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ビヨンド・プレイヤー 〜夢でつながる剣と魔法〜  作者: kooy
プロローグ ―― 願い

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9/13

第9話 月蝕の魔女

 薄暗い森の中を、快斗とガイドは並んで歩いていた。

 木々の隙間から差し込む月明かりが、足元をまだらに照らしている。

 風が吹くたびに枝葉が擦れ、誰かが後ろからついてくるような音を立てた。


 それでも、快斗は振り返らなかった。

 右手はいつでも剣を抜けるように、腰の柄へ添えている。

 以前のような浮ついた様子はない。

 魔物を倒せば、現実の誰かを救える。


 その意味を知り、夢世界での戦いは、快斗にとって単なるゲームではなくなっていた。


「快斗さんにとって――」

 隣を歩いていたガイドが、静かに口を開いた。

「次のクエストは、最後の試練になるかもしれませんね」


 快斗は足を止めかける。

「え?最後……?」


 ガイドは前を向いたまま、歩き続けている。

 いつものような冗談めいた言い回しではなかった。

 快斗はその横顔を見つめた。

 だが、問い返さなかった。

 ガイドが答えるつもりなら、最初から説明している。


 快斗は視線を前へ戻した。

 やがて、木々の隙間から巨大な建物の輪郭が見え始める。

 森の奥に隠されるように、一棟の洋館がそびえ立っていた。


          ◇


 森を抜けた先。

 月明かりの下に現れた館は、遠くから見た以上に巨大だった。

 窓から漏れる明かりは一つもない。

 外壁は黒い蔦に覆われ、ところどころ崩れ落ちている。

 敷地を囲む鉄柵は赤黒く錆び、中央の門だけが、何かを閉じ込めるように固く閉ざされていた。


 快斗は門の向こうにある館を見上げる。

「……ここか」


 空気が重い。

 館そのものが呼吸しているような、嫌な圧迫感がある。


「この中に、最後の魔物がいるんだな」

「はい」

「このクエストは、誰の願いなんだ。それとも絶望……?」


 ガイドは館を見つめたまま答えた。

「間もなく、お分かりになりますよ」


 その顔に、いつもの穏やかな笑みはなかった。

 快斗は怪訝そうに横顔を見つめる。

「今日は、いつもと違うねぇ……」


 短い沈黙。

 ガイドは何も答えず、門へ手を触れた。

 錆びついているはずの門が、低い音を響かせながら開いていく。

 ガイドはそのまま敷地へ入り、館へ向かって歩き出した。

 快斗も黙って、その背中を追った。


          ◇


 二人は、館の巨大な玄関扉の前に立った。


 近くで見ると、扉には無数の傷が刻まれている。

 内側から爪を立てたような傷だった。

 ガイドが快斗へ向き直り、片手を差し出す。


 白い手のひらの上に、小さな光が生まれた。


「何ですか、それ」

「ここまで頑張った快斗さんへ、わたくしからの贈り物です」

「贈り物?」


 問い返すより先に、光がガイドの手を離れた。


「うわっ」


 光は快斗の胸へ吸い込まれる。

 心臓の奥を冷たい指で触れられたような感覚が走った。

 目の前に、半透明の表示が浮かぶ。


《ユニークスキルを獲得しました》

《命喰らい《ライフフォース・ドレイン》》


「命を……喰らう?」


 続けて、スキルの説明が表示される。


《現実世界の生命力を使用し、レベルを最大まで上昇させます》

《使用者の寿命を消費します》


 快斗は眉を寄せ、何度も表示を読み返した。


「要するに――」


 喉がわずかに乾く。


「寿命と引き換えに、強くなるってことか?」

「おおむね、その認識で間違いありません」

「いやいや、使わないよ、こんなの!」


 快斗は両手を振って拒絶した。


「何年減るのかも分からないんだろ? レベルを上げるために寿命を使うとか、割に合わなさすぎる」


 ガイドは、何も言わずに快斗を見つめている。

「ただの贈り物ですから」

 やがて、静かに告げた。


「《《使うかどうかは、あなた次第です》》」


 重い音を立て、玄関扉が内側へ開き始める。

 扉の向こうには、光の届かない暗闇が広がっていた。


「……参りましょう」


 ガイドが先に館へ踏み込む。

 快斗は、その背中を見つめた。


 使うつもりはない。

 そう自分へ言い聞かせ、《命喰らい》の表示を閉じる。


 そして、ガイドを追って館の中へ入った。


          ◇


 玄関ホールは、外から想像していたよりも広かった。

 天井は見上げても闇に溶け、古びたシャンデリアが、風もないのに僅かに揺れている。

 鎖が軋むたび、乾いた音が空間に響いていた。


 快斗は周囲を警戒しながら、左手を開いた。

 掌の上にステータス画面が現れる。


《プレイヤー名:鏑木快斗》

《職業:魔道剣士》

《レベル:47/99》

《HP:2350/2350》

《MP:4700/4700》


「レベル四十七……」

 夢世界では、ゲームの攻略法だけでは勝てない。

 そのことを知ってから、快斗はレベルを上げるために現実の身体を鍛えた。


 走り、筋力をつけた。

 机へ向かい、集中力も高めた。

 以前の自分とは比べものにならない。


 それでも。

 半月にも満たない時間で埋められる差には、限界がある。

 成人男性の平均がレベル五十。

 今の自分は、ようやくそこへ手が届きかけているだけだった。


「はあ……」


 快斗はステータスを閉じる。

 これまでとは違う。

 ここから先に、とんでもない敵が待っている。

 それだけは、ガイドの態度からも分かった。


          ◇


 長い廊下を進む。

 壁には、古びた肖像画が何枚も並んでいた。

 だが、描かれた人物の顔だけが、どれも黒く塗り潰されている。


 快斗は鼻をひくつかせた。

「薬品みたいな匂いがする……」

 湿った木材の匂いに混じって、消毒液を思わせる刺激臭が漂っている。

「館っていうより、廃病院みたいだ」


「そうですね」

 ガイドは、それ以上何も言わなかった。


 快斗は腰の剣へ手を添え、前後を警戒する。

「それに、ここ……」

 耳を澄ませる。

 物音一つしない。


「魔物がいない」


 これまでのダンジョンなら、道中にも敵が現れた。

 それなのに、館の中には何の気配もない。

 静かすぎる。

 まるで、館に存在するすべての悪意が、たった一か所へ集まっているようだった。


 ガイドは前を向いたまま、歩き続けている。

 快斗はその背中を見つめ、小さく息を吐いた。

 今さら問い詰めても、答えは返ってこない。


 二人の足音だけが、再び館内へ響いた。


          ◇


 大階段を上っている途中、快斗の足が止まった。


 踊り場の隅に、古い少女の人形が置かれている。

 色褪せた白い服。

 長い髪。

 その片手には、剣を持った少年の人形が握られていた。


「……これ」

「どうかしましたか?」

「いや……」


 何かが胸の奥に引っかかった。

 だが、何を思い出しかけたのか分からない。

 快斗は人形から目を離し、再び階段を上っていく。


 二人の背中が遠ざかる。


 その背後で。

 少女の人形の首が、僅かに動いた。

 そして、快斗の背中へ顔を向ける。


 直後。


「あああああああっ!」


 館の奥から、少女の叫び声が響いた。

 快斗は勢いよく顔を上げる。


「今の叫び声……」


 胸がざわつく。

 聞いたことがある。

 ずっと昔。

 すぐ近くで。

 だが、誰の声だったのか、今はまだ思い出せなかった。


          ◇


 二階の廊下へ出ると、正面から冷たい風が吹き抜けてきた。


 快斗の吐いた息が白くなる。

 足元に薄い霜が広がり、床や壁を青白く染め上げていた。

 快斗は剣を抜いた。


「近いな」

「はい」


 廊下の先に、一枚の巨大な扉がそびえていた。

 扉の中央には、黒く欠けた月の紋章が刻まれている。

 快斗はその紋章を見つめ、息を呑んだ。


「……まさか」


 ゲームで何度も見た。

 氷に覆われた古城。

 黒く欠けた月。

 その奥で待つボス。


 月蝕の魔女《エクリプス・ウィッチ》。


 ゲーム内でも、高い魔法攻撃力と転移能力を持つ難敵だ。


          ◇


 快斗は扉を見上げる。


「《《今の》》俺には、かなりの強敵だ」

「そうですか」

「『そうですか』じゃないんだけど……」


 剣の柄を握る手に力が入る。


 ガイドが、静かに尋ねた。

「それでも、進みますか?」


 快斗はガイドを見る。

 しかし、その表情から意図は読み取れない。


 進むなと言っているのか。


 それとも、覚悟を確かめているだけなのか。

 快斗は扉へ向き直った。


「行くしかないでしょ……」

「……はい」


 扉へ手を伸ばす。

 指先が、冷たい扉へ触れる。


 押し開けようとして、快斗は気づいた。

 ガイドが動いていない。


「来ないのか?」

「わたくしは、ここまでです」

「どうして?」


 ガイドは答えず、閉ざされた扉を見つめている。


「相変わらず、何も教えてくれないんですね」

「必要なものは、すでにお渡ししましたから」


 【命喰らい】


 快斗の脳裏に、先ほど獲得したスキルが浮かぶ。


「……そうか」


 快斗は前を向いた。

 剣を握り直す。


 そのとき。

 扉の向こうから、かすかな声が聞こえた。


「……ねえぇ」

 少女の声。

「あ……、遊ぼう……」


 胸が強く脈打った。


「……今の声」


 この声は。

 快斗は振り返り、ガイドを見る。

 ガイドは何も言わない。

 ただ、静かに快斗を見つめている。

 快斗は再び扉へ向き直った。

 両手へ力を込め、巨大な扉を押し開ける。


 隙間から、青白い光が差し込んだ。


          ◇


 扉の先には、広大な大広間が広がっていた。

 床も。

 柱も。

 壁も。

 すべてが厚い氷に覆われている。

 天井の一部は崩れ、そこから月明かりが差し込んでいた。


 黒く欠けた月の下。

 一人の少女が宙に浮かんでいる。

 白い髪。

 青白い肌。

 装飾の少ない白いドレスは、病衣のようにも見えた。

 整った顔は、苦痛に歪んでいる。

 少女の背後には、欠けた月をかたどる巨大な魔法陣。

 その手前には、五つの光の玉が弧を描くように浮かんでいた。


《BOSS》

《月蝕の魔女《エクリプス・ウィッチ》》


 快斗は、魔女の顔から目を離せなかった。

 白い髪も。

 青白い肌も。

 ゲームの中で見た魔女そのものだ。

 それなのに。


 その顔は。


「希……?」


 声が震えた。


 希が入院したのは、五年前。

 当時の快斗は、すぐに治る病気だと思っていた。

 少しの間だけ病院で過ごし、またすぐに家に戻るのだと。

 何の根拠もなく、そう信じていた。


「希……なのか?」


 魔女の瞳が、わずかに揺れた。

 苦しそうに唇が動く。


「お、お兄ちゃん……」


 快斗の目が見開かれる。

「希……!」

 一歩、前へ出る。

「話せるのか?」


 だが、次の瞬間。


「あああああああっ!」


 魔女の瞳から、人間らしい光が消えた。

 足元に青白い魔法陣が展開する。

 無数の氷の矢が、魔女の周囲へ出現した。


「……!」


【アイスアロー】

 氷の矢が一斉に放たれる。

 快斗は反射的に床を蹴り、横へ跳んだ。


「くっ!」


 直前まで立っていた場所へ、氷の矢が次々と突き刺さる。

 砕けた氷と床石が飛び散った。

 着地した快斗は剣を構える。


「希! 俺だ!」


 呼びかけても、返事はない。

 魔女は右手を軽く振った。

 再び、青白い魔法陣。

 無数の氷の矢が生まれる。


「連続で使えるのか!」


【アイスアロー】


【身体強化】

 淡い光が快斗の全身を包む。

《MP 4700 → 4200》

 脚へ力が満ちる。

 快斗は一気に加速し、上体を横へ傾けて氷の矢をかわした。


 続く矢を剣で弾く。

 一本。

 二本。

 三本。

 防ぎ切れなかった一本が、頬をかすめた。


「くっ……!」


 切り裂かれた細い傷から血が流れる。

 距離を詰めるしかない。

 遠距離攻撃が主体なら、懐へ入ればこちらが有利だ。

 快斗は氷の矢の隙間を駆け抜けた。


 前へ。

 横へ。

 さらに前へ。


 魔女との距離が縮まっていく。

 床を強く蹴り、剣を振り上げた。


「はあああっ!」


 刃が届く。

 そう思った瞬間。

 魔女の姿が、霧のように消えた。


「なっ!?」


 剣が空を切る。


 快斗の背後。

 音もなく、魔女が現れる。

 快斗は振り返った。


「転移……!」


 白い髪が、冷気に揺れている。

 魔女の周囲に、細かな氷の結晶が生まれ始めた。


「まずい!」


【ダイヤモンドダスト】

 無数の氷の結晶が、一斉に弾けた。

 快斗の視界が白く閉ざされる。


「うおおおっ!」


 顔の前へ剣を構える。

 結晶が刃へ激突し、甲高い音を立てた。


 肩。

 腕。

 脚。

 鋭い氷が装備を裂き、身体へ突き刺さる。


「ぐっ……防ぎ切れない!」


 背中を丸め、頭と胸だけは守る。

 ゲームより範囲が広い。

 威力も違う。

 結晶の嵐が止んだ。


 血が、凍りついた床へ落ちる。

 快斗は片膝をついた。

《HP 2350 → 1950》


 その背後。

 五つの光の玉のうち、一つだけが、僅かにその光が薄くなっていく。


 快斗は剣を支えに立ち上がり、魔女を見る。

 相変わらず、苦痛に耐えるような表情を浮かべている。


 しかし。

 ほんの一瞬だけ。

 歪んでいた口元が、柔らかく緩んだ。


「……?」


 その微笑みに、遠い記憶が重なる。


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