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ビヨンド・プレイヤー 〜夢でつながる剣と魔法〜  作者: kooy
プロローグ ―― 願い

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7/13

第7話 今日のターゲット

「この世界の魔物は、現実と関係があるのか?」


 ある夜。

 快斗はガイドへ詰め寄った。


「どう思われますか?」

「関係あると思ってる」


 快斗は即座に答える。

「父親の頭痛。母さんの肩。近所の人。それに、あの猫……」


 ガイドは黙って聞いている。


「それと……」

 快斗は目を細めた。

「《《あんたの目的は何だ》》?」


 風が森の木々を揺らす。

 ガイドの金色の髪が、静かになびいた。


「いずれ分かります」

「またそれか」

「それまで、しっかり頑張ってください」

「頑張れ……、か」


 快斗は剣の柄へ目を落とす。

 ガイドはそれ以上答えず、いつもの穏やかな笑みを返すだけだった。


          ◇


 五キロを走り終えた快斗は、夜の住宅街を歩いていた。


「はあ……」


 以前に比べれば、息が整うのも早くなった。

 それでも、五キロを走り切った直後は脚が重い。

 腕を振りながら歩いていると、前方から甲高い悲鳴が聞こえた。


「きゃあっ!」


 快斗が顔を上げる。

 歩道の上で、一人の女性が転倒していた。

 その先を、黒いフードをかぶった男が走っている。

 腕には、女性物のバッグ。


(ひったくり!)


 快斗は考えるより先に駆け出した。


「待てー!」


 男が振り返る。

 一瞬だけ見えた目には、焦りも罪悪感もない。

 獲物を抱えて逃げることだけを考えている目だった。

 男は角を曲がり、暗い路地へ入っていく。


 速い。

 快斗も以前より走れるようになっていた。

 だが、五キロを走った直後だ。

 脚に疲労が残っている。

 追いつけない。


「くそっ……!」


 そのとき。

 後方から、女性のか細い声が聞こえた。


「だ、誰か……」


 快斗は足を止めた。

 男が消えた路地を見る。

 追えば、まだ間に合うかもしれない。


 だが。

 背後では、倒れた女性が助けを求めている。

 快斗は拳を強く握った。


「……くそ!」


 踵を返し、女性のもとへ駆け戻る。


「大丈夫ですか?」


 女性は地面へ座り込み、肩を震わせていた。

 転んだ際に勢いよく手をついたらしく、手のひらから血が滲んでいる。

 快斗はしゃがみ込み、手を差し出した。


「立てますか?」

「は、はい……」

「交番まで一緒に行きましょう」


 女性は震える手で、快斗の手を握った。


          ◇


 交番の中。

 快斗と被害に遭った女性は、並んで椅子へ座っていた。

 女性は警察官から渡された毛布を肩へ掛け、震える手で自分の腕を抱いている。応急処置を施された手は、痛々しく包帯が巻かれていた。


「最近、この辺りで同じような事件が続いていてね」

 警察官が机の上へ地図を広げた。

「今回、あなたが被害に遭われたのはここかな」

 そう言って指し示した場所の周りには、すでに赤い印が複数つけられていた。


「夜、一人で歩いている女性ばかりを狙っているんだ」

「こんなに……」

「今夜で四件目だ。同一犯の可能性が高いな」


 快斗は地図を見つめた。

 犯人を追いかけた。

 だが、捕まえられなかった。

 自分がもっと速ければ。

 もっと体力があれば。

 そんな考えが頭から離れない。


「あ、あの……」


 女性の声に、快斗は顔を上げた。


「ありがとうございました」

「俺は何もできませんでした」


 バッグを取り返したわけではない。

 犯人を捕まえたわけでもない。

 結局、逃げられただけだ。


「そんなことはない」

 警察官が快斗を見る。

「君がその場にいてくれたから、そして今こうして付き添ってくれたから、この人も落ち着いて話せているんだよ」


 快斗は答えられなかった。

 ただ、視線を落とす。

 誰かの役に立ったと言われても、素直には喜べなかった。

 犯人を逃した悔しさだけが、胸に残っていた。


          ◇


 交番を出たあと。

 快斗は、男が消えた路地の前で立ち止まった。

 街灯の光が届かない、暗い道。

 もし、あの男と正面から鉢合わせていたら。


 快斗は自分の手を見る。

 鍛えている。

 以前よりも速く走れるようになった。

 腕力も、体力もついてきた。

 それでも、まだ普通の高校生にすぎない。

 犯人が刃物を持っていたら。

 殴りかかってきたら。

 現実の自分では、勝てたかどうか分からない。


 だが。

 頭の中に、夢世界で握る剣が浮かんだ。

 あの世界なら。

 魔法も使える。

 現実よりも強い身体で戦える。


 そして、今までと同じなら。

 あの男も、魔物として現れるのではないか。


          ◇


「おかえり。遅かったわね」

 玄関を開けると、母親が台所から顔を出した。

「ひったくりに遭った人を、交番まで送ってた……」


「ひったくり?」

 リビングにいた父親も、会話を聞いて玄関へ近づいてくる。

「お前、怪我はないか?」


「俺は大丈夫」

「犯人を追いかけたりしなかったでしょうね?」


 母親の問いに、快斗は少しだけ視線をそらした。

「……少しだけ」


「もう」

 母親は眉を寄せる。

「危ないことはしないで」


「無茶はするな」

 父親も低い声で言った。


「分かってるよ」


          ◇


 夕食後。


 快斗は階段を上り、自室へ戻った。

 そして、ベッドへ横になる。

 机の上には、父親からもらった銀色のペン。

 壁際には、最近買ったダンベルが置かれている。


 快斗は天井を見つめた。

 犯人が夢世界へ現れる保証はない。

 今までの出来事だって、本当に関係しているのか、ガイドは教えてくれない。


 それでも。

 毛布を肩へ掛け、震えていた女性の手。

 暗い路地の奥へ消えていく、黒いフードの男。

 その二つが、何度も頭の中へ浮かぶ。

 あいつは、きっと現れる。

 その思いを胸に抱いたまま、快斗はゆっくりと眠りへ落ちていった。 

          ◇


 草の匂い。

 頬を撫でる夜風。


 快斗が目を開くと、目の前にガイドが立っていた。

「おはようございます、快斗さん」


「今日のターゲットは?」

 快斗は挨拶も返さず尋ねた。


「まだ何も申し上げておりませんが」

「いるんだろ」


 ガイドは少しだけ目を細めた。

「本日は、森の奥です」


「……そうか」

 やはり。

 快斗は剣の柄へ手を置いた。


          ◇


 夜の森には、黒い霧が漂っていた。

 地面を這うように流れ、木々の隙間へ消えていく。

 快斗とガイドは、並んで森の奥へ進んだ。

 木の幹には、深い爪痕が残されている。

 時折、遠くで何かが走る音がした。

 快斗が振り返る。

 だが、そこには何もいない。


「速い……」


「お気をつけください」

「珍しく心配するんだな」

「いつも心配しておりますよ」

「笑顔で魔物の前に連れてくるくせに」

「ふふ」

 ガイドの笑い声が、暗い森へ小さく響いた。


 やがて、二人は石造りの広場へたどり着いた。

 古びた石畳。

 周囲を囲む崩れかけた柱。

 その中央で、黒い霧が渦を巻いている。

 霧の奥に、二つの赤い目が浮かび上がった。


「ヴルルルルル……」


 低い唸り声。

 快斗は剣を抜く。

 黒い霧を突き破り、巨大な黒豹が飛び出した。


「ガアアアアアアッ!」


 ゲームに登場する通常個体の三倍はある。

 全身が黒い影に包まれ、頭部を覆う霧はフードのように揺れていた。


《BOSS》

《シャドウパンサー》


 快斗は、その姿を見つめる。

「……こいつが、あの男か」


 黒いフード。

 獲物へ飛びかかるような姿勢。

 そして、こちらの隙を窺う赤い目。

 間違いない。

 そう確信した瞬間、シャドウパンサーが地面を蹴った。


「ガアアッ!」

「速っ――」


 一瞬で距離を詰められる。

 快斗は反射的に剣を構えた。

 爪と刃が激突する。

 金属音のような鋭い音。

 腕へ凄まじい衝撃が走った。


「ぐっ!」


 身体ごと吹き飛ばされる。

 快斗は石畳の上を転がり、剣を突き立てて止まった。


《HP 2150 → 1810》


「一発で三百以上……!」


 シャドウパンサーはすぐに追撃しなかった。

 少し距離を取り、快斗の周囲をゆっくりと回り始める。

 頭を低くし、赤い目で快斗の足元から喉元まで見定めている。


 まるで。

 抵抗できない相手を選び、襲う場所を決めているようだった。

 快斗は剣を構え直す。


「ゲームと同じなら、二回目の突進のあとに隙ができる」


 シャドウパンサーが一度目の突進を放つ。

 快斗は横へ跳び、爪をかわす。

 すぐに黒豹が地面を蹴った。


 二回目。

 快斗はぎりぎりまで引きつけ、横へ避ける。


「ここだ!」

 すれ違いざまに剣を振りかぶる。


 しかし。

 シャドウパンサーは空中で身体を捻った。

「なっ――」


 鞭のようにしなる尾が、快斗の脇腹を打ち抜く。

「がっ……!」

 呼吸が止まる。

 快斗は地面を転がった。


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