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書類は嘘をつかない  作者: 青柳 玲夜(れーやん)
串カツの法則

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第5話 数字

 翌朝。ホテルの部屋。


 角田はベッドの上にパソコンを開いていた。朝の八時。カーテンの隙間から光が入っていた。角田はカーテンを閉め直した。画面が見づらかった。


 黒田は隣のベッドでテレビを見ていた。園田の出馬表。地方競馬のチャンネル。音が小さい。黒田が音量を絞っていた。角田がパソコンを使っていることを知っていた。


「競馬は何時からですか」


「一時。午前中は下見だ」


「下見」


「パドックを見る。馬の調子は走る前に分かる」


 角田は「そうですか」と言った。パドックが何か分からなかった。聞かなかった。パソコンの画面に戻った。



        *



 建設業情報管理センター。経営事項審査結果の検索ページ。


 角田は浪速建設の商号を入力した。大阪府。検索。


 結果が出た。


 角田は赤ペンの蓋を開けた。手帳を膝の上に置いた。画面の数字を読んだ。


 許可業種。土木工事業。建築工事業。とび・土工工事業。管工事業。舗装工事業。水道施設工事業。六業種。さく井工事業はない。初日にカフェで確認した通り。


 完成工事高。直近三期の平均。角田は数字をメモした。


 技術者数。


 角田の赤ペンが止まった。


 技術者数が少なかった。完成工事高に対して、技術者の数が合わない。大臣許可。特定建設業。六業種。本社は中央区の立派なビル。受付がいて、応接室に花が活けてあった。それだけの規模の会社が、この技術者数で回せるのか。


 角田は手帳に書いた。完成工事高の数字。技術者の数字。二つの数字を並べて、赤ペンで丸をつけた。


 次に、大阪のさく井工事業の許可業者を検索した。


 大阪府。さく井工事業。検索。


 結果が出た。ゼロではなかった。


 数は少ない。だがゼロではない。大阪府内にさく井工事業の許可を持つ業者が存在する。兵庫県にも、奈良県にもいる。関西圏で探せば、丸山建設の代わりは見つかる。


 なぜ東京なのか。


 角田は手帳に書いた。「大阪府内さく井業者——存在する。関西圏にも複数。なぜ東京の丸山建設を呼ぶのか」。


 赤ペンの蓋を閉めた。開けた。もう一行書いた。


 「浪速建設の下請け業者リスト。現場看板から確認。明日、現場を見る」。


 蓋を閉めた。



        *



 黒田がテレビを消した。角田を見ていた。


「角田」


「はい」


「岸本の会社、前からそうなのか」


「直近三期はこの数字です」


「三年前からってことか」


「少なくとも三年前からです。それ以前は申請書類を遡らないと分かりません」


 黒田がベッドの端に座った。缶コーヒー微糖を飲んでいた。いつ買ったのか分からない。部屋に入った時にはもう持っていた。


「お前、それ丸山に言うのか」


「はい」


「丸山は岸本を信頼してるんだろ」


「はい。だから書類で伝えます」


 黒田は角田を見ていた。角田はパソコンの画面を見ていた。


「書類で伝えるってのは、どういう意味だ」


「報告書を書きます。事実と数字を並べます。丸山社長が自分で判断できるようにします。僕が『やめろ』と言うのではなく、数字を見せます」


「数字を見て、丸山はどうする」


「分かりません。それは丸山社長が決めることです」


 黒田が缶コーヒーを飲んだ。空になった。缶をゴミ箱に入れた。


「お前のやり方だな」


「書類のやり方です」


 黒田が立ち上がった。ジャケットを羽織った。


「一時に園田。夕方には戻る。飯は一緒に食うか」


「はい」


「何が食いたい」


「うどんを食べてみたいです」


「うどんか。大阪のうどんは柔らかいぞ」


「柔らかい」


「東京と違う。出汁も違う」


 角田は「そうですか」と言った。長谷川の蕎麦と違う出汁。東京とは違う麺。角田はまだ大阪のうどんを食べていなかった。


 黒田が出て行った。部屋が静かになった。



        *



 角田は丸山社長に電話した。


「丸山社長。角田です。お時間よろしいですか」


「先生! どうですか、大阪は」


 丸山社長の声が大きかった。電話越しでも大きかった。角田はスマートフォンを耳から少し離した。


「浪速建設の経営事項審査を確認しました。いくつか気になる点があります」


「気になる点」


「完成工事高に対して技術者数が少ない印象です。これは経審の公開情報ですので、丸山社長もご確認いただけます。後日、報告書に詳細をまとめます」


「……先生、それって、どういうことですか」


「現時点では何とも言えません。数字が少ないという事実です」


 丸山社長が黙った。三秒。角田は待った。


「あと一点。大阪にもさく井工事業の許可業者は存在します。関西圏にも複数あります」


「えっ。岸本さんは、大阪にはおらんって——」


「少なくとも許可業者のデータベース上は存在しています」


 丸山社長がまた黙った。今度は五秒。角田は待った。


「先生。……岸本さんは嘘をついてるんですか」


「分かりません。嘘かどうかは僕には判断できません。事実を報告しています」


「事実」


「はい。事実です。判断は丸山社長がしてください。報告書に全てまとめます」


 丸山社長の声が小さくなった。


「……先生。僕は、岸本さんを信じたかったんですけどね」


「報告書を読んでから判断してください。まだ結論を出すのは早いです」


 電話を切った。角田はスマートフォンを置いた。手帳を見た。赤ペンのメモが増えていた。


 伊豆の横山家の時もそうだった。温泉利用許可の承継。所有者の確認。管理者不在の源泉。あの時も数字が合わなかった。書類の数字と現場の実態が合わなかった。温泉は掘った後が長い。管理が要る。金が要る。人が要る。岸本は掘る話しかしない。掘った後の話が出てこない。


 角田はパソコンを閉じた。手帳を閉じた。赤ペンの蓋を確認した。閉まっていた。


 コートを着た。鞄を持った。



        *



 夕方。黒田が戻ってきた。ロビーで待ち合わせた。


「どうだった」


「三レースやった。一つ当たった」


「おめでとうございます」


「六百円だ」


 角田は「そうですか」と言った。六百円の使い道を考えなかった。黒田の競馬は黒田のものだった。


 うどん屋に入った。黒田が選んだ店。梅田の地下。小さい店。カウンター。角田はきつねうどんを頼んだ。黒田もきつねうどんを頼んだ。


 また被った。


 黒田が角田を見た。角田が黒田を見た。


「被ったな」


「被りました」


 黒田が笑った。角田は笑わなかった。だが口の端が少し動いた。


 うどんが来た。


 出汁の色が薄い。東京のうどんとは違う。透き通っている。昆布出汁。角田は箸で麺を持ち上げた。柔らかい。東京の蕎麦とは全く違う。長谷川のかけの麺とは何もかも違った。


 食べた。


 甘い。出汁が甘い。だが生姜焼きの甘さとは違う。昆布の甘さ。角田は汁を一口飲んだ。


 悪くない。悪くないが、長谷川ではない。長谷川の鰹出汁とは別のものだった。角田は油揚げを食べた。油揚げも甘かった。じゅわっと出汁を吸っていた。角田は油揚げを全部食べた。麺を全部食べた。


 汁を飲んだ。半分。残りは残した。


 黒田は汁まで全部飲んだ。


「大阪のうどん、どうだ」


「……悪くないです」


「長谷川と比べてんだろ」


 角田は答えなかった。箸を置いた。



        *



 ホテルに戻る道。角田が歩きながら手帳を出した。赤ペンの蓋を開けた。


「何書いてんだ」


「きつねうどん。被った」


「……それ仕事のメモか」


「いいえ」


 角田は蓋を閉めた。手帳をポケットにしまった。


 大阪の夜。二日目。明日は浪速建設の下請け現場を見に行く。角田はコートのボタンを一つ留めた。大阪の夜は東京より暖かかった。

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