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第三話 救う変態 その5

「志摩、どういうことなのか教えてよ」

 詩哉は空亜の向かった先、住宅街へ向けて走りながら尋ねた。

 早々に息を切らし始めた志摩は、苦しげな息継ぎの合間に答える。

「ま、完全に確証があるわけじゃあ、ないけどな」

 はぁはぁと荒い呼吸をしながら詩哉へ説明を始める。

「おそらく、部室にいた空亜先輩の携帯電話に連絡を入れた主は、通ちゃんの習い事先、バレエ教室の先生だろう。この先生は、保護者としての空亜に、こう問うたはずだ。『通ちゃんが来ていないのですが、どうしたのでしょうか』とな」

 息絶え絶えに話を続ける志摩。そんな彼の必死な様子に、思わず詩哉とゐるは足の回転を緩め、歩き出した。

「おお、すまんサンキュウ。まぁ、大した話じゃあない。聞いてみればそんなもんか、と拍子抜けする程度の根拠だ。……まず、部室を出て行ったときの空亜先輩の様子」

 周囲へきょろきょろと、くまなく視線をやりながら言葉を続ける。もっとも、まだ見晴らしの良い田んぼ道であるから、通がここにいないことは一瞬でわかる話ではあるのだが。

「俺がこの目で見たわけではないから確信とまでは言えないが……空亜先輩が携帯電話を握りしめたまま駈け出して行ったという話だっただろ? あの時部室の中にいたのは空亜先輩だけだったから、あの人が外に出た時、実質部室はもぬけの殻となっていたんだ。しかし空亜先輩は普段、部室を空けるとき、必ず誰か別の風紀警察員を呼んで、部室を空にしないようにしている。本人は風紀警察を訪ねてきた人への対応をきちんと行うため、と言っていたが、あれは間違いなく恨みつらみを買いまくってるから、報復されないための自衛手段だろう。まぁその真意についてはどうでもいい」

 淡々と、回りくどく説明する。

「その点に関して深読みをすればいろいろ考えられないでもないんだが、携帯電話のみを握りしめて駈け出して行った、という状況を加味すると、素直に『携帯電話で連絡を受けるor携帯電話で連絡をして、そのまま荷物を整える暇もなく、それこそ携帯電話をポケットにしまう余裕もなく飛び出した』と考えるのが妥当だろう」

 人差し指を立てて言う。

 ふんふんとうなずくゐるの横で、詩哉が首を傾げた。

「でもそれだったら、たとえばどこかで喧嘩が勃発したっていう知らせがあったとか、そういう風紀警察関連の話かもしれないじゃん。むしろ空亜先輩が部室を飛び出すっていったら、そっちの方が考えられる気がするけどね」

「ああ、もちろん、通ちゃん関連だと断定した理由もある」

 詩哉の言葉を受け、志摩は悠々と受け流す。

「その最大の根拠は、空亜先輩の表情だ。あの人は、基本的に負の色を顔に出さない。怒りだとか、悲しみだとか、悔恨だとか、そう言ったものは全て笑顔で包み隠すんだ。……字面だけ見ると、ゐるとかなり似てるんだな。その真意は天と地ほどの違いがあるが」

 彼女の、笑顔で包み隠しきれていない怒気を思い出し、ぞくっと背筋を凍らせる。

「ま、あんま粛清されそうなことは言わないでおこう。マジで妖怪みたいにいつでもどこでも現れるから、気が休まらねぇ」

 そう言ってちらっと後ろへ視線を送り、何もない空間に少しだけ目を暗くした。

「それはそうと、とにかく、あいつが一目見てわかるほどに、空亜先輩は狼狽していたんだ。これはあの人にとってすごく重要かつ想定外な事態が起きたという事だろう」

 速めに歩を進めながら説明する。

「空亜先輩は風紀警察長官として、様々な修羅場を潜り抜けてきた。そんなあの人が、今更動揺を隠せなくなるほどの風紀の乱れがはたしてこの平和な田舎で発生するだろうか。もし仮に発生したとして、風紀警察長官としての誇りを胸に張るあの人が、あからさまに狼狽してみせたりするだろうか。俺は、空亜先輩はそんなちっぽけな人間ではないと思っている。あの人は俺の天敵だし行いも決して認めないが、その気高さだけは買っている」

 至極真面目な表情で、空亜への信頼を語る。

「と、この点から、今回の件はほぼ間違いなく風紀警察絡みではないだろうと判断した。となると、空亜先輩がほかに何か狼狽を隠そうともせず一目散に駆けだす理由はなんだろうか。風紀を守ることと同じ――それ以上に大切にしているものが、一つだけあった」

「それが通ちゃんなんだね」

「ああ。そういうことだ。と、そうして考えると、いろいろなもののつじつまがあう。まず、空亜先輩の走って行った方向。あっちには住宅街と公園程度しかなく、高校生が遊びに行くような施設はない。だからもしも誰か粛清するのであれば、普通駅の方へ向かうだろう。しかし住宅街の方へ走って行った。あちらにあるのは、小学校だ」

 自分たちの歩む先を指さして、その先をのぞむ。

「そして、この時間帯。小学生の下校時刻から二時間。帰宅路を歩いて、帰宅。おやつを食べて、漫画を読んで、さあ出かけよう。塾の始まる時間だ」

 以前通から聞いていた曜日とも合致している。そして通は先生が厳しいため塾があまり好きではないが、一度も休んだこともない。好きでないのならば友達にしつこく遊びへ誘われればそちらへなびいてしまうのもうなずける話であるし、これまで休んだことが無かった子がいきなり無断欠席をすれば、保護者へすぐさま連絡が行くのもうなずける話である。

「と、まぁざっくりとこんな感じだ。ついでに言うと、俺はパンツマンとしてちょくちょく通ちゃん含む小学生たちと遊んでるから、空亜先輩が真っ先に疑うとしたら俺なんじゃねぇかな。おそらく今頃、いつもの公園を隅から隅まで捜索してるだろうな。街中で会ったら胸倉掴まれそうだ」

「……志摩、胸倉掴むどころか、胸倉を吹っ飛ばしそうな勢いの何かが向こうから走ってきてるけど」

「え?」

 詩哉の指差す方――街の方へ視線を向けると、『ドドドド』という工事現場のような音と、もくもく上がる砂煙と、「ハハハハハ」という邪悪な笑い声が自分めがけてすさまじい勢いで向かってきていた。

 脳が、あまりの恐怖に思考回路を投げ捨てた。

「四季志摩あああああああ!!!! 見つけたぞ!!!! 吐け!!!!! 通をどこにやったああああああああああああ!!!!!!」

「理不尽だああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 猛スピードで突進してくるそれに、志摩はもろ手を挙げて逃げ出すのだった。



「……ふむ。では君は通を見ていないと」

「今ここにいることからそれは確定的に明らかでしょうよ」

 豊満なおっぱいを強調するように腕を組んで仁王立ちする空亜は、アスファルトの上に志摩を正座させて彼の無実を認めた。

「つーかあなた、何で俺がここにいるってわかったんですか」

「私の視力は53万だからね」

「なんでも53万って言えば面白いと思うなよ」

 じとーっと冷たい目を向けながら、自然と手がスカートをめくる。

「ちなみに私の戦闘力は1億――」

「すみませんでした!」

 アスファルトに頭をこすりつける。

「まったく君は、もう少し変わっていると思ったのだけれどね。……しかしそうなると、本当に通はどこへ行ってしまったのだろう」

「いや、普通に考えて、友達に遊びに誘われてその誘惑に勝てなかったとかそんなところでしょう。放っておけば、何食わぬ顔していつもの時間に帰ってきますよ」

「ふむ。その場合、あの子が帰ってきた時私はどうしたらいいのだろうね。問い詰めるべきなのか知らぬふりをするべきなのか」

 顎に手をやりううんと唸る彼女に、志摩は少なからず衝撃を受けた。

「空亜先輩にしては珍しくまともなことで悩むじゃないですか。てっきり通ちゃんが嫌なことは全くしないと思っていましたけれど」

「温室栽培とは全て甘やかすことではないよ。……まあ、一回くらいは見逃すこととしようかな。誘惑に負けることは誰にだってあることだし、ましてやあの子はまだ小学生だ。それに、罪悪感に苛まれる経験というのも大切だろう」

「それがいいと思いますね」

「うむ。……それでは失礼したな」

 鷹揚にうなずいた空亜は、そこではっと気付いたように口をつぐむと、ばつが悪そうにしながらくるっと背を向けた。

「ちょ、ちょっと待ってください、空亜先輩」

「なんだい? 私はこれから、念のため風紀警察を総動員して通捜索をするのだけれど。部外者の人は立ち入らないでほしいね」

 首だけひねって、冷たい目を向ける。

 彼女の浮かべる先までとは全く毛色の違う表情。志摩はそれを向けられるのは二度目であったが、初めて見る詩哉とゐるは、背筋に走る冷たい衝撃に身体を強張らせた。

 これが風紀警察長官の見せる、取り締まり対象者への目なのだ。

 怒りとも蔑みとも言えないその表情に、しかし志摩は怯まない。

「空亜先輩。それは風紀警察としての活動ではないでしょう。そして通ちゃん絡みとなれば、俺だって部外者じゃないです」

「では率直に言おう。私は君を信用することをやめた。だから嫌だ」

 駄目、ではなく、嫌。それは、風紀警察という衣を脱ぎ捨てた、空亜自身の言葉だった。

 志摩は思わず言葉に詰まる。義務感でもなく正義感でもなく、感情。それが一番御し辛いものであることを、志摩は良く知っている。

 数秒の沈黙。重い口を開いた。

「……それなら、信用させてみせるまでだ。空亜先輩にだって、俺が通ちゃんを探すことを止める権利はないはずだ。勝手にやらせてもらいます」

「……ふん、好きにするといいさ」

 空亜は何か言いたげに口をもごもごとさせたが、結局そっけなく言うだけだった。

 と、そうして志摩が空亜の背中を睨んでいると、唐突に大きな、鞭の音が響いた。

『!?』

 辺り一帯に鳴り響く拷問道具の音に目を点にする一同。

「ああ、私だ」

 ポケットから携帯電話を取り出す空亜。

「いや、分かってはいたが」

 そのセンスはいかがなものかと。

 ツッコむ気にもなれない志摩の前で、空亜が携帯で話を始めた。

 と、彼女は最初こそ平静通りに話をしていたが、数言交わしたところで、その態度が豹変した。狼狽である。

 空亜は「え」だの「ま」だのと、日本語すら不自由になりながらも、電話口から多くの情報を引き出そうと言葉を重ねる。

 しかしやがて切れたのだろう。空亜は携帯電を持つ右手をだらんと力なく下げ、天を仰いだ。

「空亜先輩、どうしたんですか?」

 その、先までの凛々しさとはかけ離れた彼女の姿に、志摩は迷わず尋ねた。今なら聞けるかもしれない。

 そして志摩のその思惑は、正しく作用した。

 血の気のない顔で、口を開く。

「――通が、誘拐された」


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