第二十一話 運送屋? うんそうや
本日は普通の依頼を探しに斡旋所へ。
――数日前、大金を手に入れてウハウハしていたら、普通の市場なのに十ゴールド、約十億円の武器を見つけてしまい、一瞬で俺の中の通貨概念が破壊されたのだ。それをアイシャに話すとこう返ってきた。
「特殊な装備品は一気に価値が跳ね上がるからね。代わりにモンスターが落とすお宝を売れば、それくらいあっさり稼げたりもするよ」
うん、すごいよね。
もちろんそんな高額なお宝は滅多に手に入らず、今のアイシャでは手も足も出ないような強力な相手を倒す必要があるそうな。つまり強敵からのレアドロップだな。
そんな事を聞いたら俺だって数百シルバーで満足など出来なくなるのだよ。元社畜ナメるな! というところである。
――斡旋所。
さーてどんなお仕事が待っているのかな、っと。
……んー? メタルスライム討伐? すげー経験値もらえそうだな。でも俺にゃ無理だ。メラでメラメラされちゃうもん。
お、謝肉祭なんてあるのか。んでその準備と。応募資格……魔法使い限定。はい残念。
大型建築物の解体……火薬使用で水着ギャル限定? あはは、何考えてんだこいつ。
「お、これは行けるな。十日間の運送手伝い。ポストキーは会社持ちで津々浦々を行ったり来たりか。色々な街を見たいし、やってみるか」
さてユジーアさんはいるかなーっと……いたいた。
「こんにちは。これお願いします」
「はい。……あーここですか。裏の備考欄は読みましたか?」
「え? ちょっといいですか」
裏は完全にスルーしていた。えーと、手紙や便箋の他に小包、危険物もあり。配達先が危険な地域の場合もあり、と。……まー監禁されなきゃいいかな。
「大丈夫ですよ」
「それでは……即日なので準備が出来次第二階のテレポーターから飛んでください」
「分かりましたー」
準備とは言っても特に何もないので、このままでもいいかな。シアは今回アイシャに預けてあるし、一応銃は持っている。
――運送屋、事務所。
事務所自体は王都にあった。社名は「野生の荷車」だ。英語にすればワイルドカーゴといった所か。規模は大きくないが、運送業者の事務所はこんなものなのかな?
玄関先には社名の入った白い帽子が掛けてある。そういえば白い帽子をかぶった運送業者を何度か見た事がある。あれか。
「すみませーん、依頼を受けて来たんですけどー」
「……」
おっと誰もいないのか? と思ったら奥のパーテーションから手が出てきて、文字通り手招きしている。
「失礼しまーす」
中はまあ中世的ではあるが、見事なほどに事務所である。久しぶりに社畜の血が騒ぐ。
「斡旋所からの依頼を受けて来たんですけど」
「あーはいはい。そこに紙あるでしょ? まずそれに自分のプロフィール書いて、依頼書と一緒にしてピンで留めといて。終わったらまた声かけてねー」
駄目だこりゃ。
机には社長とあったのでこのおじさんがそうなんだろうが、ダラーっとしていてやる気の一片も感じられない。とはいえやる事はやらなければ。
とりあえず指示通りにして提出。
「……うん、悪いけど誰か帰ってくるまで待ってて」
「それだけですか?」
「うん、私分からない事多いからねー」
元世界での我が社を思い出すぞ。社長が営業部を覗いて一言「今何売ってんの?」と言ったのだ。もうぶっ飛んだね。それが入社半年後の事だったので余計に深く覚えている。この社長も、この会社も同じ部類なのだな。そう、ブラック運送である。白い帽子なのに黒いのだ。
――幾許か。
従業員が戻ってきた。そして社長が手だけ出して指示。
「すみません、依頼を受けて来たんですけど」
「んあ? あーはいはい。じゃー教えるから付いてきて」
早速なのか。まー即日とあったし、その通りなんだろうな。出ようとしたところで玄関先に掛けてあった白い帽子を手渡された。これが目印という事だな。
連れて行かれたのは事務所横の倉庫。中には荷物と荷車が大量。荷物は列ごとに整理されており、怠惰な社長のいる会社ではあるが、中身はしっかりしている様子。
「えーとね、それぞれの列が行き先。自由に選んでいいよ。結んであるリボンの色が荷物の種類。荷車に載せてテレポートして、行く先で配達。渡してサインさえもらえばいいから。領収書は荷車に付いていて、なくなったら事務所から各自補充。始業前に補充するから、なくなる事はまずありえないけどね。以上」
「え、それだけ?」
「うん。あー待って、リボンの色で荷物を分けてんだけど、白は普通。黄色が割れ物、赤が急ぎ。青が魔法使い用で黒は特殊。あと滅多に入らないけど緑は重量級で複数人での配達ね。これらが何本も付く場合もあるよ。あんた魔法は?」
「いえ、全く」
「んじゃ青には触らないでね。斡旋所から来たんなら今日明日は白だけ。俺らは一回に小包なら二十くらいは積むけど、兄ちゃんは半分の十個で肩慣らししたほうがいいよ」
なるほど、意外なほど分かりやすい。しかもリボンの色見表も置いてある。これはあれか、配達はいいけど給料その他が大変っていう奴か。
「給料は固定と歩合。まあ固定だけだと生きて行けないけどね。便箋も含めて一回五十くらいの荷物を三往復。つまり一日百五十個の配達がノルマだよ。やれば分かると思うけど、ベテランでもノルマ達成出来ない事が多いんだ。なにせ荷車を手押しだからね」
オーイェア! ワーク・イン・ブラック!
と言ってる間もなくさっきの従業員は荷車に荷物を詰め込んでいなくなった。ならば俺も出発せねば。
「行き先は……あ、シエレがある。これにするか」
まずは行った事のある町で慣れよう。荷物は手紙や便箋が四十に小包が十。これで合計五十だ。
テレポーターは道を挟んだ向かい側にいて、会社専属という訳ではなかった。といってもほぼ専属だが。
「見ない顔だね。えーっと、シエレか。行くよー」
――シエレ。
この町にはこれで三度目だな。ペロ村からの道すがらと、マロードの道具屋娘を連れ歩いた時。一応は道を覚えているので、早速行こう。
「……げ、こんな重いのか」
車軸も含めて全て木製なので転がりが悪く、しかも荷車自体が重いという問題児。フューラに車軸だけでも作ってもらおうかな。
さて最初の一件目は酒場だな。
「宅配でーす」
「はーい。あら若い兄ちゃんだね」
「臨時で入ったんですよ。えーっと……これと……これですね」
小包と便箋。早速重量のかさむ小包がいなくなってくれたのはよろしいな。これ小包を先に減らすのがいいかも。
二件目以降は普通のお宅。技術レベル上、マンションの高層階まで歩いて登れ、なんて事がないのは本当に助かる。
「宅配でーす」
「はーい」
という感じ。就業時間が中途半端だったので二往復したところで日が落ちた。
――そんなこんなで一日目終了。
「ただいまでーす」
「おかえりー。どうだった?」
迎えてくれたのは社長だった。というか社長以外はもう帰った様子。そしてどうだったと聞かれてしまったので、臨時であるのを利用して、空気が悪くなるのを覚悟で突っ込んだ話をしてやろうと思う。
「荷車に問題ありですね。あれ全部木製じゃないですか。おかげで車軸の転がりが悪くて荷車が重く感じる原因になっていますよ。あれを鉄パイプなんかに取り替えるだけでも荷車を引きやすくなって、すると売り上げも上がると思います」
「……いきなり来るね」
驚き顔の社長。
「あはは、これでも技術的な事には多少詳しいんで。知り合いに鉄を扱えるのがいるんですけど、もしよければ声をかけますよ?」
「うーん……私が指示出来る事じゃないからねー。明日経理に聞いて」
いやいやあんたが決める事だろうが! と心の中で思いっきりツッコミを入れた。この社長は何も知らないんじゃなくて何も決めないんだな。
――二日目。
早速経理の女性に話を通してみる。
「すみません、昨日社長に話したんですけど」
「あん?」
わお。見事なお局様だ。こりゃ社長は何も決めないんじゃなくて、この人が決めさせないんだな。まあいいや、話を続けよう。
「配達の負担を減らすために車軸を鉄製に」「口動かす前に足動かせよ!」
あ、こいつだ。問題児発見。この経理が人の話を一切聞かない奴だから何も進展しないんだ。
とりあえずは荷物を詰め込み出発準備。
「なあ兄ちゃん、負担が減るって本当かい?」
配達人の中でも高齢の方が聞いてきた。
「確実に今のよりはよくなりますよ。俺の簡単な試算じゃ、一日二百行ける人も出てきますよ」
「ほえーそりゃすごいな。……でもあいつがいる限りは無理だね。あいつ創業者の娘でね、これでもかってくらいに甘やかされて育ったんだよ。結果、あーなった。みんな何を言っても無駄だって見切りをつけてるよ」
「ははは、よくある話ですよ」
この二日目が終わった時点で分かっている事は、社長は経理に頭が上がらない。経理は創業者の娘でとんでもないわがまま。そして配達人は皆うんざりしている。
これは社長を焚き付けてあの経理のお局さんを追い出させるしかなさそうだ。
……まあ、あと八日で終わる俺が言っても仕方がないけど。
――二日目の夜。
俺はフューラの工房へ。
「フューラ、いるかー?」
「いますけど開けないでください! 危険物取り扱い中です!」
おっと。
「じゃあ用件だけ伝えるぞ。荷車の車軸をこっちの技術に合わせて鉄パイプで作ってくれ。数と太さは――」
まあこんな感じで、俺はあの経理のお局を完全無視して、勝手に改良する事にしたのだ。
――三日目。
出庫前にみんなを集めてヒソヒソ話。
「俺の知り合いに新しい鉄の車軸作ってもらってるんで、今日の夜に経理の人に内緒で取り替えようと思うんですよ。負担も軽減されるんで、みんな一斉に替えてみませんか?」
「あはは、あんた面白いなー」「俺そういうの好き」「私もだよ。よし、乗った」「俺も乗った」「俺も俺も」
と、こんな感じで配達人十人中、十人全員が賛同した。それだけ社長と経理には不満が溜まっていたんだな。
本日分の仕事を終え、従業員一同一旦帰宅。
俺は誰もいなくなったのを確認後、荷車をひとつ拝借してフューラの工房へ。
「おーい」
「はーい用意してありますよー。左に周ってください」
相変わらず扉は閉ざされたまま。そして指示通りに動くと鉄パイプが十本。その場で車軸と合うか見てみたら、どうやら行けそうだ。
「ありがとなー」
「いえいえー」
という事で鉄パイプを荷車に載せ、倉庫へ。
着くと三人が待っていた。ここまでは予定通り。
「それじゃ、やりますか」
「おうっ!」
大工仕事は門外漢なのだが、三人は車軸を直した事のある人たちなのでスムーズに事は運ぶ。
一台目が完成したところでその中の一人が試しに転がし始めた。
「……おー、なるほど。これなら二百行くっていうのもあながち大口じゃなさそうだぞ。よし、他のも急ごう」
一台終わればやり方も慣れるもので、予想時間よりも早く終わった。さて明日だな。
――四日目。
みんな何も言わずに業務開始。やはり転がり抵抗が減ったおかげでかなり楽になった。あとはエンジンとサスペンションを取り付けて……というのは冗談。
一回目の配達を終わり荷を補充に戻ると、丁度高齢の配達人がいた。
「兄ちゃん感謝するよ。私そろそろ引退しようかと思っていたんだがね、これならばまだ行けそうだよ」
「あはは、でもご無理はなさらないように。老体に鞭打って体壊したら笑えませんよ」
「全くだね。あっはっはっ」
業務終了後、みんなも喜んでいた。
改善に一番必要なのは、少々の強引さなんだろうなと、そう思う社畜であった。
――五日目。
今日からは黒リボン、つまり特殊な事情のある荷物の扱いも許可された。このカテゴリは剣やナイフなどの刃物類、百シルバーを超える高額な荷物、そして危険性が高い荷物の場合に分類される。
具体的にどう危険なのかと言うと、いわゆる違法ドラッグ類やそういう人の扱う書簡など、一触即発の違法な荷物を扱うのだ。したがって憲兵団の抜き打ち検問に引っかかろうものならば、自分も逮捕される。
何故そんなものを運ぶのかといえば答えはひとつ。稼ぐため。悪いお金は金額が大きいんですってよ。そしてこの運送業者が少人数ながらも儲かっている理由がそこにある。
普通の運送業者ならば嫌う、そのような危険で狙われやすい荷物すらも平気で運んでしまう。そこが受けるからこそ、あんな社長や経理がいても回っていたのだ。
社名を英語に直訳するとワイルドカーゴだが、実際にやっている事はワイルドカードという感じだな。
「刃物類ったって、んな危なくねーんだよ。問題はその額と、族の存在。俺ら全員一度は狙われてっかんな。いっか? 視線を感じたら配達を切り上げてすぐ帰ってくる事。黒と赤の荷でも血で赤黒く染まるよりゃーマシって事よ」
「中々デンジャーっすなー」
「おーよ。んま、その代わり一回で一往復分のノルマが稼げるけっどな」
文字通りの命懸けという事だな。たったひとつで一往復分も稼げるのは大きいが、帰ってこられずに人生終了なんて事にすらもなりかねない。
しかしこの日、俺は黒の荷物を扱わなかった。なぜならば入庫しなかったから。入っても月に数個らしい。
業務終了後、些細なトラブルがあった。
「んあ? なんでこんな運べてんだ? てめーら私に負担かけようとしてんじゃねーのか!?」
軸を交換した事により効率が上がり運べる数も増えたが、この馬鹿経理、仕事をしたくないから運ぶ量を抑えろと文句を言ってきたのだ。
「……んなら言わせてもらうけんどよ、せっかく兄ちゃん臨時で雇っといて、仕事増えるの嫌だって、筋通ってねーんじゃねーの?」
「大体あんた三時間くらいしか仕事しねーっしょ。しかもこっちがつけた伝票の確認だけ」
「そうそう。実際の経理はうちらに丸投げしてんの。おかしいと思わんの?」
配達人の逆襲である。
「うっせーな! お前ら全員首にすんぞ!」
そしてこの、経理が言ってはいけない言葉である。
「社長もなんか言ってよ。あんたが会社の舵取ってんでしょ」
「私に言われてもねー」
このやる気のない返答に、配達人が社長を捨てるには時間は掛からなかった。
――二日の休日を挟んで出勤六日目。
「あれ? 減りました?」
「うん。一人辞めた。正直俺も辞めてーよ。でも荷物がある限りはなー……」
配達人の鑑というよりは、荷物が文字通りのお荷物になっている状況か。
「じゃあ、俺の最終日に全部配り終えて全員一気に辞めましょうか? なんちゃって」
もちろんただの冗談。だったのだが――。
さてこの日、港町マロード行きの黒荷物が来た。坂のある町だが、下るように配達していけばどうにかなる。これは俺が運ぼう。
黒荷物とは言ってもこれは武器類だな。あからさまに金属製の音がするし、何よりも細長い。配り終わるのにもそう苦労はしなかった。マロードは領主が代わって以来、随分と治安が回復したようだ。
そしてあの道具屋だが、現在の領主が買い取った後に別の人が道具屋を再開していた。もちろんその道具屋への荷物もある。
業務を終えて事務所に戻ると、また経理が怒鳴り散らしている。
「なんで一人辞めてんのに仕事量減ってねーんだよ!」
と、こんな感じである。これにはもう呆れ返ってしまうが、後数日なので我慢我慢。
――七日目、八日目、九日目。
この三日は黒荷物なしで通常業務ばかりだ。見所はあのネリデスールのカジノ行きの荷物。オーナーに直接手渡しの指示だったので渡したところ、「ええっ!?」とマスオさんばりに驚いていただいた。
そりゃそうだな。王宮つきで捜査していた若いあんちゃんが、今度は運送業者として目の前に現れたんだから。
こっちの事情をやんわり話すと、大きく笑ってチップをくれた。一シルバーだが、されど一シルバーだな。汚い金? いいや、俺が正当に稼いだ金だ。
――最終日、十日目。
出勤すると倉庫でなにやらざわついている。
「どしたんすか?」
「ああ、ちょっと黒の中でも厄介なのが入ってね。普段こういうのはうちも拒否するんだが、あの経理が嫌がらせに受理しちゃったんだよ」
特大サイズの積荷が荷車に乗っているが、半分はみ出ている。行き先を見てみると……ナーシリコという別の国の名前だな。
「これねー、ナーシリコってだけでも厄介なのに、相手が魔貴族なんだよねー。しかもこのリボンの本数。冗談じゃないよ」
「えーと、黄色に赤に青に黒に緑……って、白以外全部じゃないっすか」
一斉に溜め息を吐く配達人一同。
魔貴族か。もしかしたら例の奴の情報が少しでも手に入るかも。危険を承知で行ってみるかな。
「……んじゃこれ俺が行きますわ。あともう一人魔法使える人お願いします」
「あっさり決めるねー。んおし、そいじゃー俺が行くよ」
俺には中堅の気のいい兄さんが付いた。さて出発。
「の前に、渡航証明書をもらわなきゃいかんのよー。だから一旦王宮に行ってから荷物を持って出発」
なるほど、パスポートやビザみたいなものか。
証明書はあっさりと発行された。とはいってもこの一手間が面倒なんだろうな。
――ナーシリコ国。
「ここでは誰とも目を合わせない事。何も買わない事。話しかけられても反応しない事。もちろん自分から話しかけるのも駄目。お茶を一杯一シルバーで押し付けられたりなんて日常茶飯事なんだよ」
修羅の国だな。
到着したのは山間に狭苦しく広がる町。天気は悪く、いつ降り出してもおかしくない。
大型の荷物を息を切らしながら運んでいると、巨大なお屋敷を発見。ここか。俺は帽子を目深にかぶりつつ様子をうかがう。荷物の受け渡しは兄さん任せ。
兄さんは正面ではなく裏口側に回った。
「すんませーん、お荷物でーす」
反応なし、と思ったら白い子供が出てきた。メイドも出てきた。子供は扉を開けただけか。
「すみませんが、裏の倉庫まで運んでいただけますか?」
「あーいいっすよー」
という事で移動。さすがは魔貴族の屋敷、雰囲気が中々よろしい。倉庫はレンガ造りの普通な感じ。
荷を降ろす段階になったが、あまりにも重くて二人では持ち上がりすらしなかった。
「んー乗せる時も六人でようやくだったから、人がいるねー。ちょっと呼んでくるから待ってねー」
という事で倉庫には俺一人。……絶好のチャンス。
まずタグには、受け取りがユチッダ=ドンク・ロー・ドッボと名前がある。覚えられる気がしないので、領収書をメモ代わりにしよう。しかし送り主の名前が数字で”55”だ。あの経理馬鹿だろ。
さて中身は? ……マジかよ。部品ごとに分解されてはいるけど、どう見ても小型の大砲だぜこれ。この魔貴族、戦争する気満々じゃねーか。これは当たりの可能性が大きいな。
手伝いには六人の執事やメイド、そしてさっきの子供も集まった。女子供で持ち上がるのかな、これ……。
「んじゃー行きますよー。せーのっ!」
重っ!
けれどもどうにか持ち上がり、その間に子供が荷車を引き抜いた。
「腰気を付けろ!」
荷物を慎重に降ろして、これにて配達完了。
「んじゃ、あざーっしたー」
と帰ろうとした際に、俺は確認した。奴がいた。あちらは大砲に目が行き俺には気付いていなかったが、確かにマロードで見た魔貴族だ。収入と共に別の大きな収穫を得たぞ。
――業務終了。
全てを運び終え荷車を倉庫へ。……えっ!?
「え、ちょっ、まさか!?」
「兄ちゃん冗談のつもりだったんだろうけど、俺らはそれに乗る事にしたんだわ。もうあの二人に振り回されるのは嫌だかんね」
倉庫の荷物は通常五百個くらいは翌日に持ち越しになる。それがなんとも、ひとつも残っていないのだ。やってくれたな、すげーぞ!
事務所に戻るとそれはそれはあの馬鹿経理がお怒りなのだ。
「てめーら仕事すんなっつっただろーが! んだよ! 二千も一日に運ぶとか、トチ狂ってんじゃねーのか!? あん!?」
配達人一同目を合わせ、そして一番高齢の方が、切り出した。
「分かったよ。社長、あんたは随分と役立たずだった。嬢ちゃん、あんたもな。だから私らはあんたたち二人を見放す事にした。私ら配達人九人は、本日を以って会社を辞めさせてもらう。よかったな社長。これであんたの仕事はなくなる。よかったな嬢ちゃん、これで仕事をしなくて済むぞ。見事な円満倒産だな! あっはっはっはっはっ!」
「爺さん面白ぇー! 円満倒産!」「これでこいつらの馬鹿面拝まなくて済むぜ!」「あはははは!」
そんな感じで、俺への高額追徴金支払いと共に運送屋「野生の荷車」は倒産した。
俺のせい? はて何の事やら?
後日、高齢の方が社長となり、辞めた配達人を集めて新たな運送会社「赤色帽子便」を始めたのは、また別の話。
――その後。
俺にはまだやらなければいけない事がある。
「王様、例の魔貴族の事ですけど、名前が分かりました」
「さすがだね、こちらはまだ全然掴めていなかったのに。それで?」
「えーと、ナーシリコ国にいる、ユチッダ=ドンク・ロー・ドッボです。はい、メモ。運送のバイト中に偶然見つけたんですよ。しかも積荷は分解された大砲。こいつ戦争する気満々ですよ」
俺は奴の名前をメモした領収書をカキア大臣へ。メモを確認後、明らかに顔色がおかしくなった。血の気が引いたと言えばいいか。
「……ドンク・ロー・ドッポといえば、かなりの名家でして、先祖はあの魔王プロトシアの側近だったと聞きます。そんな方が戦争を企てたとなると、もっと大きな事態に発展するかもしれません。それこそ――」
「人類対魔族……まさかな。カナタさん、すみませんがシアさんに尋ねておいてください」
「そりゃもちろん」
しかしシアにそれを聞いた結果は、知らないという事であった。ではあの魔貴族は何だったのか? しかしそれでも、偶然から得られた小さな手がかりは、その後の大きな波を予感させるには充分だった。




