マシロ様は特別だった
クラウス視点です。
先代の領主様が崩御されてどれくらいの月日が経っただろう。
今だにこのウォーリスの新しい領主様は決まっていない。
本来であれば、先代領主様のお子がその座を継ぐべきなのだが、ご長男は雨期に必ず災害にみまわれるこの土地を嫌い、ある日先代領主様と大喧嘩して家出されてそれっきりだし、次男は生まれつき体が弱く、幼いうちに亡くなってしまい、奥様もその後を追うように病にかかりこの世を去ってしまわれた為、跡継ぎがいない状態のまま先代領主様も逝ってしまわれたのだった。
それからずっと、領主不在のまま、代々領主補佐の家系に生まれた私が領地運営を行なっているが、心の中では一日も早く正式な領主様の着任を求めてやまない。
しかし毎日のようにそれを切望しながら執務をこなしていたある日、国王陛下から新領主決定の知らせが届いた。
数日のうちに着任するというその知らせに、領主館に勤める使用人の皆と手を取り合って喜んだ。
けれど到着の日、護衛の騎士様に手を引かれ馬車を降りてきた人物を目にした時は、我が目を疑った。
それはどう見ても普通の少女だったのだ。
そしてその少女の口からは、『自分はお飾りの領主』などと信じられない言葉が告げられた。
ずっと待ち望み、ようやく着任された領主様の姿と言葉に、私が打ちのめされたのは無理からぬ事だったと思う。
だがその夜、我が妻メルティナから、領主様の境遇について聞かされる。
突然生まれ育った国から、いや、世界単位で引き離され、呼び出した相手からは心無い対応をされ、居場所もなくただ流されるようにしてこの地に来るしかなかった少女に、自分はなんという態度を取ってしまったのかと、猛反省した。
だがそれならば、自分が領主の仕事を教え、精一杯支え、彼女にお飾りでなく本当の意味での領主となって貰い、このウォーリスを彼女の居場所にして差し上げようと心に決め、翌日彼女、マシロ様を街の視察に誘った。
しかしその視察で、思いもしなかった言葉を、マシロ様が口にした。
この土地の一番の問題である、雨期による災害のもとの水を、防ぐのではなく受け入れたらどうかと言うのだ。
ずっと、防がなければならないとばかり考え、その方法について悩ませていただけの頭に、その言葉は衝撃だった。
すぐにその案を通し、必要な人材とかかる経費を算出し、国へ要望書を提出する。
要望よりは少ない金額だったが、その案は認可され、私は街に造る水路の場所の決定や、街の男衆に協力を求めるなど、日々準備に奔走した。
その間マシロ様は毎日のように街の者達に交ざり、水害の片付けに着手されていたらしい。
そして水路を造る為の工事が始まってからも、毎日職人や街の男衆など、工事の人員に交ざり、自らも労働力のひとつとなって働いて下さった。
私は、間違っていた。
着任のあの日、外見だけを見て、ただの少女だなどと判断するべきではなかった。
その翌日、領主の仕事を教え、ウォーリスを居場所にして差し上げようなどと、驕った考えを持った事が恥ずかしい。
私が教えずとも、彼女は領主たる者の仕事も正しい在り方も理解しているし、それを実行する事で、きちんと自分で自分の居場所を築いていっている。
私は、ウォーリスは、良い領主を迎えられたのだ。
私はただ、マシロ様が道に迷った時に支える存在であれば良かったのだ。
★ ☆ ★ ☆ ★
そう思い直してから数ヵ月、私は信じられない事態に遭遇した。
なんと、知らぬ間にマシロ様が人狼の子供を自室に置き、寝食を共にしていたのだ。
その恐ろしい事実にメルティナが倒れてしまい、私は彼女を自分達の部屋に運びベッドに寝かせるとメイドの一人にギルドへの使いを頼み、マシロ様のお部屋へと急いで戻った。
思えば、マシロ様に魔獣の存在について話をしていなかった。
恐らくマシロ様のいた世界には存在していなかったのだろう、とんだ失態だ。
今更だが、しっかりその危険性について話をしなければ。
そう固く心に決め、再びマシロ様を前にした私は説明の為口を開いた。
なのにそれを聞いたマシロ様は、遠慮がちに人狼の子供を飼いたいと言ってきた。
私は目眩を覚えながら、自分の話を聞いていたかとマシロ様に問うが、するとマシロ様は慌てたように肯定しながら、人狼の子供が大人しい事、自分になついている事を声高に語りだした。
確かに。私の目にもそう見える。
しかしそれはおかしい。
人狼は誇り高く、そして魔獣の中でも好戦的な種族だ。
いかに子供とはいえ、人狼が魔獣使いでもない人間になつくなどあり得ない。
けれど、マシロ様には何故かなついているように見える。
あり得ない状況に首を傾げていると、メイドからギルドマスターの到着が告げられた。
すぐに室内に招き入れ、人狼の処遇について話をする。
結果人狼はギルドマスターが連れていく事に決まり、主従契約をするべく彼が人狼へと近づく。
すると。
「待て。僕に近づくな。契約だって? そんなものするつもりはない。僕の主はこの少女だ。契約はまだでも、既にそう決めている。あんたなんかお呼びじゃないし、ここを出ていく気も毛頭ない。僕がここにいる事を認めるなら、この館の人間にも、街の人間にも手は出さないと誓うよ。主も、悲しむだろうしね」
そんな声が、頭の中に響いてきた。
驚いて息を飲めば、隣でギルドマスターも同じ反応をしていた。
きっと彼にもあの声が聞こえたのだろう。
ただ一人、マシロ様だけがきょとんとしている。
人狼自身にああ言われてしまっては、ギルドマスターも契約を諦め、私もこのままマシロ様が人狼を飼うことを認めざるを得なかった。
もし反対して人狼が怒り、暴れ出しでもしたら取り返しがつかない。
私は溜め息を吐き、ギルドマスターに慰められながら、マシロ様の部屋を後にした。
後日改めて、ギルドマスターが書類を揃え、マシロ様に魔物使いとなり人狼との正式な契約を交わす事を勧めに来る事となった。
マシロ様は、色々な意味で特別なお方のようだ。




