第8話 暦の裏側
外国人登録原票記載事項証明書が届いたのは、四月の第一週だった。
法務省への開示請求から三週間。角田は封筒を開け、中の書類を机の上に広げた。
A4の用紙に、鉄男の父・金大植の外国人登録原票の写しが印刷されている。氏名、国籍、生年月日、住所、在留資格、在留期間。記載事項の変更履歴。
角田が見たかったのは、鉄男の生年月日の記載だった。
外国人登録原票には鉄男の記載はない。鉄男は金大植の「家族」欄に記載されている。
家族欄。長男・金哲男。生年月日:一九六〇年二月二十九日。
ここまでは記載事項証明書と同じだ。角田はすでにこの情報を持っている。
だが原票の写しには、記載事項証明書にはないものがあった。備考欄の端に、薄い文字がある。マイクロフィルムからの複写で潰れかけているが、角田は目を凝らした。鉛筆書きの走り書き。
「生年月日 本人申告(旧暦)」
角田は赤ペンを置いた。
旧暦。
金大植が役所の窓口で息子の生年月日を届けた時、旧暦の日付を申告した。役所の担当者がそれに気づいて、備考欄に鉛筆で書き添えた。だが登録原票の本欄には「一九六〇年二月二十九日」とそのまま記載されている。旧暦の日付が、陽暦の日付としてそのまま登録された。
角田は手帳を開いた。
——外国人登録原票の備考欄:「生年月日 本人申告(旧暦)」
——金大植は旧暦の日付を申告した。担当者は気づいたが、本欄は修正せず。
——つまり「一九六〇年二月二十九日」は旧暦の日付をそのまま陽暦として記載したもの。
角田は立ち上がった。棚の引き出しを開けた。古い暦の換算表がどこかにあったはずだ。なかった。
事務所を出た。本所の図書館まで歩いた。参考資料室で万年暦を探した。『日本暦日原典』という分厚い本を見つけた。旧暦と陽暦の対照表が年ごとに載っている。
一九六〇年。庚子。
旧暦の二月を探した。
一九六〇年の旧暦二月は小の月。二十九日まで。旧暦二月二十九日は、陽暦で三月二十六日。
角田は数字を手帳に書き写した。
——旧暦 一九六〇年二月二十九日 = 陽暦 一九六〇年三月二十六日
三月二十六日。
どの公的書類にもない日付だ。外国人登録にも、本国除籍謄本にも、帰化申請書にも、鉄男の戸籍にも、どこにも三月二十六日とは書かれていない。
だが角田の頭の中で、別の数字が動いた。
母は「三月一日」と言った。
旧暦の二月は二十九日まで。旧暦二月二十九日の翌日は、旧暦三月一日。
父は「二月の終わり」と覚えていた。母は「三月」と覚えていた。
同じ日ではないか。
角田は万年暦を閉じた。もう一度開いた。旧暦二月二十九日と旧暦三月一日。陽暦では三月二十六日と三月二十七日。隣り合った二日間。
鉄男が生まれたのが深夜だったとしたら。陣痛が始まったのが旧暦二月二十九日の夜で、生まれたのが日付を跨いで旧暦三月一日の未明だったとしたら。
父は陣痛の日を覚えていた。母は生まれた日を覚えていた。同じ出産の、別の記憶。
「二月二十九日」と「三月一日」は矛盾していない。
角田は手帳に書いた。
——仮説:鉄男の出生は旧暦二月二十九日〜三月一日の深夜。
——父の記憶(二月の終わり)と母の記憶(三月一日)は矛盾しない。
——金大植は役所で旧暦の日付「二月二十九日」を申告。陽暦に変換されずにそのまま登録。
——母の「三月一日」は旧暦三月一日——つまり出産の翌朝の記憶の可能性。
角田は万年暦を棚に戻した。図書館を出た。
春の日差しが強かった。四月。桜はもう散っている。鉄男の工場の前を通る道に、花びらが側溝に溜まっていた。
*
事務所に戻った。机の上に外国人登録原票の写しと手帳を並べた。
角田が法務局に提出する上申書には、「訂正後の生年月日」を記載する必要がある。法務局は角田の主張を求めてくる。「現在の記載が間違っている」だけでは足りない。「正しくはこうである」と書かなければならない。
赤ペンで手帳に日付を並べた。一九六〇年二月二十九日。外国人登録原票と本国除籍謄本が一致する。鉄男も「二月二十九日でいい」と言った。閏年だから日付は存在する。根拠が一番厚い。だがこの日付は、金大植が旧暦で申告したものがそのまま登録されたものだ。赤ペンの先が紙の上で止まった。三月二十六日と書き足した。旧暦の換算値。暦学的には最も近い。だがどの書類にもない。角田が図書館で計算しただけの数字を法務局に出せるか。三月一日。母の記憶と一致する。存在する日付。だが除籍謄本にも外国人登録にもこの日付の記載はない。
どれも「正しい」と断言できない。出生証明書がない以上、六十六年前の深夜に何が起きたかを証明する手段はない。
角田は赤ペンを置いた。
*
翌日。法務局の墨田出張所に電話した。
「猪瀬さんはいらっしゃいますか。行政書士の角田です」
猪瀬が出た。
「角田さん。書類は揃いましたか」
「陳述書は取れました。外国人登録原票の写しも届きました。上申書の草案を作っています。一点、確認したいことがあります」
「どうぞ」
「訂正後の生年月日を記載する必要がありますか」
「必要です。上申書には『現在の記載が〇〇であるところ、〇〇に訂正を求める』という形式で書いていただきます」
「分かりました。もう一点。訂正先の日付について、複数の可能性がある場合はどうなりますか」
猪瀬が少し黙った。
「どういう状況ですか」
「出生証明書がありません。外国人登録と本国除籍謄本の月日が一致していますが、その日付自体が旧暦の日付をそのまま陽暦として登録した可能性があります。陽暦に換算すると別の日付になる。どちらを訂正先にすべきか判断がつきません」
「旧暦の問題ですか」
「はい」
猪瀬はまた黙った。電話越しに紙をめくる音がした。
「角田さん。法務局が判断できるのは、書類に基づく事実関係です。旧暦と陽暦の換算は、それを裏付ける資料があれば考慮します。外国人登録原票に旧暦である旨の記載があるなら、それは一つの資料です」
「備考欄に鉛筆書きで『本人申告(旧暦)』とあります」
「……それは原票の正式な記載ではありませんが、当時の担当者の認識を示す資料にはなりえます。ただし、それだけで訂正先を決定する根拠としては弱い」
「では、どうすれば」
「申請者の意思を確認してください。書類上の根拠がある日付の中から、申請者が希望する日付を訂正先として主張していただくのが、実務上は最も円滑です。最終的な判断は法務局——というより法務省が行います」
「申請者は二月二十九日を希望しています」
「一九六〇年の二月二十九日ですね。外国人登録と本国書類に記載がある日付。存在する日付。書類上の根拠もある。上申書に記載するなら、その日付が最も通りやすい」
「旧暦の問題は」
「上申書の補足資料として万年暦の対照表を添付し、旧暦の可能性を記載すれば、法務省への情報提供にはなります。ただし、訂正先の日付自体は書類上の根拠に基づくものにしてください」
「分かりました」
「角田さん」
「はい」
「完璧な正解は出ません。出生証明書がない以上、どの日付にも不確実性が残ります。上申書に求められるのは、現在の戸籍の記載よりも蓋然性が高い日付です。それ以上ではない」
角田は受話器を置いた。
手帳に書いた。
——訂正先:一九六〇年二月二十九日。
——根拠:外国人登録原票、本国除籍謄本、申請者の意思。
——補足資料:旧暦換算対照表(万年暦)。旧暦二月二十九日=陽暦三月二十六日の可能性を記載。
——猪瀬の助言:「完璧な正解は出ない。蓋然性の高い日付を」。
*
上申書を書いた。
一日で書けた。陳述書に三日かかったのが嘘のように、上申書の文面はすんなりと出てきた。訂正先の日付が決まれば、後は事実と根拠を並べるだけだった。
上申の趣旨に「昭和三十五年二月二十九日」と書き入れた。現在の戸籍の「昭和三十三年」を「昭和三十五年」に訂正することを求める。理由は、帰化申請時に代理人が出生年を変更したこと。詳細は佐伯の陳述書に記載の通り。添付書類は七点。陳述書、韓国除籍謄本、外国人登録原票記載事項証明書、帰化許可申請書控え、現行戸籍謄本、生年月日対照表。そして七点目に、旧暦・陽暦換算表を参考資料として添えた。
角田は上申書を読み返した。
「昭和三十五年二月二十九日」。金大植が旧暦で申告した日付をそのまま登録したものだ。陽暦に換算すれば三月二十六日になる。だが三月二十六日はどの書類にもない。角田が書いたのは、六十六年前の済州島の深夜に消えた記憶の、書類に残った影だ。
上申書を封筒に入れた。添付書類を確認した。七点。全て揃っている。
明日、法務局に提出する。
*
夕方。工場に寄った。
旋盤が動いていた。回転は遅い。だが動いていた。
鉄男は作業台に向かっていた。角田が入ると、手を止めた。
「角田先生」
「上申書ができました。明日、法務局に提出します」
「……そうか」
「訂正先は昭和三十五年二月二十九日です。一九六〇年。鉄男さんの外国人登録と、お父さんの本国の書類に書かれていた日付です」
鉄男は手を拭いた。
「閏年か」
「はい。一九六〇年は閏年です。二月二十九日は存在します」
「やっと、俺の誕生日ができるのか」
角田は頷いた。
「もう一つ、お伝えしたいことがあります」
「何だ」
「お父さんが役所で届けた二月二十九日は、旧暦の日付だった可能性があります。外国人登録原票の備考欄に、担当者が鉛筆で書いていました。『本人申告、旧暦』と」
鉄男は作業台に手をついた。
「旧暦」
「旧暦の一九六〇年二月二十九日を陽暦に換算すると、三月二十六日になります。お母さんが三月一日と覚えていたのは、旧暦の三月一日——つまり旧暦二月二十九日の翌日だった可能性があります。お父さんは二月の終わりと覚えていて、お母さんは三月と覚えていた。同じ夜の、別の記憶です」
鉄男は旋盤のハンドルを見ていた。
「……親父とお袋が、同じことを言ってたのか」
「証明はできません。書類にはなりません。ただ、そういう可能性があります」
鉄男はしばらく黙っていた。それから、旋盤の電源を入れた。
「角田先生。俺の誕生日は二月二十九日でいい。旧暦でも陽暦でも、親父が覚えてた日だ」
旋盤が回り始めた。低い唸り。回転は遅かったが、安定していた。
*
長谷川に寄った。
「かけ。卵」
四百二十円。
蕎麦を啜った。卵を崩して汁に溶かした。上申書は書けた。添付書類は揃った。明日、法務局に提出する。猪瀬が受理してくれるかどうかは分からないが、角田が書ける書類は全て書いた。
丼の汁を、底まで飲んだ。




