第八十三話 勇者の本懐
――赤色帽子便事務所。アイシャ視点。
「すみませーん、社長さんいますかー?」
「はーい? おっ勇者様じゃないですか。社長はちょっと出てるんですよ。でもすぐ戻ってくるはずなので、奥でお待ちください」
「分かりました」
ここはシアは初めてのはず。そのせいか落ち着きがない。
「大丈夫だって」
「本当に頼むぞ……」
見てからに不安そうな顔しちゃってるんだから。
それから五分くらいかな? 社長さんが帰ってきた。
「おっ! 勇者さんじゃないか。今日は兄ちゃんは?」
「その事なんですけど……いきなりですみませんが、カナタが亡くなりました」
社長さんは三度ほど瞬きをした後、そのままの表情で続けた。
「え? 死んだ? またどうして?」
「私たちは先週まで魔族領まで偽魔王の討伐遠征に行っていたんです。その偽魔王に……」
「……そうか。惜しい人を亡くしちゃったね」
「はい……」
社長さんも肩を落とした。でも、だからこそ。
「でも私たちは前へと歩み始めたんです。カナタの想いを背負い、カナタのおかげで進めるんです」
「そうか。兄ちゃんも喜んでるよ」
「はい」
社長さんは小さく笑顔を見せてくれた。本当にいい人だね。
「それじゃあもうひとつ」
私はシアと目を合わせた。シアは……ちょっと怖がってるかな。
「こっちの魔族。名前はプロトシアって言います」
「プロトシアさんか。よろし……へっ!?」
「……はい。本物です。私が本物の魔王プロトシアです」
驚き固まってる社長さん。やっぱりこうなるかぁ。
「大丈夫ですよ。私がいますし、こいつ伝説にあるような人じゃないんで」
「そ……そう言われても……」
シアは残念顔。だからこそ私の心情を明らかにすべきだよね。
「すぐに受け入れろとは私も言えません。鳥の頃だって私がこいつをちゃんと受け入れたのはかなり経ってからだし、復活したこいつを本当の意味で見れたのって、アレがあったからだし」
「鳥の頃? アレって?」
あ、社長さんは知らないんだった。
「一年以上前の話です。こいつは鳥の姿で異世界にいたカナタの前に現れた。そしてカナタをこの世界に連れてきて、私と出会った。アレというのは、二日前にこいつの本心を知るきっかけがあったんです。それを聞いて、私はこの魔王プロトシアを一人の人間として見る事に決めたんです。勇者として、手を差し伸べるべきだと決めたんです」
「……勇者として……」
小さく呟き難しい表情で考えている社長さん。
「私は……」
シアだ。その表情はまるで決死隊。
「私は、皆に受け入れられず、今まさに殺されたとしても仕方がないし、何の文句も言えないと思っている。それだけの事をしたのだ。なので社長さんも、私を無理に受け入れなくてもいい。ただ、私はもう武器など見ずに静かに暮らしたい。それだけは分かってもらいたいのだ」
「……戦火を交える気はもう無いと、そういう事ですか?」
「はい」
社長さんはじっとシアの目を見ている。まるで本心を覗こうとしているみたい。
「……あなたは嘘を言っている」
ビクッとシアが引きつった。それを見て社長さんは呆れたような声になった。
「殺されても仕方がないなんて言葉を吐ける人間はね、そんな緊張しませんよ。はあ……本当に魔王なんですか? あなた……」
「えっと、ほ、本当です。……一応。」
なんか面接で怒られてる人になってるよ?
「んーまあ、私はどちらかと言えば伝説には懐疑的なので、驚きも一遍過ぎればどちらでも構わないかなと」
「あっさりしてる」
思わずポロっと心の声が。
「ははは。まあ比較的若い国のグラティアとラフリエは基本的にこんな感じだと思うよ。逆にうるさいのはメセルスタンとフィノスだろうね。片や保身、片や野心」
「どっちも私には厳しいなぁ」
なんて苦笑いしたら、社長さんは不思議そうな顔。
「小人狩りの事かい? あれが貴族階級の野蛮な遊びだってのは一般階級にも知れ渡ってるから、そこまで警戒する事でもないんじゃないかな?」
「小人族にとっては永劫消えないトラウマなんですよ。……でも、どちらにしろ踏み込むしかないのかなー……はぁ」
私にとっては地獄行きの片道切符も同じ事。
なーんて溜め息を吐いていると、シアに突付かれた。
「何?」
って振り返ると、笑顔でやんの。
「死地へと向かうのはお互い様だな!」
……ムカッ!
「おう魔王! 今からお前だけフィノスに放り込んでやろうか? あぁん!?」
「い、いやいやいやそんなつもりでは……ほんと冗談だから! やめて! 顔はやめて!」
胸倉を掴んだらこの反応。そして社長さん大爆笑。
「あっはっはっはっ! いーやー、お二人はいいコンビだねー」
「どこが!」「どこが!」
私は怒りシアは涙目。それをまた笑う社長さん。
「はっはっはっ!」
ぐぬぬぬぬーっ!
――そして移動。
「悪かった。謝るから機嫌を直してくれ」
「怒ってない」
「いや、声が」「怒ってないっての!」
全く……。
「次はネリデスールに行くよ」
「はい」
すっかり小さくなってる。
――ネリデスールカジノ。
気を取り直して、まずはいつもの守衛さん。
「こんにちは」
「ん? 子供は……あ、申し訳ない。どうぞお入りください。そちらは?」
「これも一緒」
頷いたスキンヘッドの守衛さんはあっさり通してくれた。
「……。”これ”とは、私は物か?」
「じゃーあの場でこいつ魔王だけど通ってもいい? なんて言えると思ってんの?」
「いや、そうではあるのだがな……はあ。まあ任せると言った手前、私はあまり文句は言えないのだが……」
「だったら文句言わずに付いてくる!」
ただでさえ変なコンビなんだからあまり目立ちたくないし。
オーナーの部屋は何度か来た事ある。従業員は……焦ってるけど私は今、虫の居所が悪い。だから無視してやろうっと。
「失礼します」
「ちょ、ちょっと!」
オーナーの部屋に突入したら、いかついオッサンジイサンが四人でテーブルを囲んでた。
「あ! ちょっと今はまずいんだよ」
オーナーが青い顔で飛んで来た。やっぱり悪い事企んでたんだ。
「私たちには構わずにどうぞ。どうせ通報とかする気は一切ないし」
「とは言ってもだね……はあ。皆さん申し訳ない」
「いやいや気にせず。見たところそちらはミスヒスの勇者様とお見受けしますが?」
最長老っぽい白髪に白ヒゲの爺さんが聞いてきた。笑顔を作ってはいるけど、私にはお見通し。
「はい。アイシャと言います。そしてこっちが」「待て! い、いきなりか?」
シアったら焦ってる焦ってるぅ。
「いきなりだよ。こっちがかの有名な魔王プロトシアその人ですよ」
「……ええっ!?」「なっ!?」「うそっ!?」「はい!?」
一瞬の間があってから全員驚いた。やったー私の勝ちー。
「私たちはオーナーにしか用事はないんで。ちょっと借りますね」
呆気に取られてる他の三人を尻目に、私はオーナーの手を引っ張ってちょっと奥へ。空いた席にはオーナーの右腕かな? 若い男性が代わりに座った。
「勇者様、いくらなんでもこれは……」
「文句ならばこいつに言って。憂さ晴らしだから」
「私のせいにするな。肝が冷えたぞ? もう……」
という私とシアとの会話を見て、どうやらオーナーはシアの性格を悟ったみたい。
「魔王様、失礼ながらお見受けした限りでは、いわゆる魔王という性格ではないようですが?」
「ああ。細かい事は省くが、私は魔王にさせられたのだ。かといって六千年前の口火を切ったのは間違いなく私。それについては弁解の余地はありません」
「なるほど。……私は散々悪人と接してきましたから、魔王様が悪ではない事は理解いたしました。もしも大陸側の人間がどう反応するのかを知りたいというのであれば、私のところに来たのは間違いでしょうね」
さすがはオーナー。最初の驚き以外は落ち着いてる。
「じゃあ本題。……カナタが死にました」
この話にも、驚いた様子がない。
「……そうか。勇者様が来たのに彼がいない。それを見た時からそんな予感はしていたよ」
もう分かってたんだね。
「カナタ君の最期は?」
「偽魔王の討伐中に、石化され砕かれました」
「砕かれたって、亡骸は?」
「ありません」
「……それは、厳しいね」
オーナーもやっぱり肩を落とした。本当、カナタは顔が広いんだから。
「私は仕事柄……裏のだがね。どうしても死を見る事が多い。しかし亡骸も無いというのは、悲しみをぶつける相手を見失いがちなんだよ。勇者様は大丈夫かい?」
「……大丈夫。私が悲しみをぶつける相手は、ここにいるから」
シアに目線を送ると、しっかりと頷いてくれた。
「ああ。カナタの亡骸が無いのは私のせいでもあるのだ」
「それもあるし、それだけじゃなくて、想いを二人で背負えるって事もある」
「もちろんだ」
至極真剣なシアの表情。それは間違いなく、魔族側から見た王の顔。
オーナーは安心した表情をしてる。
「その分ならばもう立ち直っているんだね。改めてだが、私からそちらへの情報提供は継続する。だからたまには遊びに来てほしいんだよ?」
「意外と寂しがり屋さんなんだ」
「ははは。まあなんだ、私の相手は大抵あちらの方々のようなメンツだからね」
私の目線がそっちに向くと、気が付いた対面の男性が手を振った。私は一応軽く頭を下げる。
「魔王様の復活は、秘密にすべき事だろうか?」
「はい。なのであの人たちにも口止めしておいてください」
「承知した。まあ勇者様が直接注意すれば一発だろうけどね」
そうかも。
「そうだ、他の人たちはどうしている? 一度知り合った以上は気になるからね」
「みんな進もうとしていますよ。でも……いえ」
言いそうになって止めた。なんでカジノのオーナーにこんな相談してるんだろう? って思ったから。
「……私は人生経験だけは豊富だから、相談には喜んで乗らせてもらうよ。もちろん守秘義務は厳守する。悪役なりの確かな約束だ」
この言葉に、信用は出来ないけど信頼は出来るって、そう思った。
「んー、オーナーにこんな事を言うのは違うかもしれないんだけど、正直なところ、次をどこに定めればいいのかなって暗中模索してる」
「なるほどね。……魔王様は?」
「アイシャ以上に迷っている。しかしどうにかしなければという気持ちは強い。……またそれが余計に空回りしている気もするのだがな」
「よくある話ですね。うーん……」
ちゃんと考えてくれてる。正直私はあんまりこの人好きじゃないんだけど、でもいい人ではあるみたいだね。
「……どうすればいいか分からない時はどうしても焦ってしまう。すると余計に周りが見えなくなる。ここは一つ受け身になるのはどうだろう? ギャンブルでもそうなんだが、相手から来るのを待つ、というのは非常に大切な戦略なんだよ」
思わずシアと顔を見合わせた。私たちは間違いなく踏み出した一歩の置き場所に焦っていた。オーナーはそれを見抜いたんだ。さすが。
「……うん。ありがとうございます。すごく参考になった……かも」
「かもで結構。二人とも表情が変わったからね。……それじゃあ私はこれで。またいつでも遊びに来てくださいね」
「はい、また来ます」
やられたなぁ。悪役のくせに思いっきり善人じゃん。
最後に私はそこにいた人たちに、シアの事は公表するまで口外禁止だって強く言っておいた。みんな悪い人だけど、みんな素直に頷いてくれた。
個人的に印象的だったのは、悪人が誰もシアに握手を求めたりとかそういう素振りを見せなかった事。多分だけど、自分の悪事を知られる事を恐れたんじゃないかな?
――また移動。
「ここは……」
「うん。ほら行くよ。今日はここが最後だからね」
「あ、ああ……」
シアは今までで一番当惑した表情をしてる。それもそのはず。
「ただいまー」
「おっ、おかえりー」「おかえりなさい」
はい、ここは私の実家です。
「おや、そちらは?」
「最近一緒になったマーレィ。分かってると思うけどこっちが私の両親ね」
「ど、どうも……」
人って本当に迷うとここまで目が泳いで脂汗が出るんだね。
「遠慮せずどうぞお上がりください」
「いや、あの……」
お母さんの招きに思わず一歩下がったシア。
「まあまあどうぞどうぞ」
「えっと……」
お父さんの笑顔にも顔が引きつってるし。……はあ、仕方がない。
「入れ」
「はい。失礼します」
鋭い手振り付きでイラついた声で呼んだら、あっさり。
何ていうか、魔王の癖に本当に肝が小さいなぁ。私たちがいいって言ってんだからさっさとしなさいよ。
――アイシャの実家。
リビングのソファに座って、シアもようやく一息ついた。
「ここに来るのならば、皆も呼べばよかったのではないか?」
「んー、でもそこまで広い家じゃないからね。けどカナタみたいになる前に招きたい」
「そうだな、もう……いや、これはアイシャから言うべき事だ」
「うん、分かってる。ちょっといいー?」
二人を呼んだ。
「そこ座って。重大な話があります」
「はいはい」「何?」
私自身、両親がどういう反応をするのか予想出来ない。卒倒しなければいいんだけど。
「……カナタがね、死んじゃった」
「……」「……」
二人とも無言だった。無言で……私を心配してる。それもそうか。私今泣いてるし。自分の家だから余計に感情が表に出ちゃったんだね。
「偽魔王との戦闘中、私を庇って、石にされて、砕かれた。だからカナタはもういないんだ」
「……大丈夫かい?」
やっぱりお父さんが一番の心配性だ。……涙は止めよう。
「うん。もうその事実は飲み込んだし、私はみんなのおかげで立ててるし、それもカナタのおかげだって分かってる。今は次の一歩に迷って焦って……いた。丁度さっきヒントをもらえたんだ。だから、大丈夫。私はみんなのおかげで進めるし、もう何もかもを一人で抱え込む事はやめた」
お父さん、すごく優しい笑顔をしてる。
「そうか。……強くなったね、アイシャ」
「うん。きっとね、今が勇者としての、本当のスタートラインなんだって思うんだ。だから、もう私の前にある道は一本だけ。この道を全力で突っ走るだけ。それが私が出来る唯一の事。勇者としての本懐を遂げてやるんだ」
言ってから気付いたけど、シアがすごくいい笑顔でこっちを見てた。……あ、私も笑顔だ。
「……何? 私の顔に何か付いてる?」
「あ、いや……頼り甲斐があるなと」
「あはは、なーに言ってんのさ。あんただって魔族からしたら王であり勇者でしょ? ちゃんと自分を見てやりなさいよ?」
驚いた顔をしたシア。そんなに変な事は言ってないんだけどなー。
「……早速勇者の本懐とやらを垣間見てしまったぞ。私はアイシャに並べるのだろうか……」
「あんたは魔族の……あ、そうだ。それも教えないと。ねえ、こいつ誰だか分かる?」
シアを指差したら、お父さんもお母さんもにやっと笑った。
「魔王様、ですよね?」「それしか考えられませんよ」
さっきよりも数段驚いた表情のシア。だけど、すぐ笑顔になって、そして立ち上がって姿勢を正した。。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私はプロトシア=アレス・マーレィ。六千年前に人類対魔族という構図の戦争を引き起こした、当人であります。以来人からは魔王と呼ばれております」
しっかりお辞儀をするシア。
「えーっと、鳥の時の記憶はあるのでしょうか?」
「はい。記憶もありますし、性格も変わっておりませんので、あの頃のまま接していただければと思います。証言はアイシャがしてくれるでしょう」
「あはは、堅苦しいなぁ。いつも通りでいいよ」
「……そうか」
一気に力を抜いたシア。お父さんもお母さんも……元からではあるけど、しっかり気を許したみたい。
シアの紹介も終わったし、一息。
「今日は晩御飯どうするんだい?」
「報告と確認だけで帰るからいい。まだ用事もあるしね」
シアに目をやったら頷いた。帰ったらフューラの報告を聞かなきゃ。
「そうだ、あれから村で変わった事は?」
「いや。いつも通りののんびりとした村のままだよ」
って言ったらお母さんがお父さんの膝を叩いた。
「パパ、洞窟!」
「あ、そうだった!」
お父さん大事なところ忘れてる……。
「アイシャがカナタさんと見に行ったあの洞窟だけどね、やっぱりダンジョンだったらしい。国家指定になったよ」
「指定かぁ。……はいっ!? こんな場所に指定!?」
簡単に説明すると、ダンジョンは難易度で幾つかのクラスに分かれてる。ゲーム感覚で入れるルシェイメのダンジョンは初級。レイアと喧嘩した王都北西のダンジョンは中級で、一番よくある難易度。その上には十人以上でレベル60以上推奨の上級があって、そして一番上になると級では数えなくなって、国のブラックリストに載る。これを国家指定、通称”指定”と呼んでいるんだ。
指定のダンジョンにもなると、万単位の命を食い殺す難攻不落の、文字通りの魔窟と化す。東の島国には千年以上突破された事のないダンジョンもあるって話。
普通、指定は地中に埋まった神殿や塔が変容してるんだけど、まさかあんな場所にあるなんて。そんな危険な場所に知らずに足を踏み入れていたなんて。
「それ以上はワイロさんに聞いてみるといいよ」
「分かった」
もしもあの時剣が折れずにそのまま進んでいたら、間違いなく私もカナタも死んでいた。偶然ではあるけど、レイアに命を救われたんだ。
――役場。
「ごめんくーださいっ」
「はい。あ、村長呼んできますね」
言う前に済んじゃった。
「やあお帰り」
「ただいま。今日は報告があって来ました」
あとは同じようにカナタの報告。
シアの正体については、これ以上はフューラの報告を待ってほしいって言われたから、そうする。
「――そうか。辛いだろうけど、私たちはいつでも応援しているよ」
「うん、ありがとうございます。私は本当にいろんな人たちに支えられて立ててるんだなって、心底思っています」
ワイロおじさんも、丁度後ろで聞いてた役場の職員さんも表情がほぐれた。っていう事は私たちが直接関わってない人たちですらも心配してくれていたんだね。
「それで、あの洞窟の事ですけど」
「水晶の洞窟ですね。あの後王宮が直々に調査して、国家指定の扱いになりましたよ。ただ……正直私たちの手には余る代物だという事で、どう扱おうかという議題が宙に浮いた状態なんですよ」
なんかそんな気はしてた。
「トムはなんて?」
「王国管理にしてサポートエリアを建設してもいいけれど、そうなると村への恩恵は少ないと。正直息子も頭を抱えているみたいですよ」
一難去ってまた一難? うーん……。
あ、ちなみにだけど、そんなとんでもないダンジョンが近場にあるのに焦りがないのは、ダンジョンのモンスターは洞窟のモンスターよりも一層引きこもり体質だから。
特に指定のモンスターはその傾向が顕著で、今まで指定ダンジョンから漏れたモンスターが町や村を襲ったって事件は一度もないんだ。
だから例え魔窟のようなダンジョンでも、村としては収入源として見る余裕がある。もちろんリスクがない訳じゃないし、荒くれ者の処理や負傷者を看護出来る環境が必要になる。
その役割をこの村が担うか、サポートエリアって言われる支援村を国が新しく作るかで悩んでいるって事。
「あの」
ワイロおじさんと私とで唸っていると、シアが胸の前で小さく手を上げた。
「私は王国管理にして構わないと思うぞ。村で管理する場合に比べたら恩恵が少ないというだけなのであろう? ならば今までと何ら変わらないではないか。それに、変わらないという事にも価値があるのだよ」
「……ふふっ、不覚にも納得しちゃった。どうするかはワイロおじさんが決める事だけど、私もそういう立場を取ります」
「そうですか。うーん、その意見一つで議会が動くという訳ではないですけど、参考にはさせていただきます」
結局いいところをシアに取られちゃったなー。
「ところでそちらは?」
「あー、魔族領で拾ってきたんです。はい、挨拶」
「初めまして。マーレィと言います。村長様の事はアイシャから聞いておりました」
「そうですか。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ」
さて、シアとワイロさんとの挨拶も済んだし、私たちは帰ろう。
――帰宅……前にフューラの工房へ。
「フューラー来たよー」
「……」
またお留守?
「アイシャ、これ」
「ん? あ」
玄関横にプレートが置いてあって、自宅にいるって。
「あはは、無駄足だった」
――本当の帰宅。
ちょっと日が傾いてきてる。それにお腹も空いてきたなぁ。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
いの一番にフューラが顔を出した。
「朝はすみませんでした。ちょっと実験でそのまま眠れないかなとやってみたら、本当に寝ちゃいました」
頭を掻いて平謝り。でも嬉しそう。
「あはは、良かったじゃん。えーっと、今誰いる?」
「皆さん揃っていますよ」
丁度よかった。
――報告会開始。
居間に全員集まって、これからの事の会議。
「まずはシアとフューラとカプレルチカの事を聞こうかな」
「はい」
フューラ、ちゃんと立って話すつもりみたい。
フューラはカプレルチカのコアを手にした。
「まずはカプレルチカについて。こいつの言っていた事は正しかったです。やはり僕は三万年以上先の未来から来ていて、カプレルチカの目的は僕の破壊だった。この時代に来たのは僕よりも早い時期なのも間違いありません」
今回の戦争を引き起こした張本人は、やっぱりカプレルチカだったんだね。
「ただ、僕の妹であるという主張については若干語弊がありまして、カプレルチカは僕から見ると、言わば養子の関係でした。僕のコアを作った機関は既に解散していまして、オリジナルはもう作れなくなっています。したがって彼女のコアは、唯一資料が残っていたナンバー50の設計図を元に、不要な部分を簡略化して急造されたものでした。……彼女には悪いんですが、はっきり言って粗悪品です」
「そいつはその事については何て?」
「いえ、喋れませんから。……モーリスさんはどうですか?」
(うーん…………ううん)
結構考えてから首を振った。多分コアだけじゃ心も何もないんじゃないかな?
「そのコア自体に危険性は?」
「一切ありません。先ほども言いましたがこれは粗悪品なので、別の素体を乗っ取れるような機能はありませんし、そもそも使い捨てるつもりだったようで、僕の破壊を検知するとこのコア自体も破壊されるようにプログラムが組んでありました。つまりあの場面でもしも僕が破壊されていた場合、カプレルチカ自身も勝手に死亡していたという事です」
それって……言っておこう。
「フューラ」「大丈夫分かっていますよ。僕が破壊されていたほうがよかった、なんて言いませんし、それを言っちゃうとカナタさんに怒られます。一度起こった事はもう巻き戻せはしませんから」
作り笑顔ではあるけど、落ち着いた表情だ。これは本当にちゃんと分かってるんだね。
「次にシアさんですが、健康状態は良好でした。しかし若干運動不足の気がありますね」
「いや、あの、健康診断ではなくてだな……」
「あはは、分かっていますって」
だと思った。シアの運動不足は……今度ダンジョンに引っ張り込もうかな。
「まず体内にカナタさんの残留物が存在しているか否かですが、確認出来ませんでした。これは復活時に完全に同化したのだと推測出来ます。つまり現在シアさんとカナタさんとは全く同一の存在であるという事ですね」
「わ、私がカナタと同一!?」
驚いてるシアだけど、私はどっちかと言えば”やっぱり”だった。
「それってさ、シアを封印していたピンクダイヤがカナタの正体だった、っていう事の裏付けだよね?」
「ですね。ただし何故魔力を封じた宝石に意思が宿り人の形となったのか、何故カナタさんはその全てを隠して僕たちと一緒にいたのか、あるいはカナタさんは知らなかったのか等は、僕の調査では一切が不明でした」
「……モーリスは、カナタはそれを知っていたと思う?」
(ううん。――――――)
絶対にない、だって。
(――、――――――――)
お兄ちゃんも悩んでたって書いた。お兄ちゃんってのはもちろんカナタ。だからカナタも自分が何者なのか分からなくて悩んでたんだ。
……そうだよね。シアの使う古代の魔族語を何故かカナタは分かってたし、魔族領の料理はカナタの国の食べ物と同じだった。普通に考えればそれが何故そうなのか、自分は何故それを知ってるのかは、考えれば考えるほど深みにはまるはず。
今思い出せばすっきりしない反応をした事だって何度もあるし、きっとその度に自問自答してたんじゃないかな? 私たちには言ってなかっただけで、カナタもカナタなりに悩んでたんだ。
……みずくさいなぁ。
「最後に僕自身ですが、やはり間違いなく人間でした」
その表情は一言で表せば、晴れやか。完全に吹っ切れたんだ。
「僕自身に眠っていた情報と、そしてカプレルチカからサルベージした情報を統合するとですね、人間の頃の僕は、未来の世界でも治せない不治の病にかかっていたようなんです」
「えっ……」
「あーあはは、気にしないでください」
重そうな話だと思ったけど、それでもフューラは嬉しそう。
「僕は生まれた時から病弱で、二十歳を迎える事なく病死するという運命でした。しかし僕はDプロジェクトを秘密裏に改良した後続計画、Rプロジェクトの被験者となったんです。この二つの計画の最大の違いは、死者を機械と融合させるか、生者を機械と融合させるかにあります。そう、僕は死んでいません。生きているんです!」
「……だから嬉しそうなんだ」
「はいっ!」
「ただし生きた人間を素体としてコアと融合させ、リジェネレーターを稼動させ不死の存在とするこのRプロジェクトには、どうしても越えられない壁があったんです。それが記憶の継続利用」
「記憶の継続利用? なにそれ?」
こちら側はみんな頭の上にでっかいハテナマーク。
「僕は生きた人間にコアを埋め込んで作られた、元人間のアンドロイドです。でも人間として生きていた頃の記憶が一切ありません。Rプロジェクトの壁とは、記憶の継続利用が出来ず、それは運動記憶すらも消えてしまう事を示しています。つまり生まれたばかりの赤子に戻ってしまうんですね」
「え、っていう事はフューラにはご家族の記憶は?」
「ありません。僕の中の情報にもありませんでしたし、もちろんカプレルチカの中にもありませんでした。僕がこうなった要因は分かりましたが、それ以上は情報が存在しないという事ですね」
それってすごく辛い事のはず。なのにフューラにはそんな素振りがない。
「……大丈夫? 辛いのを隠していたりしない?」
「あはは、大丈夫です。今の僕には、僕が生きた人間であるという事こそが一番重要なんです。確かに過去の性的虐待や殺戮命令は余計に辛くなってしまいましたし、家族の記憶がないのはちょっと残念ですけど、でも今の僕にはそれを覆せるほどの前向きな未来と、そしてこの家族がありますから」
フューラの笑顔には、嘘がなかった。
だから、私はフューラのこの笑顔を信じる。それを笑顔で示す。
「分かった。おめでとうフューラ。よかったね」
「はいっ!」
その本当に喜んでいる返事に、みんなも納得した。
「他何かある?」
「あーえっと、近々シアさんとジリーさんをお借りします。シアさんのリクエストでカナタさんのスクーターを直して、更にもう一台ジリーさんにもご用意しますので」
「えっ」「えっ、あたし用?」
私とジリー一緒に驚いた。
するとモーリスがジリーを突付いて笑顔。
「……モーリスぅーやりやがったなー! んーこのやろーぅ!」
嬉しそうにモーリスの頭をワシャワシャするジリー。モーリスも嬉しそう。
……あ、そっか。シアはモーリスと一緒にいる時間が長かったから、モーリス経由で色々聞いてたんだね。それをフューラに伝えたんだ。
……あれ? そういえば一切反応してない人がいた。
「リサさんからは何かある?」
「いえ。ご報告出来るような事はまだありません。ただ……ご期待を」
おおっ! 自信に満ちたっていう訳ではないけど、きっと何か掴んでる。
「他は? ……ないね? それじゃあ今日はこれまで。晩御飯にしようー!」
「はい」「ええ」「作るのあたしだけどね」「手伝おう」(おなかすいたー)
なんていうか、ちゃんと前に進めるんだなって、そう思った。そう思えた。
それでもまだその道は霧の中でぼやけてる。だから今は、霧が晴れるまで準備運動期間にしよう。




