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第八十四話  道筋

 ――どこか。シア視点。

 「……ここは……?」

 私は今、どこか見慣れた街の、見慣れた道を歩いている。時刻は……茜色の空から、夕刻だと分かる。

 「そういえば、カナタを世界に招いたあの時も、このような空だったな」

 アスファルトの歩道にコンクリートのブロック塀。電柱には近所のよからぬ店の宣伝チラシが張ってある。

 ……しかし人影は一切なく、車道の往来もない。まるで時が止まったかのような静けさだ。


 「……あ」

 延々と続く道を何も分からず何も考えず歩いていると、とても見慣れた一軒のボロアパートがあった。

 「なーんだ」

 晩飯前の散歩に出て、静かな街に翻弄されてしまっただけか。

 安堵した私は、雨の日には滑りそうな、赤く塗装された鉄の階段を上がり、二階一番奥へ。背後では街灯が次々と明かりを灯していた。

 ……思えばここでカナタと出会ったのだ。空腹で一歩も動けない私に、カナタは驚いていたな。まあそのすぐ後に私のほうがより驚くのだが。



 「ただいま」

 「おうおかえり。そろそろ飯出来るぞ」

 見慣れた顔が台所で料理中。

 私は居間の座布団に座り、テレビを点けた。しかしやっている番組は全て天気予報。まあテレビを楽しみにしている訳ではないので構わない。

 滑舌の良くない男性が地図を棒で指している。明日の予報は全国的に晴れのようだ。


 「最近どうよ?」

 料理をしながら、そのままの姿勢で聞いてきた。

 「どうよとは?」

 「お前の身の回りだよ。復活してまだ日が浅いんだし、色々と不便はあるんだろう?」

 「確かに少々不便はあるが、しかし皆にも助けてもらっているので不満はない」

 「そうか。それじゃー俺も安心だ」

 「当然だ。あやつらがカナタを不安がらせる真似などするはずがなかろう」

 「はっはっはっ、随分と高く買ってるんだな」

 目線を合わせる必要もない、何気ない会話。普通の日常がここにはあるのだ。


 「はいおまっとさん」

 「おっ、今日は鍋か。んーいい匂いだ」

 大きな鉄鍋の中には、様々な具材が美味しそうに顔を出している。

 「俺特製のうどん入り味噌鍋な。豚肉にゴボウのつみれ、カボチャに白菜に長ネギ、しらたきにえのき、タラに海老にホタテも入ってる。全部魔族領で揃う食材だぞ」

 「随分と具沢山だな。二人で食べきれるだろうか?」

 「ははは、なぁーに六人ならばすぐだよ。それにジリーはああ見えて大食漢だからな」

 そうなのか。私の知らない一面もカナタはよく見ているな。


 具材をお皿によそい、いただきます。

 「んっ! 美味しい!」

 「だろー? まあ最初は冷蔵庫にあった賞味期限切れの具材を適当に放り込んで作ったんだけどな。伊達に三十六歳独身貧乏だった訳じゃないんだよ」

 自慢げに話すカナタだが、それは自慢出来る事ではないと思うぞ?

 「タラを鮭にしたりしてもいいから、自分なりの味を探せよ」

 「いや、私はこの味がいい。この味でなければ嫌だ!」

 「はっはっはっ、随分と気に入られたもんだ」

 その後も箸は止まらず、一瞬のうちに鍋は空になった。

 「ごちそうさん」「ごちそうさまでした」

 あまり食べた気がしないのは、それだけ美味しかったからなのだろう。



 カナタは再び台所に立ち、皿洗いを始めた。

 私はなぜかその隣に立つ事はなく、またテレビのリモコンを片手にチャンネルを回すのみ。

 しかしテレビはどのチャンネルも天気予報しかやっていない。丁度暇な時間だ。

 私はふと、カナタに聞いておきたい事があったのを思い出した。

 「そうだ、リサさんの事なのだが、カナタは世界との接点が今後分かると言ったが、実際のところはどうなのだ?」

 するとカナタは濡れた手を布巾で拭きながらこちらへと向き直った。

 「この先フィノスに行く用事が出来ると思うんだが、俺の予想では到着してから数秒とかからずにリサさんは気がつくはずだよ」

 「フィノスか。確か昨日も話に……っ!!」


 私は戦慄した。気付いてしまったのだ。これが私の見ているただの夢である事に。その証拠に、ここは東京にあるカナタの家であるはずだが、しかしカナタの姿はサラリーマンではなくピンク髪の青年なのだ。

 ……ただの夢であるが、この現実味は何だ? 夢ならば理不尽なシーンの繋がりがあってもよさそうなものだが、しかしそのような場面は全く見受けられなかった。大体この事に気付いてもなお夢はそのまま続いているではないか。

 「いきなり黙ってどうしたよ?」

 「……い、いや……鍋があまりにも美味しかったもので……」

 「あっはっはっ! 次はお前が作ってやれよ」

 「あ、ああ……」

 ……本当に夢なのだろうか? 匂いも味もある……夢?


 「……カナタ、正直に答えてくれ。これは……夢か?」

 と質問した次の瞬間、暗転した。

 目の前が真っ暗になり、味も匂いもしなくなった。そこにあったはずのテレビの音もしないし、手に持っていたはずのリモコンもない。私には何も残らなかった。

 ……後悔した。

 もう少しあの生ぬるい夢に浸かっていたかった。

 一分でいい。一秒でもいい。普通の日常をもう少し味わいたかった。



 静かに立ち上がり、この何も見えない暗い中で、私はただ呆然と目が覚めるのを待つ。

 「ひでー顔してんなー」

 「っ!? カ、カナタは消えないのか!?」

 夢の中のカナタは消えず、普通にそこに立っていた。

 「あー……これな、今の俺は単なる残留思念なんだよ。半分は俺が意思を持って動いているが、もう半分はお前の願望が見せてる夢だ。だからそろそろ消える。マジ消える。お前の中から消えて、この俺は二度と出てこなくなる」

 「なっ!? ま、待ってくれ!」「待てないんだなこれが」

 溜め息交じりの言葉が、それが回避不可能の紛れもない事実であると私に強く語ってくる。

 「そんな……」

 絶句した。私の中からカナタが消えてしまう。それを本人の口から聞いてしまった。

 「……夢だ。これは夢なのだ。さっさと覚めろ! カナタが消える前に覚めろっ!」

 「おいおい焦るなよ。話は終わっちゃいないんだぞ?」

 カナタは冷静に笑っている。私は叫んだのだぞ? なのに何故そんなにも冷静にしていられる? 


 ……そうか。カナタは既に、その覚悟をしていたのか。


 私はこれでもかと大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。カナタに恥じない覚悟を決めなければと、そう思ったからだ。

 「ふぅ……。冷静になったぞ」

 「ははは、さすが魔王様」

 「ああ、そうだ。私は魔王であるからして、前へと進まなければいけないのだ。カナタの想いを、覚悟を背負いながらな。それが私の踏み出すべき一歩だ」

 カナタは軽く手を叩いた。

 「はっはっはっ。合格だよ。正直お前が一番気がかりだったんだが……おや」

 ん? カナタの腕が透けている?

 「んー、どうやら本気で時間が残っていないようだ。……いや、これはお前がやっているのかな」

 「私が? どういう事だ?」

 「シア、お前は今覚悟を決めたんだよ。”させられていた”という状況から脱し、自ら選んで一歩を踏み出した。それはつまり、巣立ちの時を迎えたって事だ」

 私自身が、一歩を踏み出した……。私がカナタを必要としなくなった? 必要でなくなったから消えるという事か!?


 「カナタ!」「駄目だ」

 何を言う間もなく否定されてしまった。そしてカナタは、私を睨んできた。

 「一度決めた覚悟を覆すんじゃねーよ。お前は今までずっと与えられる側だった。いい加減諦めて与える側になれ」

 「しかし、カナタが消えてしまうではないか!」

 「俺が消えたところでどうって事ないんだよ。なぜならばお前もアイシャたちも、既に俺に頼らず先に進み始めているからだ。もうお前らに俺の力は必要ない!」

 その言葉はまるで、巣立ちを渋る子供を無理矢理にでも羽ばたかせるために、親鳥が巣から足で蹴落とそうとしているような、とても厳しいものだ。そしてそこには、カナタなりの優しさがこれでもかと詰まっている。


 ならば……私は、カナタとアイシャの友人として、そして魔王プロトシアとして、その想いに恥じる事なく進むのみ!

 「……んいよしっ! 分かった! 私はプロトシア=アレス・マーレィ。魔王たるものが一人で立てなくてどうする!」

 厳しかったカナタの表情が和らぎ、ニヤリと笑った。

 「おうおう、そうでなくっちゃ始まらないんだよ。あいつらにも言っておけよ? じゃないと約一名、本心を出してないのがいるからな」

 「……ああ、承知した」

 間違いなく一人、自分の心を騙している。奴隷身分であったために自分の心を押し殺す事に慣れてしまっているのがな。



 「カナタ、一つ聞きたい事がある。カナタの正体は、一体なんだったのだ?」

 「お前らの予想通りだよ」

 顔色を変えず、あっさりと言ってのけてくれた。

 「私の力を封印したピンクダイヤが意思を持ち、人の姿へと変容したのが折地彼方であると?」

 「そう。んまぁー俺も信じられないけどな。だけど、そのうち嫌でも信じる事になるから安心しろ」

 「それは安心とは違うのでは? はあ……どちらにせよ進むしか道はないのだな」

 思わず溜め息。カナタは先ほどから一切顔色を変えていない。

 「道筋はお前がつけろ。お前の言葉ならば、アイシャもフューラもリサさんもジリーもモーリスも、みんな信じて一緒に歩いてくれる。不安ならば俺が言ったってバラせ」

 「ははは。不安ではないが、しかしカナタを利用はさせてもらおう。そのほうが手っ取り早い」

 「ごもっとも。はっはっはっ」

 ようやくカナタがしっかりと動いてくれた。


 「んじゃー……あーこりゃ本当にまずいな」

 ふと見ると、既にカナタは腰から下が消えていた。その時が迫っている。

 「……カナタ! 消える前に何か私が出来る事はないか? 何でもいい! 何でも頼め! その願い、必ず聞き届けるぞ!」

 私は焦った。本当にカナタが消えてしまうのが分かったから。

 「お前への頼み事か。んー……三つあるけどいいよな?」

 「一向に構わん。どんどん頼ってくれ!」

 「ははは。分かったよ」

 一言一句聞き逃さぬよう、忘れぬようにしなければ。


 「一つ目だが、さっき食べさせた鍋だな。お前味覚には自信あるだろう?」

 「ああ。自慢ではないがこれでも魔王なのでな、いい物を食わせてもらっていた」

 「ははは。んーそれでだ、一つ後悔してる事があるんだよ。あいつらにもっと俺の作る飯を食わせてやればよかったなーって。特に魔族領の食材が日本食のそれと遜色ないってのを知ってから、ちゃんとした日本食を出してやればよかったなと」

 日本食を私が作れと? いきなりとんでもない難易度だ……。

 「その顔は尻込みしてるな? やっぱり止めるか?」

 「い、いや! 絶対に叶える! だからカナタに後悔などさせない!」

 「ははは。んじゃーバッチリ任せたぞ。お前の記憶の中には俺がバイトしてた頃のメニューもあるから、頑張って再現してくれ」

 絶対に満足させてやる。


 「二つ目にペロ村の人たちの事だ。実は最終決戦の後、そのままペロ村の人々を救出しに行くつもりだったんだよ。でも叶わなかった。だからお前の、魔王プロトシアとしての力を使って彼らを助けてやってほしい」

 「こう言っては何だが、死してなおとは、随分と肩入れしているのだな?」

 「ああ。……今は分からないだろうけど、そのうちその理由が分かるよ。っても、俺も死んでお前と一心同体になってから、その理由に気付いたんだけどな。ヒントはここまで。頼むぞ魔王」

 「承知した。何か理由があるのならば余計に重要な項目だ。必ずや達成してみせよう」

 カナタは終始笑顔だ。

 「そうだ、モーリスの事も同時に頼む。やっぱり中身三十七歳としてはモーリスには幸せになってもらいたいからな」

 「そちらも承った。モーリスは私もどうにかしてやりたいので、悪いようにはしない。約束する」

 「ならば安心だ」


 「三つ目にだが、俺になってくれ」

 「……え? 私がカナタになる? ……カナタの代わりにアイシャたちの面倒を見ろという事か?」

 「ご明察。お前は俺をあの世界に招き、アイシャとの絆を結んでくれた。だからお前には俺の代わりが出来る。俺が消えてもお前がいればアイシャたちは安泰だ」

 私が絆を結んだ……カナタとアイシャとの……。

 「任せたぞ! プロトシア!」

 「……っ任せろ!!」

 当然だ! カナタ直々の指名だぞ? この魔王プロトシア、全身全霊をかけてカナタになり代わり、アイシャたちを支えてやろうぞ!



 「よし、それじゃあ……もう胸まで消えかけてるからな。俺は逝くよ」

 「……ああ」

 ……私は、あの事をカナタに打ち明けるべきか悩んでいる。

 「時間切れ。もうお別れだ」

 そう言うと私に背を向け、私から遠ざかるように少しずつ小さくなっていく。


 ……嫌だっ!! 今あれを言わなければ、私は一生を後悔して過ごす事になってしまう!! 魔王だ何だと関係なく、一人の女性としてそれは絶対に嫌だ!!

 そう決めた瞬間から、私はカナタの背中を全力で追いかけた!

 「カナタ! 聞いてくれ! 私プロトシア=アレス・マーレィは、折地彼方の事が好きだ! 恋という意味で好きだ! もしもこの恋心が、私の力を封印した存在であるから惹かれてしまうと、そういう事であったとしても! それでも私はカナタの事が好きだ! 例えカナタの正体が石であろうとも、それでも私はカナタの事が好きだ!」

 カナタは私の告白に軽く振り返ってくれた。しかし私がどれほど走っていても、その距離は縮まるどころかどんどん開いていく。


 「知ってた」

 「……えっ!?」

 「知ってた。東京時代に二度も病院から脱走してその度に戻ってきて、しかも俺をあの世界に招いた。それが魔王として俺を利用するためではないとしっかりと理解した時、そうじゃないかと思った。そしていつだったか、みんなの中で俺がどういう存在なのかと聞いた時、お前はただ首をかしげた。あれはみんなの前でそれを悟られたくなかったんだろう?」

 「……」

 まずい、言葉が出ない。次の一言を、確定させるための一言を!


 なおも走り続け、腕を伸ばせどカナタを掴まえる事が出来ない。

 もう、もう……。

 「シア」

 「なんだ!」

 「ははは。ありがとうな。みんなにもよろしく言っておいてくれ」

 「嫌だ!! 貴様自身の口で言え!! 私に答えを言え!!!」

 「―――。―――――」



 ――。

 気がつくと、私は真っ暗な部屋の中、ベッドに寝転がり、腕を天井へと伸ばした状態になっていた。

 ……頬が濡れている。

 「夢……」

 だった……。


 ……。

 …………はっ! いやいやいやいや!!

 私は飛び起き、急ぎ書くものを探し、暗い中同室のモーリスの事など一切気にせず、この夢をなるべく詳細に書き起こす事だけに全神経を注いだ。

 ペンはあったが紙が……モーリスすまない!

 「えー……とー……」

 傍から見た私は恐らく狂人の類に見えていたであろう。それほどまでに私はこの夢を消さないようにと必死だったのだ。



 ――朝。アイシャ視点。

 ふわあぁぁあ。

 「……んんあーーー……んー……」

 珍しくジリーも起きた。なんかすごく体を伸ばしてるけど、やっぱり目覚めが遅いんだね。

 「おはよう」

 「んあ、おはよう。……はあ。カナタの夢見たよ」

 「あれ、偶然。私も。なんか笑顔でいなくなっちゃう夢」

 「えっ!? あたしもだよ! いやー、偶然ってあるんだねー」

 本気で驚いていたジリー。きっと同じ部屋だから夢も影響しあっちゃったのかな? なーんて。


 部屋のドアを開けると、これまた偶然にリサさんとフューラも同時に出てきた。

 「おはよう」

 「おはようございます。いやぁ僕でも夢を見るんですね」

 ……まさか?

 「どんな夢?」

 「えーっと、カナタさんが笑顔で立っていて、僕は追いかけるんですけど絶対に追いつけずに、カナタさんがいなくなってしまう夢です。後味最悪ですね、ははは」

 私とジリーとで顔を見合わせちゃった。そしてもう一人も驚いてた。

 「まさか、リサさんも?」

 「……ええ。まるっきり同じ夢を見ました。アイシャさんたちもですか?」

 「うん。私もジリーも同じ夢だった」

 四人して顔を見合わせて驚いた。

 「四人で同時に同じ夢を見るとは……カナタさんからのメッセージでしょうか?」

 「んー、私幽霊信じないからなぁ。あはは」

 リサさんの予想が当たってるならば、何かがあるのならば、ちゃんとカナタの口から言ってくれないと困るよ?



 ――リビング。

 丁度シアとモーリスも起きてきた。

 「おはよう。ねえこっち四人とも同じ夢見たんだから」

 「ほう、夢がシンクロしたと? 偶然とはいえ凄いな」

 他人事みたいなシアの口調から、シアが見た夢は違うみたいだね。モーリスは?

 (……)

 あれ? っていうか、なーんかご機嫌斜め?


 「シアさんはどういう夢を見たんですか?」

 フューラからの何気ない質問。

 「私は……えー………………あっ!!」

 長い沈黙の後、何かを思い出したように立ち上がって、家の中なのに全力ダッシュですっ飛んでいった。と思ったらすぐ戻ってきた。

 「モーリス、ノートどこだ!?」

 (……ふんっ!)

 あ、何か機嫌悪いのってシアのせいだ。

 「頼むよ! ……分かったそれでは勝手に探させてもらう!」

 また大急ぎで部屋に入っていった。

 「んー?」「さあ?」「なんでしょうね?」「モーリス機嫌直しな」(ふんっ!)


 「あった!」

 という叫び声がしたと思ったらモーリスがジリーに買ってもらったノートを持って、これまた大急ぎでやってきた。

 「シア、それモーリスが大切にしてたノートじゃん!」

 「すまない。だが暗がりで最初に見つけた紙がこれだったのだ」

 「あーぁあ。まーいいさ。後で新しいの買ってやんよ。んで、なんでそんな大急ぎなんだ?」

 「えーとだな……ちょっと待て……あった!」

 ノートを開いて何か確認してる。


 「皆の夢にカナタが出てきた、という話があったが、私の夢にも出てきたのだ。しかも皆とは違い、私とカナタとは密な会話を交わしている」

 「その内容が、それ?」

 「そうだ。しかし夢なので信じるか否かは皆に任せるが……えー、カナタ曰く私の夢に出てきたのは、カナタの残留思念というものであり、カナタには意思があった」

 シアの夢に出てきたカナタは、自分の意思で動いてたって事だよね。

 「……信じるかどうかは内容で決める」

 「ああ、そうしてくれると私も助かる」

 みんなも頷いた。



 私たちは食事する時と同じく、ダイニングテーブルを囲んで座った。

 「まず最初にだが、私が気付くとそこは夕刻の東京だったのだ。そしてカナタの住んでいたアパートを見つけ、疑う事なく部屋へと入った」

 「夢だとは気付いてないって事?」

 「違和感すら感じていなかった。では続けるぞ。私が部屋に入るとカナタは料理中であった。そして最近の私は上手くやっているのか? というような内容の会話をし、料理を食べた」

 ちょっと羨ましいなー。

 「どう答えたのですか?」

 リサさんからの質問。

 「不便さはあるが不満はないと。皆が助けてくれると答えた。皆がカナタを不安がらせる事などあり得ないともな」

 「あはは、嬉しい事言ってくれるんだから」

 みんな笑っちゃった。


 「カナタから幾つか頼まれ事をされてな、一つ目のカナタからの頼みだが、カナタの作る料理を私が再現し、皆に食べさせてやってほしいというものだった。もっと美味い物を色々と食わせてやればよかったと後悔していると、そう言っていた」

 「……えー? あんた再現出来るのー?」

 疑いの視線を送ってみた。

 「正直不安ではある。しかしカナタ自身が私に頼んだのだから、そして私の記憶にはカナタのレシピがしっかりと残っているのだから、任せてくれ」

 あはは。不安だとは言ったけど、自信満々だよこれ。

 「うん、分かった。じゃあ早速今晩にでも頼もうかな?」

 「あーすまないがすぐには無理だ。魔族領から食材を調達する必要があるのだ」

 「なーんだ。あ、でもあんたの料理は食べてみたいから、今日の晩御飯作ってよね」

 「ははは。承知した」

 わくわく。


 「話が前後して申し訳ないのだが、お願いをされる前にリサさんについて聞いてみた。リサさんとこの世界との繋がりが、どこで分かるのかという事だな」

 「分かったのですか?」

 「カナタ自身も断定はしなかったが、しかし話は聞けた。それが」「待って!」

 リサさん自身が話を止めちゃった。

 「わたくしはこれでもその瞬間を楽しみにしているのですよ。ネタバレはされたくありませんので、今は控えていただけますか?」

 「ははは、分かった。だがカナタ曰く、その場面が来れば数秒とかからずに気がつくそうだ」

 「それほど大きな事が待ち受けているのですね。ふふっ、これはますます楽しみにしておかなければ」

 リサさんのしっぽが揺れてる。楽しみが増えたね。



 「リサさんの事について聞いている時、私はこれが夢である事に気がついた。そしてカナタに確認を取った瞬間世界は暗転し、私はもっと長くこの穏やかな日常という夢を見ていたかったと、そう後悔した」

 「大丈夫、そのうち私が現実でその夢を見せてあげる」

 ちょっと大きく言っちゃったかな?

 「……はっはっはっ! それは楽しみにしておかなければ!」

 でも、シアが楽しそうだからいいや。それに私もそれを目標に出来るし。……これもカナタの作戦?


 「しかし暗転はしたがカナタはまだその場にいた。そしてカナタは自分が消滅するという覚悟を既にしていた。さらには私にも覚悟を決めさせた。巣立ちをし、与えられる側から与える側へと歩み始める時だと怒られてしまったのだ」

 「その覚悟は決まったの?」

 「ああ。私はカナタの想いに恥じぬよう、”させられた”魔王ではなく、自らの足で前へと進む決心をしたのだ」

 シアは自分の覚悟を改めて噛み締めてる。カナタの奴、ちゃーんとシアの事も見てたんだね。


 「そして……モーリス、貴様はもう奴隷ではない。その心を表に出してもいいのだ。カナタも気にしていたぞ?」

 それを聞いた途端モーリスは顔を背けた。

 「モーリス?」

 (……っ……)

 モーリスは……口がへの字に曲がった。そしてうつむいて……ポツポツとテーブルに涙の落ちる音がする。やっぱりまだモーリスは引きずってたんだ。


 「もしかしてモーリスの夢だけカナタが出てこなかった?」

 (ううん)

 小さく泣きながらシアからノートを取り上げ、内容を書くモーリス。

 「……カナタが? 私たちには笑顔だけでいなくなっておいて、ちょっとずるい!」

 その内容は、カナタが抱きしめてきて「声を聞く前にいなくなってごめん」と謝られたというもの。首を振ってそれを否定すると、笑顔でいなくなったと。

 「ふふっ、そうか。私に頼んでおいて自らも謝りに行くとは、やはりカナタらしい」

 「シアにも頼んだの?」

 「ああ。私の持つ魔王の権力を行使し、モーリスの幸せを見つけ出す。これがカナタからの二つ目の頼みだ」

 シアはモーリスの頭を撫でている。モーリスも頷いてるし、ちゃんとその心は伝わってるね。

 「案ずるな。魔族の王である私に全て任せろ」

 小さく頷いたモーリス。そして次は隣に座るジリーに頭を撫でられている。

 カナタはやっぱりみんなの事をしっかり見てたんだ。感謝しないと。


 「魔王の権力を使うカナタの頼みはもう一つある。例のペロ村の人々を助けろと命を受けているのだ」

 あー、そういえば言ってた。私もお世話になったから、どうにかしたいな。

 「カナタは本来、偽魔王の討伐後にペロ村の人々を救出しに行くつもりであったらしい。そしてカナタがここまで肩入れするには理由があり、死んだ後にその理由に気がついたと言っていた。つまりこれには重要な意味があるのだ」

 「……分かった。どっちにしても私もお世話になった人たちだもん。優先してどうにかするよ」

 「ああ。だが焦りは禁物。一つ一つ確実に進ませよう」

 「うん」

 この落ち着きようは、さすがは魔王様、かな。



 ジリーが控えめに手を上げた。

 「あのさ、結局カナタの正体って?」

 「それも聞いた。やはりピンクダイヤ説で正解との話だった。そして今後、嫌でもそれを信じざるを得なくなるともな」

 不穏な言葉として取った私は、思わず眉をひそめた。するとシアに笑われた。

 「はっはっはっ。どちらにせよ我々は全力を以って進むのみなのだ。そして……私がその道筋をつけろと、そう言われた」

 「……は!? あんたが先導を取れって事?」

 「いや、恐らくは違う。これは三つ目の頼みに通ずるのだろうな」

 魔王であるシアが先導を取る事は、カナタの言葉でも正直ちょっと……。でも、頼れるのは確かだよね。


 「三つ目の頼みって?」

 「……私にカナタの代理を頼んできた。皆を支えてくれとな。アイシャとカナタとの絆を結んだ私がそのポジションに着けば、皆も安泰だと言ってくれた」

 シアがカナタの代理……んー……。

 複雑な心境になっていたら、シアが立ち上がった。

 「私、プロトシア=アレス・マーレィは、全身全霊を以ってこのカナタの頼みを受諾した。まだ拙い身ではあるが、必ずや皆を支えてみせる。それをここに宣言しよう!」

 「……そっか」

 私は、ちょっと恥ずかしいんだけど、小さな音で軽く拍手してあげた。だって私のカンが、勇者のでも私個人のでも、こいつならばカナタと同じように支えてくれるって、こいつにならば弱みを見せても包み込んでくれるって、そう叫んだんだもん。


 「最後にだが……カナタはもういない。私の中から消えてしまった。もう二度と現れないと言っていた。本当にいなくなってしまったのだ」

 残念そうな声のシア。だけど表情は笑顔。

 「ならば何故笑顔なんですか?」

 私よりも先にフューラがツッコミを入れた。

 「ふふっ、それはカナタの最後の言葉に答えがある」

 「……聞かせて」

 「ああ。カナタは最後に、こう言った。”またな。待ってるぞ”と」


 ……え?

 「え? それって……」

 「ああ。”またな”だったのだ」

 ……カナタの事を考えれば、この言葉の意味は一つしかない。

 ”またな”……だったんだ。さようならじゃなかったんだ!

 「……んふふっ……」

 思わず声が漏れちゃった。


 ……よし。よし! よーし!

 「んいよおぉーしっ!! 私は決めたっ!! カナタの”またな”を必ず現実のものにする! この道の先にはカナタが待ってる! あの”種無し”に、絶対絶対ぜえええったいに! ただいまって言わせてやる!!」

 あの野郎、死んだくせに私たちに道筋を示してくれやがって!

 ……死んじゃえっ! あはははは!



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