第8話 嘘をつく記録
非常記録装置は、灯台の制御室で三度火花を散らした。
「八年海底にあった割には頑固ですね」
陸は絶縁手袋を替えながら、どこか楽しそうに言った。灯は端末のログを睨み続ける。復旧できたデータは断片的だったが、沈没時刻、船体損傷、通信履歴の一部が残っていた。
公式報告書と合わない。
しらなみは、暁環の破片が落ちる前に北へ向かっていた。目的地は海底の航路鐘。船からは何度も救難信号が出されている。だが沿岸データ局の記録では、その信号は受信されていないことになっていた。
「受信されなかったんじゃない」
灯は自分の声が低くなるのを聞いた。
「受信した後、消された」
陸は否定しなかった。代わりに、復元した通信ログの一部を拡大する。送信先には霞庁の前身組織と、オリオン海洋の観測センターが並んでいた。
「当時、暁環の再突入制御を請け負っていたのはオリオンです。事故後の補償で大きな調査権を得た」
「失敗した会社が、調査する側に回った」
「よくある話です。あってはいけないけれど」
春が隅の椅子で膝を抱えていた。奈津は止めたが、本人が灯台にいたがった。記録装置が動くたび、春の胸元の核も淡く光る。
「ぼく、その音を知ってる」
春は通信ログの雑音を指した。
「夢で聞いた。誰かが『門を閉じるな』って言ってた」
「門?」
陸が端末を操作する。雑音の周波数を星潮帯域へ変換すると、ただのノイズが意味を持ちはじめた。
『暁環中継門、閉鎖不能。海面ノードへ退避。繰り返す、退避先は潮ノ島灯台』
機械音声の背後に、若い男の声が混じっていた。
『こちらしらなみ、水瀬海里。島側避難路の同期を優先する。記録槽を開け』
灯は机の端を握った。兄は事故の夜、島の避難路を守ろうとしていた。公式記録では、彼は無謀に危険海域へ入った若い船員として処理されている。
「海里兄さんは、勝手に突っ込んだんじゃない」
胸の奥で、八年間固まっていた怒りが形を変えた。悲しみではなく、熱だった。
そのとき、陸の端末に警告が出た。外部アクセス。オリオン海洋の認証コードが灯台の記録領域を探っている。
「まずい。復元作業を検知された」
「止められる?」
「短時間なら」
陸は回線を切り替え、灯台を島内ローカル網へ隔離した。画面の端で赤い点がいくつも弾かれる。灯は父の隠しフォルダを思い出し、海里の名前がついた封印領域を開いた。
パスコード。
灯は深呼吸した。兄が最後に言った言葉。灯台みたいな顔をしろ。いや、あれは子どもの頃の冗談だ。もっと根本にある言葉。
『灯台は人を待たない』
父の貼り紙を打つと、画面が開いた。
中には、海里が残した短いメモがあった。
『灯へ。もしここまで来たなら、海底の鐘へ行け。そこに僕の全部はない。でも、僕が選んだ理由がある』
灯は目を閉じた。
記録は嘘をつく。嘘をつかせる人間がいる。けれど、消し残された断片は、まだ沈黙を拒んでいた。




