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第23話 白光炎(イグニス・アルバ)

 俺は、地面に散らばった白い魔物の残骸へ視線を落としたまま、作業員へ告げた。

「……こいつは、魔王軍の残党だな」

「ま、魔王軍の……!?」

「残党っていうと少し違うか。魔王軍が食糧生産地を潰すために作った、寄生型の生物兵器だ。戦争中、俺たちの補給拠点や農地を狙って撒かれてた」

 こいつらが厄介なのは、果実そのものを食べるわけではないことだ。

「地中に潜って植物の根に寄生し、養分を吸いながら繁殖する。表から異変が見える頃には、もう別の木へ移ってることも多い。放っておけば地下でどんどん数を増やして、畑や果樹園そのものを駄目にする」

「そ、そんな……」

「被害が広がりきった場所では、土地ごと焼き払って駆除しなきゃならない。それくらい面倒な魔物だ」

 作業員の顔から血の気が引いていく。

 俺はその場にしゃがみ込み、片手を地面へ押し当てた。

 魔力を細かな振動へ変え、土の奥へ薄く広げていく。

 石や木の根、地下水の流れとは違う、生き物特有の反応だけを拾うよう意識を集中させると、先ほどの魔物とよく似た小さな反応が、地中のあちこちから返ってきた。

「……やっぱりだ」

「な、何が……?」

「ここだけじゃない。少なくとも、この果樹園の中だけで何ヶ所も反応がある。しかも、もうかなり散ってるな。こいつらは養分を吸えば吸うほど繁殖する。この町の果樹はよく育ってる分、餌も豊富だ。放っておいたら、数日で手がつけられなくなるかもしれない」

「数日……」

「今見えてる枯れ木だけが被害じゃない。まだ元気に見える木の下にも、もう潜ってる可能性がある」

 

 そこまで聞いたところで、作業員の顔が完全に青ざめた。

「は、早くギルドに知らせないと……! 祭りどころじゃ……くそっ!」

 騒ぎを聞きつけたのか、離れた場所で作業していた人たちも次々と集まってくる。

「何があったの?」

「さっきみえた白いのはなんだったんだ?」

「この木もやられたのか?」

 質問が一斉に飛び交い、作業員が俺の説明を掻い摘んで伝えると、ざわめきが広がった。

「魔王軍……?」

「じゃあ、この木だけじゃないのか?」

「祭りはどうなるんだ……?」

 果樹園は祭りのためだけではなく、町の生活そのものだ。

 その足元で魔物が増えていると知り、全員の顔から浮き立った空気が消えた。

「どうする……?」

「町長に相談して、ギルドを呼ぶにしても、祭りは明後日だぞ」

「それ以前に、今夜のうちにも増えるんだろ?」

「他の果樹園は大丈夫なのか?」

 誰かが口にするたび、不安が別の不安を呼んでいく。

 無理もない。

 一匹潰せば終わる魔物ではなく、戦争中には発見が遅れて畑一帯を焼くしかなかった場所もある。


「リヴェルさん」

「ん?」

 ルーエが俺の顔を見上げる。

「このままでは、お祭りは難しいのでしょうか?」

「たぶんな。祭りの準備より、駆除と被害確認を優先することになると思う」

「そうですか……」

 ルーエは果樹園へ目を向けた。

 さっきまで楽しそうに収穫していた作業員たちは、もう土を掘り返し始めている。

「……祭り、楽しみにしてたんだけどな」

「はい。私もです」

「果樹園ごとの屋台も食べられてないし、果実酒も飲んでないしな」

「果実酒……」

 ルーエが名残惜しそうに小さく呟く。

「むぅ……」

 ムムまでしょんぼりと耳を垂らしていた。

 そんな二人の横顔をしばらく眺めてから、俺は小さく息を吐き、ムムの頭を一度撫でて立ち上がった。

 

「なあ」

 近くで話し合っていた作業員たちへ声をかける。

「この町の果樹園って、全部でどのくらいある?」

「え?」

「ここだけじゃなくて、町の周りにあるやつ全部」

「大小合わせれば……三十以上はあると思う。湖の反対側にもいくつかあるし」

「まあ、それくらいはあるよな……」

 ここだけですでに相当数いる。

 湖の反対側にまで入り込んでいるのなら、ギルドへ報告して人を集め、一つずつ掘り返して駆除している間にも数は増え続けるだろう。

「向こう側にも同じくらい広がってたら、普通に駆除してたんじゃ間に合わないな」

「じゃ、じゃあどうすれば……」

 俺は少しだけ考えてから、目の前にいる作業員たちへ向き直った。

「今から俺がすることを、できれば他の人には黙っておいてほしい」

「……?」

「それと、ちょっと驚くと思うけど……俺が何か言うまでは、信じて見ててくれると助かる」

 作業員たちが顔を見合わせる。

「な、何をするんだ……?」

「地中にいるこいつらを、まとめて全部消す」

「全部……?」

「この果樹園だけじゃない。この町にいるやつは一掃する」

「本当に、そんなことが……?」

「できると思う。少なくとも昔は、何度かやったことがあるからな」

「昔……?」

「あ」

 余計なことを言った。

「……まあ、その辺は今どうでもいいだろ」

「そ、そうだな! できるなら何でもいい!」

 ありがたいことに、今は俺が何者なのか追及している場合ではないらしい。

「それと、ギルドにはちゃんと連絡してくれ。俺が見落としてる場所がないか確認してもらった方がいいし、駆除した後もしばらくは監視が必要だから」

「分かった! すぐ人を走らせる!」

「よし。じゃあ、少し離れていてくれ」

 作業員たちが慌てて距離を取る。

 

 ルーエとムムも少し後ろへ下がったのを確認してから掌へ魔力を集める。

「白に触れしものを裁定せよ 無辜には赦しを、災禍には灼熱を その悉くを灰燼へ還せ——《白光炎イグニス・アルバ》」

 掌の上に、小さな白い火種が生まれた。

 風に吹かれれば消えてしまいそうなほど小さな炎。

 それをそっと足元へ落とすと、白い火は土に触れた瞬間、音もなく地面を這うように広がっていった。

「う、うわっ!」

 白い炎が波紋のように果樹園へ走り、柵を越えて斜面へ広がっていく。

「あ、熱っ——……くない?」

 思わず腕で顔を庇った男が、途中で動きを止めた。

「木も燃えてない……」


 ただ、地中だけは違った。

 あちこちの土が盛り上がり、白い寄生魔獣が次々と地上へ飛び出してくる。

 白い炎に包まれた魔物が、逃げる間もなく黒く縮んでいく。

「こ、こんなにいたのか……!」

 見えるだけでも数十匹、それ以外にも魔力を通して地中の反応も次々と消えていくのが分かった。

「……すごい」

 誰かが呆然と呟いた。

 白い炎は果樹園の端へ到達しても止まらず、そのまま地下を伝って町の外周へ広がっていく。

「ま、待ってくれ。どこまで行くんだ、これ……?」

「この町全部だ」

「湖の反対側も?」

「ああ。湖の下もまとめて焼く」

 男が言葉を失う。

 しばらくすると、遠く離れた果樹園からも驚くような声が聞こえ始めた。

 おそらく向こうでも突然白い炎が現れ、地中に潜んでいた魔物が次々と焼き出されているのだろう。

「……白く輝く炎……」

 誰かが、ぽつりと呟いた。

「魔王を滅ぼした、勇者の——」

 

 その言葉が最後まで続くより先に、湖の中心が大きく盛り上がった。

 水面を突き破って姿を現したのは、先ほどの寄生魔獣を何十倍にも膨らませたような巨大な白い魔物だった。

「……やっぱり、湖にいたか」

 反応の中でひときわ大きかった、繁殖の中心。

 俺は町中へ広げていた白い炎を一斉に湖へ集める。

 四方から流れ込んだ炎が巨大な身体を包み込み、その白い肉を一気に焼き尽くしていった。

 やがて魔物が湖へ沈むのと同時に、町と果樹園を覆っていた白い炎も、最初から存在しなかったかのように静かに消えていく。

 あとに残ったのは、地面のあちこちに散った寄生魔獣の灰だけだった。


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