第六十七話 海鮮丼
「海賊だ!」
三日目の朝っぱらからこれだ。
「そっちの二人は?」
「任せるー」「お腹空きました……」
だめだこりゃ。昨日の荒天もあり、アイシャもリサさんも船酔いでやられている。つまり手が空いているのは俺、ジリー、フューラの三名。
……いやこれ充分勝てるだろ!
「ジリー!」「わーってるよ! お前ら突っ込むぞ!」「うおおおおおっ!!」
元海賊船が現役海賊と殴り合いだ。こりゃー面白い!
突っ込むというジリーの指示通り、セプテンブリオスは全速力で一直線に相手の海賊船へと向かう。フューラも状況を察知してか、呼びつける前に顔を出した。
「フューラ、お前はジリーの指示で動け。あと念のため制限解除な」
「分かりました。……あれですよね? ここから沈めちゃ駄目ですかね?」
「ジリーに聞けよ。ってかお前この距離から沈めるつもりとか、怖い奴だな」
「あはは、冗談ですよ。冗談」
笑ってはいるが、こいつ許可さえあればやる気だ。
フューラはジリーの指示を聞きに行っており、手の空いている船員は皆、どこから持ち込んだのか様々な形の剣を持ちやる気充分である。
「戦闘は俺らに任せてくれればいいのに」
「はっはっはっ! 兄ちゃん分かってねーなー。俺らも気分は海賊よ!」
あーそうなのね。
っとフューラが動いた。一旦飛んで舳先に立ち、ライフルを相手の船に向けた。
……一発撃った! どうやら狙いは相手の帆のようだ。さーてさてさて、殴り合い開始と行きますか!
「……なーんだ、あっさり白旗を揚げてやんの。海賊の名折れめー」
船員の言葉で目を凝らすと、確かに白い旗を振っている。さすがは船乗り、目がいい。そしてみんな残念そうなのは何なんでしょうね。
近付くと、相手の掲げている古典的なガイコツ柄の海賊旗の、その眉間に穴が空いている。フューラよ、わざわざそんな場所を狙撃しなくてもよかったのではないかい?
「僕が行きますね」
交渉というか制圧というか、ともかくフューラ一人で向かった。
俺は今のうちにジリーに確認。
「なんて指示したんだ?」
「脅せって」
「それだけ?」
「それだけ」
一番危ない選択肢じゃないか? それ。
「ミア、舵頼む」
「おっけー」
船はミアさんの操舵で、微速で海賊船のすぐ近くまで行き、停船。しかしちょっと遠い。飛び移るにはもう一歩足りないぞ?
「カナタはあたしと一緒に乗り込むよ」「……マジか」「マジ」
俺は恥ずかしながらジリーに抱えられ、海賊船へと飛び移った。
――海賊船。
乗り込むとまあ見事な荒くれ海賊さんたち。顔に傷はあるしこんがり日焼けしておられる。しかし武器は持たず、こちらに対して喧嘩腰という訳でもない。
「親玉はどこだー?」
「私だよ」
子分をかき分けで親玉登場。大柄な男で提督帽をかぶり、金のネックレスをするという見事なほどのテンプレート。
後ろでフューラがライフルを突きつけ脅してはいるが、さすが海賊の親玉、怯んだ様子は見せない。そしてその目線は俺たちへではなく、セプテンブリオスへと注がれている。
「すまないね。ここをどけてくれないかな?」
「……貴様ら、ヌーメーニア海賊団か?」
「船を譲ってもらっただけだよ。ヌーメーニア海賊団はとっくの昔に解散して、船は今運搬船として働いてる。あたしらはこれから魔族領に行くんだ。分かったなら素直に道をあけてもらえると助かるんだけどね」
そんなジリーとの会話の最中も、親玉はセプテンブリオスを凝視し続けている。
「……あれは、親父の乗っていた船だ。私の親父は、ヌーメーニア海賊団だった」
世間って狭いなーと、そう思った。
「ヌーメーニアの団長はまだ存命と聞く」
「ああ、生きてるよ。今は魔族領で悠々自適の隠居暮らしさ」
「……そうか」
親玉が嬉しそうに微笑んだ。もしかして元から戦意は持っていなかったのかも。
親玉はここでようやく俺たちに目線を移した。
「貴様らが例の勇者様ご一行という奴か?」
「そうだよ。だからこれから魔族領に行くんだ。戦争を終わらせにね」
親玉はジリーと俺を見やる。何を言いたいのかは容易く想像出来るな。
「勇者様は船酔い中だからここにはいないよ。……なあ、どうするんだい?」
「焦るな。私とて勇者の邪魔立てをする気はない。それに我々のような海賊としても戦争はごめんだ」
海賊すらも戦争反対か。本当に何の身にもならない戦争だな。
「ときにそちらの船、所属は?」
「マイスナー海運商会」
「……ふふふ、んわっはっはっはっ! そうかそうか! 世間とは何と狭い事だろうな!」
親玉さん大笑い。なんだ?
「私の甥がそちらにお世話になっているのだよ。はっはっはっ! これは面白い出会いだ」
「あはは! 全くだね」
「甥の名はクロード。見かけたらよろしく言っておいてくれ」
「わーったよ」
どうやらジリー、この親玉に気に入られ仲よくなり始めている。
「んでも旗に穴空けちまったね」
やっぱりその話はするよね。
「ん? ああ、気にする必要はない。あれはそちらが空けた穴ではないからな。先日フィノス海軍に出くわしてしまって、その時に空いた穴だ」
なんだ、ほっとした。
「しかしまさかあの穴に黒い矢を通すとは、この御仁は相当な名手であるようだな」
……フューラ、そんな事しやがったのか。
俺もジリーも冷めた目線をフューラに向ける。一方フューラは苦笑い。
「はあ、まー問題がないのならばこっちもそれでいい。それじゃああたしらは引き上げるよ」
「ああ。達者でな」
「そっちも。生きて陸に上がる事を祈るよ」
その後はジリーの合図でミアさんが海賊船に横付けし、セプテンブリオスへと戻った。
――再出発。
海賊たちはこの小さな出会いに対し、手を振り見送ってくれた。これも誰かさんの人徳か。
ちなみに海賊からのお土産は無し、というか拒否した。これから往復するのに荷物を増やしたくないというのがその理由。それに、さすがに金塊を載せて魔族領内を航行はしたくない。
「あーどうなったー?」
アイシャが来た。どうやらようやく揺れに体が慣れた様子。
「無血で解決。偶然にもヌーメーニア海賊団ともマイスナー商会ともかかわりのある人物だったんだよ」
「そう。よかった。これでカナタの悪い予感はハズレだね」
「いやいや、ここからが本番かもしれないぞ」
「えー」
えー、と言いたいのは俺のほうなんだけど。
――航海は順調に進む。
漁村からの四人組が次々と新鮮な魚を釣り上げてくれるので、海鮮丼が美味いの何の。ただし俺と漁師四人以外は生魚に抵抗があるようで、三枚におろした後あぶり焼きにして出してやった。
「兄ちゃんも料理上手いなー」
「まあこれでも中身は三十七歳だし、食堂でのバイト経験もありますから」
「あーそうだよなー。勇者様以外は別の世界の人だもんな」
「そういう事です」
その事はもう船員たちには知られている。隠した場合の弊害よりも、先に話す事で納得してもらっての円滑な船旅を選択したのだ。みんな多少驚いてはいたが、ジリーの怪力を見ているせいか、荒唐無稽なこの話をあっさりと受け入れてくれた。
話を戻すが、この中で料理が出来ないのはリサさんのみ。未だに船酔いしているという意味ではなく、そもそも王女様なので包丁を握った事がないのだ。
「……そういえばフューラが料理してるところも見た事ないな」
「作れますけど、作れる以上はないですよ。切るのは得意ですけどね」
「僕は機械ですから、ってか?」
「正解です。あはは!」
禁止した事もあり最近ずっと聞いていなかった、フューラを象徴するようなこの言葉。元は”自分は機械だから人ではなく物として扱って構わない”という意味だったが、それを笑って一蹴出来るようになったんだな。
――四日目。
アイシャは慣れてすっかり元気になったが、リサさんは相変わらず。帰りは転移で帰ってもらうか。
この日は俺も釣りをする事にした。ただの乗客では暇になったのだ。傍らには漁村出身の四人組。本職の方々なのですんごく心強い。
「兄ちゃん経験は?」
「川釣りならば。といっても子供の遊びですけどね」
「そっか。でも方法は分かってるみたいだね」
「ええ、知識には入ってます」
何も考えずにぼーっと見るにはいいんだ、釣り番組って。
糸をたらして数分。
「……おっ?」
「来たかい? んー……おっ、突付いてるね。しっかり食い付くまで我慢だ」
一番乗り! という訳ではないが、かなり早い段階で掛かった。さーて。
「……っ! よしヒット!!」
と引っ張った途端、俺は体ごと海へと引きずり込まれた。
――それから。
「……んはっ!? ゲホッゲホッ……」
「あー! 良かったー!」
目を開けると真っ青な顔をして全員が覗き込んでいた。
「私の事分かる?」
「……んー……エシャロット」「おいっ!!」
と、軽く演技を混ぜつついつも通りのボケを披露し、無事をアピール。
「何があった?」
答えてくれたのは俺の横にいた船員。
「兄ちゃんが引っ掛けた魚ね、超特大だったんだわ。んで身構える間もなく一気に水中に引きずり込まれたって訳」
なるほど、そりゃー海に落ちるわ。
「したらフューラちゃんが追って海に飛び込んだのさ。感謝しないといかんよ?」
「いえいえ、僕は僕の義務としてオーナーを救ったまでですから」
笑顔のフューラ。いやいやこれはしっかりと感謝の言葉を述べなければ。
「ありがとう。義務だなんて話抜きで、心から感謝するよ」
「えへへ。心からだなんて、そんなー」
照れつつ本当に嬉しそうなフューラ。
「これでカナタの嫌な予感は過ぎたね」
やっぱりそこに繋げるのかこの勇者様は。
「学校で言われなかったか? 家に帰るまでが遠足ですって」
「……私の学校は遠足なかったもん」
「お、おう。……ってそういう事じゃねーよ。最後まで気を抜くなって事」
「はいはい分かりましたよーだ」
分かってないだろ絶対。心配した時間を返せとでも言いたげな表情しやがって。
「……あ! 釣竿ロストしちゃった!」
「大丈夫です。僕が拾っておきました」
フューラが指差した先には確かに俺が握っていた釣竿。
「なんだ、今日はやけに気が利くじゃないか」
「やれば出来る子ってよく言われます。嘘ですけど」
嘘かよっ! というかそういう事を言うのは俺たちしかいないんだから嘘に決まってる。
その後、釣りを再開しようとしたら全員一致で止められてしまった。ちっ、逃がした魚は大きかったぜ。
――もうひとつ事件発生。
「フィノスの軍艦がいるぞ!」
お昼を過ぎたところで声が上がった。まさかのフィノス海軍だと。そういえば昨日の海賊もフィノス海軍に襲われたと言っていたな。血の気の多い国らしいので、早速西回り航路に出張ってきたのだろう。
「無視するよ。あたしらは念のため船室に入るから……アル! 操船頼むよ!」
船長ジリーの選択だ。アルとはポートエルダンから乗ってきた兄ちゃんのうちの一人。結構な男前であり、都会出身ではあるが船乗りに憧れてポートエルダンに越したらしい。
「状況が済み次第呼びに行きます」
「うん、任せたよ」
という事で俺たちはお尋ね者でもないのに身を潜める事に。
「いきなり撃たれたりしないでしょうね?」
俺たち全員一致の不安を最初に口にしたのは、意外な事にフューラだった。
「……さすがにいきなりはないだろうけど、でも一悶着はあるかも。だってこの船。元はフィノス海軍のでしょ? それに気付かれたらちょっとまずい」
確かにそうだった。このセプテンブリオス号、海賊船になる前はフィノスの軍艦だったのだ。ただし先進技術のテストモデルであり、戦歴はない。遭難したところをヌーメーニア海賊団に拾われ、そのまま海賊船として使われていた。
――つまり、正規ルートで入手した船ではない。
「リサさん……はまだ無理か。フューラ、外の話し声聞こえるか?」
「うーん……断片的にならば」
「だったら船の資料を見せろとかそういう話が出てきたら教えろ。俺がどうにか誤魔化してやる」
さて上手く行けばいいんだが。
じっと息を潜める事数分。
「……やはり捕まったようです。しかし敵意はない様子です。恐らくは簡単な挨拶程度で済むかと」
「それ問題が起こるフラグだから」
「あはは。……あー、あはは。フラグでした」
やっぱり。
「国外に一番顔を知られていないのが俺だからな。ちょっと行ってくるよ」
「待て。あいつらもそれくらいは分かってんだよ。ここは任せてやってくれ」
ジリーからの申し出。んー……船長命令だし、ここは大人しくしておくか。
――しばらく。
船が動き出した。少しして船室のドアをノックする音。
「アルです」
フューラが構え、ジリーが慎重にドアを開けた。
「無事に煙に巻けました。もう大丈夫ですよ」
「どうやって巻いた?」
「何人もの間を渡り歩いている船だから詳細は分からないと、そう言ってはぐらかしました。グラティアの商船という事もあり、あちらも深入りはしませんでした」
「……わーった。警戒態勢を解除だ」
大きく溜め息の出る俺たち。
「なあジリー、最初この様子で五日間で魔族領に渡ったのか?」
「いや、もっとスムーズだったよ。だから今回は一日伸びるかもね」
それを聞き、後ろでベッドに倒れ込む狐さんが一名。
「もっと速度を出す方法はあるよ。でも危ないからね」
「……ポートエルダンに帰港した時にやった方法か」
「そういう事。船体に無理が掛かるから、止むを得ない場合にしかもうやらないよ」
当然だな。何せ三十分の道のりをたった数分に縮めたのだ。それだけの速度を出せばそれだけ無理をするという事だ。
これが帰り道ならばまだしも、もしかしたらこれから魔族領内を数ヶ月単位で航行する可能性だってあるのだから。
――五日目。
本日は荒天なり。
しかし特に何も起こらず、俺はついに酔う事はなかった。
あー小さいのと狐さんは酔ってたよ。ただそれだけです。
――六日目の朝。
ようやく陸地が見えてきた。
「フューラ、リサさん担いで持ってこい」
「物扱いですか」
この六日間、リサさんが元気に動いていたのは一日目だけで、あとは置物よろしくほとんど動いてないんだもん。甲板には一応出てはくるけど、一息ついたら船室に戻ってベッドにごろり。物扱いもしたくなるのだよ。
「あー……」
一方小さい勇者様は自力で出てきた。ただし状態異常ゾンビのまま。
「ここからがお前の本番だぞ。しゃきっとしろ」
「うん……分かってはいるけど……二度目のほうが酔いが……うっ……」
いやいや、このヒロインまた吐いたよ。
そしてフューラが肩を貸しつつロイヤル船酔いさん登場。
「リサさん、ほらあれ」
「うー……うっ? 陸!? 着いたのですね! いやったあああっ!!」」
酔ってたんじゃねーのかよ! とツッコミたくなるほどいきなり元気になり小躍りしている。
「やっおええええ」「器用だな!!」
まさか喜んでいる最中にその勢いで吐くとは思わなかったぞ。幸い海を向いていたので大惨事は免れたけど、やっぱりこの王女様だめだこりゃ。
仕方なくアイシャとリサさん両方の背中を両手でさする羽目に。
「何やってんだろ俺」
思わず心の声が漏れた。
――魔族領ティトナの町。
ゆっくりと入港し、前回と同じ桟橋へ。……おっ、見た顔を発見。あの猫娘さんだ。こちらの船を覚えていたようで、手を振っている。
さあ問題の接岸だ。ジリーの腕前拝見。
……ん? すげー上手くなってる!?
「……あ」
振り返り舵を見ると、一瞬でその仕組みが分かった。ジリーが舵を握りつつ、ミアさんがその補助をしているのだ。……逆かな? ミアさんが操舵しつつジリーが舵を回す力の補助をしているように感じる。
「……上手いですよね」
意外なほど厳しい表情でポツリと呟いたフューラ。感心している……のとはちょっと違うかな。これはもっと人間的な感情だ。
「お前も嫉妬するのか」
「嫉妬? ……かもしれないですね。僕よりも上手いですから」
つまりミアさんの操船技術は、機械であるフューラを越えるという事だ。
これでもかと綺麗に接岸完了。停船位置の誤差ゼロメートル。まさに職人芸。
「はい、そしたら降りましょー」
「それあたしの台詞!」
船長の座は、譲る前に奪われそうだな。
下船の準備を始めると、誰よりも先にリサさんが降りた。そしてコケた。理由は恐らくずっと揺られていたので平衡感覚が狂ったのだろう。アイシャも続いて降り……コケた。仲のいい二人です事。
俺は船上から二人に指示を出した。
「アイシャとリサさん、ミダルさんがどこにいるかだけでも聞き出しておいて。次の行動はミダルさん次第だから」
「分かった。それじゃあ先に行ってるね」
と言いつつふらついているぞ。
「カナタとフューラも先に降りていいよ。船から降ろすものはそう多くないからね」
「分かった。それじゃあ」「宿探しといて」
「りょーかい」
やっぱり船の上では先導を取るんだな。さすがは船頭。
さて俺とフューラも下船。
「おっと」
フューラがふらついたので腕を引っ張る。
「なーにお前らしくないな」
「あはは、実は僕も酔っていたのかも。……本当にカナタさんは何ともないんですね」
怪訝な目をされてしまった。
「何ともあったら今頃吐いてるよ。まあ自分でもこの頑丈さには若干驚いてるけど」
「……本当に人ですか?」
「お前に言われたくはない」
「あはは」
しかし、フューラも随分と柔らかい表情をするようになった。やはりベッドが作れたからなのだろう。
その後は宿探し。結果的に前回使った宿になった。
船員たちは別に宿を取り、招集が掛かるまで各々自由行動。もちろん何か問題を起こせばジリーからの鉄拳制裁が待つので、皆しっかりと弁えている。それに町の人も、角のない俺たちに少しずつ慣れてきてくれているようだ。
ミダルさんは現在隣町で空き家を借り、そこで生活中との事。お屋敷は現在木組みの足場が縦横に張り巡らされた状態であり。まだ直るには時間が掛かりそう。
到着したその日は体を陸に慣らせる事も考え、静かに過ごす事にした。




