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ビヨンド・プレイヤー 〜夢でつながる剣と魔法〜  作者: kooy
プロローグ ―― 願い

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12/13

第12話 決意

 ドンドン。

 ドンドン。

 激しく扉を叩く音が響いていた。


「快斗! 快斗ー!」

 母親の声。


「うわあああああっ!」

 快斗はベッドから跳ね起きた。


 快斗の頭の中には、夢世界での最後の光景が焼きついていた。

 魔女が両手を掲げる。

 白銀の吹雪が、快斗をのみ込む。


《GAME OVER》


 そして。


 『ありがとう』 と 『さようなら』


 全身から、大粒の汗が噴き出している。

 呼吸がうまくできない。


「はぁっ……はぁっ……!」


 身体中が軋むように痛む。

 皮膚の下へ氷を押し込まれているような痛み。

 骨の奥まで冷えている。


 扉が開き、母親が慌てて部屋に入ってきた。


「快斗!?」

 母親の声が、遠く聞こえる。


「何……?」


「今、病院から連絡があって……」


 快斗がゆっくりと顔を上げる。

 母親の目に涙が浮かんでいた。


「希が……」


 その先を、聞きたくなかった。


「希が、危篤だって……」


 快斗の表情が凍りついた。


「……希が?」


 母親は涙を堪えながら頷く。

 快斗の脳裏に、月蝕の魔女の背後に浮かんでいた光の玉が蘇る。


 五つ。

 それが四つになり。

 三つになり。

 そのうち一つは、今にも消えそうなほど弱くなっていた。


(あの光の玉……)

 

 あれは、魔力の残量ではなかった。


(希自身の……命だったのか……)


 快斗は震える手で、ベッドのシーツを掴んだ。

 希は、命懸けで夢世界へ来た。

 兄に会うために。

 もう一度、一緒に遊ぶために。


(それなのに。俺は……)


 魔女の顔が浮かぶ。

 苦痛に歪んだ表情。

 どこか寂しそうな瞳。

 昔、希がゲームで何度も使っていた遠距離攻撃。


(逃げた……)


 枕元には、裏返しになった写真立てが置かれている。

 快斗はそれを見る。

 今まで見ないようにしてきた。

 希に会いたくないのではない。

 会えば、自分が何をしてきたのか思い知らされる。

 寂しい思いをさせたことも。

 何年も逃げ続けたことも。

 すべて認めなければならなくなる。

 だから、写真すら見られなかった。


(そして、……また、逃げた)


「希……」

 掠れた声が漏れた。


 快斗は歯を食いしばった。

 ベッドから降りようとする。

 足へ力を入れた瞬間、身体が崩れた。


「どうしたの!?」

 母親が快斗の額へ手を当てる。

「熱い……」

 母親の表情が強張る。

「あなた、熱があるんじゃ……」


 快斗の青白い顔。

 震える身体。

 快斗は苦しそうに眉を寄せ、唇を震わせている。

 母親はそれを見て息を呑んだ。


「快斗……」


 快斗は答えられない。

 立ち上がる。


「くっ……!」


「快斗!」

 母親が慌てて身体を支える。

「駄目よ!」


 快斗は母親へ掴まりながら、無理やり立ち上がる。

 全身へ痛みが走った。


「あなたまで倒れたら……!」

「お母さん……」


 荒い息を吐きながら、母親を見る。


「今から病院へ行こう」

「ええ。でも、その身体じゃ……」


 快斗は壁へ手をつき、一歩を踏み出した。

 身体が悲鳴を上げる。

 それでも止まらない。


「俺の身体はどうでもいい!」


 母親が目を見開く。


「今は、希のことだ!」


 母親は快斗の背中を見つめた。

 しばらくして、快斗の腕を自分の肩へ回す。


「分かったわ」


 涙を拭い、力強く頷いた。


「お父さんに車を出してもらうから」


          ◇


 夜の道路を、車が走る。


 父親が運転席でハンドルを握り、母親は助手席で何度も病院からの連絡を確認していた。

 後部座席。

 快斗はシートへ身体を預けている。

 顔色は悪い。

 呼吸も荒い。

 父親がバックミラー越しに快斗を見た。


「快斗」

 返事はない。

「お前、本当に大丈夫なのか?」


 快斗は窓の外を見つめたまま、考えていた。

 希を助けるには、どうすればいい。

 夢世界へ戻らなければならない。

 再びあの場所へ行ける保証はない。


 快斗は拳を握った。


 その指には、《生命循環の指輪》がはめられている。

 青白い石が、微かに光った。


「……?」


 指輪から淡い光が広がり、腕を伝って胸元へ流れていく。

 荒かった呼吸が、僅かに落ち着いた。

 全身の痛みも、ほんの少しだけ和らぐ。


(指輪の効果……?)


 夢の世界だけではない。

 現実でも、力が残っている。


 快斗は拳を握り直した。

「……大丈夫」


 父親は何も言わず、前を向き、病院へ急いだ。


          ◇


 病院の廊下。


 快斗は父親に肩を貸してもらいながら、必死に歩いていた。

 母親は少し先を急ぐように進んでいる。


「……早く」


「ゆっくりでいい」

 父親の声にも、余裕はない。

 それでも快斗の身体をしっかりと支えている。

「無理をするな」


 快斗は答えなかった。

 足を引きずりながら進む。


(希を助ける)


 何をすればいいのかは分からない。

 それでも。


(俺が、絶対に……)


 希の個室の前には、看護師が立っていた。


「希は!?」

 母親が駆け寄る。


「先生が診ています。ご家族の方ですね」

 看護師が扉を開ける。


 父親に支えられながら、快斗は病室へ入った。


          ◇


 病室には、医師と二人の看護師がいた。

 医療機器の電子音が、絶え間なく響いている。


 ベッドには、希が横たわっていた。

 顔色は白い。

 目を閉じたまま、動かない。

 酸素マスク。

 細い腕に繋がれた点滴。


「現在、心拍と血圧は――」

 医師が両親へ説明している。


 だが、快斗の耳には入らなかった。

 視界には、希しか映っていない。

「希……」


 父親に支えられながら、ベッドの横まで進む。

 父親がゆっくりと快斗の身体を離した。

 快斗は希の手を取る。


(冷たい)


 細く。

 白く。

 力の抜けた手。

 最後に握ったのは、いつだっただろう。


「希……」


 目に涙が浮かぶ。

 その手を、両手で強く握った。

 快斗の指にはめられた《生命循環の指輪》が、微かに光る。


「ごめん……」


 今さら謝っても遅いかもしれない。

 それでも。


「俺、もう逃げない」


 快斗の視界が大きく歪んだ。

 身体から力が抜ける。


「快斗!?」

「おい!」


 母親と父親の声。

 快斗は希の手を握ったまま、その場へ崩れ落ちた。


 視界が、白い光に包まれる。


          ◇


 白い光が、ゆっくりと晴れていく。


 快斗は冷たい床へ片膝をついていた。

 荒い呼吸。

 全身の痛み。

 目の前には、巨大な扉。


 そして。

 その扉の前に、ガイドが立っていた。


「……お戻りになられたのですね」

「ここは……」

「館の最深部です」


 ガイドは快斗を静かに見つめる。


「先ほど、あなたが敗れた大広間の扉前でございます」


 快斗は歯を食いしばった。

 扉を見上げる。

 向こう側にいる。


 魔女。


 希。


『ありがとう』


『さようなら』


「希……」


 快斗は立ち上がろうとする。

 しかし、足に力が入らない。

 剣を杖に、何とか身体を支えた。


「快斗さん」

 ガイドが一歩近づく。

「お身体は大丈夫ですか?」


「……大丈夫だ」


 大丈夫なはずがない。

 それでも、そう答えた。

 左手を開き、ステータス画面を表示する。

《HP 837/4700》


「まだ……千も戻ってないのか」


 最大HPは、いつの間にか大きく上がっている。

 だが、今の残量では、一度でも攻撃を受ければ終わる。

 快斗はステータス画面を閉じた。

 それでも、扉へ向かって歩き出す。


 ガイドが、その前へ立った。

「今のあなたでは、また負けます」


 快斗は足を止める。


「体力も戻っておりません」

「……」

「まともに剣を振るうことさえ、難しいでしょう」


「これは」

 快斗は顔を上げた。

「勝ち負けじゃないんだ」


 ガイドの瞳が僅かに揺れる。


「俺は、希に会いたい」


 それだけだった。

 勝ちたいのではない。

 魔女を倒したいのでもない。

 会って。

 話して。

 謝りたい。

 そして、もう一度手を握りたい。


 ガイドは快斗を静かに見つめた。

 何かを言いかける。


「それに……」

「『それに』?」


 快斗は、その一言を聞き逃さなかった。


「それに、何だよ!」


 ガイドは答えない。

 僅かに、扉の向こうへ視線を向ける。

 快斗はその動きを見逃さなかった。

 快斗の脳裏に、魔女の周囲を漂っていた五つの灯火が浮かぶ。


 五つが四つになり。

 三つになった。

 そのうち一つは、今にも消えそうなほど弱く明滅していた。


「やっぱり……」


 快斗は拳を握る。


「あの玉は、希の命と関係があるんだな」


 ガイドは沈黙している。


「俺があいつと戦えば、希の命が削られるのか?」


 答えはない。


「だから、止めたいのか?」


 長い沈黙のあと。

 ガイドが静かに口を開く。


「快斗さん」


 その声には、いつもの柔らかさがなかった。


「今進めば、再び敗れる可能性が高いでしょう」

「勝てるかなんて、どうでもいいっ!」


 快斗はガイドを睨んだ。


「そこを、どいてくれないかっ!」


 ガイドは退かない。


「何のために、そこまでして進まれるのですか?」

「希を助けたいんだ」

「助ける方法を、あなたはご存じなのですか?」


 快斗は言葉に詰まった。

 方法など知らない。

 指輪が何を意味するのかも。

 どうすれば希を救えるのかも。

 何も分からない。


 それでも。

 快斗は扉をまっすぐ見つめた。


「そ、それでも……」

 声が震える。

「希は、その扉の向こうで」


 快斗は拳を握る。

「俺を待ってる」


 ガイドは、しばらく快斗を見つめていた。

 やがて、静かに目を閉じる。


「……そうですか」


 一歩。

 扉の前から退いた。


「かしこまりました」

 ガイドが道を空ける。

「どうぞ、お進みください」


 快斗は巨大な扉の前へ立った。

 両手をかける。


「俺は……、希を、助ける!」


 力を込める。

 最深部の扉が、重い音を立てて開き始めた。


          ◇


 静寂に包まれた大広間。

 中央には、月蝕の魔女が静かに宙へ浮かんでいる。

 背後には、三つの光の玉。

 そのうち一つは、今にも消えそうなほど弱く明滅していた。

 魔女がゆっくりと顔を上げる。


「……お……兄ちゃん……」


 快斗は思わず一歩を踏み出した。


「希……!」


 その瞬間。

 魔女の瞳から、人間らしい光が消えた。


『《《蒼き氷よ》》』


 冷気が渦を巻く。


『《《我が敵を貫け》》』


 消えかけていた光の玉が、完全に消滅した。

 残る二つの灯火。

 その一つが、強く脈打つ。

 魔女の前に、巨大な氷塊が生まれた。

 鋭く伸び。

 広間を埋め尽くすほどの氷槍へ変わっていく。


【クリスタル・ランス】


 巨大な氷槍が、一直線に快斗へ放たれた。

 先ほどは、全力を使ってようやく相殺した攻撃。

 今のHPでは、爆風だけでも耐えられない。

 快斗は静かに剣を構えた。

 目を閉じる。

 胸の奥で、心臓が強く脈打っている。

 死ぬのは怖い。

 寿命を失うのも怖い。


 それでも。


 もう逃げない。


【《《命喰らい》》】


 ステータスを確認する。


《レベル MAX》


 全身へ、これまで感じたことのない力が満ちていく。

 同時に。

 快斗の胸元から、黄金の光が抜け出していく。

 それは命を燃料にするように、剣へと流れ込んだ。

 剣から放たれた黄金の光が、大広間の床と柱を照らした。


 身体の奥が冷えていく。

 何か大切なものが削られていることが分かる。


 快斗は目の前に、巨大な氷槍が迫っていた。


          ◇


 快斗が剣を振り抜いた。

 黄金の一閃。


 そして。




 快斗は、剣を納め、魔女の目の前へ立っていた。

「遅いよ」


 快斗の背後の巨大な氷槍は、縦に真っ二つへ割れる。


 魔女が目を見開く。

 すぐに転移し、距離を取ろうとする。

 しかし。

 快斗は、その右手を掴んだ。


「ああああああぁぁぁ!」


 魔女が叫ぶ。

 黒い魔力と冷気が暴走した。

 氷が快斗の腕を覆っていく。

 皮膚を裂き。

 肉へ食い込み。

 腕全体を凍らせようとする。

 それでも、離さなかった。


「希……」


 強く。


 もう二度と見失わないように。


「もう、離さない」


 魔女は苦しみながら暴れる。

 空いている手で快斗を押し返そうとする。

 冷気が全身へ突き刺さる。


 快斗は魔女の右手を握ったまま、右手に持っていてた《生命循環の指輪》を見る。


「迎えに来たよ。希」


 静かに。

 迷いなく。

 魔女の右手を取る。


 そして。

 魔女の右手の薬指へ、指輪をはめた。


          ◇


 指輪が希の指にはまった瞬間。


 世界が止まった。

 吹き荒れていた冷気も。

 暴走していた黒い魔力も。

 すべてが静止する。


 魔女の背後に残っていた二つの光の玉が、柔らかな光へ変わった。

 黒い霧が、少しずつ消えていく。

 頭を覆っていた影が崩れ落ちた。

 白い衣装が、光へ包まれていく。

 青白かった肌へ、僅かに血色が戻る。

 白い髪が。

 苦痛に歪んでいた顔が。

 快斗の知っている希へ変わっていった。


 希は涙を浮かべ、快斗を見る。

「……お兄ちゃん」


「ああ」

 声が震えた。


 希は少し照れたように笑う。

「……来てくれたんだね」


 快斗も涙を堪えながら笑った。

「遅くなって、ごめんな」


 何年も。

 ずっと。

 待たせてしまった。


 希は首を横に振る。

「ありがとう」


 快斗は、希を優しく抱きしめた。

 細い身体。

 温かい。

 確かに、ここにいる。


「ごめん……」

 希の肩へ顔を埋める。

「本当に、ごめん」


 希は何も責めなかった。


 ただ。

 快斗の服を、小さな手で握った。


          ◇


 二人を中心に、眩しい白い光が広がっていく。

 館の床。

 壁。

 柱。

 天井。

 世界そのものが、ゆっくりと光へ溶け始めた。


 快斗は希の手を握ったまま、離さない。

 希も、小さく握り返す。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「今度、また一緒にゲームしようね」

「ああ」


 快斗は笑う。


「約束だ」


 世界は真っ白な光に包まれた。

 兄妹の姿も、ゆっくりと光へ溶けていく。


『願いは、確かに届きました』


 どこかで。

 ガイドの声が聞こえた気がした。


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