表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/19

第三話 救う変態 その9

「ふはははははその目玉をよこせええええええええええ!」

「バカゐるやめろ! ガチで洒落にならねえから!」

「いくら志摩君でも、あたしのこのリビドーは止められない! 大丈夫だよ超高速で繊維を切れば、痛みも感じず傷もつかずに目玉だけ取り出すことができるから! まだ修行中だけど!」

「そういう問題じゃねえっつーかできねえのかよおおおおおおおおおお! おいお前らもゐる止めろ! 無理矢理にでもスプーン取り上げろ!」

 戦闘が始まると、ゐるはおもむろに腰のポーチから、スプーンを取り出した。

 そして、緩みきった頬で、涎を垂らしながら言った。

「悪人だし、目玉くらい繰り取っちゃっていいよね。正当防衛だよね」

 それからは、一片の容赦もなく、無駄に高い身体能力をフル活用して目玉を繰り取りにゆくパンツマンピンク、それを必死に止めるレッドとホワイトと信者ーズ、怯えて逃げ回る男たち、それを傍観する空亜という、混迷しきった構図となった。

 そして、このままでは本当に目をえぐられかねないということで、男たちは全面降伏をするのだった。

「最初からゐるを連れて来ればよかったのか……?」

「そしたら止められなかったでしょ……」

「せっかく、最近研究してる『濁り切った目を澄み渡らせる』実験ができると思ったのに。人間の目で実験できる機会ってなかなかないのになあ。ちぇー」

 正座する男たちの前で、力なく肩を支え合う志摩たち。どう見てもヒーローではなく怪人側であったゐるに、通も怯えた目をを向けている。

 一方のゐるは、ポーチから怪しげな薬品を取り出して、不満げにちゃぷちゃぷと音を立てた。

 ぞっと背筋を凍らせた志摩は、聞かなかったふりをして男たちに向き直った。

「それで」

 腕を組んで、彼らを睨みながら口を開く。

「いろいろ訊きたいことはあるが、とりあえず仮面を取ってもらおう。あと全裸はさすがに見苦しいから、せめてパンツ穿け。むしろパンツ以外穿くな」

「君は余計なことを言い過ぎるから黙っていなさい。私が話をしよう」

 通を信者ーズに預け、空亜は志摩と男たちの間に割って入る。

 いそいそと部屋の隅で着替えて来た男たちを見下ろし、空亜がはぁとため息を吐く。

「やはりあの不良共か。まぁいい。訊きたいことは山ほどある。事と次第によっては減刑してやらんこともない。ただし、下手な嘘をつけば、こちらは紺波ゐるを放つぞ」

 冷たい目を細めて、言う。

「まず、何故通なんだ」

 空亜の質問に、男たちは顔を見合わせる。お互いがお互いをけん制し合い、口を開こうとしない。

 やはり尋問するのならば一人ずつ行うべきか。志摩がそう提案しようとしたとき、男のうちの一人が口を開いた。

「惚れたからです」

 最も背の高い、リーダー格と思われる男である。

 仮面のない、真摯な顔で言う。彼の年齢は、おそらく20歳前後と思われる。

 つまり、今更言うまでもないが、

「ロリコン、というやつか」

 空亜が嘆息とともに呟く。

「ロリコン、というのは正解であり、間違いでもあります」

 対する男は、空亜の言葉を訂正した。

「確かに俺たちはロリコンで幼女が大好きですが、通ちゃんはその中でも特別です。いうなれば、一人の女性に惚れただけです。それがたまたま幼女だっただけで」

「お前が通ちゃんと呼ぶな」

 男の意見に反応を示すことなく、ピシャリと締め出す。

 男は一瞬不満げににらんだが、空亜の鋭い眼光に返り討ちに遭った。

「それでは次の質問。通に惚れたというのはいいとして、その惚れた相手を泣かせて平然としているとは、どういう神経をしているんだ?」

 空亜はふつふつと、血液が沸騰しだすのを必死に抑えて尋ねる。

「俺だって、心は痛かったですよ。好きな人に辛く怖い思いをさせ、泣かせてしまって、何も感じない人なんていないですよ。……ただ、通ちゃんの泣いている姿が、すごく魅惑的だったんです」

 信者ーズ達と遊んでいる通をうっとりと眺めながら、呟くように言った。おそらく彼の脳内では、通の泣きじゃくった顔が再生されているのだろう。

「……。それでは、最後の質問だ」

 男の言葉には答えず、震える声で、空亜は宣言した。

 一拍おいて、質問を口にする。

「通に、何をした」

 尋ね、じっと見つめる。

 一方の男は、しかし、不自然なほど冷静に、空亜の目を見つめ返して言った。

「そんな、大したことはしていませんよ。心配されているような事態にはなっていません。何しろ、ロリコンの誇りは『YESロリNOタッチ』ですから。指一本触れていませんよ」

「嘘をつけ。御託はいいから早く話せ。通一人を全裸で囲んで、何をしていたんだ」

 嘘だ、と言いつつ、空亜は首をひねっていた。通の格好は今朝送り出した時のままであり、身体には乱暴されたような痕もない。椅子を蹴って胸に飛び込んできたことからもわかる通り、本当に通は縛られたりなどしていなかったのだ。

 そんな空亜の疑念を察したのか、男は手をひらひらと振って「ふぅ」とため息を吐いた。

「本当に指一本触れていないんですよ。ただクレープで遊びに誘って、実際に一緒に遊んで、儀式ごっこをしていただけです」

「儀式ごっこ……?」

 言葉の意味が呑み込めず、思わず反芻する。ただ嫌な予感が、じりじりと背中を這う。

「はい、儀式ごっこ。通ちゃんを真ん中に据えて、俺たちが全裸で歌い踊りながらぐるぐる回るんです。古代の儀式みたいでしょう? 通ちゃんの怯えた姿はとても魅力的でし――」

 空亜の拳が、男の言葉を遮った。

 口元へ、一撃。

 鈍い打撃音と、志摩の伸ばした手が空を切るのは同時だった。

 血しぶきが吹き上がる。

 男はドクドクと血の流れ出す口元をおさえ、苦しげにうずくまる。

「空亜先輩! 駄目です!」

 追撃を放とうとする彼女を、志摩は後ろから羽交い絞めにした。

 しかし空亜は重戦車のように、志摩を引きずったまま男の元へ歩みだす。止まらない。

 と、一拍遅れて信者ーズと詩哉、ゐるが駆け寄ってきた。そして前から横から後ろから、空亜を止める。

「ふーっ、ふーっ」

 荒い呼吸。空亜は激しく肩を上下させ、血走らせた目を男たちに向ける。

 殴打する音。うずくまる男。コンクリートを染める血液の色。空亜の怒りにたぎった姿。それらが、彼らの五感を恐怖に染めた。

 男たちは正座も忘れてがくがくと震えながら、逃げようと上体をそらす。その顔は青白く、目には涙が溜まっている。

「空亜先輩! 駄目です!」

「なぜだ! こいつらは殺しても良いだろう!」

 羽交い絞めにして止める志摩に、空亜がむき出しの感情を叫ぶ。

「耐えてください! それは、あなたの感情だ! 風紀警察長官の誇りを思い出せ!」

 彼女の耳元へ、叫び返す。彼女を支配するモノへ、届くように。

「私は通の姉だ! 姉が妹を泣かせたバカを殴って、何が悪い!」

「悪いに決まってんだろ! 姉ってのはな、妹を守るためにいるんだ! 妹が泣かされたから報復するってのは、ただの私欲だろ! あんたは姉という立場を利用して、自分のやりたいようにやってるだけだ!」

「違う! 私は通を守るために、報復するんだ! 絶対的な恐怖を植え付け、二度と誰も反抗してこないようにしてやるんだ!」

「それはあんたの役目じゃない! 警察の役目だ!」

「私は風紀警察だ!」

「風紀警察は警察じゃねえ! 驕るな!」

「君は! 当事者じゃないからそんなことが言えるんだ! 通が妹じゃないから――」

 空亜は無理矢理志摩の拘束を振りほどき、振り向きざまに怒声を飛ばす。

 そして、その言葉は、途切れた。

 志摩の力いっぱい噛みしめた唇から、血が流れ出していたから。

 そんな彼の姿に、空亜は、怒りにたぎっていた顔を呆然と、憔悴させる。

「……空亜先輩」

 志摩は、静かに、爆発しないように口を開いた。

「俺だって、ぶっ殺してやりたいのは同じです。でも、耐えなければならないんです」

 彼女の目をまっすぐに見つめ、届くように言葉を紡ぐ。

「……感情に、欲望に任せて行動したら、こいつらと同じだから」

 ちらりと男たちの方へ視線をやり、悲しげに目を伏せた。

 沈黙。

 空亜も志摩も、やり場のない怒りに身をたぎらせ、心を震わせる。ただただ、耐える。

 と、そうして二人が黙り込んでしまった時。男の声が割って入った。

「てめーら、何言ってんだ?」

 先の、空亜に殴られた男である。彼は未だ血の滴る口を開き、嘲笑を浮かべた。

「そこの、シマとか言ったっけか? てめえほど自分の感情、欲望で動く奴はいねえだろ。忘れたとは言わせねえぜ。こないだ駅のホームで、女のパンチラが見えたとき駆け寄って気持ち悪いこと言い寄ってただろ?」

 志摩はじっと、表情を変えずに男を見つめる。

 それをどう思ったのか、男は視線を空亜に移す。

「そっちのカラアだってそうだ。風紀警察とかいう組織を勝手に作って、いろいろやってるって話じゃねえか。風紀を守るとかいう大義名分を掲げて、好き放題自分の欲望のままにやって、偉そうに俺たちを見下せる立場かよ」

 男の嘲笑に、空亜は言葉を発しない。ただじっと、男の目を見つめ続ける。

「結局、てめーらも俺らと同じ、ただの変態なんだろ? 仲良くやろーぜ」

 血を流したまま口元を歪め、志摩たちへ握手を求める。

 沈黙。

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる男に、志摩は大きくため息をついた。

 その表情は怒りを通り過ぎて、疲労感に満ちている。

 と、口を開こうとしたところで、志摩の前に歩み出る影があった。

「そんなわけないでしょ」

 ずっと横で話を聞いていた詩哉が、割って入った。

 反射的に顔を向ける一同。

 普段通りの穏やかな顔で詩哉は、男をじっと見つめる。

「何を寝ぼけたことを言っているの? 志摩とあなたたちが同じって、そんなふざけた話があると思う?」

 一歩踏み出し、男を見下ろす。顔つきこそいつもと同じであるが、その視線は凍っており、対称的に瞳の奥は燃えたぎっている。

「そうだそうだー! 目ん玉ぶっつぶせー!」

「ゐるちゃんはそれ以上前に進まないでね。っていうか空気読んで」

 横から、スプーンを元気に掲げて賛同する彼女に、詩哉は頭が痛そうにする。

 それから、気を取り直した風に一歩、男たちへ向かって踏み出した。

「たしかに、志摩は今まで露出したり下着を窃視したり、脱衣所に突貫しようとしたりしたよ。どれも立派な犯罪だし、実際たくさんの人たちに迷惑をかけたよ。僕だってたくさん、大変な思いをしてきたよ。志摩だけじゃない。空亜先輩だって、話しに聞くだけでもずいぶん好き放題やってるさ。志摩が僕にかけた事実無根の罪を根から信じて粛清しようとまでしたしね」

 一つ一つ思い起こすように言う。懐かしさと楽しさと、怒りが沸いてくるのを感じた。

 詩哉は思わず口にしそうになったそれを飲みこみ、男たちに語りかけるように続けた。

「でも、志摩は、それ以上にたくさん、いいことをしてきたんだよ」

「はーい、あたしクラスで一人ぼっちになりそうなところを助けてもらった!」

「我らも、志摩殿のおかげで価値観に広がりが持てました」

「私も、不本意ながら志摩君には風紀警察の在り方について考え直すきっかけをもらってしまったね。それに、高いところが苦手なくせに、こうして通を助ける手助けをしてもらったよ。感謝してもしきれないね」

「お兄ちゃん好きー!」

 詩哉の柔らかい声音に、ゐるをはじめとして口々に賛同の声が上がる。

「分かるでしょう?」

 一同を満足げに見渡し、詩哉は男へ言う。

「あなたの言うことは、正しかった。でも、それは志摩の変態性しか見ていない」

 男の苛立たしげな顔に、詩哉は哀れむように言葉を紡いだ。

「志摩の変態性は、志摩の一部でしかないんだ。志摩にはほかにたくさんの魅力がある。表面だけ見てあなたたちと同じだと言うのを、僕は許せない」

 哀れみと、怒り。

 そんな詩哉のはっきりとした感情に、男は言葉を発することが出来ない。ただ憎らしげな目を向けるのみである。

 詩哉は志摩を馬鹿にされたことについて怒り、一方の男は詩哉の言葉を受け入れられないが、反論する言葉も持ち合わせていない。

「さんきゅーな、詩哉」

 志摩が、割って入った。

 肩を叩き、詩哉の前に立つ。

 そして、男を見下ろして何か口を開こうとして、やめた。少し、俯く。

 そんな志摩の様子に、男は「ハッ」と吐き捨てるように嘲り笑った。

「シマ、なんか言いたいことがあんだろ? どうぞ俺のことなんか気にせず言えよ変態」

 煽るような男の口調に対し、しかし志摩は口を開かない。

 それをよしとしたか、男はなおも言葉を続ける。

「言っとくが、俺は認めてねえぞ。どれだけいいことをしていようとも、てめえはただの変態だ。世間からも、俺からもな」

 嘲笑を志摩に浴びせる。ただ八つ当たりのように、志摩を言葉で殴りつける。

 志摩は男を半眼で眺め、ぽつりと言った。

「なんで世の中、文字通り捉えるバカばっかりなんだろうな。日本語が泣いてんぞ」

 ため息。苛立たしげに目つきを厳しくする男へ、志摩は一つため息を見舞った。

「俺はロリコンじゃねえから知らねえが、YESロリNOタッチってのは行動を示したものではなく、精神を示したものなんじゃねえのか? ロリコンってやつは、幼女を家に招待したらジュースとお菓子でもてなし、一緒にプリキュアを見て、午後五時には家に帰らせる人を言うんだろ? お前らにロリコン名乗る資格があるのか?」

 違うか? 目で問いかける。

 黙ってにらみ続ける男に、志摩はなおも面倒くさそうに言葉を続ける。

「んで、もう一つ。変態って言葉も、お前ら文字通り受け取ってんなっつの」

「あ? 何がちげえんだよ。俺もお前もただの変態だろ?」

 男の言葉に、志摩は舌打ち。苛立たしげに床を蹴り、ため息を吐いた。

「女の子一人泣かせておいて、変態名乗ってんじゃねえよ」

 氷のように冷たいまなざしで、静かに言う。

「変態を舐めるんじゃねえ。俺たち変態には、変態としての矜持がある。お前らみたいなクソ野郎が軽々名乗っていいもんじゃねえんだよ」

 射殺せそうな志摩のまなざしの後ろで、後ろでゐると空亜が嬉しそうに微笑む。

「お前たちは決して変態ではない。ただの下衆で、カスで、クズだ」

 そう告げてふっと視線を外し、静かに部屋の外へと歩き出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ