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第二話 胸を張る変態 その1

 第二話胸を張る変態


 バスの中。一年三組の面々は、これから二泊三日の林間学校に向けて気分をウキウキさせている。あるところではトランプを広げており、あるところではお菓子を食べており、またあるところでは下着の色を尋ねていた。

「ゐるー、今何色のパンツ履いてんの?」

 志摩の、まるで挨拶でもするかのような気軽な質問。

 偶然彼の隣の席になった、という理由でパンツの色を尋ねられたのは、高校生にしては幼い風貌の少女、紺波ゐる(こんは・いる)である。あっけらかんとした性格でよく笑う彼女は、男女問わず誰とでも気兼ねなく話す。そのため入学して一カ月も経っていないにも関わらず、すでにクラスの中心的存在となっている。

 そんな彼女は志摩の唐突な問いに、しかし何も反応を示さなかった。ぽかんと呆けたように志摩の顔を見つめ続けている。

「? ゐる? どうした?」

 不思議そうに尋ねる志摩。一方のゐるは耳に何も届いていないのか、ただ志摩の顔を食い入るように見つめる。

「ゐるー?」

 志摩は彼女の前で手を振りながら、再度呼びかける。

 そこではっと気づいたように、彼女は瞳に光を取り戻した。

「ご、ごめん志摩君っ」

 恥ずかしげに頬を染めて、慌てて顔をそむけて謝る。志摩は彼女の、普段の誰に対しても気兼ねない態度との違いに引っかかりつつ、「いや、別にいいけど」と肩をすくめた。

「しかしゐる、どうしたんだ? ボーっとするなんて珍しいな」

 普段のゐるは、いつ休んでいるんだ? と言いたくなるほどパワフルである。そんな彼女が呆けていたのだから、志摩が疑問に思うのも無理はない。

 そんな志摩の質問に、ゐるは顔を正面に向けたまま、楽しげに答える。

「あはは、あたしだってぼんやりするときくらいあるよ。授業中とか授業とか授業中とか」

「ちゃんと授業聞け」

 志摩の的確なツッコミに、再びあはは、と笑う。

「ところで志摩君、さっき何言ってたの? ごめんね全く耳に入ってなくて」

 鞄からがさごそとお菓子を取り出しながら尋ねる。たけのこの里を取り出し、開封。

「志摩君も一緒に食べよー」

「ああ、サンキュー。うんめぇ。さっきの質問ってのは、あれだ。今何色のパンツ履いてるのかなって思って。……いやちょっと待て、真心の想像力だ。想像力の翼をはためかせるんだ。ゐるが今何のパンツを穿いているのか。むしろどんなパンツを穿いていてしかるべきなのか。むむむ」

 じーっとゐるの下半身――股間のあたりを見つめる。どんなパンツが似合うか。王道の白か。彼女の明るい性格を考慮するならば、黄色やピンクといった明るい色の可能性が高いと言えよう。いやしかし、この幼い身体つきと言動から、もう少し子供向けの、キャラクター物という選択肢もある。くまさんパンツ、カエルさんパンツなど、小柄な彼女であればそういった子供向けの物も穿くことは出来そうである。逆に、あえて大人っぽいものという選択肢はないだろうか。すらりと伸びる綺麗な素足からガターベルトという選択肢は消えるが、ランジェリー系もワンチャンないとは言い切れない。魅惑の赤、誘惑の黒、セクシーなTバック。一見ミスマッチと思えるこういったパンツも、彼女の恥ずかしげな表情とセットで妄想すると、なかなかに捗る。うむこれはこれで素晴らしい……。

「ちょっとー、志摩君、さすがにじっと見られると恥ずかしいよっ」

 股間部を隠すように両の手を広げ、顔を赤らめてそっぽを向く。

 志摩は彼女のその抗議ではっと平静を取り戻し、照れたように右手を後頭部へやった。

「いや、スマン。ちょっと熱くなっちまった。下着のこととなるとつい、な」

「謝りながら今度は視線が胸にロックオンされてる気がする!」

 このぺったんこの胸はどんなブラをつけているのだろうかと見つめる志摩へ、ゐるは鋭い洞察力でもって抗議し、両手で胸をふさぐ。何の邪魔もなくペタッと腕が身体にくっついたことに、彼女は若干の悲しみを覚えた。

「じゃあ教えてくれ。何色の下着を着用しているんだ? ちなみに俺の予想では上下共に白。ただし下は小さなリボンがあしらってあるという結論に至った」

「あたしは今ゴールドだよ」

「ゴールドだと!? まさか未知の領域に踏み出したと言うのか……! 頼む、ほんの一瞬で良いんだ。一生のお願いだから、見せてくれないか……?」

 ドギャアアアンと、志摩の脳内に雷が落ちた。震えの止まらない手を伸ばし、懇願する。

 そんな彼に、ゐるはにやりと笑って見せ、演技臭さ全開で乗った。

「ふっふっふ、しかしこのパンツはあまりにもきらびやかすぎて、見る者の瞳を焼き尽くしてしまうまさに殺人兵器なのです。そういうわけで、君、失明する覚悟はおありかな?」

「ぐッ……この悪魔め……。だが……だがッ。俺は下着を愛する者! パンツを見るためならば、この両の目などくれてやる!」

「でもそうするとこれ以降他の下着、見れないよね」

「あ、じゃあいいっす」

 いいんかい! という周囲の心のツッコミに気付くことなく、二人は笑い合った。



「楽しみだな! 詩哉!」

 夕方。旅館のある一室。十人部屋。あと三十分ほどで志摩たちのクラスの入浴タイムになる、ということで志摩のテンションはすでにマックスに振りきれていた。

 一方の詩哉は、対照的にげっそりとした様子で項垂れる。

「元気だね、志摩。僕はバスの中で志摩の暴走っぷりにハラハラしてて疲れたよ……」

「今からそんなに疲れてたらこの二泊三日、保たないぞ」

「誰のせいだと思ってるのさ!?」

 志摩の冷静なコメントに、思わずツッコミを入れる。

「くれぐれも変なことはしないようにね……」

 詩哉の心配をよそに、すでに風呂の準備を済ませて数秒ごとに時計をチラチラ見る志摩。

「四季、変なことすんなよ? マジで」

 すると志摩と詩哉と同室となった残りの四人のうち一人。水野が睨みをきかせて釘をさした。

 小柄ながらも筋肉質な身体と短く切りそろえられた髪の毛、黒く染まった肌から野球部だと容易に想像できる。

 志摩はそんな彼の鋭い視線を受け流すと、

「分かってるって。大丈夫。ひたすら下着を愛でるだけだから。してもいいならクンカクンカするけど、さすがにそれは嫌だろ?」

 気遣いのできる大人の雰囲気を醸し出しながら言った。

「基準値下げろ! 愛でられるだけで嫌なんだよ!」

 水野の的確なツッコミ。おお、と目を丸くする志摩へ、水野は顔を歪ませて吐き捨てた。

「お前、体育の着替えの時も俺たちのことにやにやしながら見てくるだろ? あれ、みんな気持ち悪く感じてるんだからな」

 水野の言葉に、後ろでうなずく三人の男子生徒。

 そんな四人を前にして志摩は呆然と立ちすくむ。

「お前、もうさ、体育の時カーテンの陰にでも隠れててくれよ」

 ここぞとばかりに厳しい言葉を続ける水野。

 志摩は慌てて、語気を荒くしながら否定した。

「ちょ、ちょっと待てって! 百歩譲って俺がにやにやして気持ち悪い視線を送ってるとして、それが問題あるのか!? 男同士だぞ!? 別に女子の着替えを覗いているわけでもあるまいし、そこまでする必要あるか!?」

 しかしかなしいかな、志摩が感情的になればなるほど水野は不快感をあらわにして、冷静に突っ込んでくる。

「男子女子は関係ない。問題はお前のその視線を不快に思う奴が俺を含めてたくさんいるってことだ。ちったあ人の気持ち考えろ」

 厳しい言葉で志摩を切り捨てる水野。とりつく島のないその様子に、志摩は黙り込む。

 そうして数秒間睨み合った。志摩が先に口を開く。

「ごめん。俺が悪かった」

 そう言って頭を下げる。

 そんな普段からは想像できない志摩の殊勝な態度に、部屋の中は驚きに包まれた。

 数秒間の沈黙の後、水野はばつがわるそうにそっぽを向いて、「いや、いいよ。分かってくれれば」と小さな声で言った。



 その日の夜。午後十一時。

 志摩がやつれた表情で部屋に戻ると、空けた扉のすぐ目の前、目を輝かせた男三人が立っていた。

 ビクッと身体を震わせつつ、何事かと彼らを観察する。部屋が暗いため一目ではわからなかったが、よく見たらすぐに判別がついた。この三人は、昼に水野にキツく言われた時、彼の後ろにいた男子たちだ。

 ひとまず自分が部屋を間違えていないことにほっと息をついた。そして改めて彼らを観察してみる。

 左から順に、リーゼント・メガネ・イケメン。なんだこの面子。

 そうして呆気にとられていると、リーゼントがずいと一歩近づき、右こぶしをぐっと握りしめて言った。

「志摩さんマジパネエっす!」

 消灯時間を過ぎているためか大きな声ではないが、リーゼントの後ろでメガネとイケメンも称賛の声を続ける。

「女子風呂覗くとか、マジ漢の中の漢ッスね!」

 控えめながらも拍手が湧き起こった。

 彼らのやんややんやという喝采に、志摩は呆気にとられる。なんなんだこいつらは。

 数時間前。水野に諭されたことにより志摩は、男子風呂の脱衣所においては平静を装うこととなった。せいぜいチラチラと周囲にバレないよう見るのが限界であり、朝からずうううううっと楽しみにしていたことによるうっぷんを晴らせずにいた。そうしてモヤモヤとしていた志摩の頭の中で、マリー・アントワネットがささやいたのである。『男子風呂の脱衣所がダメなら、女子風呂の脱衣所に行けばいいじゃない』と。

 なるほどその手があったかと、志摩は女子風呂に突貫しようとした。しかし当然見張りの教師に止められ、もみ合いになる。最終的に学校一と言われるガタイの持ち主である体育教師に羽交い絞めにされ、別室へ移され、数時間の間こってりと絞られたのであった。

 そして消灯時間も過ぎ、志摩も十分に反省した態度であったためようやく解放され、現在に至るのである。

「いや、お前ら勘違いしてるけど、俺はあくまで脱衣所に行こうとしただけで、覗こうとはしてないぞ? つーか止められたせいで脱衣所にすら入らせてもらえなかったし」

 志摩はあわてて手を振って、ひそひそ声で彼らの賞賛を否定する。

 しかし彼らは動揺しない。今度はイケメンがずいっと踏み出し、志摩の肩を掴んで真正面から見据えた。

「いやいや、突貫しようというその意気がすごいんだよ。先生に怒られるとか女子に嫌われるとか、そういう恐怖を全て押さえこんで女子風呂へ行きたいというその一点のみを優先する姿勢。格好いいぜ!」

 親指を立ててウインク。

「よく言った!」

「その通りだ!」

 イケメンに同調し、やんややんやとはやし立てるリーゼントとメガネ。

「や、そうまで言われるとなんか恥ずかしいな。お前らありがとう」

 志摩は頭をポリポリと掻いて、恥ずかしげに彼らと握手を交わす。

「ということで我々は、志摩信者ーズとしてこれからは君のサポートに全力を尽くすことにしました。いつでもどこでも呼ばれればすぐに駆けつけ力になりますので、なんなりと」

 メガネがそう告げ、天井から垂れ下がる紐を引いた。瞬間、パカッという気の抜けた音と共に、いつの間にか設置されていたくすだまが割れる。『祝 志摩信者ーズ結成』という文字と花吹雪が落ちてくる。

「……」

「あ、ずりぃ!」

「いいとこ取りやがって!」

 唖然とする志摩の前で、リーゼントとイケメンがメガネに不満をぶつけていた。

 そんな彼らから遠く離れた、部屋の隅。

「なあ、ポプラ。あいつらってまともじゃなかったのかな? なんでああなっちまったのかな? 俺もう人を信じられねぇ……」

「水野、大変だね。僕はそれもだけど、どちらかというと、これで志摩が調子に乗って歯止め効かなくなることが心配だよ……」

「お互い苦労するな」

「うん」

 詩哉と水野は体育座りで志摩たちの様子を眺めていた。

 それからしばらく志摩をほめたたえる会を行ったと思うと、とりあえず落ち着こう布団に入ろうと床についた。

 彼らの夜は長い。話はあれよあれよという間に様々な展開を見せていった。下着の定義の話だとか、浴衣姿のエロさだとか、クラスの女子では誰が可愛いかだとか。

「やっぱゐるが一番可愛いよな」

 イケメンが無駄に爽やかスマイルで言うと、それに同調する声がぽつぽつと上がる。

「水野氏はどうですか?」

「あ? 別にゐるのことなんてどうも思ってねえよ」

 メガネの問いに、むすっとそっぽを向いて答える。

 そんな彼の様子に、メガネと志摩がニシシと笑う。

「我は水野氏的に誰が一番可愛いかと訊いたのですが」

「水野さんってばもしかして」

「ち、ちげーよ紛らわしい訊き方してんじゃねえ!」

 からかうように言う二人へ、水野は顔を赤くして声を荒げる。

 しーっ、とあわてて鎮められ、水野はさらに頬を紅潮させて口をとがらせた。

「もう知らん! 寝る!」

 拗ねた風に捨て台詞を吐き、頭まで布団にくるまる。

 そんな彼の様子に再び志摩とメガネで笑っていると、詩哉の眠たげな、のんびりとした声が割って入った。

「ゐるちゃん可愛いよねー。話してると楽しいし」

 布団に仰向けになったまま、寝言のように言う。

「おっ、オメェゐる好きなんか?」

「別にー。客観的事実を述べたまでー」

「つまんねェなぁおい。よし、俺明日の夜告白しちゃおっかなー!」

「調子乗んなクソリーゼント」

「水野やけにトゲトゲしくねえ!?」

 修学旅行の夜のような、楽しい風景。そんな中志摩は、改めて考えてみるとたしかにゐるって結構可愛いよなー、と彼女の笑顔を思い浮かべながら思っていた。

 数秒後。志摩は頭を抱え、思わず上げてしまいそうになった声をのどの奥に押しとどめた。

 じたばたと布団の中でのたうちまわる彼に、周囲はぎょっとした視線を向ける。

 志摩はぎゅっと目をつむり、歯を食いしばって自己嫌悪に耐える。

 下着を愛する者として下着以外のものを可愛い、と思ってしまったことを悔やんでいるのである。

 それから志摩は布団の中で自身のパンツを凝視し、触れ、頭の中にこれまで観てきた幾多の魅力的な下着を思い浮かべ、呼吸を整えた。

 そうして何とか普段の志摩に戻ると布団から顔をだした。四方八方から見つめられていることに気付くと、志摩は数多の戦場を乗り越えた戦士のように汗をぬぐい「ふぅ、危うく下着に対する愛がなくなるところだったぜ」と言って親指を立てた。

 なくなれよ! という水野と詩哉からのダブルツッコミが入ったのは言うまでもない。



 翌日。昼ごはんのカレー作りということで、志摩とゐるは並んで野菜の皮を剥いていた。

「志摩君、女子風呂覗こうとしたんだって? もう学年中の噂になってるよ」

 ゐるは玉ねぎを片手に、いたずらっぽく笑って尋ねる。

 それを受けて志摩は、人参の皮を剥きながら「失礼な」と憤慨した。

「俺はただ脱衣所に入って下着を愛でようと思っただけだ。覗き魔みたいなゲスと一緒にされては困る」

「それは大して違わないと思うよ……」

 プンプンと怒りながら荒々しく皮を剥いていく志摩に、ゐるは呆れたようにツッコミを入れる。

「馬鹿やろう大違いだ。俺はただ下着が大好きなだけなんだよ。決してエロ目的などではないんだ! だというのにあの教師共、俺をまるで性犯罪者のような目で痛あ!!」

 ずぶしゅっ、と指から血が噴き出た。勢い余って包丁で指を切ってしまったのである。

「痛い! 猛烈に痛い!」

「志摩君大丈夫!? 今すごい勢いで血噴き出たけど!」

 左手を押さえて激しく痛がる志摩に、ゐるは心配そうに慌てふためく。

「ぐっ……もうダメだ……せめて死ぬ前に、下着が……見たかった……」

「詩哉くーん! 志摩君が呼んでるよー!」

「ここはゐるが恥ずかしさを乗り越えて見せてくれる場面だろ!?」

 志摩は思わず、痛みを忘れてツッコむ。

「はいはい、いいから消毒しに行きましょうねー。あ、詩哉君、特に用ないから帰っていいよ」

「僕の扱い雑すぎじゃない!?」

 来た途端冷たくあしらわれ、涙目になって作業場へ帰る詩哉。

 そんな彼を尻目に、志摩は水道で傷口を洗浄した。

「あー、いてぇ。全然血止まんねえな」

「うわあ痛そう。動脈切っちゃったのかな」

 冷たい水が傷口にしみる。志摩は痛みに顔をしかめつつ、消毒液を手に取った。

「絆創膏よりガーゼの方がいいんじゃないかな。ちょっと待ってて、先生のところ行ってもらってくるよ」

 消毒をしようと水流から離した途端、血が溢れだしてくる。そんな志摩の指の状態に、ゐるは返事も聞かずに走り出した。

 それから、一瞬で戻ってきたゐるのガーゼを使って手当て。二人は再び調理場に戻り、先の続きを開始した。

 志摩はさっきまでより幾分丁寧な手つきで皮を剥きながら、熱く語り始めた。

「とにかく俺は、そんじょそこらの下劣な性犯罪者とは違うんだよ。奴らはエロければ何でもいいんだ。パンツだろうとブラだろうと尻だろうと胸だろうと。だが俺は違う。俺はただ下着を愛しているんだ。裸などいらん。男物も女物も、区別しない。すべての下着を等しく平等に愛しているんだ。この博愛の心が判らんのか」

「全て平等に愛してるってのも逆に誠意がない気もするけどね。それこそ志摩君の言葉を借りれば、エロければなんでもいいって言ってるのと同じじゃない?」

「……ゐるって意外と頭いいんだな。もっとアホの子だと思ってた」

「ちょっと、それってどういう意味さ」

 怒った風に頬を膨らませて笑い、志摩の肩を叩く。

「いや、すまんジョークだ。パンツマンジョーク」

「そんなアメリカンジョークみたいな」

「それはそうと、ずっと疑問だったんだが、なんで男風呂覗くのは問題ないのに女風呂覗くのは問題なんだろうな。男と女の間に、いったい何の差があるのかと」

「男風呂覗くのが問題ないかと言われると微妙な気がするけどなー……。結局、嫌だと思う人がいるかどうかじゃない?」

「んー、その感覚がわからんのだよなあ。みんなその姿で生まれてきて同じような身体を持ってんのに、なんで見たかったり見られたくなかったりするんだ?」

「なんだか哲学的になってきたね。あたしにはわからないや」

 あははと笑って、玉ねぎを切る。

「どうにも納得いかないんだよなぁ……」

 いまだぶつくさと不満を呟きつつ、志摩はじゃがいもの皮を剥き始める。

「……それにしても志摩君、すごいよね」

 玉ねぎを切る手を止めて、小さく呟いた。

「自分に素直でさ、全く尻込みせずに、誰にだって同じように自分を押し出していって。好きなものを好きだって言える勇気。格好いいな」

 俯き加減に、落ち着いたトーンで話す。

 志摩はそんな彼女の様子を怪訝に思いつつ、「それなら」と口を開いた。

「ゐるだってすごいだろ。入学してたった一か月でクラスの人気者、中心的存在なんだぞ。俺なんかよりよっぽどすげーよ」

 一か月間一年三組で過ごして感じたこと。それを素直に口にする。

「……えへへ、そうかな。ありがとう」

 ゐるは一瞬の沈黙の後、恥ずかしげにポリポリと頬をかいて言った。

 その声音の明るさに、不自然さを感じたのは気のせいだと思った。



「結構暗いねー。志摩君の姿がよく見えないよ」

「まぁそりゃ、暗くなきゃ肝試しになんないしな。しかしこれは足元躓きそうで危ないぞ。気を付けろよ」

 楽しげに周囲をきょろきょろと見回しながら歩くゐるの横、志摩は懐中電灯で地面を照らし出して彼女に注意を喚起する。

 遠足二日目の夜。肝試し大会が開かれていた。有志による脅かし役が待ち受けるコースを二人一組のペアで歩き、各チェックポイントに待ち受ける先生からチェックを受ける。そうしてゴールまでたどり着けば終了。そこで各自解散となる。

「うん、ありがとう志摩君」

 志摩の気遣いに、ゐるはニッコリと笑いかける。暗闇に覆われてもなお輝く彼女の笑顔。志摩は昨晩の出来事を思い出し、頬が熱くなるのを感じた。反射的に顔をそむけ、慌てて自分のズボンの中に手を入れ、パンツを触る。

「……ふぅ、よし。大丈夫だ。俺は下着が大好きだ」

「何があったの!?」

 唐突な志摩の呟きに、ゐるは思わずツッコミを入れる。

「いや、なんでもない。それよりゐるは怖いのとかって平気なタイプなのか? あんまり怖がってるように見えないけど」

 話をそらすような志摩の質問。ゐるは特に不審がることもなく彼の方を向いて答える。

「あたしは結構怖がりだよ。今日は志摩君がいるから平気だけどね」

 屈託のない笑顔で志摩を見つめながら言う。

 志摩はそんな彼女の笑顔に頬が熱を持つのを感じ、それをごまかすようにふいと顔を正面に向けて口を開く。

「別に俺、幽霊と戦闘できるわけじゃないぞ」

「あはは、知ってるよさすがに。それはそうと、志摩君は幽霊とか怖いのって平気なタイプ?」

 志摩の顔を覗き込むようにして尋ねる。

 志摩は懐中電灯の光の向かう先を見つめ、極力ゐるの視線を意識しないようにする。

「んー、怖い怖くないじゃなくて、下着を着用しているかどうかの問題だな。俺の場合」

「幽霊でもお構いなし!?」

 と、そんな風に二人でワイワイ話していると、ゐるが唐突に「きゃああああああああ!」と叫び声をあげ、志摩へ突進した。

「ぶくどッ」

 ゐるの腕が腹を直撃した志摩は肺から空気とともに変な声を出すと、勢いのまま尻餅をついた。

「ゐ、ゐる……どうしたんだ……?」

 震えながら苦しげに尋ねる志摩に、ゐるは「なんか気持ち悪いのがー」と泣きそうな声で訴えた。

「気持ち悪いの? なんだそれ」

「なんかこう、ぬるっとしたのがほっぺたにあたったのー」

 ゐるの涙声の説明に首をかしげる。よく理解できなかったが、とりあえず彼女の指差す方向を懐中電灯で照らしてみた。

「ああ、こんにゃくか。またありがちな」

 あっけない真相に、志摩は呆れたような声を出した。

 その言葉にゐるは恐る恐る、と言った様子で後ろを振り向く。そしてぬるっとしたものの正体を知った。ほっと息をついて「なーんだ、こんにゃくだったんだ」と明るく笑った。

「ごめんね、志摩君。騒がせちゃって」

 衣服についた砂をぱんぱんと払いながら謝る。

 志摩は痛みの引いてきた腹を軽くさわると、ぽん、とゐるの俯く頭を撫でた。

「いやいや、大丈夫。怖いもんは怖いんだから、仕方ないだろ」

 志摩の方を向いたゐるの顔を見つめながら、明るく笑って見せる志摩。

 それに喚起されたか、ゐるは「ありがとう」と言ってニッコリと笑った。

「志摩君、なんかやっといつも通りになったね」

 ニコニコと嬉しそうにしながら口を開く。

「実は、さっきまでの志摩君昨日と違ったから、ちょっと不安だったんだ」

「あー、まあ、あれだ。暗闇って思ったより役に立たねえもんだなって」

 少しだけ天を仰いで、雲に隠れない月を恨めしげに眺めた。

「なにそれー。意味わかんない」

「ミステリアスな男って良い響きだろ?」

「おお、確かに格好いい!」

「ゐるは相変わらず頭悪いなー」

「ちょっとそれどういう意味さ!」

 志摩は、憤慨しながらポカポカと叩いてくるゐるの拳を受けながら、笑った。

あんま長いとアレなんでわけました

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