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第三話 救う変態 その2

 空の下、校門の前。180度ぐるっと見回しても田んぼと学校しかない景色。

 野球部と思しき集団が掛け声をあげてランニングしている。志摩はそれをちらっと眺めると、隣で鞄の中身をチェックしている空亜へ戻した。

 志摩が風紀警察見習いとなった直後、空亜は携帯電話を取り出し一本連絡を入れた。志摩の耳に届いた内容から察するに、これから出かけるから、代わりに部室で番をしてほしい、ということなのであろう。誰かが来たら要件を尋ね、必要とあらば自分に連絡をするように、と伝えると通話を切った。そして志摩に向き直り、「それじゃあ行こうか」と声をかけ、現在へ至るのである。

 カメラをはじめとした、粛清に使うのであろう道具の数々。彼女は愉快そうにそれらを手に取り、確かめている。

 改めて観察してみると、彼女はさながらモデルのような体型をしていた。

 背筋をぴっと伸ばした空亜は、その細い身体のラインも相まってすらっと高い。スカートであるため正確なところはわからないが、長い丈の下からのぞくそれは細く、白い。

 こんな細い身体のどこにあんな力があるんだ。要所要所豊満なふくらみを持つ彼女の身体に、志摩は昨晩の苦々しい出来事を思い出す。

「骨の代わりに筋肉でも詰まってんじゃねぇのか?」

「粛清されたい?」

「すみませんでした!」

 大人びた雰囲気に不思議とマッチした、無邪気な笑顔。

 志摩は慌ててジャンピング土下座。アスファルトに頭をこすり付けて謝った。一瞬野球部の掛け声が止まったが、気にしないことにした。

 ちらっと顔を上げると、彼女は志摩に見向きもせず荷物確認を始めていた。

 土下座させておきながら無視するとはどういう了見だと憤慨しながら、立ち上がる。もちろんそんなことは口が裂けても言わないが。とりあえず、改めて彼女を観察してみた。

 風紀を守る者、という自称を証明するように、彼女の服装は極めて正しかった。学校指定の制服を正しく着こなし、先にも見たとおりスカートの長さは一般的な女子よりやや長い。胸部に豊満な脂肪を持つが、襟元はきちんと締まっており、セクシャルなアピールは一切感じない。

 まさに、生徒手帳に載っている通りの姿である。

 しかし、地味であるはずのその格好も、彼女がすると妙な魅力があった。不思議と心惹きつけられるのは制服が優秀であるのか、あるいは彼女が着用すれば何でもそうなるのか。

 しかし魅力的であろうとなかろうと、下着のガードが堅いのは困りものだ。特にスカート丈が長いというのは、土下座をしたときにパンツが見えづらいという決定的な弱点がある。如何に覗き込むかという点については熟考すべきだろう。

 と、そんなことを考えていると、準備が終わったのだろう。空亜から声がかかってきた。

「それでは行くよ」

「パンツ? あ、ちがう間違えた」

「……君の頭は正常に働いているのかい? あんまり脳が腐っているようなら防腐剤を注射してあげるから、言ってね」

 本気で憐みの目を向けられた志摩は、最後の言葉にぞわりと寒気を覚えた。

「大丈夫です。間に合ってます。これでも近所では優秀だと評判なんで」

「本当にそうかい? この間近所のフジカラーで『あなた、なんであの子はあんなに脳が腐ってしまったのかしら』『生ものだから腐りやすいんだよ』と談笑していた君のご両親を見たのだけれど」

「なんであなた俺の両親知ってんの?」

「ちなみに君の姉はこの間アニメイトのBLコーナーでアヘアヘしていたよ。姉弟揃って腐っているとは仲良しだね」

「なんで俺の知らない情報まで持ってるの? ねえ」

 最近姉が部屋へ入ることをかたくなに拒否するようになっていたのだが、そういうことだったのか。志摩はなんだか悲しくなりつつ、同時に彼女に個人情報を握られていることに背筋を凍らせた。

「現代人はみんな、セキュリティが甘いね。もっと、自分の弱点となり得る存在は隠して生きなきゃ、付け込まれるよ?」

「誰と戦ってんだよ。そういう空亜先輩は兄弟とかいるんですか?」

「いや、私は一人っ子だよ。ちなみに両親は海外出張で、私は現在一人暮らしだ」

 空亜のその言葉に、志摩は心の中で舌打ちをした。そしてすぐに思いなおした。空亜(弟)とかいたら生きていけない。

「なんだかずいぶん話が脱線してしまった気がするが、何の話だったっけ。ああ、そうだ。防腐剤を君の頭に」「これからどこへ行くのかって話でしたね!」

 都合の良いところで巻き戻しをストップさせる空亜の言葉をさえぎり、志摩は起動の修正を図る。

「チッ。なんとかごまかせるかと思ったのだけれど……。ええとだね、どこへ行くというわけではなく、これからするのはパトロールだよ」

「パトロール、ですか」

 前半の言葉は聞かなかったことにして、志摩はオウム返した。

 空亜は両の手に軍手を装着、そして右手にトング、左手にゴミ袋を持っている。肩に掛けた鞄を除けば、彼女の格好はどう見てもゴミ拾いをする人である。深読みをすればトングは粛清するための道具で、ゴミ袋は粛清した相手を入れて捨てるための道具で、軍手は証拠を残さないための道具にも見えたが、その捨てきれない可能性には目をつぶることにした。

「正確にはパトロール兼ゴミ拾いかな。まあ、そのことも含めて、風紀警察について最初から話そうか」

「はい。よろしくお願いします」

 志摩は軽く頭を下げて、素直に頼む。

 そんな彼の殊勝な態度に、空亜は少しだけ目を丸くした。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつものような悠然とした顔つきに戻る。

「風紀警察とはその名の通り、風紀を守る集団。この学校の風紀委員はろくに力を持っていないからね。去年のこのくらいの時期に私が創設したんだ」

 実際、去年私が入学してきた頃はひどいものだったよ。そう続ける彼女の顔に、小さな陰りが垣間見えた。

「風紀委員がろくに力をもっていないのに、なぜ新規の部活がそんなに力を持つことができたんですか?」

「いや、それが実のところ、風紀警察は特に大きな力を持っているわけではないんだ」

 苦笑いを浮かべてそう答える。ところが言葉を続けようとしたところで、視界の端にジュースの空き缶を捉えた。彼女は一転不快そうに顔を小さくゆがめると、ゴミ袋を広げた。

「早速ポイ捨て一、か。まったく、なかなかなくならないものだね」

 嘆息しながら空き缶を拾い、ごみ袋へ。その横を陸上部が颯爽と走りぬけてゆく。

「それでさっきの続きだけれど。私たち風紀警察は、あくまで勝手に取り締まっているだけなんだ。警察や学校へのコネでもあれば大きな力が働いて許されるんだろうけれど、あいにく私はそういうのとは無縁でね」

 やれやれ、とでも言いたげに両手を顔の横でひらひらとさせる空亜。

「だから実は、裸にひん剥いて写真を撮るなど、ある程度過激なことをするときは基本的に、脅して口止めをし、風紀警察のしたばれるとまずい事実を隠ぺいしている。……ま、とはいえ、火のないところにも煙が立つ時代だ。隠ぺいしきるのはどうしても無理な話だから、いろいろ噂は飛び交っているのだけれどね。学校側も、味方は理事長一人だけだし」

「理事長何してんだよ。ぶっ飛ばした後スカートめくるぞ」

 入学式の際に一度だけ見た理事長へ、憎しみを募らせる。

「(今度会ったら無理矢理にでもTバック穿かせて辱めてやる)」

 クククと黒い笑いをする志摩へ、ランニング中のサッカー部員がぎょっとした目を向けて走り去っていった。空亜が愉快そうに口元を歪める。

「風紀警察は現在、総員二十二名。実質的に取り締まる権限を持っているのは私だけ。残りのメンバーには基本的にゴミ拾いや落書き消しなどの仕事をローテーションで回しているよ」

 しゃがんで足元に転がるペットボトルを掴み、ごみ袋の中に放り込む。

「風紀警察の主な活動は、風紀を乱す者の取り締まりと、風紀の乱れの予防、だ」

 住宅街へ差し掛かってきた。ちょうど小学校の終わった時間と被っているらしく、下校中の小学生へ「こんにちはー」と明るく挨拶しながら、二人は歩き続けた。もちろんゴミ拾いも並行。

「風紀を乱す者の取り締まりというのは、説明するまでもないだろう」

 苦い表情の志摩へ、空亜は笑って見せる。

「ところで、君の目にはこの取り締まりの面ばかりが映っているだろうけれど、風紀警察はむしろ、予防をメインに活動しているんだよ?」

「それが、ゴミ拾いや落書き消しですか」

「うむ。話が早いな」

 感心した風に一つうなずいて、言葉を続ける。

「私は、風紀の乱れる最大の原因は環境にあると考えていてね。生まれながらに悪であり輪を乱す人などいない。であれば、風紀を守る者として風紀の乱れない環境づくりをすることは、最も優先すべき事項であるといえよう。そのため、ゴミ拾いや落書き消しとかを風紀警察の一番重要な仕事と位置付けているんだよ」

「へええ。なんつーか、素直に以外です。空亜先輩って生まれながらの悪で、粛清するために生まれてきたとか言い出すアホの子だと思ってあなぐらっ!」

 目を丸くして言う志摩の頭へ、空亜のチョップが炸裂する。

 その衝撃に志摩は、変な叫び声とともにしゃがみこむ。

「ギルティ①生まれながらの悪発言。ギルティ②粛清するために生まれてきた発言。ギルティ③アホの子発言。三ギルティ=一ペナルティね。四ペナルティ以降は全て一ギルティ=一ペナルティとなるから気を付けるように」

 膝を曲げたまま志摩は、しゅー、と煙の出る頭をさすって痛みに耐える。

「そういうことは先に言ってくださいよ……」

「まさか一回のセリフで三ギルティ溜めるとは思わなかったんだよ。逆に感心してしまうね」

 感心したと言いつつ、腕を組んでつんとそっぽを向く。

「……とりあえず冷やしたいので、ちょっとそこの公園寄っていいですか?」

「ふむ、そういえば私も、ずっと話していたせいで少し喉が乾いたな。そうだな、ここで一旦休憩としようか」

 利害の一致した二人は、遊具の少ない、小さな公園へと足を踏み入れた。



 志摩は水を浴びて痛みを抑えると、ポケットから取り出したパンツで髪の毛を拭いた。吸水性の高いかぼちゃパンツである。

 そんな彼の元へ、綾鷹を手にした空亜が近寄ってきた。

「何やらあちらに、出店のクレープ屋があったよ。せっかくだから食べていかないかい?」

 丸くした目で見た彼女は、普段より少しだけ頬を緩めていた。

「いいですね」

 首筋に垂れてきた水をかぼちゃパンツでふき取り、快諾。

 クレープを購入した二人は近くのベンチに並んで座った。砂場で遊ぶ子供たちを眺めながら、のんびりと食べ始める。

 制裁する時とはまた一味違った。幼い笑顔。空亜は頬にチョコを付けていることにも気づかず、もふもふと食べ進める。

 そんな彼女を横目に、志摩は右へ左へ首を傾けていた。短いスカートで砂遊びに興じる女児のパンツを拝むため、この角度はどうだ、こっちの角度ではどうだと探っているのである。

 やがて、這いつくばらないと見る事が不可能であることを悟ると、最大の障害である空亜をどうしたら退席させられるか考えだした。

「空亜先輩そろそろトイレに行きたくありませんか?」

「なんだい藪から棒に。それに、女子にそういった話題を振るのはどうかと思うよ」

「HAHAHA女子なんてここにはいませんよ冗談うま――」

「ギルティ①ね」

 空亜の凄みを加えた笑顔に、志摩は任務放棄を決意した。

「それで、話をもとに戻すけれど」

 やがて空亜はクレープを食べ終わると、ハンカチで口元をふきふきしながら改まった口調で切り出した。

「ええと、どこまで話したかな」

「風紀の乱れる原因が環境にあるから、ゴミ拾いや落書きけしを中心に行っている、というところまでです」

 志摩は半分ほど食べたクレープを片手に答える。

「ああ、そういえばそうだ。うむ。それから生まれながらの悪だとか大魔王だとか言ってくれたんだったな。……思いだしたらなんだか腹が立ってきたから、もう一つくらいギルティ出しておくか」

「理不尽!」

 ぼそっと呟く空亜に、志摩は震えながら突っ込む。

「ま、冗談はさておいて。風紀警察について他の仕事内容は、ざっと挙げると、カツアゲ、イジメ、不純異性交遊、売春、盗撮、露出、登下校時の交通マナー、タバコ、飲酒、校則違反等かな。取り締まる対象はかなり広いんだけれど、一番多いのはやっぱりゴミのポイ捨てだね。でもそれも、かなり厳しく取り締まったおかげでけっこう件数自体減ってはいるよ」

 少しだけ誇らしげに説明した直後、視界の端に映った空き缶にため息をついた。

「ここは子供の多い場所だから、ポイ捨てなどは本当にやめてほしいのだけれどね」

 呟き、ベンチから立ち上がる。そして空き缶を拾い、憎々しげにゴミ袋へ突っ込んだ。

 と、その邪悪なオーラに当てられたのだろうか。砂遊びをしていた子供たちが、彼女から逃げるようにブランコの方へ走り去っていった。

 ずうん。空亜はベンチに座りながら項垂れた。

「ちょ、ちょっとお花を摘んでまいりますわ」

 二人の間に落ちた沈黙が気まずくなったのか、あるいは悲しみを振り払うためか。空亜はすくっと立ち上がると、冗談めかした声音でそう告げた。

 歩き出す彼女の背中を眺めながら、志摩は砂場から女児がいなくなっていることに深い悲しみを覚えるのだった。

 と、せめてもの救いにとパンツがどこかに落ちていないか視線を巡らせていると、遠くから子供特有の甲高い声が響いた。

「あー! パンツマンだー!」

 反射的に顔を上げる。声のした方へ視線を向けると、五人ほどのランドセルを背負った子供たちが、公園の入口ら辺から駆けて来た。

 大きなランドセルを揺らしながらパンツマンパンツマンと笑う小学生たちを確認すると、志摩は口端を吊り上げた。残ったクレープを全て口に突っ込み、すくっとその場に立ち上がる。

 ポケットから灰色のブリーフパンツと水玉模様のパンツを取り出し、それを両腕に通す。肩パッドのように装着すると、頭のパンポジ(パンツのポジション)を確認。いつも通り完璧であることににやりと笑みを浮かべ、ベンチの上に立った。

 プリキュアパンツを掲げ、「とぅっ!」という掛け声とともにジャンプ。男女入り乱れる小学生たちの前に着地した。

「げへへへへ! パンツマンだぞー! 今日は貴様らに、このプリキュアパンツを穿かせてやろうじゃないかー!」

 大きなダミ声とともにゆっくり身体を起こすと、両手を顔の横でわきわきとさせて彼らへ迫った。

「わーパンツマンが出たぞおおお!」

「今日こそやっつけてやるううう!!」

「おらー! ぱんちぱんちぱーんち!」

 妖しげな動きで小躍りする志摩へ、小学生たちはきゃーきゃー叫びながらパンチやキックを入れる。

「わはははは効かぬ効かぬ効かぬううう!! そら一人捕まえた!!」

「ぎゃー! 離せバカー!」

「ケンタが捕まったぞ!」

「おらー! このこのー!」

 一人捕まえて脇をわしわしとくすぐる志摩を、子供たちは右から左から殴る蹴る。しかし所詮は小学校低学年。急所に入らない限りそれは撫でるに等しい。ちなみに急所に入れた子供はひっとらえ、くすぐり攻撃の刑に処した。

「パンツ取ったぞー!」

 志摩を後ろから攻撃していた女の子が、ジャンプして志摩の頭のパンツを奪った。それを聞いた子供たちは、一斉に『逃げろー!』と走り出す。

「貴様ら我のパンツを取ったなああああああ! 待てえええええええええ!!」

『ぎゃー!!!』

 四方八方へ逃げる小学生たち。遊具の陰に隠れたり滑り台の上へ登ったりと様々であるが、志摩の標的はただ一人。パンツを持った少女へ全力疾走する。

「おとなげねー!!」

 志摩は「高校生の足舐めんなあああああ!」と怪人口調を忘れて、スプリンターとして理想的なフォームで追いかける。

「待て! 怪人パンツマン!」

 逃げる少女と志摩の間に、草陰に隠れていた少年が立ちふさがる。

(つう)はオレがまも」

「邪魔だどけええええ!」

「オレのあつかいひでーぞ!」

 志摩は少年をよけると、パンツを握りしめて必死に逃げる女児へ迫った。

「捕まえた!」

 志摩は追いつくと、その細い腰を掴む。そしてひょいと持ち上げ、上へ下へがっくんがっくんと急上昇急降下させる。

「きゃあああああうわあああああぎゃあああああああ!!」

 そして通を頭の高さまで持ち上げた状態で走りだした。

「まてー!」

「ふはははは追いつけるものなら追いついてみやがれ! わはははははは!」

 後ろを振り向き、あっかんべーをしながら走る。と、よそ見をしていたため、目の前で呆然と立ち尽くす人影に気付くことができなかった。

「ひぎゃんっ」

 ぶつかる。ドンッ、という鈍い音とともに、志摩は尻餅をついた。反射的に通を両手で力いっぱい抱えたため受け身も取れず、勢いのままゴンと後頭部を地面に強打した。

 ぐぬおぅっと肺から漏れる声。遠のきそうになる意識を掴み直し、呼吸をし直す。

 志摩はようやく回復した視力で胸元に抱えた通を確認した。

「ってえ……通ちゃんごめんね。大丈夫?」

 志摩の上に折り重なった状態の通。彼女の頭をなでながら謝ると、通はにぱーと満面の笑顔で「うんっ」と元気にうなずいた。

 通のそんな様子にほっと一息ついたところで、視線を彼女から空へ向けた。

「四季、志摩君」

 満面の、幼い笑み。

 通の浮かべるそれと同じようでいて、全く別の種類のもの。

 背筋が瞬時に凍りついた。

 あまりの恐怖に現実逃避をしようと思ったが、それはすぐ目の前に立ちはだかっている。

「四季志摩君。死刑の前に遺言を許そう」

「あー……空亜先輩、もう少しこっちに来てくれないとパンツ見えないです」

 ぺきょっ。

 志摩は薄れてゆく意識の中、「(立ちはだかるって言葉、なんか裸の人が立ってるみたいだなー。これから立ちしたぎるって言うようにしようぜ)」と、確実に向かってくる現実(死)から逃避していた。



「被告人。言い訳を聞こうじゃないか」

 通を除いて子供たちのいなくなった後。ぶすっと不機嫌そうにベンチに座る空亜は、通を膝に抱え、志摩を地面に文字通り土下座させて冷徹な声を響かせた。

「いや、死刑されたのにまだ土下座させられるっておかしくないっすか?」

 一方の志摩は、土下座したまま顔を上げて異議を申し立てる。くそスカートなげえよ。いやこの際スカート丈はそのままでいいから、足組み替えろ足。

 しかし志摩の反論に、空亜は憤懣やるかたないといった様子でドスのきいた声を出す。

「私の可愛い可愛い妹を誘拐しようとした罪は万死に値する。まだ一回だから、あと九九九九回残ってるぞ」

「文字通りに捉えんなよ! って、は? 妹!?」

 彼女のごく自然に口にした言葉に、衝撃が走る。

 そして改めてまじまじと二人を眺めてみると、たしかに合点がいった。

 この二人は、よく似ている。顔つきや髪の質。すらりと伸びる手足は白く、キメが細かい。

 そして何より、とても魅力的な、幼い満面の笑顔。

 空亜に抱きかかえられ、楽しそうに手足をばたつかせる通のパンツを眺めながら、志摩はなるほどと小さく呟いた。白。

「つーか空亜先輩、さっき兄弟はいないって言ってましたよね」

 じとーっと冷たい目を向ける。

 しかし空亜は悪びれた様子もなく、涼しい表情を返した。

「自分の弱点となり得る存在は、隠して生きなければ付け込まれる、とも言ったね」

 そう告げると表情を一転。いつになく穏やかな瞳で通を愛しむ。

 子供特有の柔らかい髪の毛を優しくなでる彼女を瞳に捉えて、志摩はなるほどと再び呟いた。

 常に凛然と、悠然と胸を張る空亜。

 彼女にとって一番大切なものは、風紀を守ることなのだ。だから、こんなに強く、無茶苦茶であれるのだ。

 そんな風に思っていた。だって、ほかに守るべきものがあるならば、あれほど強く向こう見ずにはなれないはずだから。

 だが、それはただの思い込みでしかなかった。

 空亜の事など、全く理解できていなかった。

 彼女にとって一番大切なものは、きっとこれなのだろう。

 親バカならぬ、姉バカ。

 彼女の常軌を逸した風紀バカっぷりは、そういうことだったの――

「それで、四季志摩君。言い訳はないようだし、二回目の死といこうか」

「せっかくいい雰囲気にしたんだから空気読めよ! あと言い訳なら下着の数ほどあるわ!」

 モノローグを邪魔され、声を荒げる。

 それはそうと星の数と下着の数ではどちらの方が多いのだろう。ちらっと脳裏に浮かんだどうでもよい思考を地平の彼方へ投げ捨てた。


「それでは、うちの通を誘拐しようとしていたわけではないと」

「うちの通もよその通も誘拐なんてしませんよ」

 ふむ、と口元へ手をやり思案する空亜に、志摩は肩を落としてため息をついた。

 あれから二度目の死刑執行が執り行われようとしたが、志摩が逃げ回りながら叫び続けた言い訳と、通の「パンツマンのお兄ちゃん好き!」発言により、なんとか執行猶予が付くこととなった。

 志摩たちは仕事だからと通と別れ、再びゴミ拾い兼パトロールを開始したのだった。

「つまり通以外は誘拐をすると」

「だから文字通り捉えんじゃねえ! 通ちゃんもユウタ君も誘拐しねえよ!」

「冗談だよ」

 肩を竦め、やれやれと手を肩口で振る。

「しかし改めて聞くと、なかなかにすごい話だね。こちらの界隈では君は歩く事案と呼ばれているのだけれど、よく通報されなかったものだ」

「何そのちょっと格好いい二つ名」

「知らなかったのかい? 警察の朝は、『変態が起床する事案発生』『変態があくびして二度寝する事案発生』『変態が母親に叩き起こされ、寝ぼけたふりをしてスカートをめくる事案発生』とてんてこまいなんだよ?」

「な、なんで俺の毎朝の日課を知ってるんですか!」

「……このド変態マザコン野郎が」

「暴力に訴えてこないのって逆につらい!」

 数歩後ずさり絶対零度の視線を向ける空亜に、志摩は深い悲しみを訴えた。もちろん殴られたいわけではないが。

「そ、それはそうと、風紀警察について続きお願いしますよ」

 空気を変えようと、話題の転換を図る。と、空亜は人差し指で唇をつついて首をかしげた。

「ふむ。どこまで話したかな」

「風紀警察のざっくりとした仕事内容までですよ」

「ああ、そんなところだったね。……ざっくりとではあるが風紀警察の組織としての目的、内情、仕事内容まで話したわけだけれど、ほかに何か知りたいことがあるのかい?」

「そりゃあもちろん」

 怪訝そうに尋ねる空亜へ、志摩は当然といった風に答える。

「風紀警察――いや、あなたを、俺は認めてないんですから」

「ふむ」

 自分の正しさを信じて疑わない二人の瞳が、まっすぐにぶつかり合う。

「まず」

 話を切り出す、志摩の声。しかし彼の放つ言葉はそこで止まった。

 空亜の視線の向かう先が、自分ではなくなったからだ。

 彼女の目線の先をうかがうと、口から自然と漏れた。

「あ」

 二人の数メートル前方。髪を茶色に染めた大学生風の男が、川辺の草むらへジュースの空き缶を投げ捨てたのである。

 志摩の口から声が漏れると同時。空亜はすすす、と音もなく彼のもとへ近寄ると「お兄さん」とやわらかい声音で声をかけた。

「……」

 しかし反応がない。よく見るとその男はイヤホンをしており、携帯電話を操作している。おそらく音楽を聴いていて、それで空亜の声が耳に届いていないのだろう。

「ちょっと、そこのお兄さん」

 心配そうに見守る志摩の前で、空亜はもういちど柔らかく、先よりやや大きめの声で呼びかけた。

 しかし、男は相変わらず空亜に気付かずすたすたと歩き続ける。

 とんとん。軽く肩をたたいた。そこでようやく気付いた男は振り向くと、間近でじっと見つめる空亜にビクッと身を震わせた。

 男は警戒した様子で彼女を見ながら、イヤホンを外す。

「誰だ? アンタ」

 低い声。空亜は不躾にじろじろと眺める男の視線を気にした風もなく、涼しい顔で凛と声を張った。

「私は風紀警察長官、藤空亜。この辺りの風紀を守っている者です」

 男の、頭のおかしい人を見るような目つき。あからさまに不審がりながら「はあ」と相槌を打つが、空亜は男の反応などどうでもいいのか、堂々と言葉を続けた。

「あなたは先ほど、ファンタグレープの空き缶をあちらの川辺に捨てましたね? ――川はごみ箱ではありません。きちんと拾って、持ち帰って、ちゃんとしたごみ箱に捨ててください」

 空亜は川辺を指さしながら、はっきりと言った。一方の男は彼女の言葉を聞くと、一つ舌打ち。そして興味を失ったように顔をそむけ、頭をがりがりとかきながら反転。

「知らねえよ」

 何を指しているのか不明瞭な答えを残すと、再び歩き出した。しかし数歩歩いたところで、先回りした空亜に正面をふさがれる。

「……どけ」

 足を止め、面倒くさそうに言う。しかし空亜はじっと見つめたまま、どきません、とはっきり答えた。

「ここはポイ捨て禁止です。あなたも大人なのですから、あの看板の文字くらい読めるでしょう。ちゃんとあの空き缶を拾って、家まで持ち帰るなりコンビニのごみ箱に捨てるなりしてください」

 自分の正しさを信じて疑わない、空亜のまっすぐな瞳。

「うるせえな。そんなにあの空き缶にこだわるんならお前が拾って持って帰ればいいだろ」

 鬱陶しげに顔をそらして空亜の横を通り抜けようとうする。しかし空亜はすすすっと身体をスライドし、やはり男の前に立ちはだかった。

「私がこだわっているのはあの空き缶ではありません。あなたがポイ捨てをしたという事実です。あなたがあの空き缶を拾い、正しいところに捨てることが重要なのです。わかったら早く拾ってきてください」

 言葉づかいだけ丁寧に、しかし無遠慮に話す。男は大きく舌打ちすると、苛立たしげに空亜を睨み付けた。

「俺がどうしようと俺の勝手だろ。てめえにとやかく言われる筋合いはねえ。……あークソ、いい加減消えねえとぶん殴んぞ。鬱陶しい」

 うんざりした風に脅しかける。空亜はそんな男に向けてにやりと笑ってみせ、軽蔑の瞳を向けた。

「そうですか。貴方には自分の非を認める勇気がなく、相手を力でねじ伏せようという弱い心があるのですね。いいですよ。私はそういう方が大嫌いで、大好きですから」

 それともあるいは、ゴミのポイ捨てをしてはいけないとママに教わらなかったのでしょうか。

 そこまで一気に喋りつくしたところで、顔に浮かべていたいやらしい笑みをすっと消し去り、代わりに幼い、満面の笑顔を浮かべた。そしてそれと同時に、すっと左手を眼前にかざす。

 男の振りかざした拳が彼女の、端を釣り上げた口へ向かっていたからである。

 しかし男の拳を止めたのは、空亜の掌ではなかった。

「四季志摩君!?」

空亜の顔に浮かぶ、驚愕の色。珍しく狼狽した様子で、目の前に立つ志摩の名を呼んだ。

「ッ。誰だてめぇ」

 男と空亜の間に割り込む形で男の拳を受け止める志摩。無表情に男の拳を推し戻す彼に、男は驚きに表情をゆがめながら尋ねた。

「――風紀警察見習いの者です。先ほどの空亜先輩の失礼な発言、大変申し訳ございません。この人はやや口が過ぎるきらいがありまして、悪意なく人を傷つけることがあるのです」

 恭しい口調で謝罪し、頭を下げる。そんな志摩の態度に二人がきょとんとしていると、それをよしとした志摩は「ですが」と言葉を続けた。

「今回の事案に関しましては、一向に非を認めようとしないあなたにも問題があったと思われます。そして空亜先輩はあなたが認めるまで解放しようという気はないようなので、ここは妥協案として、あなたがあの空き缶を拾い、持ち帰る、といったところで手を打ってはいかがでしょうか」

「いや、そっち一歩も妥協してねぇだろ」

 志摩の提示した条件に、男は即座にツッコミを入れた。

 しかし志摩は男のその冷静な言葉に、黒い笑みを浮かべて口を開く。

「代わりに、あなたが先ほど手を上げたことを水に流しましょう」

 ぐっ、と言葉に詰まる男。志摩はここぞとばかりに畳みかけた。

「それともう一つ。先ほどは私が空亜先輩をかばった形になりましたが、実はこの人。私を素手でひねりつぶせるほどの腕前をしています。事実私は、この間、抵抗する間もなくコテンパンにされ、衣類を全て剥ぎとられ、写真まで取られました」

 ふふふ、と笑みをより一層黒くして言う。その感情の矛先は明らかに空亜に向かっていたのだが、ビクッと震えたのは男だけであった。

 志摩は一つ嘆息。表情をもとに戻して、冷静に続けた。

「あそこで私が出てこなければ、あなたは間違いなくこの方にコテンパンに倒され、何かしらの辱めを受けていたでしょう。つまり私は、あなたを助けたのです。――この方に一生涯残る心の傷を負わされたいのであれば止めはしませんが、ここはできれば、先の私の行動に免じて案を呑んでくださいませんか?」

 丁寧に頼む志摩に続いて、空亜が鞄の中から一枚の写真を取りだした。そしてそれを、目にもとまらぬ速度で男の眼前につきつける。

「!! すみませんでした! 今すぐ空き缶とってきます!」

 先まで苛立たしげにしていた男は、血相を変えてそう言うと慌てて川辺へ走って行った。彼の捨てた缶に加えて、二本のペットボトルまで拾ってくる。

「ああ、それはあずかるよ」

 空亜はにこやかにペットボトルを受け取ると、恐縮しきりの男に、「これからはポイ捨てなどしないようにしてくださいね。もちろんほかの風紀を乱すようなことについてもですが」と釘を刺した。

「はいっ、もうしません。本当にすみませんでした。それでは失礼します!」

 男はそんな彼女に怯えきった様子で早口に述べると、走って逃げて行った。

「……空亜先輩、ひょっとしてその写真」

 化け物だあああ、という悲鳴が耳に届いたような気がした志摩は、じとーっと冷たい目を空亜に向けた。すると彼女は悪びれた様子もなく、ペロッとその写真を見せた。

「……はあ。それ、いい加減どうにかしてくれませんかねえ」

 なんか脚色までされてるし、とぼやく。すると空亜は愉快そうに笑った。

「いやあ、いい反応だったねぇ」

 志摩は深く、長い溜息をついた。

「それはともかく空亜先輩。だめですよあんな風に力ずくで従わせようとしちゃあ」

 唐突にたしなめの言葉を発する。空亜は写真を鞄の中にしまい、怪訝そうに首をかしげた。

「どうしてだい?風紀を守らせることができるし私の欲望を満たすことができるしで、一石二鳥じゃないか」

「まず、その欲望を満たす、という目的が問題です。空亜先輩のおっしゃるとおり主となる目的が風紀を守らせることであったとしても、そのそばに欲望を満たすという目的がある限り、裁かれる立場の人間には疑問が残ります。人間は自分の非を認めたがらない弱い生き物ですから、何か他に責任の所在を求められる状況を作ってしまうと、そちらへ流れてしまうのです」

 ふむ、と手を口元にやり、真剣に考え込む。そんな彼女に、志摩は「そしてもう一つ」と続けた。

「『力ずくで抑え込むこと』にできるのは、その場しのぎだけです」

 ほう。興味深げな相槌。

「別に俺も、全く実力を行使するなとは言いません。実力を振りかざさずに力を抑え込もうだなんて、温室栽培されてきたバカどもの妄想する理想論です。……ただ、力ずくで抑えこまれた人には、少なからずうっぷんがたまります。一つ一つは小さくても、それが積み重なればどうなるのか。ゴミ拾いから始めている空亜さんなら知っているでしょう。真に社会の風紀を守りたいと思うのであれば、もっと別の、平和的な手段を考えるべきです」

「そういえば初対面のころに、似たような話をしたことがあったなね。たしかその時、私はそれを警察の前で言えるか、と尋ね、君は収容所の有無を指摘したんだったっけか。結局そこで有耶無耶になってしまったわけだが、その真意を問おうか」

 空亜の浮かべる挑発的な微笑を、志摩は嘲笑する。

「簡単な話ですよ」

 口端を釣り上げ、皮肉るようにゆっくりと言葉を続ける。

「――収容所は、永遠にその場しのぎができる場所だっていう意味です。空亜先輩は、その手段を持っていますか?」



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