第六十一話 その頃勇者さんは?
――時間を巻き戻し、剣が折れた翌日の朝。カナタ視点。
家をリサさんたちに任せて転送屋へと移動中。
「ねえ、帰る前にレイアのところに寄りたい」
「いいけど、昨日今日で状況は変わらんぞ?」
「うん。でも一応」
まあそれだけあの”エなんとかクリスタル”を使った剣の完成を楽しみにしているという事だろう。
……俺も近接武器をひとつくらい持ってもいいかも? あ、いや……魔族領からの帰りに鑑定屋で見てもらったのだが、俺はまだレベル10辺りだとの話。みんなとの差がどんどん開いていく現状、無理に近接型に転向するのは止めておいた方が身のためだな。
――武器屋リコール。
ここに来るのもすっかり慣れたなー。
「おはようございまーす」
「はいおはようさん。レイアはまだ部屋だよ」
「んじゃお邪魔しまーす」
まるで遠慮がないなこの勇者様は。
「あんまり長居しないからカナタは下で待ってて」
「はいはい。女の子同士でいちゃついておいで」
「あはは、いちゃついてくるね」
背丈から見ると姉妹にも見えなくもない二人。んー……百合?
「なあ兄さん、あんたどうやって戦ってるんだい?」
「今持ってませんけど、遠距離武器ですよ。ただ別の武器も持つべきかなーとは思ってますけど」
「へえ」
恐らく次に出てくる言葉はあれだ。
「……なんなら見繕うかい? なんて」
「あはは、やっぱり。まあ確かに今のままでは力不足を感じてはいるんですけど、うちの仲間……ほら、昨日レイアさんと一緒にいたの。あれがそういう事出来る奴なんで、任せてあるんですよ」
「なぬっ! 商売敵かっ!?」
冗談めかして驚くリコールさん。面白い人だわ。
「あはは、あいつは機械弄り専門で、鍛冶職人じゃないんですよ。そもそも俺たちこっちの人間じゃありませんし」
「あ、そうだったね」
アイシャ経由でエルレイオン家の皆さんには俺たちの事情は知られてる。だからこそこういう話も気兼ねなく出来る。
「おまたせー」「おはようございまーす」
二人が仲良く降りてきた。
「おはよう。相変わらずそのメガネだね」
「だって大きいほうが見渡しやすいでしょ?」
「なるほど」
デザイン的にも似合ってるから、レイアさんは美術や芸術面でも強いのかも。
その後の話によれば進展なし。まあ当然だ、何せ一晩しか経ってないんだから。
――再びアイシャの故郷、ロム村。
一旦アイシャの実家に寄った後、のんびりお散歩する事に。
「歩きながらお悩み相談再開と行くか。なんでもいいぞ」
「それってなんか懺悔部屋に呼ばれたみたい」
「懺悔部屋か。おー神よ許したまえーってか? そういえばこっちの世界の宗教って何も知らないな」
俺は元々無宗教で無神論者だ。本当に神がいるのならば、俺の両親をどこにやったのかと胸倉掴んで問い詰めてやりたい。
ちなみに俺たちの中ではリサさんが明確に宗教を持っている。詳しくは知らないが、食事時には必ず神に祈りを捧げているからだ。
「宗教ねぇ……」
「何だその含んだ言い方」
「んー、まず小人族は自然崇拝。私もね。でもこれは宗教上でも平等がなくて、すがるものが自然しかないっていう意味なんだ」
含んだ言い方だったのはこれが原因か。小人族にとっては宗教なんて当てにならないんだな。
「魔族も同じく自然崇拝。それと魔王を崇拝してるけど、あれも一種の宗教かな」
「魔王様ご本人はそれをえらく嫌がっていたけれどな」
魔族領でフューラが帰還後壊してもらうという話をした時、静かにしてほしかったと言っていた。シアも同じ心境だろう。六千年も前の話なんだから、もうすっかり忘れて静かにしておいてほしいのだ。
「獣人族は自然崇拝と偶像崇拝が半々。人間族は偶像崇拝のみ。極一部に自然崇拝をしてるのはいるけど、私たちのとは根本が違う。私たちは森羅万象全てを一つの存在として崇拝……敬ってるって言い方のほうが正しいかな。そんな感じなんだけど、人間族の自然崇拝は神格化しての崇拝だから……あ、これも偶像崇拝だね」
「へえ」
「でも、それ以上は聞かないでね。私あんまり詳しくないから」
「充分だよ」
詳しく聞いても、だから何? で終わってしまう。俺は宗教なんか興味ないし、そもそも無関心だ。
「カナタは?」
「俺無宗教なんだよ。ついでに無神論者。だからお前以上に知らないぞ」
つまらなさそうな表情をした。そうだ、どうせだからあの話をしてやろう。
「俺のいた国には、八百万の神っていう概念がある。どんなものにも、たとえば米粒一つにも神が宿っているっていう考えだ。だから感謝を忘れず無駄遣いせず、物ならば丁寧に扱って、食べ物ならば残さず食べましょうって感じ」
「へえ。なんかそういうのいいね。他には?」
「んー……まあ八百万の神ってのは家の場所場所にもいてな、トイレの神様なんてのもいる」
「神様に見られてたら綺麗に使いたくなるね」
「あはは、正解」
そっち方面で取るとは思わなかった。しかしこれ以上なくアイシャらしい答えでもある。
ついでなのでよくあるトイレの神様の話をしてやった。トイレには美人の神さんが居るんやでーという、アレである。
「――カナタが教祖になればいいのに」
「ははは、ナイスジョーク。俺にそういうの似合うと思ってんのか?」
「ぜんっぜん似合わない! あはは!」
そういう事だ。
――灯台。
のんびり歩いていたら灯台まで来てしまった。というかこの村は灯台以外特に何もないので仕方がない。もちろん上には行けないので、展望台の手すりに寄りかかっているだけ。
「この海の向こうには、諸悪の根源がいる。不思議だなぁ」
「……年寄りくさいぞ」
「あはは。じーさんや飯ぁまだかい?」
「ばーさん飯は三日前に食べたじゃろ」
「ヒドっ!」
なんて感じのどうでもいい会話をしつつ、アイシャから切り出すのを待つ俺。
ふと、アイシャは軽くジャンプし、手すりの上に飛び乗った。随分と身軽です事。もう人間の域じゃねーな。
「危ないぞ」
「大丈夫。慣れてるから」
そして器用に手すりに腰掛けた。昔からこういう事してたのか? ……あ、だからいの一番に怪我をしてたんだな。
「……私ね、自信ないんだ」
「勇者としての自信か?」
「うん」
溜め息を一つ。アイシャは……悩むというよりもむしろ、安心したような表情をしている。
「気を抜かず全力でぶつかる、っていうのは実践してるつもり。そうじゃないと私の剣で倒れた命に申し訳がないから。それはドッボの事で本当に深く思い知らされた。でも、実力や行動の正しさっていう、実務的な? そういう部分は自信ない」
「……そのわりに、素直に言えてすっきりしたって顔に書いてあるぞ」
「あはは、うん。もうみんなに聞いて分かってると思うけど、私って全部抱え込む癖があるから、お父さんにもこういうのは言った事ないんだ。だから――」
アイシャは手すりから降り、かしこまったように俺の側へと向き直った。
「よっと。……んー、直接言うのは……ちょっと照れるんだけど、でも言います。ありがとうございます」
しっかり手を合わせて頭を下げた。なんというか、報われた気がする。
「カナタは父親じゃないのを痛感したって言ってたけど……確かに父親じゃないと思う。何ていうかな、父親でも恋人でもない、別の特別な存在、みたいな。上手く説明出来ないんだけど、私にとってはそんな感じなんだよね。だからなのかな? 私の弱みを見せてもいいかなって思える」
「それこそ気心の知れた仲間ってのじゃないのか? まあともかく、こちらとしても素直にそう言ってくれるのは嬉しいよ」
「うん」
なればこそ、俺もしっかりと向き合わなければ。
溜め息交じりに俺から話を切り出した。
「自信がない、か」
「うん。……ふふっ、でもごめん。実力って部分については、もう答えが出たんだ」
おや、俺の出番なしか。アイシャの表情は……喜びかな。
「私今まで何本か剣を折ってるじゃない? そして今回も折っちゃった。だから冷静な状態でもう一度しっかり謝ろうと思って、先にレイアの家に寄ったんだ。あの剣はレイアが本気で打ったのだから、折っちゃってごめんって。そうしたらね、怒られた」
理由を当ててみろと言いたげな目線。
「んー……謝る必要ないって?」
「うん、正解。確かにあの剣はレイアが魂を込めて打った剣だけど、でも職人としての技術はまだまだ。昨日も言ってたけど、あの剣が折れた理由は私の力に剣が追いつけなくなったから。メンテナンスで剣を見るたびにね、それを大きく感じるようになってたんだって。だからこそフューラに頼んでダンジョンに潜った。私により良い技術で作られた剣を提供するためにね」
なるほど、剣の状態でアイシャの実力を推し量れると。それがあったからこそ、折れたと報告した時にあまり驚かなかったのか。レイアさんの予想通りだったんだな。
「だから、私が謝っちゃ駄目なんだって。私が力一杯に扱っても大丈夫なほどの剣を打つ。じゃないと職人の名折れなんだって」
レイアさんはアイシャと同い年だが、しかしそれでもしっかりと職人のプライドというものを持っているんだな。もうアイシャに怒られる事もないだろう。
「そんな事を言われたらさ、嬉しくなっちゃうでしょ?」
「間違いない。……そういえば水晶洞窟の後、コノサーに見てもらってないな」
「あ! うん。剣が折れた事で一杯になってたから忘れてたね」
こういうところもまたアイシャらしい。
「……」
「……」
会話が途切れた。
「なあ」「ねえ」
かぶった。
「お先にどうぞ」
「……そろそろ戻ろ?」
「同意」
景色は確かに綺麗なのだが、ずーっと海を見続けるのも暇なのだ。何よりもお腹が空いた。
――アイシャの実家。
「ただいまー」「帰りましたー」
「お帰りなさい」
おっ!? 出迎えたのはご両親ではない、まさかの人物。
「なんでフューラがいるのさ?」
「ちょっと問題が……」
何だ何だ? というかどうやって家見つけたんだ? というか何故にすっかり馴染んでいるんだ? おいそこのご両親、少しは疑問に思いなさい。
とりあえずアイシャの部屋で話を聞く事に。
「よく家分かったね」
「役場で聞きました。アイシャさんの仲間だと言ったら、顔を覚えてもらえていたのですぐに」
なるほど。
「それで……申し訳ありません。僕の制限を解除してはもらえないでしょうか?」
「先に理由だろ」
しかしあからさまに焦っている。嫌な予感しかしない。
「ズー教団、先日も話に出てきましたよね? 実はシアさんが拉致されました」
「はあ!?」「はあ!?」
思わず俺とアイシャとで同じリアクションを取ってしまった。
「え、リサさんとモーリスは?」
「モーリスさんも一緒に拉致されまして、リサさんと僕とでメセルスタンに助けに行こうとしたのですが……」
一気に表情が暗くなった。そういう事か。
「制限解除してないと人には攻撃出来ない、そうなると足手まといだからって一人帰ってきた訳か」
「……はい」
まずいな。何がまずいってリサさんを一人にしておくのが一番まずい。間違いなくあの狐さんはやらかしてくれるぞ。
「それじゃあ」「待って」
「おいおい、事は一刻を争うぞ?」
こっちは焦っているのだが、アイシャはいやに冷静だ。
「……相手はメセルスタンでしょ? 一筋縄じゃいかないよ。国丸ごと罠っていう可能性もある。あそこはそういう事を平気でする国なんだよ」
またとんでもない国を敵に回したもんだ。
「だからと言って指咥えて待つって訳にもいかないぞ」
「あそこの……びっくり?」「シャックリ」「あーそれそれ。トックリ教皇には話を通さないほうがいい」
「シャックリ教皇ですね。残念ながらトム王から親書を頂いて、今頃リサさんはそれを渡している頃かと」
「えー……がっくり」
こいつわざとやってるな。理由は……そうか、フューラを落ち着かせるためだ。ボケに回るアイシャにフューラは溜め息を一つ、表情から緊張が抜けた。
おかげで俺も一旦冷静に考えられる。……でも、選択肢など見当たらない。
「やっぱりフューラに連れ戻させるしかないと思うけど」
じっと考えている様子のアイシャ。
「……一日待って。私はリサさんがどう動くのか、それを見てみたいんだ」
「待て待てこれは人命に関わる問題だぞ? そんな動物実験みたいな事して、もしも何かがあった場合どうするんだよ?」
思わず強い口調になる俺とは対照的に、アイシャは既に動かない事を決めているようで、静かなものだ。
「まず前提としてメセルスタンには私は入れない。小人族だからね。それに……私のカンだけど、これは私たちは手を出すべきじゃないと思うんだ。……というか、リサさんしか解決出来ない気がする。だって……」
アイシャはじーっと俺の目を見てきた。
「なんだよ」
「……シア、おかしかったよね?」
おかしかった? ……そういえば魔族領での一件以来、ずっと大人しかった。元々騒ぐ奴じゃないが、余計に静かだった。この家に来てご両親と会っている間は普段どおりではあったが……夜の灯台での事が影響したのか、今回は頑なに同行を拒否したのだ。
「確かにおかしいな。あいつらしくない」
「多分、だけどね、シアも悩んでいるんだと思う。忘れられていない事に、どうすればいいのか分からなくなってる。フューラも気持ちは分かるよね?」
「ええ。その結果僕が選んだ道は、全てをリセットする事ですから」
「だとしてもだな」「カナタさん」
意外だった。いや、考えればこうなる事は予想出来たか。俺を止めたのは他でもないフューラだ。
「お前までそうやっ……っておい!」
フューラがちゃっかり着替えた上で人に向けてライフル構えやがった! 思わず手を上げてしまったではないか!
「これは冗談ですけど、多分アイシャさんならこうしたんじゃないですか?」
「あはは、そうかも」
ライフルを仕舞い服装を戻すフューラ。全くうちの女子どもは……。
「私としては今のシアの悩みにはリサさんが適任だと思う。フューラも気持ちは分かるんだろうけど、でもシアの尻を叩けるかって言ったらきっと違うでしょ? それにリサさんは王女、シアは魔王。どっちも王だからね」
まあ……仕方がないか。アイシャの言う事にも一理あるし。
「だから、一日待って状況を見て、それから動く。……と言ってもこの事はフューラに任せる。私とカナタはもう少しのんびりするね」
「俺の行動まで決めるのか。ってか予定では明日にジリーが帰ってくるだろ? どうするんだよ」
「カナタ迎えに行って」
あっさり言ってのけてくれるものだ。
「……はあ、どちらにしろ俺に選択肢はなさそうだな」
妥協アンド妥協。
しかしアイシャはまだ復帰に不安を抱えており、俺を必要としているとも取れる。それにリサさんに灸を据えるいい機会かもしれない。ここはアイシャに従う事にしよう。
「分かった。でもフューラ、制限解除しておけ。追加で何かが起こった場合いつでも出られるようにな」
「はい」
全面的に俺が折れた形でだが、話がまとまったので部屋から出る。すると見計らっていたのかママさんが来た。
「フューラさんもお昼いかがですか?」
「えーっと……」
俺を見てきたので、自分で考えろ、という目線で返す。
「遠慮はいりませんよ」
「……それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
という事でお昼である。メニューは……なんか気合入ってる。パスタが主食だが、パイだとかフライドポテトだとか、おおよそ昼食の量じゃない。
「……お母さん、家計の事考えてよ」
「アイシャに言われるだなんて、屈辱!」
「屈辱って……私だって怒るよ?」
仲のいい親子です事。
食後、フューラは帰宅。そのままこちらに置いても良かったのだが、念のため自宅待機とした。
さてアイシャのお悩み相談だが……。
「うーん、実はね、後はもうほとんど解決してるんだ。していた、って言い方が正解かな。今までの事をおさらいして考えてたらね、もうとっくに答えが出ていた事に気付いたんだ。だから、剣さえ手に戻ればいつでも行けるよ」
「そうか。……俺が手を貸すまでもなかったな」
「あはは、それは違うよー。カナタのおかげで答えに気付けたし、そもそも私一人だったらとっくに潰れていたはずだもん。だから……全部ひっくるめて、ありがとうございます」
全部ひっくるめられてしまった。
「……という事は?」
「んー……でもどうせだから、例の事が終わるまではこっちで休む。剣が出来上がるまでは時間掛かるだろうし、それに親孝行もしなきゃね」
「だそうですよ、パパさん」
居間で相談に乗っていたので、パパさんはちゃっかりこちらを覗き見していたのだ。
「あはは、気付かれてましたか。うーん……」
と、難しい表情。ここでのテンプレートは、親孝行は世界を平和にしてから、だな。
「……それじゃあ畑の収穫手伝ってもらおうかな」
わお、さすが農家である。……いや、これは狙ったな。アイシャが胸を撫で下ろしているのが何よりもの証拠だ。娘に気を遣わせまいと、わざと勇者業とは全く関係のない回答をした。俺にそれが出来るんだろうか?
と思っていたら早速の問題……ではないけど、イベント発生だ。
「実は明日から共同農園の収穫祭があるんですよ。人手は少しでもあったほうがいいですからね」
「あはは、なるほど。そうしたら……ジリーを迎えた後、もう一度来て手伝おうかな」
「忙しくないですか?」
「普段あまり戦闘には参加しないんで、こういう時に体を動かしておかないと鈍るんですよ」
という事で俺の明日の予定は、朝に畑の手伝い、昼前にジリーをお迎え、王宮に報告し、戻ってきて再度お手伝い。うん、忙しい。
「そうだ、ジリーはどうする?」
「船旅から帰ってすぐだよ? さすがに休んでもらわないと駄目。本人にも自宅待機だって言っておいて」
「分かったよ」
「いよーし、それじゃーカナタは明日一杯倒れるまで頑張りましょー!」
おいおい……。
体調の回復はまだ七割八割程度ですが、とりあえず再開です。
ただし活動報告にも書きましたが、ペースはあまり上がらないと思ってください。
事態が大きく動くのはまだ数話先ですが、この先のシナリオは執筆当初からの計画通りの展開となっています。
したがって体調不良から早めに切り上げるつもり、という事ではありませんのであしからず。




