第6話「かぐや姫はクソゲーが嫌い②」
午後11時12分。
月光荘の一室。
カーテンを閉め切った部屋を、モニターの光が青白く照らしている。
机の上にはキーボードとマウス、飲みかけのペットボトル。それから、いつ手に取ってもいいように置かれたスマートフォン。
その前で、月永かぐやはいつものように配信を始めていた。
「今日はこれやる」
配信画面にゲームのタイトルを映す。
『デビルズファイター3』
本日発売されたばかりの、人気対戦アクションシリーズの最新作だ。
前作までの評価も高く、シリーズを通してゲームバランスの良さに定評がある。
最新作も発売前から期待を集めており、先行レビューでは高評価を獲得していた。
プレイヤー同士が1対1で戦う対戦アクションゲーム。
攻撃、回避、ガードを駆使して相手の体力を削り切った方が勝ち。
ルールは単純だが、プレイヤー同士の読み合いが勝敗を左右する。
『珍しく対戦ゲー』
『デビルズファイター3きた』
『トゥーンラッシュは?』
『今日も可愛い』
『顔がいい』
「今日はこっち」
『面白い?』
「分かんない。初めてやるから」
『その顔見れたらなんでもいい』
「ゲーム見て」
『はい』
『怒られた』
画面の隅には、ゲーム画面とは別にかぐや自身の姿が映っている。
艶のある長い黒髪。整いすぎているほど整った顔立ち。
黙って座っているだけでも目を引く容姿なのだから、それを見ること自体を目的に配信へ来る視聴者も少なくない。
もっとも、本人はそんなことには大して興味がなかった。
配信を開いたのならゲームを見てほしい。
それだけだった。
「設定これでいいかな」
かぐやは軽く操作説明に目を通す。
基本操作はシンプルで、覚えることもそれほど多くない。
「まあ、やれば分かるでしょ」
『説明書読まないタイプ』
「読んだよ。今」
『3秒くらい』
「十分」
オンライン対戦を選択する。
マッチング開始。
数秒で対戦相手が決まった。
「早いね」
『出たばっかだしな』
『人多そう』
最初の試合。
勝利。
「結構面白いかも」
『珍しく褒めてる』
『良ゲーきた?』
「操作感いいし、ちゃんと攻撃見てから避けられる」
『高評価じゃん』
「まだ1戦だから分かんないけど」
2戦目。
勝利。
3戦目。
少し苦戦したが、これも勝った。
操作にも慣れてきた。
攻撃を避けて、隙を見て反撃する。
相手の癖を読む楽しさもある。
「これ面白いよ」
『認めた』
『今日は平和そう』
『クソゲーじゃなかった』
「別にわたし、なんでもクソゲーって言ってるわけじゃないから」
『そうかな』
『前回を思い出せ』
「あれはクソゲーだったでしょ」
少なくとも今日は違う。
操作は素直で、駆け引きもある。
負けたとしても、自分のミスなら納得できる。
かぐやはかなり気に入っていた。
そして4戦目。
「この人ちょっと強そう」
『なんで?』
「動き」
試合が始まって数十秒。
それまでの相手とは明らかに違った。
「うま」
攻撃を避けられる。
反撃を受ける。
距離を取れば詰められ、こちらが攻めれば綺麗にガードされる。
かぐやの顔から、少しずつ余裕が消えていった。
「……これ負けるかも」
『がんばれ』
『初黒星か』
「まだ負けてない」
声も少し早くなる。
「これ避けて――あ、そっち来る?」
反応が間に合わない。
攻撃を受けた。
「あー、待って」
残り体力はわずか。
「まだいける」
しかし、その直後。
かぐやのキャラクターの体力が尽きた。
画面中央に敗北を知らせる文字が表示される。
「あー……」
かぐやは背もたれに身体を預けた。
『惜しい』
『相手うまかった』
「うん。普通にうまい」
悔しくはある。
だが、それだけだった。
相手の方が上手かった。それなら仕方がない。
少なくとも、この時点ではそう思っていた。
このゲームでは、勝敗が決まった後も、勝者は少しの間だけキャラクターを動かせる。
画面の中で、勝った相手が倒れたかぐやのキャラクターへ近づいてくる。
「?」
目の前で止まった。
しゃがむ。
立つ。
しゃがむ。
立つ。
「…………」
『あ』
『草』
『屈伸されてるw』
『煽られてて草』
さらにエモート。
派手なポーズで勝利を誇示する。
かぐやの眉がわずかに寄った。
負けたことには納得していた。
相手は上手かったし、自分にもミスがあった。
それなのに、最後の屈伸ひとつで、その納得がどこかへ吹き飛んでしまった。
「…………何こいつ」
『効いてる?』
「効いてない」
『顔に出てるぞ』
『ちょっとムッとしてて可愛い』
「別に。勝ったなら勝ったでいいじゃん」
『効いてるじゃん』
「効いてないって」
そう言いながら、リザルト画面が表示された瞬間には、すでに再戦を選択していた。
『あ』
『再戦押したw』
『絶対効いてる』
「もう1回やりたいだけ」
『キレてる?』
「キレてない」
『その顔でキレてないは無理がある』
「顔関係ないでしょ」
幸い、相手も再戦を選んだ。
同じ名前が画面に表示される。
かぐやが少しだけ前のめりになった。
「よし」
『声怖い』
「普通だけど」
2戦目。
先ほどまでとは明らかに動きが違った。
「これガードして――こっち」
攻撃。
回避。
反撃。
「はい、読んだ」
『ガチになってて草』
「普通にやってるだけ」
相手の体力を半分まで削る。
さっきよりいい。
相手の動きも見えてきた。
「いける」
だが、そこからだった。
相手の攻撃を受ける。
「は?」
さらに追撃。
「いや今の避けたけど」
『出た』
「出たじゃない。今の絶対避けてた」
『いつもの』
「いつものじゃない」
焦って攻撃する。
避けられる。
反撃。
体力がなくなる。
敗北。
「…………」
かぐやは無言で画面を見つめた。
そして。
しゃがむ。
立つ。
しゃがむ。
立つ。
エモート。
「は?」
『また煽られてて草』
『めっちゃやるじゃん相手』
『顔w』
「何こいつマジで。クソキモいんだけど」
『言葉w』
『民度』
『キレても可愛い』
「いや、だって見た? 今の。勝っただけで何イキってんのこいつ」
『落ち着け』
『怒ってるかぐや好き』
「しかも今の絶対避けてたから」
『それは知らん』
「判定おかしいでしょ」
『ゲームのせいになってきた』
「違う。普通におかしい」
相手がもう一度エモートする。
その瞬間。
「…………っ!」
ドンッ!!
鈍い音が部屋に響いた。
机の上のスマートフォンが跳ね、飲みかけのペットボトルが小さく揺れる。
配信画面のかぐやも、一瞬だけ振動した。
『!?』
『台パンwww』
『効きすぎだろ』
『机はなにもしてないよ』
『キレても可愛い』
『顔真っ赤で草』
『台パン助かる』
『机になりたい』
「うるさい」
『机に謝って』
『俺にも台パンして』
『机そこ代われ』
「なんで?」
『かわいそう』
『机が羨ましい』
「……意味分かんない」
『照れてる?』
「照れてない。キレてる」
『正直で草』
『キレ顔助かる』
「何が助かるの?」
『かわいい』
「ゲーム見て」
『はい』
コメント欄の勢いがいつも以上に速い。
ゲームについて話している者。
台パンを笑っている者。
かぐやが怒っているだけで喜んでいる者。
その中に一定数、本気で机を羨ましがっている者までいる。
かぐやにはよく分からなかった。
そして、理解する気もなかった。
再戦を押す。
『まだやるの?』
「当たり前でしょ」
『もうやめとけってw』
「次は勝つ」
『クソゲー?』
「まだゲームは悪くない」
『まだ』
「悪いのはこいつ」
3戦目。
開始直後から、かぐやは攻めた。
「こっち来る。はい」
回避。
「それも分かってる」
反撃。
相手も避ける。
「……うざ」
『口悪いぞ』
「動きがね」
『本当に?』
「本当に」
視線は完全にゲーム画面へ固定されていた。
普段の配信ならコメントを拾いながら遊ぶ余裕がある。
今はほとんどない。
互いの体力が減っていく。
残りわずか。
「これで――」
相手の攻撃。
「は!?」
命中。
かぐやのキャラクターが倒れた。
「今の当たってないでしょ!」
しゃがむ。
立つ。
しゃがむ。
「こいつ……!」
ドンッ!!
再び鈍い音が響く。
今度はスマートフォンが机の上をわずかに滑った。
『2回目www』
『机のHPあといくつ?』
『台パン助かる』
『机になりたい』
『誰か机を守ってやれ』
『キレかぐや可愛い』
「何が助かるの?」
『かわいい』
『健康にいい』
「意味分かんない」
『もっとキレて』
「嫌だよ」
『でももうキレてる』
「だってこいつまたやった!」
『机は相手プレイヤーじゃないぞ』
「分かってる!」
そのときだった。
机の上でスマートフォンが震えた。
「ん?」
画面に通知が表示されている。
千歳からだった。
『静かにして』
「…………」
かぐやの表情から、怒りが一瞬で消えた。
スマートフォンを見る。
それから机を見る。
もう一度、メッセージを見る。
「……下の住人から静かにしてって怒られた」
『草』
『そりゃそう』
『聞こえてるじゃんw』
『台パン響いてて草』
『下の住人かわいそう』
『しょんぼりしてて可愛い』
『急に大人しくなるの草』
『下の住人つよい』
『下の住人になりたい』
「なんで?」
『かぐやと同じ建物に住めるから』
『毎日声が聞こえるとか羨ましい』
「……うるさいって怒られてるんだけど」
『それでも羨ましい』
『代わってほしい』
「…………変な人多くない?」
『今更?』
『机になりたい奴がいる配信だぞ』
「……そんなうるさかった?」
『台パン2回してるからね』
『そりゃ響く』
『夜だぞ』
「…………はい」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか。
声が明らかに小さくなっていた。
『素直』
『かわいい』
『反省してて草』
「反省はしてる」
『ゲームやめる?』
「それは別」
『反省してないだろ』
「静かにすればいいんでしょ」
ゲームをやめるという選択肢はないらしい。
再びマッチングが成立する。
表示された相手の名前を見て、かぐやは目を細めた。
また同じ相手だった。
「…………」
『運命じゃん』
『仲良し』
「最悪」
試合開始。
今度のかぐやは静かだった。
「……そこ」
攻撃。
「はい」
回避。
「それも読めてる」
『静かになった』
『下の住人つよい』
「集中してるだけ」
実際、先ほどより動きは良かった。
相手の攻撃を無理に潰そうとせず、避けてから反撃する。
何度も戦ったことで、癖も見えてきた。
相手の体力を削る。
かぐやも削られる。
「……まだ」
残りわずか。
相手が大技を使う。
さっきまでなら焦っていただろう。
今度は違った。
かぐやはタイミングを合わせて回避する。
「それはもう見た」
反撃。
命中。
相手の体力がゼロになる。
勝利。
「――よし!」
思わず声が大きくなり、かぐやは一瞬だけ口を閉じた。
下の階からは何も聞こえない。
少しだけ声量を落とす。
「……よし」
『ナイス!』
『ついに勝った』
『嬉しそうで可愛い』
『長かった』
「別に長くない」
そう言いながら、口元は少し緩んでいた。
倒れた相手。
かぐやはゆっくり近づいていく。
『あ』
『おい』
『まさか』
目の前で止まる。
しゃがむ。
『やる気だ』
『やめろw』
『下の住人に言いつけるぞ』
「…………」
かぐやの指が止まった。
画面の中では、自分のキャラクターがしゃがんだまま動かない。
数秒。
立ち上がる。
そのまま何もせず、相手から離れた。
『えらい』
『成長した』
『1000歳を超えてついに成長』
『えらいね』
『かわいい』
「子供扱いしないで」
『怒った』
『かわいい』
「だから、それやめて」
『でも屈伸しようとしたよね?』
「してない」
『した』
「誤操作」
『その場で?』
「……回避しようとした」
『倒れてる相手から何を回避するんだ』
「うるさい」
リザルト画面が表示される。
ようやく勝てた。
しかも、散々煽ってきた相手に。
気分はいい。
かなりいい。
それでも、かぐやは椅子の背もたれに身体を預けて言った。
「……クソゲー」
『え?』
『勝ったじゃん』
『さっき面白いって言ってたよね』
「クソゲーでしょ」
『どこが?』
「こういうプレイヤーとマッチングするところ」
『ゲーム悪くなくない?』
「マッチングさせたのはゲームでしょ」
『暴論で草』
『ゲームに責任転嫁するな』
「知らない」
『何点?』
「…………」
かぐやは少し考えた。
操作性はいい。
対戦も面白い。
相手の動きを読んで勝てたときは、かなり気持ちがいい。
少なくともゲームそのものに、大きな不満はない。
「80点」
『高いじゃん』
『めっちゃ気に入ってるw』
『クソゲーとは』
「ゲーム自体は面白いから」
『じゃあ良ゲーじゃん』
「でもクソゲー」
『どっちだよ』
「面白いクソゲー」
かぐやはそう結論づけた。
そして。
クソゲーと言ったわりに、配信終了までそのゲームをやめなかった。
◇
配信終了後。
急に静かになった部屋で、かぐやはヘッドセットを外した。
モニターには配信終了の画面。
ついさっきまで大量のコメントが流れていたせいか、それが消えるだけで部屋が妙に静かに感じる。
時刻は、すでに深夜。
机の上のスマートフォンが震えた。
千歳からだった。
『終わった?』
かぐやは返信欄を開いた。
『終わった』
そこまで打って、一度指を止める。
『うるさくしてごめん』
続けて送信した。
しばらくして、千歳から返信が届いた。
『おやすみ』
「…………」
かぐやはスマートフォンを置いた。
その隣には、今日2回も叩かれた机がある。
しばらく見つめる。
天板は当然、何も言わない。
「……ごめん」
もちろん、机から返事はなかった。




