。
得体は知れないが、あいつは友好的だ。
もはや戦いにはならないであろう予感があった私の気は、師匠との別行動、そして甘いクッキーの香りで最大限に緩んでいた。
「ちっ」
せっかく帰って来たのだ。
孤児院のチビ共へ手土産の一つや二つ、無いとグズられるってものだろう。
その次いでだ。
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「んー、見晴らしええままやねぇ」
街を一周見て周り、思い出をなぞった俺はその最終地点に来ていた。
ランクトルム。かつて隣領との戦いがあった場所の跡地。今はただっ広い平原の丘の上だ。
ヒリアの街からは少し離れているが、だからこその静寂がある。
スキルでバレないよう見て回ったが、街のみんなは元気そうだった。少し老けたがそれは順当に歳を取った証拠。祝いこそすれ残念に思う事は無い。
ただ、助けになればと昔渡したツール達を修理しておいた。
修理キット。鍛治工房。飲み物のコップ等。
俺の作るゲームのツール達は、なにも俺だけが使えるわけじゃない。
流石に修理キットが消える代わりに物を一瞬で直す、みたいなゲーム的な使い方が出来るのは俺だけだが、修理キットの中身のトンカチで釘を打つ、ノコギリで物を切る、なんて事は誰でも出来る。
故に街作りを手伝う時に作成した道具や施設を配る事は結構多い。
(まだみんな使ってくれてるんやなぁ。んんー、贈り物が大切に扱われてるってのは、心がほっこりするね)
後行っていないのは、孤児院と...領主の館だけだ。
あの小さな領主様は相変わらずの顰めっ面なのか、案外丸くなっているのか...。
「やっぱり」
聞こえた声に振り返ると、そこには白い少女がいた。
癖のある白い毛。整った顔立ちだが、やや中性よりに見えるのは幼い印象のせいだろうか。透き通る肌に人間らしさが薄いからだろうか。
戦う者としては綺麗すぎる外見ではあるがしかし、際立つのはその身に纏う芳醇な魔力。
他種族より短命で知られる人族ではあるが、ある一定の魔力量を持つと肉体は成長を緩める。それは存在が魔力主体の存在...精霊や神に近づくからであり、故に外見は年齢の指標とはならない。
この少女はその典型例のような存在だと、一目で分かった。
魔力も老いるので決して不老ではない。年月を経た魔力は見ればなんとなく分かるものだが、この子は恐らく今が全盛期。迸る若い魔力がそれを示している。
「街を見て、最後はここ?」
「んーん?館が最後かな。行くなら夜がいいかなって」
「そっか」
「ガゼくん相変わらず忙しくしてる?」
「うん。色々言うけど、街のためにずっと働いてるよ」
「ハハッ、ツンデレは変わらずかぁ」
和やかな会話。
だが彼女の魔力は徐々に強まり、臨戦体制と言える状態に高まっていく。
風が、凪いでいる。
「メイに存在を見せて、私を釣ったんだよね」
「....」
「体から漏れる魔界の魔力...気付かないとでも思った?魔王も死んだのに、魔族はまだこの街を諦めてないんだ」
「....」
「あの人の形を奪い、魂を汚したな」
なるほど、そう来たか。
確かに俺の胸には魔王の角がある。ここは魔界では無いので魔力の供給は乏しいが、それでも漏れ出る物はあるだろう。
彼女の考えでは、おそらく俺は闇魔法で甦らされ使役されているグールか体をアンデッドモンスターに丸々乗っ取られた哀れな被害者。
闇魔法では肉体の腐敗は止められない筈だが、ロクな手段じゃないだろうと。
まぁ死人が帰ってきたならこう受け取る方が自然だな。
「すぐ終わるから。ケイくん....」
一瞬だけ切ない顔をした彼女であったが、すぐに表情は消えた。
目線が俺を射抜く。恐らくはその先にいると思い込んでいる存在を睨む覚悟の視線だ。
「お前、ヒリアから生きて帰れると思うなよ」
「ヒヒッ、本当にもう...」
「ぶ ち 殺 す ! !」
大きくなったなぁ。サーちゃん。
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