表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星潮の灯台守  作者: 銀細工ナギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/20

第9話 星見祭の約束

 潮ノ島の星見祭は、空ではなく海を見る祭りだった。


 暁環事故の前から、夏の大潮の夜には港へ提灯を並べ、灯台の光と星潮の流れを合わせて航路の無事を祈った。事故の後は慰霊の意味が加わり、笑っていいのか泣いていいのか分からないまま、それでも島民は毎年集まってきた。


 今年は中止になるはずだった。灯台の廃止、低地の移転、父の入院。理由はいくらでもあった。


 だが美汐は言った。


「最後かもしれないから、やるんじゃない。来年もやるつもりで、今年やる」


 その言葉に押され、港は昼から慌ただしくなった。漁協の倉庫から古い提灯が出され、奈津は救護所を組み、源三は文句を言いながら焼きそば用の鉄板を磨いた。春は美汐に連れられて、紙灯籠へ名前を書く係を任された。


「名前、春だけでいい?」


 少年は筆を持ったまま灯へ聞いた。


「いま分かっている名前でいいよ」


「分かったら、足せる?」


「足せる。紙は思ったより寛容」


 春は少し笑い、ゆっくりと「春」と書いた。字は幼いが、筆先は迷っていなかった。


 夕方、陸が灯台から港へ降りてきた。作業服の袖をまくり、手には修理した小型送信器を持っている。


「祭り用の星潮同期装置です。古いものですが、点くはずです」


「撤去対象の備品を勝手に修理していいんですか」


「設備確認の一環です」


 陸の便利な答えに、灯は今度こそ笑った。


 夜になると、港の水面が青く光り始めた。提灯の橙色と星潮の青が混ざり、桟橋はこの世とあの世の境目のように揺れた。島民たちは紙灯籠を流す。そこには亡くなった人の名前だけでなく、本土へ移った家族、廃業した船、沈んだ通学路の名前もあった。


 灯は「水瀬海里」と書いた灯籠を手にしていた。八年間、墓にも海にも置けなかった名前だ。


「流さないの?」


 春が隣へ来た。


「流したら、さよならになる気がして」


「さよならって、悪いこと?」


 灯は答えられなかった。春は自分の灯籠を水へ置く。そこには「春」と、その下に小さく「知りたい」と書かれていた。


「ぼくは、知りたい。怖いけど、知りたい」


 灯は兄の灯籠を見た。さよならを避けるために、記憶を抱えているつもりだった。けれど実際には、兄が何を選んだのか知ることから逃げていた。


 灯籠を水面へ置くと、星潮がその周りに集まった。青い粒が紙の底を支え、ゆっくり沖へ運んでいく。


 その瞬間、灯のインプラントが短く鳴った。


『今年も下手な字だな、灯』


 兄の声。からかうようで、泣きそうで。


 灯は涙をこらえず、笑った。


「うるさい」


 春が驚いて灯を見る。陸も、奈津も、美汐も気づいたようだった。けれど誰も何も言わない。港の全員が、それぞれの灯籠を見送っていた。


 祭りの最後、灯台の上から修理した送信器が淡い信号を放った。星潮が港の外へ一本の道を描く。細く、頼りなく、それでも確かに続く道。


 灯はその道を見つめ、海底の鐘へ行くと決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ