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書類は嘘をつかない  作者: 青柳 玲夜(れーやん)
串カツの法則

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第6話 現場

 三日目。午前。


 角田は一人で地下鉄に乗った。黒田は「先に行く。昼までに終わらせる」と言ってホテルを出た。別の方角に歩いていった。角田は聞かなかった。


 浪速建設が元請をしている現場。大阪府内。造成工事。住宅地の外れ。道路から見える。角田は公道に立った。鞄から手帳を出した。赤ペンの蓋を開けた。


 現場看板。白地に黒文字。


 元請:浪速建設株式会社。許可番号。現場代理人の名前。主任技術者の名前。下請けの業者名が三社並んでいる。


 角田は三社の名前をメモした。手帳に書いた。赤ペンで。


 現場を見た。重機が二台。ダンプが三台。作業員は七、八人。仮設トイレがある。安全標識がある。ヘルメット着用の看板がある。整理整頓はされている。普通の現場に見えた。


 角田はスマートフォンを出した。国交省の建設業者検索システム。下請けの三社を一社ずつ検索した。


 一社目。ヒットした。土木工事業。一般建設業。大阪府知事許可。問題なし。


 二社目。ヒットした。とび・土工工事業。一般建設業。大阪府知事許可。問題なし。


 三社目。


 角田は商号を入力した。検索した。結果が出なかった。もう一度入力した。漢字を確認した。看板の文字と同じ。検索した。結果が出なかった。


 角田は手帳に書いた。赤ペンで下線を引いた。「三社目——許可検索ヒットせず。無許可の可能性」。


 もう一度、現場看板を見た。三社目の業者名の横に許可番号が書いてある。番号をメモした。その番号でも検索した。結果が出なかった。


 角田は看板の写真を撮った。全体を一枚。三社目の業者名を一枚。許可番号を一枚。三枚。


 赤ペンの蓋を閉めた。手帳をポケットにしまった。


 公道から見えるものは全部見た。敷地には入らない。角田の仕事は書類と公開情報の確認であって、捜査ではない。見えるものを見る。書けるものを書く。それが角田の範囲だった。



        *



 現場を離れた。駅に向かって歩いた。住宅地。静かだった。大阪の中心部と違って人が少ない。犬を散歩させている老人がいた。角田は手帳を出した。歩きながら書いた。


 「三社目の業者。看板の許可番号と検索結果が一致しない。番号自体が存在しない。①許可が失効している、②番号が誤記、③架空の番号。いずれの場合も現場看板の記載に問題あり」。


 三つの可能性を書いた。三つとも浪速建設の管理責任に関わる。元請は下請けの許可を確認する義務がある。確認していれば看板の番号が存在しないことに気づくはず。確認していない。あるいは気づいていて放置している。


 どちらにしても、丸山建設がこの元請の下に入るのは危ない。


 角田は手帳を閉じた。駅に着いた。改札を通った。



        *



 昼。角田はホテルに戻った。部屋で報告書の下書きを始めた。手帳を開いてメモを読み直した。赤ペンのメモが増えていた。初日からの四日間で手帳の二ページ分が埋まっていた。


 パソコンを開いた。報告書のファイルを作った。タイトルを打った。「丸山建設株式会社 大阪営業所新設に関する調査報告書」。


 手書きのメモを見ながらパソコンに打っていく。角田は報告書をいきなりパソコンで書かない。手帳のメモを整理してから打つ。手書きが先。パソコンは清書。


 問題点を番号で振った。


 一、営業所候補物件の要件不備(五項目)。

 二、浪速建設の経審数値——技術者数と完成工事高の不整合。

 三、温泉開発の計画書・掘削許可の不存在。

 四、大阪府内にさく井工事業の許可業者が存在する事実。

 五、下請け業者の許可に疑義。


 五つ。初日の物件確認でも五つだった。角田は五つ書いた時に、赤ペンの蓋を閉めた。五つで足りる。六つ目は要らない。事実は五つ。


 報告書の結論部分は書かなかった。結論は帰ってから書く。東京で。事務所の机で。帰ってから書く結論の方が冷静になる。大阪にいる間は事実を集める。結論は距離を置いてから。



        *



 夕方。黒田から電話があった。


「ロビーにいる」


「はい。降ります」


 ロビーに降りた。黒田がソファに座っていた。缶コーヒー微糖。半分しか飲んでいなかった。黒田が缶コーヒーを半分残すのは珍しかった。


 黒田の顔を見た。いつもと変わらない顔だった。だが口数が少なかった。


「どこに行ってたんですか」


「帰りに寄るとこがあった」


 それだけだった。角田は聞かなかった。


「飯にするか」


「はい」



        *



 お好み焼き屋。黒田が選んだ。梅田の近く。テーブルに鉄板がある。自分で焼くタイプの店だった。


 メニューを見た。豚玉。いか玉。ミックス。黒田が「豚玉二つ」と頼んだ。角田は何も言わなかった。


 生地が来た。ボウルに入っている。具が別の皿に載っている。キャベツ。豚バラ。天かす。紅しょうが。


 黒田が鉄板に油を引いた。手慣れていた。生地をお玉で鉄板に広げた。丸く。具を載せた。ヘラを持った。ヘラの持ち方が慣れていた。


 角田は黒田の手を見ていた。


「自分で焼かないのか」


「黒田さんが焼いた方がいいと思います」


「根拠は」


「手が慣れています」


 黒田が焼いた。三分待った。ヘラで端を持ち上げた。裏を見た。焼き色がついていた。ひっくり返した。生地が鉄板の上で音を立てた。


 もう三分。黒田がヘラで押した。柔らかくなっている。焼けた。


 ソース。マヨネーズ。鰹節。青のり。黒田が全部かけた。角田にも一枚渡した。


「ソースだけでいいです」


「マヨネーズは」


「要りません」


「鰹節は」


「要りません」


「……お前、最小構成だな」


 角田はソースだけのお好み焼きを食べた。生地がふわふわしていた。キャベツが甘い。豚バラの脂が出ている。ソースが甘い。大阪の味だった。


 悪くない。角田は黙って食べた。黒田も黙って食べた。


 二枚目。黒田がまた焼いた。角田は焼かなかった。黒田が焼いたものを食べた。


 黒田がビールを飲んだ。一杯目。二杯目は頼まなかった。黒田がビールを一杯で止めるのも珍しかった。


「角田」


「はい」


「大阪、どうだ」


「営業所の要件が——」


「そうじゃなくて。街の話だ」


 角田は箸を置いた。


「……騒がしいです」


「嫌いか」


「……騒がしいです」


 二回言った。一回目と同じ言葉だった。だが同じではなかった。一回目は感想。二回目は答えだった。嫌いとは言わなかった。


 黒田は何も言わなかった。ビールの残りを飲んだ。鉄板の上の油が光っていた。



        *



 店を出た。大阪の夜。三日目。


 黒田が歩いた。角田がついていった。黒田は口数が少なかった。串カツの時はもう少し喋っていた。今日は朝から少ない。


 角田は黒田を見ていた。黒田の背中。黒田は何かを考えている顔をしていた。大阪に来てから、時々こういう顔をする。角田は何も聞かなかった。


 ホテルに着いた。エレベーター。角田が手帳を出した。赤ペンの蓋を開けた。


 お好み焼き屋では出さなかった。


 二行書いた。


 「現場——三社目。許可番号なし。写真3枚」。

 「黒田——口数が少ない」。


 蓋を閉めた。エレベーターが五階に着いた。

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