↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビヨンド・プレイヤー 〜夢でつながる剣と魔法〜  作者: kooy
プロローグ ―― 願い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/13

第8話 願いと絶望

 想定外のシャドウパンサーの動き。

 快斗はそれに対応できず、地面を転がっていた。


《HP 1810 → 1070》


「ゲームとパターンが違う……!」


 シャドウパンサーは、そのまま森の影へ溶けた。

 姿が見えなくなる。

 赤い目だけが、木々の間を素早く移動していた。


「追えば逃げる。止まれば背後を取る……」


 快斗は周囲を警戒しながら呟く。


「厄介だな」


 黒豹の姿へ、背後から女性のバッグを奪った男が重なる。

 弱い相手を選び。

 反撃されない場所から襲い。

 危険を感じれば、すぐに逃げる。


「ゲームより、ずっと狡猾だな」


 背後で空気が動いた。

 快斗は振り返りざまに剣を構える。

 黒い爪と刃が激突した。

 火花が散る。


「ぐっ……!」


 両腕が震える。

 押し切られる前に、快斗は身体を捻り、地面を転がって距離を取った。

 膝をつき、深く息を吸う。


 頭の中に、これまでの日々が浮かんだ。

 夜道を走った。

 腕立て伏せをした。

 机へ向かい、問題を解いた。


 ゲームの攻略法が通じないなら。

 快斗は剣を強く握り、立ち上がった。

 現実で積み重ねた力で戦う。


 シャドウパンサーが影から飛び出す。

 快斗は身体を横へ滑らせ、すれ違いざまに剣を振った。

 刃が黒豹の肩を切り裂く。


「腕力だけじゃ……勝てない!」


「ヴガァァアアアアッ!」

 シャドウパンサーが咆哮する。


 周囲の黒い霧が膨れ上がった。

 そこから、同じ姿をした黒豹が次々と生まれる。

 一体。

 二体。

 三体。

 四方から赤い目が迫ってくる。


「こんな技、ゲームにはなかったぞ!」


 一体目が飛びかかる。

 快斗は剣で切り裂いた。

 黒豹は影となって消える。

 偽物。


 二体目も斬る。

 それも影だった。

 次は。

 背後。

 そう気づいたときには遅かった。


 本体の爪が、快斗の背中を切り裂いた。

「ぐあっ!」

 血が石畳へ飛び散る。


《HP 1070 → 230》

《DANGER》


 快斗は片膝をついた。

 視界の端が赤く明滅している。

 全身から力が抜けていく。


 アイテム欄を開く。

《ハイポーション×1》

《ポーション×2》

 指が、ハイポーションへ伸びる。

 HPを二千五百回復する。

 今使えば、完全に立て直せる。


 だが。

 快斗は一瞬だけ迷い、指を下へ動かした。


《ポーション》

 身体が緑色の光に包まれる。

《HP 230 → 1230》


「ハイポーションではなくて、よろしいのですか?」

 ガイドの声が聞こえる。


「これで十分だ!」

「そうですか」


 シャドウパンサーが、ゆっくりと近づいてくる。

 逃げ道を塞ぐように回り込み、低く唸る。

 弱った獲物を前にして、勝利を確信している。

 快斗は剣を杖にして立ち上がった。


「いいね……」

 荒い息を整える。

「戦いは、これからだ」


 これはゲームではない。

 決められた攻撃パターンも。

 確実に通用する攻略法もない。

 シャドウパンサーが突進する。

 快斗は直前まで動かなかった。


 爪が届く寸前。

 身体から力を抜き、最小限の動きで横へかわす。

 黒豹の巨体が、勢いを止められず前へ流れた。


「力で勝てないなら――」

 快斗は森へ向かって走り出す。

「頭を使う!」


 木々の間を駆け抜ける。

 シャドウパンサーが背後から追ってくる。


(速いっ……)


 直線では絶対に逃げ切れない。


 快斗は前方にある一本の大木へ向かった。

 背後で地面を蹴る音。

 黒豹が飛びかかってくる。

 爪が届く直前、快斗は身を低くした。

 巨大な爪が、快斗の頭上を通過する。

 そのまま大木へ深く突き刺さった。


「ガアッ!」

 シャドウパンサーの動きが止まる。


「速いだけじゃ、俺を捕まえられないぜ!」

 快斗は振り返り、剣を振り下ろした。

 刃が黒豹の背中を切り裂く。

 黒い霧が噴き出した。


 シャドウパンサーが暴れ、身体を振る。


「うわっ!」

 快斗は弾き飛ばされ、地面を転がった。


《HP 1230 → 730》


 剣が手から離れる。

 石畳の上を滑り、数メートル先で止まった。

 シャドウパンサーが大木から爪を引き抜く。

 赤い目が快斗を捉えた。

 再びの突進。

 快斗は片膝をついたまま、黒豹を見据える。


「来いよ!」


 シャドウパンサーが地面を蹴る。

 巨体が一直線に迫る。

 爪が届く寸前。

 快斗は低く身を沈めた。

 黒豹の身体が頭上を通過する。

 快斗は立ち上がる勢いのまま、その腹部へ肩からぶつかった。


「おおおおっ!」


 鍛えた脚で地面を踏みしめる。

 巨体を止めることはできない。

 だが、その軌道を僅かに変えることはできた。

 シャドウパンサーが石柱へ激突する。


 轟音。


 古びた石柱が崩れ、瓦礫が黒豹の身体へ降り注いだ。

 快斗は地面を転がりながら、剣へ手を伸ばす。

 指先が柄へ届く。

 強く握り、立ち上がった。

 瓦礫が弾け飛ぶ。


 シャドウパンサーが、傷だらけの身体で姿を現した。

 快斗も剣を構える。


「終わりだ!」


 地面を蹴る。

 黒豹が爪を振り上げる。

 快斗は身体を捻り、その内側へ潜り込んだ。

 剣を両手で握る。


 そのまま、シャドウパンサーの胸へ突き立てた。

 刃が深く沈む。


 静寂。


 赤い目から、光が消えた。

 巨大な身体が黒い霧となり、少しずつ崩れていく。


 その霧の中に、一瞬だけ人影が浮かんだ。

 黒いフードをかぶった男。

 男は何かに追われるように背後を振り返り、頭を抱えている。

 怯えているようにも見えた。

 その姿も、すぐに黒い霧へ溶けて消えた。


 快斗は剣を地面へ突き立て、倒れそうな身体を支える。

「はっ……はっ……」

 全身が痛い。

 呼吸をするたびに、背中の傷が疼く。


「お疲れさまでした」

 ガイドが歩み寄ってくる。


「もう少し……心配そうな顔をできないのか?」

「とても心配しておりましたよ」

「ずっと笑ってたじゃん……」

「ふふ」


 黒い霧が完全に消える。

 快斗は周囲を見回した。

 地面には何も落ちていない。


「今回はアイテムなし?」


「いいえ」

 ガイドが両手を胸の前で重ねる。

 その手の中へ、淡い光が集まり始めた。

 光は次第に形を変え、小さな銀色の指輪となった。

 中央には、青白い石が嵌め込まれている。


《生命循環の指輪(ウロボロス・フィリア)》

《レア度:★★★★☆》

《装備者のHPとMPを徐々に回復する》


「自動回復……?」

「どうぞ、快斗さん」

「これ、かなり使えるアイテムじゃん!」


 快斗は喜んで手を伸ばした。

 しかし、ガイドはすぐには指輪を渡さなかった。


「……何だよ?」

「これは、魔物が落とした品ではありません」

「じゃあ、何なんだ?」

「あなたへの祝福です」

「祝福?」


 ガイドは快斗を見つめた。

「ひったくり犯を追い、被害者の方を交番まで送り届けましたね」


 指輪へ伸ばしていた快斗の手が止まる。

 ガイドを見る目が鋭くなる。


「何で、それを知ってる?」


 ガイドは問いには答えず、穏やかに微笑んだ。


「とても勇気ある行動でした」

「現実でのことも、見てるのか?」

「どうでしょう」

「またそれかよ」


 ガイドは、快斗の手のひらへ指輪を置いた。

「これは、わたくしからのプレゼントです」


 銀色の指輪は、見た目以上に冷たかった。


「大切にお使いください」


 快斗は右手の中指へ指輪をはめた。

 青白い石が、小さく瞬く。

 指輪から淡い光が身体へ広がった。

 荒かった呼吸が、少しずつ整っていく。

 強張っていた肩からも、力が抜けた。

 それでも、傷の痛みが完全に消えたわけではない。


 だが、身体の奥から少しずつ力が戻ってくるのを感じる。


「これなら、もっと長く戦える」

「はい」


 快斗は指輪を眺める。

「これ、あっちの世界でも使えたりしないかな」


 現実でも体力が回復するなら、トレーニングがもっと楽になる。

 ガイドは答えず、目を細めて微笑んだ。


「何だよ、その顔」

「トレーニングも、頑張ってください」

「急に何の話だ?」


 足元へ光が広がる。

 目覚めの時間。


「待て、聞きたいことが――」


 快斗の視界が、白い光に染まった。


          ◇


 目覚まし時計が鳴る。

 快斗は布団の中から手を伸ばし、音を止めた。


 その手を見て、動きが止まる。

 右手の中指。

 そこに、銀色の指輪が嵌まっていた。


「これって……」

 快斗は飛び起きた。

「嘘だろ」


 指輪を外し、手のひらへ載せる。

 消えない。

 光にもならない。

 夢世界で触れたときと同じ冷たさが、指先へ伝わってくる。


「夢の物が、現実に……」


 背中に残った傷。

 父親からもらったボールペン。

 そして今度は、夢世界で受け取った指輪そのものが、現実へ持ち込まれた。


 二つの世界の境界が、さらに曖昧になっていく。


          ◇


 学校の授業中。

 快斗は右手の指輪を気にしながらも、黒板の内容をノートへ書き写していた。


 以前よりも、集中が続く。

 教師の説明も、途中で頭から抜けていかない。


「鏑木」

 教師に名前を呼ばれ、快斗は顔を上げた。

「最近、ずいぶん授業に身が入っているじゃないか」


「先生、それ酷くないですか?」


 教室に小さな笑いが起きる。

 教師も、わずかに口元を緩めた。


「今までが今までだからな」

「否定できないのが悔しい……」


 教室に、また和やかな笑いが広がった。


          ◇


 その日の夜。


 快斗はいつものように住宅街を走っていた。

 五キロを超えても、呼吸はそれほど乱れていない。


「これなら、まだ走れそうだ」


 右手の指輪が、街灯の光を反射する。


『トレーニングも、頑張ってください』

 ガイドの言葉を思い出す。


「……ありがとな、ガイドさん」

 快斗は小さく呟き、再び走り出した。


          ◇


「最近、ずいぶん身体を鍛えているそうじゃないか」

 夕食の席で、父親が言った。


「まあねぇ」

 快斗は照れを隠すように、ご飯を口へ運ぶ。


 母親が快斗の茶碗へ、追加のご飯をよそった。

「勉強もしているのよね」


「一応……」


「進路希望調査票も、そろそろ書けそうか?」

 父親の問いに、快斗の箸が僅かに止まる。

「それは……まだ」


 以前のように、話を遮って席を立つことはしなかった。

 快斗は机の上の銀色のペンを思い出す。


「でも、父さんにもらったペン、使いやすいからさ……。進路のことも、ちゃんと考えてみるよ」


 父親が少し目を丸くした。

「……そうか」

 口元が、ほんの僅かに緩む。


「そういえば」

 母親が思い出したように言った。

「近所のひったくり犯、捕まったんですって」


 快斗の箸が止まる。


「逮捕されたのか?」

 父親が尋ねる。


「自分から交番へ来たそうよ」

「自首……?」

「どうしてあんなことをしたのか自分でも分からない、とにかく怖くて逃げたくて仕方なかった……って、ずっと怯えてたらしいわよ」


 快斗は右手の指輪を見る。

 頭の中に、黒い霧の中で消えていったフード姿の男が浮かぶ。

 何かに怯えるように背後を振り返り、頭を抱えていた。


「ふーん、そうなんだ」

 平静を装いながら、快斗は椅子から立ち上がった。


「もう食べないの?」

「ちょっと調べたいことがあるから」

「冷めちゃうわよ」

「あとで食べる」


 快斗は食卓を離れ、自室へ向かった。

 今度こそ。

 偶然ではない。


          ◇


 ベッドへ横になり、右手の指輪を見つめる。


「今度こそ、答えてもらうからな」


 快斗は目を閉じた。


          ◇


 目を開ける。

 夜の草原。

 森の前で、ガイドがいつもの笑顔を浮かべて待っていた。

 快斗は目覚めると同時に問いかけた。


「教えてくれ!」

「何をでしょうか?」

「俺が倒しているものは何だ?」

「魔物のことですか?」

「それだけじゃない!」


 風が草原を渡る。

 ガイドの金色の髪が揺れた。


「父親の頭痛も、母さんの肩も、近所の人も、ひったくり犯も」

 快斗は一歩、ガイドへ近づく。

「全部、俺が倒した魔物とつながってるんだろ?」


 ガイドは、静かに目を閉じた。

 少しの沈黙。

 そして。


「《《人の願い》》と」

 ガイドが目を開く。

「それを押し潰そうとする《《絶望》》です」


「願いと……絶望……」


 快斗の頭に、これまでの光景が浮かぶ。

 眉間を押さえる父親。

 痛みなく肩を回し、笑っていた母親。

 穏やかな顔で花へ水をやる近所の女性。

 塀の上で眠る野良猫。

 毛布を肩へ掛け、震えていた被害者。

 黒い霧の中で怯えていた、フード姿の男。


「俺がここで戦えば」

 快斗はガイドを見つめる。

「現実の誰かを助けられるってことか?」


「はい」

 ガイドは、初めてはっきりと答えた。


 快斗は右手の指輪を握る。

 やはり、そうだった。


 ゲームの中でいくら勝っても、現実は何も変わらない。

 そう思っていた。

 だが、この世界は違う。

 ここでの戦いが、現実の誰かへ届く。


 何もできなかった自分でも。

 剣を握れば。

 鍛えれば。

 考えて戦えば。

 誰かを救えるかもしれない。


 快斗は剣の柄を強く握った。

 迷いのない目で、森の奥を見据える。


「次は、誰の願いだ?」


 ガイドが一瞬だけ目を見開いた。

 やがて。

 これまでよりも柔らかな笑みを浮かべる。


「それでは、参りましょうか」

「ああ」


 快斗とガイドは、並んで歩き出した。

 願いを押し潰そうとする、次の絶望へ向かって。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。