第14話 試作
町を一通り回る頃には、太陽も西へ傾き始めていた。
香辛料と食材の袋を抱え、腹もいっぱいのままソムニウムへ戻る。
「むぅ……」
ムムも食べ歩きには満足したらしく、ルーエの腕の中で腹を上に向け、完全に力を抜いている。
「お前、途中から俺たちより食べてなかったか?」
「むぅ……」
「寝たふりは駄目ですよ」
ルーエにあっさり見破られ、片目だけ開ける。
そんなやり取りをしながら宿へ戻ると、買ってきた荷物を食堂の卓へ並べた。
粉や種、乾燥葉を並べると、それだけで卓から複雑な匂いが立ち上った。
「……結構買ったな」
「少量ずつですので、試作にはちょうどよいと思います」
ルーエは町で取っていたメモを開き、香辛料の袋と一つずつ照らし合わせていく。
「丸葱、人参、芋、豚肉。それから、辛味を出す赤辛子、香りの中心になりそうなコルネの種、黄色を出す黄根粉……」
「名前を聞いても、全然カレーになりそうな感じがしないな」
「まずは一度、今分かっている範囲で作ってみましょう。食べてみれば、足りないものも分かると思います」
「ああ。俺も手伝うよ」
野菜へ手を伸ばすと、ルーエが目を瞬かせた。
「……手伝ってくださるのですか?」
「俺が食べたいものなんだから、それくらいさせてくれ。一緒に作った方が、何が違うのかも分かりやすいだろ?」
ルーエは少し考え、小さく頷いた。
「では、お願いします」
「任せてくれ。料理はそこまで得意じゃないけど、包丁くらいなら使える」
「剣をお持ちですし、刃物の扱いはお得意なのでしょうか?」
「ああ。でも、さすがに包丁で竜は斬らないけどな」
「それは安心しました」
ルーエはそう言うと、ほんの少しだけ頬を緩めて「ふふっ」と笑い、食材を抱えて厨房へ向かっていった。
初めてまともに入る厨房は広くないが、鍋や調味料が整然と収まり、作業台もよく磨かれていた。
「俺は何すればいい?」
「では、丸葱と人参、芋をお願いします。大きさはこれくらいで」
ルーエが指で示す。
「分かった」
包丁を受け取り、丸葱を半分に割る。
勇者になってから包丁を握った回数は、たぶん両手で足りる。
それでも前世では最低限の自炊くらいはしていたので、扱い方を忘れてはいなかった。
皮を剥き、指示された大きさへ切っていく。
「これくらい?」
「はい。ありがとうございます」
隣ではルーエが香辛料を一つずつ小皿へ取り分け、石臼で丁寧に挽いていた。
ごり、ごり、と種を砕くたび、青い香りへ土のような深さや甘さ、辛味が重なっていく。
「これ、町で嗅いだ匂いに近いな」
「はい。こちらを中心にして、少しずつ他のものを足してみます」
「どれくらい?」
「そこは……分かりません。実際の味を知っているのはリヴェルさんだけですので、ここからは頼りにさせていただきますね」
「そりゃそうか」
結局、頼りは俺の舌だけだ。
とはいえ、その頼りになるはずの本人が覚えているのは「茶色くて、辛くて、少し甘い」程度なのだから、ルーエからすれば相当無茶な依頼だろう。
入口で見ていたムムには、ルーエが布巾を渡す。
「食卓をお願いします」
「むぅ……」
「食べる係は、料理ができてからですよ」
肩を落として食堂へ向かう姿に、思わず笑った。
野菜と豚肉を炒め、水を加えて煮込む。
そこへ混ぜた香辛料を入れた途端、鍋から立つ匂いが変わった。
「おっ」
思わず身を乗り出す。
「どうですか?」
「かなり近い。匂いだけなら、さっきまでよりずっとカレーっぽい」
「では、この割合は記録しておきますね」
ルーエが横に置いた紙へ数字を書き込んでいく。
煮込むにつれて、汁は黄色がかった茶色へ変わっていった。
見た目も少しずつ近づいている。
しばらく煮込んだあと、ルーエが小皿へ一杯だけ取り分けた。
「一度、食べてみてください」
「よし」
匙で掬い、少し冷ましてから口へ運ぶ。
香辛料の香りが鼻へ抜け、その直後に舌へ辛味が広がる。
豚肉と野菜の旨味も出ていて、料理としては普通にうまい。
だが——。
「……違うな」
「やはりですか」
「ああ。これはこれでうまいけど、カレーというより香辛料の効いたスープだな」
ルーエも味見して、小さく頷いた。
「辛味も香りもありますが、それぞれが別々に主張していて、まだ一つの味としてまとまっていませんね。それに、挽いた香辛料の粉っぽさも少し舌に残ります」
「そうそう。カレーはもっと全部が一緒になってるんだよな。それに、もう少しこう……口に残る風味というか、厚みみたいなのもあった気がする」
「全部が一緒になって、風味に厚みがある……」
「そう。口に入れた瞬間に、辛いとか甘いとかより先に『これがカレーだ』ってなる感じで」
言い終えてから、自分でも相変わらず酷い説明だと思った。
「となりますと……まずは、この粉っぽさと香りの出し方からでしょうか。挽いたものをそのまま煮汁へ入れたのではなく、一度煎って香りを立たせたり、油と合わせてから使った方がよいのかもしれませんね」
ルーエが鍋を覗き込みながら考えていると、食堂から仕事を終えたらしいムムが戻ってきた。
「むぅ!」
「ちょうどいい。ムムも味見するか?」
「むぅ!」
嬉しそうに駆け寄ってきたので、香辛料の汁をなるべく落とした肉を一切れ取り分けて渡す。
ムムは待っていましたとばかりに一口で頬張ると、もぐもぐと口を動かした。
「どうだ?」
「むぅ!」
どうやら、カレーかどうかはともかく味そのものは気に入ったらしい。
そのまま三人で鍋を囲み、ああでもない、こうでもないと話しながら、最初の試作品を食べていく。
粉っぽさ。弱い香り。甘味。とろみ。色。
俺が思い出したことを口にするたび、ルーエは隣に置いた紙へ一つずつ書き加えていく。
「次は、丸葱をもっと長く炒めてみます。甘味も強くなりますし、煮込んだ時の口当たりも少し変わると思います」
「バターも使ってみたいな。それと……とろみをつけるために、何か粉っぽいものが入ってた気もするんだよな」
「粉ですか?」
「……たぶん」
「また曖昧になりましたね」
「記憶だから仕方ないだろ」
「そうですね。では、思い出せるまで何度でも試してみましょう」
ルーエはそう言って、残っていたスープを一口飲んだ。
失敗したのに、不思議とがっかりはしなかった。
誰かと同じ鍋を覗き、次はどうしようと考える時間そのものが、思っていた以上に楽しかった。




