第三話 救う変態 その8
「パンツマン!!」
通の、驚きと喜色に満ちた涙声。見開いた目から、大粒の涙がこぼれた。
「ごめんね通ちゃん。遅くなっちゃった」
苦笑を浮かべて謝る。
「……チッ、まさか本当に来るとはな。だがお義父さん、瀕死状態のあなた一人で何ができるって言うんです」
仮面で表情は見えないが、一瞬慌てふためいたように見えた彼らは、再び勝ち誇った。
事実、状況はボロボロの志摩一人対仮面の男四人。どうあっても志摩に勝ち目はない。
「……いろいろ言いたいことはあるが、とりあえずお義父さんはやめろ。お前らに言われると虫唾が走る。それに今の俺は正義のヒーロー、パンツマンだ」
吐き捨てるように言う。なるほど、と答える男の言葉をさえぎり、志摩はさらに続けた。
「そして、一人じゃねえ」
重い身体を起こし、後ろを振り向く。
ホラーの代名詞のような存在が立っていた。
ひっ、という声が耳に入る。
志摩が再び男たちに視線を戻すと、彼らは皆顔を青白くし、腰を抜かしていた。
志摩はにやりと笑うとかろうじて立ちあがり、彼らを見下ろした。
「風紀警察長官は、何か風紀を乱すものを見つけると、その時に何をしていてもその風紀を乱す主を捕まえに行く。ここまで捕まらないで引っ張って来るのには苦労したぜ」
やれやれと手を振り、ため息を吐いた。
そしてたっぷり溜めたところで、胸を張った。
「俺たちの、勝ちだ」
志摩の、勝ち誇った声。
一方の男たちは、仮面をつけているため表情を読み取ることができない。しかし局部が丸出しであることも気にせずへたり込んでいる様子から、既に戦意が失われていることは明白だった。
「お姉ちゃん!」
そんな彼らの間を、通が椅子を蹴って、飛び出す。あっ、と男たちの手が伸びるも、彼女に触れることはない。
通は勢いのまま空亜の胸へ飛び込んだ。
「うえあああんお姉ちゃあああん! 怖かったよおおおお!」
空亜の胸に顔をうずめ、それまでの静けさが嘘のように大声を上げて泣いた。
赤ん坊のように。
ただただ怖くて辛くて、先の見えなかった時間。その真っ黒をすすごうとするかのように、泣き顔を彼女の胸にこすり付ける。
どれほどそうしていただろう。真っ赤に泣きはらし、ひっくひっくと嗚咽する。
空亜はそんな彼女を愛おしげに抱いたまま、男たちをギラリと睨み付けた。
「それで。お前たち。うちの通に何をした」
威圧感を全て乗せて凄む。横に立つ志摩でさえその気迫にぐらりと足元が歪んだ。
しかし、それを向けられた男たちは、一瞬身を震わせたものの、すぐに立ちあがった。つい先ほど戦意を喪失したとはおもえない、男たちの余裕のある姿。
「お義母さん、勘違いしないでください。俺たちはロリコンの誇りたるYESロリNOタッチの原則に従っ――」
男の言葉は途中で途切れた。
空亜が殴りかかっていたからだ。
彼女の抱擁から離れたユウコを志摩が抱きしめたところで、肉が肉を殴打する音が届いた。
「何が勘違いだ白々し――!?」
しかしそれは、空亜の拳が止められた音だった。
目を見開く空亜に、反撃の拳が突きだされる。空亜はそれを左手でそらし、距離を取った。
「お義母さん、話の途中で殴り掛かって来るだなんてひどいじゃないですか」
空亜の拳が止められた。その信じられない光景に、志摩は愕然とした。相手に空亜とまともにやりあえる人がいるのか。一瞬絶望を覚え、すぐに思い直した。
「空亜先輩、まさか、ユウコちゃんの安全を確認して、気が抜けちまったのか……?」
肉体的疲労、環境的ハンデを補って余りあるほどの、圧倒的な戦闘力と一点に集中する力。それが発揮されることを前提の作戦だ。発揮されないとなれば、状況は最悪と言っても過言ではあるまい。
「ほら、お前ら、あのカラアって女も、ここじゃあ大したことないだろ? あっちのシマって男はただの雑魚だから、どうってことねえし」
志摩がじっとりと嫌な汗をぬぐっていると、男は後ろを振り返り、余裕綽々と言った風に仲間たちに言った。
舌打ち。完全に予定が狂った。これでは自分も空亜もタコ殴りだ。通ちゃんに格好いいヒーローショーを見せてあげるどころか、トラウマを植え付けてしまう。
ギリギリと、歯がきしむ。何か。何か場を逆転させる何かがいる。
「ちょおっと待ったああああ」
好戦的な男たちと顔を青ざめさせる志摩たちの間を、明るい叫び声が割った。
「パンツマンピンク!」
ビクンと振り返る志摩たちの目に、輝く笑顔で桃色のパンツを被って一人ポーズをとる、ゐるの姿があった。
ぽかんと呆気にとられる一同の視線の先で、後ろから「ちょ、ちょっとはやいって」という声とともに続々と現れた。
「パンツマンブルー!」
「パンツマングリーン!」
「パンツマンイエロー!」
「パ、パンツマン、えーっと、ホワイト!」
リーゼント、イケメン、メガネ、そしてノリについていけてない詩哉。
パンツを頭に被った面々が、思い思いのポーズをとり、名乗る。
「遅れてすまなかったな! レッド! 空亜センパイ! そして通ちゃん! 助太刀いたす!」
場の空気にそぐわない、元気満点な声。
「……志摩君、あれは、君の仕業かい?」
呆ける男たちの中、空亜は少しだけ首を回し、尋ねた。
「ええ。もともと話は通してあったんです。通ちゃんがここにいた場合、援軍としてあいつらを呼ぶってことは。最近の携帯はワンタッチで必要なメッセージが送れるから、便利ですよね。まぁ、まさか信者ーズだけでなくゐる達まで来るとは思ってませんでしたけど」
しかしおかげで、空気がものすごく明るくなった。通を一瞥し、先までの恐怖と悲しみの涙が止まっていることに、志摩の頬が緩む。
「とうっ」
ゐるは元気な声とともに、志摩と空亜の真ん中に割って入った。それに続けとばかりに、詩哉と信者ーズの面々も彼らの横に並ぶ。
「ゐる、来んなっつったろ?」
「まあまあ。信者ーズのみんなもいるし、だいじょーぶだって。……それに、どうせやるなら仲間は多い方がいいでしょ?」
空亜や通とはまた違ったタイプの、無邪気な笑み。
「ゐるらしいな」
ふっと微笑し、志摩は顔をわずかばかり傾けた。空亜に、そっと耳打ちする。
「これを、頭に被ってください」
そっと差し出す、漆黒のパンツ。
「……言い訳を聞こうか」
「ちげえよ。いや違わねえけど。こうまでパンツマンがそろったんです。空亜先輩もパンツマン戦隊の一員となり、一丸となって戦ったほうが通ちゃんはヒーローショーを見ている気分になれるでしょう?」
丁寧に自分の意図を伝える。もちろん目的には私欲も含まれているが、それは口が裂けても話さない。
そして志摩の狙い通り、空亜は通という響きに揺れた。
「むぅ、たしかにそれはそうなのだが……私は姉としてヒーローたちに協力すれば、それはそれで見栄えがするのではないかい?」
「いえ、パンツマン戦隊の一員となることが大切なんです。一体感っていうのもそうですし、そもそも通ちゃんには、自分の大好きな姉がヒーローとなるということ自体、嬉しいはずです」
あいまいに渋る空亜とは対照的に、志摩は頑として譲らない。とにかく空亜がパンツマンとなることのメリットを語り続ける。
「いや、しかしだね。さすがにパンツを頭に被るというのはあまりにも情けないというか、私の美意識が許さないというか」
「あんなコテコテフリフリの、似合わない私服で平然と遊園地へ行ける程度の美意識ならば問題ないでしょう」
「……君は、オブラートという言葉を覚えたほうが良いね。さすがに傷ついたよ」
「俺、正直者なんで」
そっか、似合っていなかったのか……と項垂れて力なく呟く空亜へ、志摩はここぞとばかりに言葉を重ねる。
「空亜先輩、俺の見立てでは、この漆黒パンツはなかなか似合うと思いますよ。トランクスですから一見ただの帽子のようにも見えますし、ちょっと奇抜なおしゃれとして通用するんじゃないですかね。空亜先輩は素材がとても良いですから――」
延々と語り、空亜を洗脳する。だんだん彼女の瞳から光がなくなってくるのを確認すると、強引にパンツを彼女の頭に被せた。似合ってます。称賛の声に、空亜は少しだけ嬉しそうにパンツを触った。
「よし、パンツマンブラックが加入したことだし、これで準備万端」
「志摩、後で殺されないようにね……」
一部始終を聞いていた一同の思いを、詩哉が代表して言った。
志摩は一歩踏み出し、身構える男たちに向かって、ポーズを取る。
そして大声で叫んだ。
「パンツマン戦隊、参上! 貴様らを倒し、通ちゃんを助けてみせる!」
その宣言が、戦いの幕開けを告げた。




