第24話 幼馴染
静まり返った果樹園で、作業員たちはしばらく何も言えずに俺を見ていた。
やがて、そのうちの一人が恐る恐る口を開く。
「……あの白い炎。魔王を倒した勇者様が使ったっていう……」
「じゃ、じゃあ……あんた……」
「リヴェル……様?」
「ああ、そうだよ」
周囲が一気にざわめいた。
「ただ、一つ頼みがある」
俺がそう言うと、全員の声が止まった。
「俺がここにいることは、できれば秘密にしておいてほしい」
「秘密に……?」
「ああ。今は勇者として来てるわけじゃない。ただ祭りを楽しみに来ただけの観光客だからな」
少し離れた町の方へ目を向ける。
先ほどまで聞こえていた祭りの準備の音に代わり、果樹園から湖の向こうまで白い炎に包まれたことに戸惑う人々のざわめきが、町のあちこちから聞こえてきていた。
「果樹園ごとの屋台もまだ食きれてないし、果実酒だって飲んでない」
「で、でも勇者様なら、町を挙げて歓迎しますよ」
「いや。いいんだ」
俺は隣にいるルーエとムムへ目を向けた。
「そういう特別扱いじゃなくて、普通に祭りの中を歩いて、屋台のものを食べて……一緒に果実酒でも飲めれば、それで十分だからな」
「……そうですね」
「むぅ!」
「ムムも楽しみにしてるしな。まあ、お前は酒は飲めないけど」
「むぅ……」
少し不満そうな声に笑ってから、改めて作業員たちを見る。
「だから、祭りは予定通り開いてくれると嬉しい。勇者が町を救ったとか、そういう騒ぎにはしないでくれると助かるな」
男たちは顔を見合わせた。
少しして、最初に話していた作業員が力強く頷く。
「……分かった。俺たちは黙ってるよ」
「助かる」
「ですが、ギルドへの報告はどうすれば?」
「魔物が出たことと、駆除されたことだけでいい。誰がやったかは適当に濁してくれ」
「適当にって……」
「その辺は任せた」
「勇者様、結構雑ですね……」
そう言われ、張り詰めていた空気の中にようやく小さな笑いが混じった。
その後、念のため被害を受けた木の場所や魔物の特徴を作業員たちへ伝え、俺たちは果樹園を離れることにした。
ただ、その前に。
「せめて、これくらいは持っていってくれ!」
「いや、別に礼が欲しくてやったわけじゃ——」
「分かってる。分かってるけど、こっちの気が済まないんだよ!」
そう言って渡されたのは、果物を山ほど詰め込んだ大きな籠だった。
それが次々と増えていく。
「……多くない?」
「祭りが無事にできそうなんだ。これくらい受け取ってもらわないと困る!」
「でも、こんなに食べきれるかな……」
ルーエを見る。
「ジャムや焼き菓子にもできますし、果実酒にしてもよいですね。保存できる形にすれば大丈夫だと思いますよ」
「じゃあ、ありがたくもらうか」
「むぅ!」
「お前が一番嬉しそうだな」
結局、断り切れずに大量の果実を受け取ることになった。
このまま町を歩き回るにはさすがに邪魔なので、一度ソムニウムへ置きに戻る。
俺が大きな籠を四つ抱え、ルーエも一つ持ち、その横をムムが機嫌よく歩いていた。
「あーあ。良い町だとは思ったんだけど、こうなってくると話は変わってくるよなぁ」
「正体が知られてしまったことですか?」
「ああ。まだ果樹園の人たちだけだから大丈夫だとは思うけど」
もっと目立たない方法もあったかもしれない。
それでも、果樹園や土壌へ被害を出さず一気に駆除するなら、《白光炎》が一番早かった。
「まあ、仕方ないか。祭りがなくなるよりはいいし」
「はい。ありがとうございます、リヴェルさん」
「むぅ!」
そんな話をしながら、町を抜けてソムニウムのある林へ向かう。
祭りの準備が進む通りでは、町全体を包んだ白い炎の話でもちきりになっていた。
「湖まで真っ白な炎に包まれたらしいぞ」
「魔物が出たって話も聞いたけど……」
「白い炎っていえば、勇者様じゃないのか?」
「ばっか。勇者様は王都にいるんだろ。こんな離れたところにいるわけねぇよ」
幸い、今のところ俺がいると確信している様子はない。
「……まあ、ギリギリか」
「そうですね」
「このまま祭りが終わるまで、気づかれなきゃいいけどな」
そう言いながら人混みを抜け、なるべく目立たない道を選んで町の外れへ向かった。
「——リヴェル?」
背後から聞こえた声に、足が止まった。
振り返ると、少し離れた道の上に幼馴染のニナが立っていた。
ニナは目を見開いたまま俺を見つめていた。
「ニナ……?」
名前を呼ぶと、ニナの表情が大きく揺れた。
一歩、また一歩と近づいてきたかと思えば、次の瞬間には走り出し、そのまま勢いよく俺の胸へ飛び込んでくる。
「うおっ……!」
両手いっぱいに果物の籠を抱えていた俺には、避けることもまともに受け止めることもできない。
籠を落とさないよう慌てて踏ん張る俺へ、ニナは構わず両腕を回した。
「やっぱり……リヴェルだ」
「ニナ……どうして、ここに……」
「それはこっちの台詞よ、バカ……」
胸元から返ってきた声は、僅かに震えていた。
それでもニナは泣く代わりに、ようやく見つけたものを確かめるように俺を抱きしめている。
少しして顔を上げると、安堵と怒りが入り混じったような表情で俺を見た。
「さっき、町中に白い炎が広がったでしょ」
「……ああ」
「あんなことできる人、私、一人しか知らないもの」
まさかこんなところでニナと鉢合わせるとは露ほども思っておらず、どうしたものかと固まっていると、それまで少し離れたところから俺たちを見ていたルーエが静かに声をかけてきた。
「ひとまず……ニナさん、でよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい」
「よろしければ、一緒に宿まで来ませんか? ここではゆっくりお話もできないでしょうし」
そう言いながら、ルーエは俺が両手いっぱいに抱えている果実の籠へ視線を向ける。
「そう……だな。これも一度置きたいし」
「宿……?」
そこでようやく、ニナの視線が俺からルーエへ移った。
「……誰、この子?」
「ルーエ。今、いろいろと世話になってる人で——」
「また?」
「またってなんだよ」
「だってリヴェル、旅に出るたびに行く先々で可愛い女の子に囲まれてるじゃない。今回もそうなのね……」
「いや、違——」
否定しようとした俺の言葉を待たず、ニナは腕を解いてルーエの方へ向き直った。
「初めまして、ルーエさん。私はニナ。リヴェルの婚約者です」
「ちょっと待て」
「はい。初めまして、ルーエと申します。《まどろみ亭ソムニウム》という宿を営んでいて、リヴェルさんには今、宿をご利用いただいています」
ルーエは婚約者という言葉に何か反応するでもなく、いつも通り淡々と頭を下げた。
「それと、こちらはムムです」
「むぅ!」
ニナはしばらくその丸い身体を見つめ——次の瞬間、ぱっと表情を明るくした。
「なにこの子、可愛い!」
「むぅ!?」
抱き上げられたムムが驚いた声を上げる。
「ふわふわ……!」
「ムムも嫌ではなさそうですね」
「いや、その前に婚約者のところ訂正させてくれない?」
けれど、ムムに夢中なニナには聞く耳を持ってもらえず、俺たちはひとまず果実を置くため、彼女も連れてソムニウムへ戻ることになった。




