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第八十五話  走れモーリス

 シアからのカナタの話が一通り終わって、朝ご飯を食べて、さて今日を始めよう。

 「今日はどうする?」

 まずはジリーが口を開いた。

 「あたしはそのノートの代わりを買いに行くよ。あ、シアにも付き合ってもらうからね。強制参加」

 「まあ至急で何も考えずに書いてしまった私に非があるのだから、それくらいは付き合おう。ただお金はないので……」

 「それも含めてだよ。シアにはそのままあたしの繋がりで仕事を紹介する」

 「……我ながら不安だ」

 本当に不安そうだけど、それがまた面白い。

 「あんた十五歳から魔王ならば社会経験もあんまりないんじゃないの? この際だから私たちを支える下準備だと思って頑張ってきなさい」

 「……分かった。勇者にそう言われては気合を入れなければいけないな」

 笑顔に変わったから、シアはこれで大丈夫。


 「僕はシアさんの注文もあるので今日も工房にこもります。アイシャさんも暇ならば来ますか?」

 「うーん……私はちょっとレイアの工房に行きたいから、その後ね。リサさんは?」

 「わたくしはまた図書館です。……この際だからお話しますが、もう少しで自分の時代へと戻る算段がつきそうなのです」

 「おおっ!」「おおっ!」

 私と一緒にフューラも期待の声をあげた。やっぱりそうなんだね。

 「ですが今日は目標を変更し、カナタさんを取り戻す方法を探るつもりです。わたくしも”またな”という言葉を信じますから」

 「うん。じゃあ頑張ってください」

 「はい」

 横目にフューラの顔が見えたんだけど、ちょっと申し訳なさそうだった。多分自分だけあまり貢献してないと思っちゃったんじゃないかな?


 「モーリスは勉強?」

 (ううん。――――)

 先生お休み、だって。シオンさんも休みがほしくなるよね。

 「それじゃあモーリスはあたしたちが預かるよ。それが一番だろ?」

 「うん」(うん)

 あはは、モーリスも頷いた。



 ――レイアの工房。

 昨日帰ってから気付いたんだけど、鞘がちょっとガタガタしてて、そろそろ寿命かも。

 だからそろそろ新しいのに変えようかな? って思ったから、その相談に来ました。カナタにも命を扱う道具は万全にって怒られたからね。


 「んー、確かに結構ガタついてるね。壊れて大事な時に鞘から抜けなくなったら困るから、新品と交換したほうがいいと思う」

 「やっぱり」

 「それに剣の鋭さについていけなくなってきてるみたい。ここ見て」

 レイアが指差したのは、鞘の奥の、丁度刃が接触する部分。

 鉄でしっかりカバーされてるはずなんだけど、その鉄部分が削れて穴が空きそうになってる。

 「うわーこんなになるものなんだ」

 「何度も出し入れしていればね。それに見た限りでは、アイシャはちょっと右に引っ張りながら抜く癖があるみたい」

 「んー?」

 という事で試しにやってみた。鞘を背負って、剣は今持ってないから、そこにあるのを貸してもらって実演。


 鞘から剣を引くとロックが外れて、剣を手前側に引き出せるようになる。そして剣を……あ、本当だ。私ちょっとだけ右手側に引きずって剣を取り出す癖がある。

 「傷だけでよく分かるね」

 「職人ですから! えっへん!」

 「わーさすがだー!」

 なんて会話をしつつ、さてどうしようかなという相談へ。

 「鞘のサイズは? エフォートクリスタルはカバー部分に使うくらいは残ってるし、どうせならばちょっと大きくする?」

 「んー、今更変えてもなーって感じ。感覚が変わると攻撃のタイミングや力加減にも影響するから」

 「感覚だけでよく分かるね」

 「勇者ですから! えっへん!」

 「わーさすがだー! って、本当?」

 天丼が終わった途端疑われた。

 「本当。だから柄を作り直す時あれだけ神経質になってたんだからね?」

 「あはは。そうだよね。んーそうしたら単純に強化させるのが一番かな?」

 「うん。……あ、フューラに頼むって手もあった」

 「えー? うちの売り上げに貢献してよー」

 「えー」って冗談で言ったら「えー」って冗談で返された。

 ……でも、もしもフューラに作ってもらったとして、そのうちフューラが帰っちゃって、その後壊れたらもう直せなくなるから……。

 「うん、やっぱりレイアに頼むのが一番だ」

 「まいどありーなんちゃって」

 その後も私は世間話に花を咲かせつつ、レイアのお仕事を見て……あれ? これ私邪魔になってない?



 ――お昼前に移動、フューラの工房へ。

 鞘はそのままレイアの工房に置いてきて、代わりに同じ構造で同じサイズのを貸してもらってます。ただ重さも感覚もやっぱり違うから、このまま戦闘へ、ってのは避けたい。

 「フューラー! きったよー!」

 「はーいどうぞー」

 んじゃ、おじゃまー。



 ――一方その頃、文房具店。シア視点。

 商店街の一角にある店に来た。店には我々のほかに客が三名。

 ……丁度一名帰った。なので我々以外は二名だ。

 店の雰囲気は、まあ……こんなものであろうな。さてお買い物だ。


 「いきなりだけどさ、シアは勉強出来るのかい?」

 「本当にいきなりだな」

 商品選びはモーリスに一任し、私とジリーは店をのんびり見て回っていたところだ。

 「私は……あまり自信ない。少なくとも黒幕に操られて戦争を起こすような人物だからな」

 「それとこれとは別だと思うけどね。んじゃさ、色々終わって落ち着いたら、あたしとモーリスとシアの、この三人で学校へ行こうか?」

 「学校か……」

 一般教養という点では私は一歩劣ると思っている。

 なにせ田舎育ちの小娘が十五歳でいきなり魔王にされてしまい、そうやって出来たのが私なのだ。朝にアイシャにも言われたが、私には社会経験というものが足りない。


 モーリスの欲しいノートはすぐ見つかり、ノート二冊と羽根ペン一本を購入。

 買う物も買ったので、店を出る。

 「次はどうする?」

 「決まってるじゃん。シアに仕事の紹介。まあ難しいのじゃないからあんたでも出来るよ」

 「なるほど」

 と歩き始めたところで、後方から「どろぼー!」という叫び声が。

 「泥棒!? どこだ?」

 周囲を見回したその時、先ほどの文房具店から四十代後半から五十代と思われるご婦人が来て、ジリーの腕を掴んだ。

 「あんた万引きしたでしょ! 見たんだから!」

 「えっ!? あたしは何も盗っちゃいないよ? 人違いじゃ」「あ! 憲兵さんこの人泥棒です!」

 聞く耳を持たないとはこの事か。

 周囲がざわつき始めており、ジリーの顔もそれなりに知られており、二人来た憲兵もジリーの顔を認識している様子。

 このままではまずい事になりそうだ。私が口添えすべきだな。

 「そこのご婦人、いきなり過ぎではないか? 私は彼女の友達でありずっと一緒にいたが、何も盗ってなどいないぞ?」

 「魔族の言う事なんか信じられるかい!」

 ……私はそんな感情を植え付けてしまった当人。ちょっと泣きたくなってきたぞ。


 と、モーリスがそのご婦人に向かって指を差し何かを叫んでいる。……が、分からない。

 「モーリス落ち着け」と引き剥がすのだが、明らかにそのご婦人を敵視している。

 「あーすみませんが、詰め所までご同行お願いします」

 むぅ、憲兵に逆らう事は出来ない。ジリーと目を合わせると呆れ気味に頷いたので、ジリーも大人しく従う事にしたようだ。

 「目撃者のあなたも」

 「え、私も? 私は見ただけなんだから関係ないよ! だからさっさとそいつら連れて行きなさいよ!」

 なんだろう? いきなりご婦人が狼狽し始めた。

 モーリスの反応とも照らし合わせてみると答えは一つだけなのだが、しかし……。

 ご婦人はその場から逃げようとする素振りをし、憲兵になだめられているのだが、なにか異様なほどしつこい。


 と、次は店主が出てきた。

 「確かに商品が幾つかなくなってた。あんたちょっと荷物を改めさせてもらうよ? あと店の前でやられると困るんだ。一旦店に入って」

 「……はあ。はいはいわーったよ」

 私たちとご婦人と憲兵は店に戻り、麻の手さげバッグを持ってきていたので、憲兵がその中身を確認する。

 「えーと、ノート二冊に羽根ペン一本に……」

 「だけだよ? シアもモーリスも見てたからね」

 「……じゃあ、これは?」

 バッグの奥から、見た事のない箱が出てきた。

 「知らない」

 「ああ。私もそんな物をバッグに入れたところは見ていない」

 皆の視線は店主へ。

 「……それ、結構高い万年筆だよ。ほら、あそこにある」

 指差す棚を見ると、これと同じ箱が二つ置いてある。値段は……わお、一シルバーだ。

 「今朝までは三箱あったのを確認してる。……あんた」「いやいや、あたしは本当に知らないんだって!」

 「どちらにせよ詰め所までご同行お願いします。抵抗する場合は」「わーったわーった! ……はあ」

 「魔族のお二人と、目撃したあなたもご同行お願いしますね」

 「私は見ただけなんだからさっさと帰らせなさいよ!」

 やっぱりこのご婦人、なにかおかしい。



 ――その後、フューラの工房。アイシャ視点。

 「――へえー。でも私は賛成。あ、ついでだから」「すみませーん、王宮のものです」

 ……え?

 フューラと顔を見合わせちゃった。王宮の使いがここに来る事はないんだ。それが来ちゃったという事はつまり……。

 「緊急ですね。はーい、今行きます!」


 玄関先で王宮の兵士から話を聞いていたフューラが、私を手招きした。

 「大変です。ジリーさんが窃盗容疑で事情聴取を受けています」

 「えっ!? あり得ないよ! だってジリーは」「だから大変なんです。行きましょう」「……分かった!」

 ジリーはトムから無期限の執行猶予を宣告されていて、破れば無期懲役。それにジリーはとっくに今までの事を反省してるから、窃盗だなんて何かの間違いだ。何よりもその場にはシアもモーリスもいるはず。シアはともかく、あのモーリスがジリーのそんな言動を見逃すはずがない。



 ――王宮、玉座。

 急いで到着したら、丁度ジリーに手錠がかけられるところだった。

 「ちょっと! どうなってんのさ!」

 するとジリーが泣きそうな顔で振り返った。私はトムを睨む。

 「証言があるし、物的証拠も出てきちゃったからね。そこの女性が目撃者」

 「アイシャ、信じてよ。あたし知らないんだよ……」

 一方見たって言ってる女性は……なんかおかしい。

 勇者のカン? かな? ともかく何かが変。妙に落ち着きがないっていうか、逃げ出したそうにも見える。目撃したからって何かされると思ってるのかな?

 「シア、あんたもいたんでしょ?」

 「ああ。私もそのような事は無いと何度も言っているのだが、このご婦人は一切の聞く耳を持たないのだ。なので仕方がなくトム王に直談判という訳だ」

 「だから見たって言ってるじゃない! 私は帰りたいの!」


 その後も目撃者はかんしゃくを起こしつつ自分は見たんだの一点張り。そして決まって早く帰りたい。絶対におかしいよね。

 「……その証言、どうすれば覆る?」

 「それは、まあ……別の証言が出てくれば変わるよ」

 別の証言か。

 「あっ! 文房具店の客は我々とご婦人以外にもう一人いた! 確か若い男性だった」

 いいところでシアが思い出してくれた。

 「分かった。探してくる!」「待って!」

 早速行こうとしたらフューラに止められた。

 「アイシャさんはその人の顔を知りませんよね? この場はシアさんが行くべきです」


 「待った。シアさんの事情からして一人には出来ない」

 トムの奴……ううん、トムは間違ってないね。

 「じゃあ私が付いて行けば」「許可しない」「なんで!」

 前言撤回!

 「アイシャとフューラさんは、ジリーさんとシアさんの監視役。二人ともが暴れたらこの城が壊れるからね」

 「そんな事しないっての」「するはずがなかろう」

 「だとしてもだよ。それとも皆さんはオレの決定に反旗を翻すと?」

 ……トム、なに考えてんだよ……。

 「だから、ここはモーリス君に行ってもらうよ。いいね?」

 (……うん!)

 頷くとすぐにモーリスは走って行っちゃった。

 「……トム、後で覚えておきなさい」



 ――モーリス視点。

 といってもモーリス自身は言葉を発する事が出来ないので、実質的には第三者視点でお送りいたします。

 (いたします)

 さてモーリスの向かう先は?

 (文房具店)

 まずはシアの見たという男性の容姿を店主に確認するところから始めるモーリス。



 ――文房具店。

 入店しそのまま真っ直ぐ店主の元へ。

 「ん? あ、お前さっきの!」

 (うん)

 モーリスはまず自分が言葉を発せない事を光文字で説明。歯を見せ音が出ない事も実演して見せた。

 「そんな呪いがあるのかい。……だとしても盗んだ事には変わりないよ」

 (ううん。――――――!)

 「……あの女性が嘘の証言をねぇ……」

 (――――、――――――?)

 モーリスは簡単な説明と男性の容姿を質問。

 「……別の証言がほしい、だから男の客を探すと?」

 (うん)

 店主にも少し引っかかる部分があり、そしてモーリスの必死さにその引っかかりが鍵になっているのではないかと心の奥で疑い始めた。もちろんそのような心の動きもモーリスには手に取るように分かる。


 「……男の人は、髪はオールバックで眼鏡をかけて鋭い目をしていたね。歳は三十代かな? 特徴的な目だったから覚えてるよ」

 モーリスには店主が思い浮かべたイメージも見えているのだが、自分を信用して正しい答えを言ってくれるのだろうか、という不安から、あえて口は挟まずに静かに聞いていた。

 (――、――――?)

 「買ったもの? えーっと……どうだったかな……。あーえーっと……棚のあそこらへんを見ていたね」

 店主がカウンターから身を乗り出して指を差してくれたので、モーリスはそこへ移動。何かヒントがないかと探す。


 男性が物色していた棚は、教師向けの教材のコーナーだった。指し棒や特大サイズの定規、チョークに黒板消しなど。

 (……あ、赤いチョークが売れてる。先生さんなのかな?)

 と推理するモーリス。

 更に周囲を確認するもどうやら赤いチョーク以外は売れた形跡がない。

 (赤いチョークだけ……口紅と間違えた?)

 んな訳あるかい!

 (ですよねー)

 というメタなやり取りの中、店主が声をかけた。

 「ちょっといいかい? これが売り上げ伝票で……ほら、これが君の。ノート二冊と羽根ペン。そして次がそのお客さんので、赤いチョーク一箱だけを買ってる」

 (うん。――――?)

 「そこまでは分からないなー。でも学校は近いよ。ここから東に十分くらい」

 (――――!)

 お礼を言い早速走り向かうモーリス。



 ――学校。

 到着したはいいが、いざとなると尻込みするモーリス。

 (だって……)

 しかし今日は休日なのでどちらにせよ生徒は一人もいない。

 (そうなの? それじゃあ……行ってみる)

 一人校庭を抜け校舎へ。

 初めての学校が、まさかこのような事態の中訪れるとは思ってもいなかったモーリスは、内心かなりガッカリしている。

 校舎内をさてどちらに行こうか迷っていると、入り口の上にプレートがあるのを見つけたモーリス。

 (……でもどこに行けばいいんだろう?)

 職員室というものを知らないので仕方がない。


 「君!」

 (ひぃっ!)

 徘徊中、いきなり後ろから大声で呼び止められ、驚き固まるモーリス。

 「今日は休みですよ。……ん? 見た事の無い生徒さんですね。まさか……」

 (ちがうちがう!)

 手と顔を振り必死に否定するモーリス。

 「……もしかして、文房具店にいましたか?」(うん! うん!)

 これまた必死に肯定するモーリスを見て、相手もしっかりと思い出した。

 「やっぱり」

 偶然にも例の鋭い目をした男性に声をかけられたのだった。

 「それで? 何の用ですか?」

 (――――――!)

 「……?」

 焦り文字で説明するのを忘れているモーリス。

 (あっ!)

 という事で自身の状況と、ジリーの事などを説明。


 「なるほど、分かりました。……私、実は教師ではないんですけどね。ちょっと待っていてください」

 男性は職員室に戻り、モーリスも中を覗き見。そこは木製の机の並ぶ、普通の職員室。しかしモーリスには初めて見る光景であり、何もかもが新鮮に映る。

 そこには女性が一人おり、先ほどの男性はその女性と話している。

 「――うん、分かった。あ、あの子?」

 「そう。だから今日は帰るね」

 「はーい」

 (……あの二人、恋人同士だ)

 心の声で気付きはしたが、モーリスにとっては二の次。



 ――男性を連れ、一旦文房具店へ。

 道中男性は自身の事を話してくれた。

 「ここで言う事ではないけれど、私は隣町の自警団に所属しているんです」

 (えっ!?)

 「先ほどは私の守備範囲ではなので触りませんでしたが、証言が欲しいというのであれば喜んでお手伝いさせていただきますよ」

 (うん)

 顔色は変えない男性であるが、モーリスは心が読めるので、その言葉に嘘がない事が分かる。


 文房具店に入ると、店主がすぐに気付いた。

 「あっ! そうそうその人! 見つかったんだね」

 (うん)

 そして店主と男性との会話。

 「私は隣町の自警団員なんですが、知り合いに教師がいまして、そのお使いを頼まれて来店したんですよ」

 「あ、そうなんですか。ならば全て?」

 「ええ。そちらは?」

 「はい」

 短い会話だが、モーリスにとっては嬉しい限りの内容であり、気付けばニヤけている。

 (あっ)

 「ん?」

 そんなモーリスに、店主と男性の二人同時に視線を送った。

 (――、――――)

 改めて証言してもらえるのかと確認を取るモーリス。

 「ええ。そのつもりなので」

 「私も一旦店を閉めて向かいますので、先に向かってください」

 (はい)「はい」



 ――王宮、玉座。

 「あ、来ましたよ」

 と声をあげたのはフューラ、なにせレーダーでモーリスの動向は確認していたのだ。

 その言葉のとおりモーリスと男性登場。

 (ただいま)

 モーリスはジリーの元へとすぐに向かい、優しく手を繋いだ。おかげでジリーも少しほっとしている。

 「トム王様、お初にお目にかかります」

 「よくいらしてくれました。堅苦しい挨拶は抜きで、答えを聞きましょうか」

 「はい」

 しかしその途端に若干大人しくなっていた婦人がまた声を荒げ始めた。

 「その子供ってあんたの仲間でしょ! だったらその男もあんたらの仲間なんでしょ! グルになってるんでしょ!」


 「……グル、ですか」

 一番に反応したのは、第二の目撃者である男性だった。

 「どちらにせよ自己紹介は必要のようですね。私は隣町ロンダで自警団の副団長を務めるシュージと申します」

 「ふ、副団長っ!?」

 当人とモーリス以外、トム王も含めて全員が驚いた。

 というのも、この男性のような若さで副団長になる事は容易ではなく、それだけこの男性が切れ者であるという事なのだ。

 「あっ! 思い出した! 以前ロンダに出向いた際もお会いしましたよね?」

 「はい。陛下に覚えていただいているとは、光栄です」

 「なるほど。……これ以上なく信頼出来る証言者ですね。あなたも分かりましたね?」

 婦人に話を回すトム王。一方の婦人は聞こえないふり。


 「では証言いたします。まずは私自身の行動と事件前の状況から。私はこの子とそちらの女性二名が入店する少し前に店に来たのですが、その時点で他には杖を突いた壮年の女性が一名とそこのご婦人がおりました。壮年の女性は……確か、三名が入店したすぐ後にインクを購入し帰ったと記憶しています。そして私ですが、赤いチョークを買うようにお使いを頼まれていまして、しかし詳細は聞いておらず、どうしようかと店内を巡回している最中、例の事件が起こりました」

 皆静かに頷く。

 「問題はその前段階、ご婦人の行動とそちらの女性の位置関係にありますが――」

 「すみません遅れました。私は文房具店の店主をしています」

 「あ、被害者の方ですね。どうぞ」

 いいところで店主到着。その途端例のご婦人が逃走を図った。

 「ライトフリーズ!」

 魔法を使ったのはシアだった。ご婦人は逃げる体勢のまま体が固まり動きを止めた。

 「ただ動きを止めるだけなので人体への影響は無い。安心してくれ」

 シアは衛兵が腕を掴んだところで魔法を解除。


 ご婦人は衛兵に両脇を押さえられ逃げられない。

 「……さて、お二人から証言をいただきます。まずは副団長さんから」

 「はい。私の見た限りでは、ご婦人の位置からは女性が盗みを働くところを見るのは不可能だったでしょう。二人の位置は常に店のほぼ両端でしたから」

 「なるほど。では店主さん」

 「はい。えー、その後盗まれたものを再確認しましたところ、小物がさらに十一点、金額にして六千百ブロンズ相当が無くなっていました。これは伝票からも確認済みです」

 「……もう分かったから! 証言撤回します! だからもう帰っていいでしょ!」

 動揺の声が広がる謁見の間。そしてトム王は溜め息。

 「はあ。分かりました」

 この言葉を聞き、婦人は衛兵の腕を振り払った。

 「ったく離しなさいよ! それじゃあ私は帰るから!」「衛兵! そいつの所持品を検査しろ!」「はっ!」

 「なっ、なによっ!!」

 残念、トム王はそこまで愚かではない。



 ――所持品検査。

 婦人は憲兵にまたも押さえられた。

 「ご主人、無くなっていた商品はどのような物なのでしょうか?」

 「メモしてきたので、えー……羽根ペンが一本、安売り万年筆が二本、インクが黒と赤の二色一本ずつ、ノートが三冊、コンパスが一本、紙を押さえるための重石が一つ、そして2.5メートルの巻尺が一本ですね」

 「バラバラですね。では衛兵、確認を」「はっ」

 婦人の革バッグからまず出てきたのは財布。中身は二十八シルバーも入っている。

 「裕福な方なんですか?」「……」

 婦人は黙秘。


 その後も中身の確認は続き、新品の羽根ペンに万年筆、二色のインクにノート、コンパス、文鎮代わりの彫刻された重石、そして2.5メートルの巻尺が出てきた。

 「これは?」

 「……知らない。私じゃない。きっと誰かが私の見てない隙に入れたに決まってる!」

 すると副団長が眼鏡をクイッと上げつつ、口を開いた。

 「生活に困っていない層の人が、スリルを求めて窃盗に及ぶという事件は意外と多いんですよ」

 「私じゃないっての!」

 「いいえ、これはあなたが盗んだものですよ。エルザ・ワトソンさん」

 副団長が名前を知っている事に皆驚いた。モーリスすらもだ。

 「ワト……」

 そしてその名前にジリーは複雑な表情。なにせジリーの元の名字はワトキンソン。かなり近いのだ。


 「思い出しましたよ。十二年前、私が新人の頃にも同様の事件がありました。加害者は誰かが勝手に商品を入れて自分を悪役に仕立てたのだと譲らなかったものの、盗まれた商品が一点物の高額商品であったために疑いは消えず、その加害者がシロであると判明した頃には、その方は獄中で自ら命を断った後でした。……そして、その証言を行ったのがあなた、エルザ・ワトソンだ」

 一気に場の雰囲気が変わった。

 「……あなたは、自分の窃盗を他人に高価なものを擦り付ける事であやふやにし逃れていた。そして今回も。そういう事ですね?」

 「……黙秘権!」

 するとトム王はモーリスに心で確認を取った。

 (……うん)

 「ありがとう」

 この日トム王が笑顔を見せたのはこれが最後だった。



 「エルザ・ワトソン。グラティア王国の王として貴様に黙秘権は認めない。全てを認め、全てを話せ。これは王の命令である!」

 「……」

 それでも黙るエルザ・ワトソン。

 「仕方がない。当人に確認は取ったので皆にも話すが、このモーリスはオレが認める読心の特殊能力保有者だ。たとえ口をつぐもうともその心や考えは全てお見通しだ。その上で再度命ずる。エルザ・ワトソン、全てを認め、全てを話せ!」

 「……」

 なおも黙秘するエルザ・ワトソンだが、次の瞬間には全てを認めざるを得なくなる。

 (――――、――――――)

 「他にも七件!?」「なっ!? なんで知って……あっ……」

 「……これは大物だな。衛兵! こいつを今すぐ縛り上げ、牢にぶち込め!」「はっ!」

 「いきなり牢屋って!」「貴様はそれだけの罪を犯した! いいから連れて行け!」

 トム王は激怒した。

 その怒り具合は、幼馴染のアイシャですらも驚くほどだった。


 エルザ・ワトソンは連れて行かれ、ジリーの手錠も開錠された。ジリーはそのまま高級万年筆を店主に返却。

 「今回の件、ジリーさんは冤罪であると公式に発表させてもらいます」

 「え、発表って、そんな大事にしなくても」「いいえ。既に悪い噂は回り始めた。しっかりと事情を説明しこの噂を潰す必要がある。申し訳ないがこればかりはジリーさんやアイシャが否定しても実行させてもらいます」

 強い語気のトム王に、ジリーも折れた。

 「……うん。わーった。任せます。アイシャもそれでいいだろ?」

 「ジリーがいいって言うんだから私が口を挟む余地はないよ」

 ようやくみんな気を抜く事が出来た。

 「証言者のお二方とジリーさんには後日呼び出しが掛かります。申し訳ありませんがご了承ください」

 「はい」「分かりました」「仕方ないね」

 これにてジリーは解放。アイシャたちも証言者の二人も、そして周りの憲兵すらも小さく喜びの声をあげた。

 (はあ……モーリス君を選んで正解だった。これでジリーさんともより親密になってくれるかな)

 というトム王の心の声を、残念ながらモーリスは聞き逃した。



 ――王宮、広間。

 証言者の二人がモーリスの元へ。

 「君、心を読めるんですね」

 (うん)

 笑顔で答えるモーリスに、終始厳しい表情だった副団長も笑顔を見せた。

 次に店主。

 「すごいなー。あ、そうしたら私の心も読んでいたんだね?」

 (うん。――――)

 「あーいいよいいよ謝らなくて。むしろ最初お前なんて言って悪かったね」

 (――――)

 「あはは、そうかい」

 首を振り、気にしないと書いたモーリス。

 するとジリーも来た。

 「あの、今回はあたしの不注意だ。あのババアが妙な動きをした瞬間を見逃したせいでこうなったんだからね。だから、ごめんなさいっ!」

 しっかりと頭を下げるジリー。証言者の二人は顔を見合わせ、店主がそれに答えた。

 「……顔を上げてください。私も疑ったんだから人の事は言えませんからね。ノート二冊に羽根ペン、お買い上げありがとうございました」

 頭を下げたままのジリーの目からは、涙がこぼれていた。


 そしてシアとアイシャも来た。

 「これで嫌疑は晴れたのだな」

 「うん。お疲れ様ジリー。それと私からも、証言ありがとうございました」

 ちゃんとやる事はやるアイシャである。

 「……あっ! もしかして勇者さん?」

 「あはは、そうです」

 その後はモーリスの事情の話になった。

 「――それは……うん。それじゃあこれを差し上げます」

 店主が差し出したのは、さっきジリーから返却してもらった万年筆。お値段一シルバーである。

 (えっ!? ――――? ――――――!)

 高い物だからもらえないと突き返すモーリス。

 「ははは、いいのいいの私が言うんだからいいの。だから今後とも勉強に励んでください。いつか声も戻るといいね」

 (……――、――――!)

 もう一度突き返すモーリス。

 「ならば私が半額出しましょう。知り合いの教師から、努力に見合う報酬を与えるのも教育だと言われましたので」

 「あ、それじゃーあたしがもう半分出すよ。あたしの疑いが晴れたのはモーリスがお二人さんを連れてきてくれたからだ。あたしが一番感謝しなくちゃいけないからね」

 ジリーは満面の笑顔をモーリスに示した。


 「……おっとそうだそうだ。今日だけこの万年筆は半額セール中だったんだよ」

 「随分と調子のいいタイミングですね。では二千五百ブロンズを」

 「あ、あたしも……でいいんだよね? ……はい」

 「ひーふーみー……はい、丁度お預かりいたしました。では今後ともご贔屓によろしくお願いいたします」

 店主は笑顔で手を振りながら文房具店へ帰宅。

 「読心の特殊能力があれば、人の悩みにも答えやすいでしょうね。それでは私も、お先に失礼します」

 隣町の憲兵団副団長も軽く会釈し笑顔で去っていった。


 その後モーリスの机には、十ブロンズの羽根ペンではなく、半額セール五千ブロンズの万年筆が置かれる事となった。

 (うん!)

 モーリスも大満足の書き心地である。

 「ところでシアが作る晩御飯は?」

 「……もう出たくないので後日にしてくれ……」

 一方気疲れだけは人一倍の魔王であった。



モーリスにスポットを当てたくなったものの、喋れないモーリスをどうするかと考えた結果、第三者視点という手段を使ってみた。

なおあの人とあの人は前作からのゲストです。

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