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書類は嘘をつかない  作者: 青柳 玲夜(れーやん)
焼印

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第3話 図面

 図面が届いた。


 内装業者からメールで送られてきたPDFを角田が印刷した。A3。角田の机には大きかった。手帳と赤ペンを脇に寄せて、図面を広げた。


 厨房の平面図。縮尺五十分の一。作業台。シンク。オーブン。冷蔵庫。冷凍庫。手洗い設備。排水溝。換気扇。仕切りの壁。ガラス戸。


 角田は保健所のウェブサイトから印刷した施設基準の一覧を隣に置いた。A4が四枚。赤ペンで番号を振ってある。先日の下調べ。


 赤ペンの蓋を開けた。



        *



 調理場と販売スペースの区画。扉で仕切られているか。図面を見た。仕切りの壁がある。扉がある。スイングドアと書いてある。赤ペンで✓をつけた。


 シンク。二槽以上が必要。図面を見た。二槽ある。並列配置。赤ペンで✓。だが蛇口の種類が書かれていなかった。レバー式か、ハンドル式か、自動か。手帳にメモした。「シンク——蛇口の種類確認」。


 手洗い設備。調理場内に専用のものが一箇所。図面を見た。調理場の入口横に一箇所。位置はある。だが水栓の種類が書かれていなかった。手帳にメモした。「手洗い——自動水栓か確認」。


 床。耐水性の素材。図面に「長尺シート(防水仕様)」の記載があった。赤ペンで✓。


 排水溝。図面に排水溝の位置は書いてある。厨房の中央寄りに一本。だがグレーチングの記載がなかった。蓋があるかどうか分からない。手帳にメモした。「排水溝——グレーチング記載なし。業者に確認」。


 冷蔵庫。配置は図面にある。壁際。業務用。温度計の外部表示は図面からは分からなかった。搬入する機種に依存する。手帳にメモした。「冷蔵庫——温度計外部表示。機種確認」。


 換気設備。換気扇の位置が厨房の壁上部に一箇所。赤ペンで✓。


 トイレ。従業員用。調理場から離れた位置。販売スペースの奥。赤ペンで✓。


 角田は図面を上から下まで見た。もう一度上から見た。赤い✓が六つ。確認事項のメモが四つ。✓の方が多い。悪くない図面だった。だが確認事項が四つある。四つは四つだった。


 角田は図面のコピーにも赤ペンで書き込んだ。✓をつけた箇所にはそのまま✓。確認事項の箇所には小さく「要確認」と書いた。図面が赤くなっていった。



        *



 午後。角田は鞄に図面のコピーを入れた。赤ペンの印がついたまま。手帳をポケットに入れた。コートを着た。事務所を出た。


 墨田区保健所。生活衛生課。窓口で事前相談を申し込んだ。


 担当者が出てきた。四十代。眼鏡。角田より少し年上に見えた。名刺を交換した。角田が図面を広げた。赤い✓と「要確認」の文字が見えた。


 担当者が図面を覗き込んだ。


「事前にずいぶん確認されてますね」


「申請の不備を減らしたいので」


 角田が手帳を開いた。確認事項を一つずつ聞いた。


「このシンクの蛇口はレバー式でも基準を満たしますか」


「レバー式で問題ありません。ハンドル式は不可です」


 角田がメモした。「シンク——レバー式可。ハンドル式不可」。


「手洗い設備の水栓は自動水栓が必須ですか」


「必須ではありません。ただし肘や足で操作できるタイプが望ましいです。手で直接触れるハンドル式は避けてください」


 角田がメモした。


「排水溝の蓋はグレーチングが必要ですか」


「はい。格子状の蓋が必要です。排水溝が露出していると不合格になります」


 角田がメモした。「排水溝——グレーチング必須。図面に記載なし。業者に指示」。


 担当者が図面を見ながら指をさした。


「ここの手洗いの位置なんですが、もう少しシンクに近い方がいいですね。調理場に入ってすぐ手を洗える動線が理想です。今の位置だと作業台を回り込む形になります」


 角田が図面を見た。確かにそうだった。調理場の入口から手洗いまで三歩。作業台の角を曲がる。動線が遠い。角田は気づいていなかった。施設基準には「調理場内に設置」としか書いていない。位置までは書いていない。担当者は動線を見ていた。


 角田がメモした。「手洗い位置——シンク寄りに変更。内装業者に修正指示」。


「他に指摘はありますか」


「今の段階ではありません。施工後に現場を確認します」


「ありがとうございました」


 角田は図面を鞄に入れた。赤ペンの蓋を確認した。閉まっていた。


 保健所を出た。二月の風が冷たかった。


 歩きながら手帳を見た。確認事項が四つ。担当者の指摘が一つ。合わせて五つ。手洗いの位置は角田が見落としていた。施設基準の文言だけでは分からないことがあった。現場を知っている人間の目が要る。角田は書類を読む。担当者は現場を見ている。両方要る。


 角田は手帳を閉じた。赤ペンの蓋がポケットの中で指に当たった。閉まっていた。



        *



 長谷川。


 かけ。三百八十円。一人。カウンター。いつもの席。


 汁を飲んだ。全部飲んだ。甘くない底。


 三百八十円を出した。「ごちそうさまでした」。



        *



 事務所に戻った。パソコンを開いた。


 内装業者にメールを打った。件名。「Atelier Luca 内装工事に関する確認事項」。本文。箇条書き。


 一、シンクの蛇口はレバー式を使用すること。ハンドル式は不可。

 二、手洗い設備の水栓は自動水栓または肘式に変更すること。

 三、手洗い設備の位置をシンク寄りに移動すること。調理場入口から直線で手を洗える動線にすること。

 四、排水溝にグレーチング(格子状の蓋)を設置すること。

 五、冷蔵庫搬入時に温度計の外部表示を確認すること。


 五項目。角田は五項目で止めた。六つ目は要らなかった。


 手帳を見た。確認事項の四つに、担当者の指摘一つ。合わせて五つ。手帳のメモとメールの項目が一致していた。


 送信ボタンを押した。


 手帳を閉じた。赤ペンの蓋を閉めた。図面のコピーをクリアファイルに入れた。ファイルを机の上に置いた。リュカの案件のファイルが厚くなっていく。


 窓の外が暗くなっていた。二月は日が短い。事務所の蛍光灯が白かった。


 スチール棚を見た。ミンのファイル。丸山建設のファイル。佐伯から引き継いだ古い案件のファイル。棚は半分ほど埋まっている。


 机の上のリュカのファイルを見た。まだ棚には入れない。仕事が終わっていないから。営業許可が下りて、開店して、ファイルを閉じるまで。机の上に置いておく。


 角田は手帳を見ていた。今日書いたメモを読み返していた。赤い字が並んでいた。


 仕事だった。

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