真実
「いいですかマシロ様、すぐに戻りますので、そのまま暫くお待ち下さいませ。くれぐれもここからお出になりませんように」
そう言って、倒れたメルティナさんを自分達の部屋に運んだクライスさんは、その言葉通りすぐに戻ってきた。
知らなかったとはいえ、動物NGの領主館で、無断でこっそりこの子を飼っていた事に対するお説教が始まるのだと思っていた私は、床に正座してクライスさんを迎えた。
子犬は、そんな私の隣でお座りをしている。
「……いいですかマシロ様? まず始めに、その生き物は子犬ではありません。人狼と言う魔獣です。この魔獣は知性は高いですが、半面、魔獣の中でも好戦的な種族なのです。まだ子供だから良かったものの……これが大人なら、今頃私達は全員、その人狼の腹の中にいた事でしょう。……ご自分がどれだけ危険な事をしていたのか、しっかりと、ご理解して戴きたい」
怖いくらい厳しい顔つきで私を見下ろしながら、まるで小さな子に言い含めるように言葉を発するクライスさんは、最後の一文を殊更強調して締め括った。
……この子が、魔獣。
告げられた真実に、身体中に戦慄が走る。
子犬だとばかり思っていたのに……信じられない。
「……ご、ごめんなさい。……えっと、それで……こ、この子、どうしましょう? このまま飼っちゃ、駄目……ですか? もし領主館が動物飼ってもいい場所なら、飼いたいんですが……」
「…………マシロ様? 私の話を聞いていらっしゃいましたか?」
「き、聞いてましたよ! ちゃんと!!」
謝罪の言葉を口にした後、子犬、いや、子魔獣を見ながら遠慮がちに問うと、クライスさんの背後から冷気が漂ってきた。
それを感じた私は慌てて肯定しながらコクコクと頷く。
「ならば」
「でもっ! この子大人しいじゃないですか! 私にはなついてくれてるし、今のうちから躾れば大人になっても人襲わないかもしれないし!!」
続いて口を開こうとしたクライスさんの言葉を遮り、ほら! と子魔獣を抱えあげてみせる。
すると、クライスさんは眉を寄せ、私達から視線を外す。
「……確かに、マシロ様になついているようですが…。……そもそもそれが不思議なのです。子供とはいえ、人狼が魔獣使いでもない人間になつくなど聞いた事がない……」
「? クライスさん? よく聞こえないんですが」
ぶつぶつと何かを呟き出したクライスさんを、私は軽く首を傾げて見つめる。
すると次の瞬間、コンコン、と、控えめなノックの音が聞こえてきた。
「失礼致します。領主様、クライス様、ギルドマスター様がお越しになりました」
「へ? ギルドマスター?」
「先程私が呼んだのです。魔獣の事は、我々よりもギルドのほうが詳しいですからね。お通しして下さい!」
ノックから一拍おいて聞こえたメイドさんの声に、私が更に首を傾げると、クライスさんが答えた。
そして背後を振り向き入室を促すと、扉がゆっくり開いて、背が高く、逞しい体つきをしたワイルドな男性が入ってきた。
「失礼致します。ウォーリス支部ギルドマスターギルス・マクターン、領主様のお召しにより参上致しました」
「ご苦労様です。急にお呼び立てして申し訳ない。……あれが、件の魔獣です」
部屋に一歩踏み入れると、ギルドマスターさんはそこで立ち止まり、挨拶の口上を口にした。
クライスさんはそれが終わるのを待ってギルドマスターさんに声をかけ、視線を子魔獣へと向ける。
ギルドマスターさんもそれに続いて子魔獣を見た。
「……ふむ……なるほど。確かに、人狼のようですな。わかりました、当ギルドがお預かり致しましょう」
「ああ、それは有り難い! ですが、大丈夫なのですか?」
「はい。私は魔獣使いの職もSランクまで修めておりますから、ご心配は無用です。では、早速契約を済ませてしまいましょう」
ギルドマスターさんはそう言うと、ゆっくりとこちらに向かってきた。
ああ、どうやら私の飼いたい発言はなかった事にされ、この子はギルドマスターさんに連れて行かれる事に決まったらしい。
二人の会話を聞いた私はがっくりと肩を落とし、抱き上げていた子魔獣を力なく床におろした。
その、次の瞬間。
「っ!!」
私が子魔獣を見ながら溜め息を吐くと同時に、ギルドマスターさんとクライスさんの体がびくりと震え、息を飲む音が聞こえた。
不思議に思って顔を上げると、二人はこちらを見て固まっている。
「? あの、どうかし」
「そう、か……。ならば、仕方がないな。そういう事です、領主補佐官様」
「そ、そんな……!! ……いえ……仕方ありませんね……」
「え?」
「……マシロ様。その人狼、飼うことを許可致します。しかと躾られますように」
「いやはや、領主様は凄い方ですな。では、失礼致します」
「え? え?」
「……はあ、メルからの提案で、マシロ様専属の執事かメイドをつける予定だったというのに……人狼が側にいるとなっては、なりたがる人材など……」
「ははは、それでは、人狼自身になって貰うしかないのでは? 補佐官様?」
「???」
一瞬の間の後、ギルドマスターさんとクライスさんが顔を見合わせると、何故か突然クライスさんからこの子を飼う許可がおりた。
疑問を表情に表しながら二人を見る私を他所に、俯いたクライスさんと、その肩をポンと叩いて慰めるようなしぐさをするギルドマスターさんは、そのまま部屋から出て行ってしまう。
「え……えっと? ……よくわからないけど、飼ってもいい事になったみたい? ……や、やったね! あ、じゃあ、君の名前、決めなきゃね!」
どうしてそうなったのかはわからないものの、正式にこの子が飼える事実に嬉しくなった私は、子魔獣を撫でながら、早速名前を考え始めるのだった。