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ビヨンド・プレイヤー 〜夢でつながる剣と魔法〜  作者: kooy
プロローグ ―― 願い

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10/13

第10話 ありがとう

 病室。


 ベッドの上で、まだ幼い希が携帯ゲーム機を握っている。

 隣の椅子には、小学生の快斗。

 二人の画面に映っているのは、初代『Beyond Prayer』。


「お兄ちゃん、前お願い!」

「まかせろ!」


 快斗のキャラクターが、敵の群れへ突っ込んでいく。

 その後方から、希の魔法が次々と飛んだ。


「いけー!」

「ちょっ、俺にも当たるって!」


 希が楽しそうに笑っていた。


          ◇

 

 大広間。


 魔女の周囲に、再び無数の氷の矢が生まれる。

 快斗は小さく笑った。


「そうだったな……」


 ゲームでも。

 希はいつも、自分の後ろから魔法を撃っていた。

 魔女の瞳が、僅かに揺れる。


【アイスアロー】

 氷の矢が放たれた。


 快斗は走り出す。

「変わってないな、希!」


 迫る矢をかわしながら、魔女へ向かって加速する。

「今度は、たどり着く!」


 魔女が再び姿を消す。


「また転移か!」


 背後に現れる。

 だが、今度は快斗も即座に振り返った。


 剣を振り抜く。

 魔女は身体を反らし、刃をかわす。

 切っ先が白いドレスの胸元をかすめ、布が裂けた。

 魔女の瞳が大きく見開かれる。


「今度は読めたぞ!」


 その瞬間。

 魔女の周囲に、青白い魔法陣が二つ同時に展開した。


「スキルの同時発動……!?」


 魔女の背後で、先ほど薄くなった光の玉が激しく明滅する。


【アイスアロー】

 正面から、無数の氷の矢。

 同時に、快斗の足元から氷の棘が突き出した。


「うわっ!」


 快斗は弾き飛ばされ、宙を舞う。

 氷の棘が上着の裾を裂いた。


 空中で逃げ場のない快斗へ、氷の矢が迫る。

 剣を構え、何本かを弾く。

 だが、一本が脇腹へ突き刺さった。


「ぐあっ!」


 体勢を崩した快斗の身体が床へ叩きつけられる。

 そのまま肩から転がり、床の上を激しく滑っていく。

 快斗は滑りながら剣を床へ突き立てた。

 刃が氷を削り、 数メートル進んだところで、ようやく身体が止まった。

 脇腹に刺さった氷の矢は消えたが、傷だけが残っている。

《HP 1950 → 1550》


「はぁ……はぁ……」


 薄くなっていた光の玉が、一瞬、強く輝いた。

 そして。

 音もなく消えた。

 そして、魔女は苦しそうに胸元を押さえた。

 快斗はその背後を見た。

 先ほどまで五つあった光の玉が、四つに減った。


「今、光の玉が……消えた?」


 魔女は答えない。

 魔法を使うたびに、光が薄くなっていた。

 魔力の残量なのか。

 あるいは、何か別のものなのか。


「あ、そ、ぼぅ……」

「希……」


 声をかけても、魔女は答えない。

 そして再び魔女の周囲に、冷気が集まり始める。

 快斗は床へ手をつき、立ち上がろうとした。


《生命循環の指輪》

《HP 1550 → 1600》


 指輪が自動回復を続けている。

 だが、このままでは回復が追いつかない。

 魔女が両手を広げた。

 広間の床に、青白い光が走る。


「何だ……?」


 次の瞬間。

 床全体が一気に凍りついた。

 快斗の両脚が氷に覆われ、その場へ固定された。


「なっ……!」


 足を動かそうとしても、びくともしない。


「動けない……!」


《継続ダメージ》

《HP 1600 → 1550》


 魔女の背後。

 残る四つの光の玉の一つが脈打った。

 そして、急速に薄くなっていく。


 巨大な魔法陣が強く発光した。

 魔女が両手を前へ向ける。


『《《蒼き氷よ》》』


 手元に、巨大な氷塊が生まれ始めた。

 同時に。

 薄くなった光の玉から、青白い光が引き出されていく。

 その光が、魔女の身体へ流れ込んだ。


「光の玉は……エネルギー供給なのか?」


 氷塊が鋭く伸びていく。


『《《我が敵を貫け》》』


 一本の巨大な氷槍へ姿を変えた。

 快斗の身長をはるかに超える大きさ。

 放たれる冷気だけで、周囲の柱へ亀裂が走る。


「この技……!」


 ゲームで見たことがある。

 まともに受ければ終わる。


 快斗は足元の氷へ剣を叩きつけた。

 亀裂が僅かに入る。

 しかし、脚は抜けない。


 魔女の前で、巨大な氷槍が完成する。

 透き通った槍の内部を、青白い光が走った。

 魔女の髪と白いドレスが、膨大な魔力にあおられる。

 苦痛に歪んだ唇が、ゆっくりと動いた。


「あ、そ、ぼぅ……」


 快斗の目が見開かれる。

 剣を握る手から、一瞬だけ力が抜けた。


 だが、魔女の両手は巨大な氷槍へ向けられたまま。


【クリスタル・ランス】


 巨大な氷槍が放たれる。


 同時に、薄くなっていた光の玉が、完全に光を失い消えた。

(また一つ……消えた)


 その意味を考えるより早く、凄まじい冷気が快斗へ襲いかかる。

 巨大な氷槍が床を削りながら、ゆっくりと一直線に迫って来た。


「クッ……!避けられない」


 快斗は足元の氷から剣を引き抜く。

 柄を両手で握り、身体の前へ構えた。

 剣身へ赤い魔力が集まり、小さな炎が生まれる。


「打ち消すしかないな!」


 迫る巨大な氷槍を見据える。


『《《我が魔力を糧に》》――』


 剣を包む炎が、激しく燃え上がった。

 氷槍が床を削りながら迫る。


『《《飢えたる牙を赤く染めよ》》!』


 炎が剣身を伝い、赤く輝く牙の形を作っていく。

 凍りついた床が、槍の衝撃だけで次々と砕けた。

 猛烈な冷気が、快斗の髪と服を激しくなびかせる。

 足元を覆う氷に、亀裂が走り、炎の熱で、一気に砕け散った。

 自由になった両足を踏みしめる。

 快斗は全身を使い、剣を振り抜いた。


【爆炎刃《バースト・フレイム・エッジ》!!】

《MP 4200 → 1900》


 巨大な炎の斬撃が放たれる。

 赤い炎。

 青白い氷。

 二つの大技が、大広間の中央へ向かって突き進んだ。


 正面から激突する。

 炎が氷槍へ食らいついた。

 氷の表面が一瞬で溶け、凄まじい蒸気が噴き出す。

 相反する二つの魔力が、中央でせめぎ合った。


「うおおおおおおっ!!」

 快斗が叫ぶ。


 魔女も両手を前へ突き出している。

 苦痛に顔を歪めながら、声を上げた。

「ああああああっ!!」


 二人の叫びが重なる。

 炎と氷の境界に、白い光が生まれた。

 光が急激に膨れ上がる。


「……っ!」

 魔女の目が見開かれた。


 次の瞬間。

 超高熱の炎と冷気が相容れず、破滅的な水蒸気爆発を引き起こした。

 膨張した衝撃波がすべてをのみ込んでいく。

 周囲に立ち並ぶ巨大な石柱が、衝撃に耐えかねて次々と折れていく。

 床の氷が砕け、壁へ大きな亀裂が走った。


 快斗の身体も、衝撃波に吹き飛ばされた。

「ぐああああっ!」


 魔女も爆風の中へ消える。



 快斗は床を激しく転がり、崩れた柱へ背中からぶつかった。


「かはっ……!」


 肺から空気が抜ける。

 剣が手を離れ、遠くへ滑っていった。

 細かな氷片が、雨のように降り注ぐ。

 快斗は震える腕で身体を起こそうとした。


 しかし、力が入らない。

《HP 1550 → 450》

 HP表示が赤く点滅し、警告音が鳴り始める。


「はぁ……はぁ……」


 相殺はできた。

 直撃は避けた。

 だが、身体は限界に近い。


 蒸気が少しずつ晴れていく。

 広間の中央。

 月蝕の魔女は、まだ宙に浮かんでいた。

 白いドレスは裂け、身体には火傷のような傷が残っている。


 その背後には。

 三つの光の玉が浮かんでいた。


「あと……三つ」


 やはり、魔力の残量を示しているのか。

 魔女が、ゆっくりと顔を上げる。

 苦痛に歪んだ顔に、かすかな笑みが浮かんでいた。


「……どうして、笑ってるんだよ」


 魔女の周囲へ、再び冷気が集まり始める。

 残る三つの光の玉の一つが、強く脈打った。


「冗談だろ……」


 快斗は立ち上がろうとする。

 だが、力が入らず、再び片膝をついた。

 身体が震える。


《生命循環の指輪》

《HP 450 → 500》


 身体強化は、まだ切れていない。

 指輪も回復を続けている。


 それなのに、身体が動かない。

 警告音が鳴り続ける。


 ピッ。

 ピッ。

 ピッ。

 その音が。



 別の記憶と重なった。




          ◇


 病室。


 心拍計の音。

 ピッ。

 ピッ。

 ピッ。


 ベッドには、希が横たわっている。

 顔色は悪く、目を閉じていた。


 高校一年生だった快斗は、ベッド脇の椅子へ座り、スマートフォンを見ている。


 やがて、希が目を開けた。


「お兄ちゃん……」

「ん?」

「今日、ゲームしないの?」

「ああ……」


 快斗はスマートフォンへ視線を落としたまま答える。


「今日はちょっと、疲れてるから」

「……そっか」


 希は寂しそうに笑った。


 快斗の顔が、苦しげに歪む。


 最初は、毎日通っていた。

 学校が終われば病院へ行った。

 休日も、希と一緒に過ごした。

 二人でゲームをした。

 本を読んだ。

 たわいもない話をした。


 でも。



 病院の廊下。


 妹の病室の前まで来た快斗のスマートフォンに、友人からのメッセージが表示される。

『今日、みんなで遊びに行かない?』


 快斗は扉の取っ手へ手を伸ばした。

 指先が触れる直前で止まる。


 一日くらいならいいと思った。

 また明日、会いに行けばいい。


 そうして。


 快斗は病院へ行かないことに、少しずつ慣れていった。


          ◇


 魔女が右手を上げる。

 無数の氷の結晶が生まれ、快斗へ狙いを定める。


          ◇


 妹に会うと、何を話せばいいのか分からなかった。


 自室。

 快斗はパソコンの前で『Beyond Prayer II』を遊んでいる。


 机の上には、母親から預かった病院への届け物。

 手をつけられないまま、何日も置かれている。


 元気な自分の話は、全部自慢に聞こえる気がした。

 学校の話も。

 友達の話も。

 遊びに行った話も。

 病室から出られない希には、残酷な話に思えた。


 何も変わらない病室にいることが、苦しかった。


 だから。



 気づけば、まともに希と話さなくなって、三年が過ぎていた。



          ◇


 快斗の目に涙が滲んだ。

「違う……」


 魔女の瞳が、わずかに揺れる。


「忙しかったんじゃない」

 快斗は拳を握る。


「俺は……」

 声が震えた。

「希から逃げたんだ」


 そのとき。

 目の前に、新たな表示が現れる。


《ユニークスキル》

【命喰らい《ライフフォース・ドレイン》】

《使用しますか?》

《YES/NO》


 快斗は表示を見つめた。


 これを使えば。

 レベルを最大まで上げられる。

 魔女を倒せるかもしれない。

 希を救えるかもしれない。


 指が、《YES》へ近づく。


 あと少し。

 触れれば、力が手に入る。


 だが。

 指先が止まった。


「寿命……」

 自分の胸へ手を当てる。

 心臓が激しく脈打っている。


 何年失うのか分からない。

 一年なのか。

 十年なのか。

 それとも。

 使った瞬間に、現実の自分が死ぬのか。


          ◇


 最深部の扉の前。

 ガイドが一人で立っていた。


 閉ざされた扉の向こうから、快斗の声が僅かに聞こえる。

「無理だ……」


 ガイドは目を閉じた。

 身体の前で重ねた指先が、僅かに震えていた。


          ◇


 快斗の指は、《YES》を押せない。


「怖い……」


 認めたくなかった。

 格好悪くても。

 情けなくても。

 それが本心だった。


「死にたくない……!」


 残る三つの光の玉の一つが、再び強く脈打つ。

 魔女の周囲へ、無数の氷の結晶が広がる。

 氷の結晶が、一斉に快斗へ向いた。


【ダイヤモンドダスト】


 残る三つの光の玉の一つが、激しく明滅した。

 その光は急速に弱まり、今にも消えそうな僅かな輝きだけが残る。


 氷の結晶が放たれる直前。


 魔女の瞳に、一瞬だけ人間らしい光が戻った。

 寄っていた眉がほどける。

 魔女と希の顔が重なる。

 口元に、希の穏やかな笑みが浮かんだ。


「お……兄ちゃん……。お兄ちゃん……」


 快斗が顔を上げる。

 魔女が小さく微笑んだ。


「……ありがとう」


 一筋の涙が、魔女の頬をゆっくりと伝った。


「さようなら……」


 快斗の目が見開かれる。

(さようなら?)


 その言葉の意味を理解したくなかった。


「ま、待て……」

 身体を起こそうとする。

「希――!」


 白い氷の嵐が、快斗をのみ込んだ。


 何も見えない。

 音もない。

 身体の感覚すら消えている。


「俺は……」


 暗闇の中に、自分の声だけが響いた。


「また、逃げた」


 やがて。

 暗闇の中央に、赤い文字が浮かび上がる。


《GAME OVER》


 赤い文字だけが、何度も明滅する。

 そして。

 《GAME OVER》の文字が消える。


 暗闇の中へ、現実世界の病室が一瞬だけ映し出された。

 明かりの落とされた、静かな病室。

 ベッドに横たわる希の顔は、青白い。


 心拍計の数値が、不安定に上下している。

 ピッ。

 ピッ。

 ピッ。


 希の手元には、古い携帯ゲーム機があった。

 画面に映っているのは、初代『Beyond Prayer』のタイトル画面。

 ゲーム機を握っていた希の指が、僅かに緩む。


 次の瞬間。

 心拍計の警告音が、激しく鳴り始めた。


 ピピピピピッ――!


 病室が、暗闇へ沈んだ。


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