第六十六話 新たなる船出
――出発当日。
本日より、我々は偽魔王討伐へと出発する。
「お弁当持ったー?」「持ちましたよー」「おかずはなんですか?」「早弁禁止だかんなー」
……なのにぜんっぜん緊張感ないんだなーこれが。
「んじゃ確認するぞー。まずはポストキーが使えるかの確認。駄目だったらポートエルダンから船で魔族領に入って、ミダルさんから偽魔王の居場所を聞く。聞いたら移動し魔王城に突入してお尻ペンペンする。いいなー?」
「はあーい」
完全に修学旅行だこれ。
「それじゃあその間、二人と家の事はお任せしますね」
「ええ、任せちゃってください」
この人物は誰か? 正解はリサさんがズー教団から救い出し、現在は王宮付きの教師になっている魔族のシオン・タイケさんだ。シアとモーリスの世話、家の管理、そしてモーリスの勉強と一石三鳥なのだ。
「よしよし、それじゃあ……って何してんだ?」
シアがもぞもぞと羽繕い。そして白い飾り羽根を一本差し出した。綺麗な羽根だ。
「お守り代わりってか?」
(ちがう)
おや? っとアイシャが解説してくれた。
「ズーの飾り羽根には魔力が宿っていてね、ズーはどこにいてもその羽根を見つけ出せるっていう話があるんだ。つまりその羽根は、ピンポイントで私たちの元に来られるポストキーの代用品って事」
(持ってけ!)
なるほど、もしもの時には助けに来るつもりなのか。
「そうだ僕からも渡す物が。これ、発信機です。皆さんには渡したんですけど、死亡偽装事件の時だったのでカナタさんにはまだでした」
「んー? ……ピンクの玉ねぇ……男としては複雑だ」
なんて言うと笑われた。
「それじゃあこの戦争、終わらせに行ってきます」
「行ってらっしゃい」(いってらー)(帰ってこいよー)
大丈夫、全員無事で帰ってくるさ。いつも通りにただいまと言ってやる。
――王宮。
転送屋に行く前に最終確認としてコノサーにレベルを見てもらう事に。一番最後見てもらったのはいつだったかな?
「うーん、勇者ちゃんはレベル76だね」
「えっ!?」
「確か前回は60くらいだったよね。一気に伸びたねー」
「ど、どうして?」
「それは僕に聞かれてもね。でも自覚がないのならば……何か覚悟を決めて、秘めた能力が開放されたのかもね」
秘めた能力か。水晶洞窟で自分が強くなっている事に怖いと言っていたが、これが原因だったのかも。
ちなみに俺も見てもらったが、結果はレベル14相当。正直俺が一番危ない。
「大丈夫、いざとなれば僕が盾になりますから」
「そう言って直前で避けるのはやめろよ」
「あはは、どこのコントですか?」
それが起きそうだから嫌な予感がしてるんじゃねーかよ。
――王宮の転送屋。
魔族領に行く時はいつもここだな。
「転送出来るかどうかはどう調べるんだ?」
「簡単だよ。それ用のアイテムを転送させて、戻すだけ。ロステレポしたらそれが戻ってこない。って事で行き先これで確認お願いしまーす」
テレポーターは寡黙というか、今のところ一度も声を聞いていない。今回は? と思ったがやっぱり無言。一応リアクションは取るので意思疎通は可能。
さて専用アイテムがどんな物かだが、ピラミッド状の白い物体だった。模様が入っているので大理石かな? そんな感じ。
アイテムを転送して三十秒ほど。テレポーターが無言で首を横に振った。ロステレポしたんだな。
「障壁があるって事ですか?」
頷くテレポーター。
「やはりそうでしたか。カナタさんの嫌な予感もあるので、慎重になって正解でした」
「リサさんのおかげだね。それじゃあ今度はポートエルダンまでお願いします」
――ポートエルダン。
転送屋から港への移動中、船が数隻見えた。
セプテンブリオス号の使用は数日前に通知済み。もしもの時にはいつでも出られるように用意してもらっている。
「これで船が使用中だったら笑うんだけどな」
「大丈夫。ほらあそこにある」
「……俺の目じゃ分からんよ」
港まで結構あるのに指を差すアイシャ。やっぱり目がいいんだな。
「この中であれ見える人ー?」「はあーい」
「いちにーさんしー……全員じゃねーか! 何だ俺の目が悪いのか?」
「僕は望遠可能なので」「わたくしはお城からよく外を眺めていましたので」「あたしは……これも遺伝子操作なのかな?」
なんだかんだで全員それ相応の理由があった。畜生やっぱり俺が最下位じゃないか。この先不安である。
マイスナー商会に到着。港に着いてからはジリーも船長としての表情になっていた。しかしノルベルトさんに説明をするのはアイシャの役目。なにせ我らが勇者様ですから。
「――という事で、出港準備お願いします」
「はい、承りました」
小さいの同士の会話劇は見ていてほっこりする。
「よーしそれじゃあ三十分で準備を済ませるぞー! みんなかかれ!」
「うおおおお!」
ノルベルトさんの号令でそこにいた社員全員が一斉に動き出した。さすがは統率の取れた優良企業、俺もこういう会社で働きたかったなー。
「んじゃあたしも手伝ってくるよ」
「うん、気を付けてね」
さすが船長だな。さーて後は出航を待つのみだ。
港で荷物の積み込み作業を見ていると、なにやら港の入り口付近が騒がしくなった。
「なんだあれ?」
「んー……? なんだろ? 行ってみる?」
「今更面倒事に巻き込まれるのも勘弁だなー……あ、そういう事ね」
「あはは、そういう事だったね」
よく見た顔が衛兵を引き連れてこちらへ。はい、トム王でした。船上でそれを見ていたのだろう、ジリーも手を止めこちらへとやってきた。
玉座ならばいざ知らず、衆人の目のある場所で王様になれなれしい態度は出来ないな。
「わざわざご足労頂かなくても」
「だって出発の挨拶なかったでしょ?」
「あ。……確かにそうですけど……」
行く事ばかり考えていて、すっかりトム王の事が抜け落ちていた。しかしそれでわざわざ来るか? この寂しんぼさんっ。
……と思ったらちょっと違った。トム王の目的はアイシャだった。
「はい、お守り」
「ありがと」
短い会話に、二人の信頼関係の強さが垣間見えた。
手渡されたお守りは手のひらにすっぽり収まるサイズで、小さな板に何か書いてあるお札のようなもの。ただし木の板ではなくて鉄板。それをアイシャは胸ポケットに入れた。
んー、これはあれか。胸を撃たれたけどお守りで助かるっていうフラグか。
「私の出番は皆さんが帰ってきてからです。全員無事に帰ってきてください」
「はい」
俺たちよりも船員に対しての鼓舞の意味合いが強い、そう感じた。俺たちを無事送り届け、無事連れ帰れと言っているんだな。
その後トム王は港を一回りした後、こちらの出航を待たずに帰った。衛兵に話を聞くと、仕事の合間に強引に時間を作ったのだそう。これは事前にしっかり挨拶すべきだったな。帰ってきたらしっかり謝っておこう。
――出航。
今回のお見送りには、トム王のおかげか港で手の空いている全員が集まった。と言っても十人ほどだが。
「土産話待ってるよー」「気ぃつけてなー」
といった普通の声と、
「歯ぁ磨けよー」「アニサキス注意しろー」
というそれ今言うか? 的な声もある。
「それじゃあ皆さん、行ってきまーす! 吉報を待っててくださいねー!」
こうして離岸し、セプテンブリオスは入り江を出て大海原へ。
――航路を西へ。
みるみるうちに陸が離れていき、既にうっすらと影が見える程度である。
「リサさん大丈夫?」
「久し振りの外洋はやっぱり揺れるからなー」
アイシャはいの一番にリサさんの心配。リサさんは以前ジリーの操舵で酔ってしまい、ロイヤルリバースを披露した事がある。
「まだ大丈夫ですよ」
と言いつつ既に怪しい。笑顔が若干引きつっている。
「魔法で軽減出来るんじゃ?」
「あ、そうでした。アンチウィーク! っと。ついでなのでアイシャさんにもかけておきましたよ」
「うん、助かります」
焼け石に水でない事を祈ろう。
「そっちはどうだ?」
舵を握るジリーの様子も確認。
「バッチリだよ。ミア、天候はどうだい?」
「今日一日晴れ。ただ明日はちょっと荒れるかも」
「わーった。って事だからリサさんは明日に期待しな! あっははは!」
うわーヒドい奴だー、と思いながらも、どうなる事かと期待しているのは内緒。
「アイシャ、ちょっと」
「何?」
ジリーに呼ばれたアイシャ。二人は船内へ。
代わりの操舵はなんとミアさんだった。小人族のミアさん用に、床に固定出来る金具の付いた木箱が用意してあり、その上に乗ってしっかりと操舵している。
ミアさんの身長はアイシャよりも小さく、おおよそ一メートルほど。アイシャのママさんと同じくらいだな。なので木箱に乗ってようやく舵の上に顔が出るくらいなのだ。
「一応俺らも舵握った事があるんで、何かあったら手伝いますよ」
「あはは、ありがと。でもウチは子供の時から乗ってたし、何度も舵握った事あるから大丈夫だよ」
事実ジリーよりも安定した操舵のような気がする。
――一方その頃、アイシャ視点。
ジリーに呼ばれて船長室に来たけど、何を言われるのかちょっと予測が付かない。
「いきなりなんだけどさ、船長を交代しようかと思うんだよ」
「えっ……と、どういう事?」
驚きはしたけど、そもそも話が見えないよ。
「セプテンブリオスは普段ポートエルダンにあって、マイスナー商会に船籍があるだろ? だから正式に船長をミアに譲ろうかなって。もちろん今すぐじゃないよ。この旅が終わって帰港したらの話」
確かにこの船は既にマイスナー商会に譲ってあって、私たちが使う時だけ優先的に使えるようにしてもらっている。かといって出航して間もない今のタイミングでそれを言い出すって事には違和感がある。
「……何かあるんだ」
「何かってほどでもないんだけどさ、あたしも舵を握る者として船員の技量が分かってる訳よ。んで、結論から言えばあたしが一番下手。それを今回出航してから今までで改めて痛感してんの。だったらいっそミアを船長にして、あたしは舵を握らないようにすべきかなってね」
「誰かに相談した?」
「いや、今アイシャに言ったのが初めてだよ」
ジリーの言う事も分かる。力任せに振り回す感じのジリーの操舵は、接岸も含めてお世辞にも上手いとは言えない。
「……でも、私が言うのもなんだけどミアさんは小人族だよ? ずっと操舵していれば普通の人以上に疲れるよ?」
「あはは、それについては心配無用。他の船員もそこら辺は重々承知してるし、それにあたしとミアを除いた九人全員が舵を握れるんだよ? 全員がヘルプに付けるんだからミアが最後の一人にでもならない限りは問題ないし、そんな事は起こらない」
そっか、ジリーは船長だもんね。私の知らない船員の表情も知っているし、それに魔族領との往復でその絆はとっくに深いものになっているんだ。
「分かった。私からは異論なし。もう私の手を離れているんだし、全ては船長であるジリーに一任します」
「了解。まあ本人たちとも話し合うつもりだから、悪いようにはしないさ」
「うん」
さすがは船長。リーダーとして私も見習わないと。
――その夜。カナタ視点。
甲板で静かな星空を眺めているとアイシャが来て、ジリーが船長をミアさんに譲るという話を聞かされた。もちろん俺は話を聞いただけで手は出さないし、アイシャもそれを望んで話した訳ではないだろう。
「ジリーは何て?」
「船員みんなで話し合って決めるって」
まあそうだろう。船長の交代は船にとっての一大事だ。それを船長単独で決めるにはジリーも船員たちもまだ日が浅く経験不足だ。
「……なんかね、私も見習わなきゃなーって。私たちの中では勇者である私がリーダーでしょ? でもカナタに頼り過ぎかなって思うんだ」
「リーダーが仲間を頼らなくてどうするよ。持ちつ持たれつって奴だよ」
「それもそうなんだけど、ちょっと意味が違う。みんなの中でカナタに偏ってるかなって、そういう意味」
まあそれは俺視点で……こんな事前にもあったな。
「どうしても気になるってなら、いっそみんなに聞いてみればいいんじゃないか?」
「あはは、それ大変だなぁ」
と言いつつこの話、実はフューラに聞かれている。アイシャは気付いていないし、フューラ自身気付かれているとは思っていないだろう。
「だってよフューラ」
「あうっ!?」
なんかとんでもない声を出して驚いたな。
「えへへ。どうして気付いたんですか?」
「ポニテが見えてた」
「あ……なるほど」
フューラは短いポニーテールなのでちょっと立っているのだ。それが物陰からひょっこり出ていたので気付けたという訳。
さて、後はリーダーであるアイシャにお任せしよう。
「……どう思う?」
「うーん、僕としては仕方のない事かと。僕たちの中で一番年上で唯一の大人の男性ですからね。これがもしも僕やリサさんに偏重していたらならば、あれ? と思うでしょうけど」
と話していると丁度いいタイミングでリサさんも来た。
「すみません、聞こえていました。わたくしの耳は大きいので、よく音を拾いますので」
「それじゃあリサさんは?」
「わたくしもフューラさんに全面的に同意です。一方の視点から見ている限り、他方の考えや動きは見えないものですからね」
まあそうだろうな。そしてみんな集まっているのを見てか、ジリーまでやってきた。
「なーにしてーんの?」
随分と可愛く入ってきたな。
「私がリーダーとして、カナタに偏って頼っていないかって話。ジリーはどう思う?」
「そんなの時々で変わるに決まってんじゃん」
即答だ。
「あたしだって基本はミアを多く頼ってるけど、だからって他の連中を軽視している訳でもないし、ミアじゃどうにもならない事だってある。臨機応変に適材適所って奴だよ」
呆気に取られたアイシャ。しかしその後は大笑い。
「あっははは! いやー私全然だ! あー恥ずかしい! あはははは!」
こりゃ当分アイシャはジリーには勝てないな。
これでこの話はおしまい。各々解散し、代わる代わる見張りをしつつ眠りについた。
――二日目。
「……んー……」ドンッ!「イテっ!?」
船が揺れてベッドから落下して起きた。
中々の揺れなので壁に手を突き移動。船室から外に出てみると……いやいや、これはこれは。大荒れで白波が立っている。
「ジリー、状況は?」
「あんま余裕ない! 悪いけどカナタたちは船室で大人しくしてろ!」
「分かった。怪我するなよ」
「任せな!」
お願いではなくて命令だったな。それだけ神経を尖らせているという事だろう。
揺れのために壁伝いに船室へ。
ベッドに座り揺られていると、フューラが来た。
「どした?」
「酔っていないかなと。僕は機械なので問題ありませんけど、アイシャさんもリサさんもやられています」
二人とも意外と環境の変化に弱い。特にモフモフのリサさんは暑さにすこぶる弱く、砂漠には連れて行けないメンバー筆頭である。次点にアイシャ。背が小さいから地面からの熱を多く受けてしまうのがその理由。
一方の俺だが、昔から手の掛からない子供であり、それは健康面においてもそうであった。
「んー……酔いには強いんだよ俺。というか体が強いのかな? なにせ三日連続徹夜残業をクリアしたくらいだからな」
「石のように頑丈ですね」
「宝石のように輝いていると言ってほしいものだな」
「あははおおっ!? っと。すみません」
笑ってる最中に船が大きく揺れて倒れかけてやんの。仕方がないからとっさに腕をつかんで引き戻してやった。いくら機械でも突発的な揺れには弱いんだな。
「この調子だと今日は一日中揺れるだろうから、二人にはゲッソリ痩せてもらおうか」
「あはは。そんな事言って、帰る頃にはカナタさんが一番痩せているかもしれませんよ?」
「船酔いダイエットは嫌だなー。まあ揺れは仕方がないから、リサさんにいい魔法がないか確認だけしておけ。リサさん忘れてるかもしれないし」
「分かりました。それでは」
……フューラずるい。揺れないように飛行装置で浮きながら帰っていった。
お昼を回り、ちょっと女子連中の様子を確認。
ドアをノックするとやはりというか、フューラが出てきた。
「どうよ?」
「カナタさんの予想通り、リサさんは酔いに効く魔法をかけるのを、すっかり忘れていたようです。といっても……」
中を覗かせてもらうと、ベッドでげっそりの狐と子供。
「遅かったか」
「はい。なので食事は本当に軽いものだけで済ませます」
「分かった。ジリーにはそう伝えておくよ」
こんな時に何かがあったら大変だな。
甲板に繋がるドアから外をチラ見。横殴りの雨だ。こりゃー大変なタイミングで出航しちゃったな。
「ごめんよー」
「あ、はいはい」
後ろからマロード出身の頬に傷のある兄ちゃんが来たので通路を空ける。
「今日一杯これだから甲板には出ないようになー。食事はどうする?」
ジリーに伝えるつもりだったが、その手間が省けた。危機回避とも言うか。
「全員軽いものでお願いします」
「はいよ。んじゃお仕事お仕事!」
兄ちゃんは臆する素振りもなく甲板へ。さすがは海の男だな。
……今日は終日大人しくしていよう。
――三日目。
昨日の荒天が嘘のように晴れ渡った。甲板に出て体を伸ばし、ついでにラジオ体操。
「兄ちゃん何してんの?」
今度は漁村から来た四十代のおっちゃんに声をかけられた。体操は体を捻る辺りなのでそのまま続行しつつ話をする。
「朝の体操ですよ。目覚ましや準備運動には丁度いいんで、俺のいた会社では毎朝やってたんですよ」
「へえ。確かにいきなりじゃ体も動かねーからなー。勇者様たちはやってんの?」
「いや、俺だけですね。ジリーは朝に弱いんで眠気覚ましにと一度教えたんですけど、その様子じゃもうやってないみたいですね」
「あー確か一度も見た事ねーや! あはは!」
やっぱり。
「あー……」「うー……」
そんな中、ゾンビのような声を出してアイシャとリサさん登場。こちらは深呼吸をして体操終了。
「おーおー勇者様と狐の姉ちゃんひでぇ顔だな! 二人も兄ちゃんと一緒に体操してリフレッシュしたらどうだい」
ラジオ体操第一ならばそこまで大変ではないから二周しても大丈夫。という事で手招きしてみる。
「動きたくなーい」「胃がカラッポです……」
そんな事で偽魔王と対峙出来るのかねー。
しかしここで、見張りに立っていたポートエルダンからの兄ちゃんが、とあるよろしくないものを発見してしまう。
「海賊だ!」
やれやれ……。




