第10話 霞庁の通告
祭りの翌朝、霞庁の正式通告が届いた。
封筒は厚く、紙は白すぎた。そこには星潮灯台の即時停止、未許可記録媒体の提出、漂着者春の身柄移送、そして島北部海域への立入禁止が並んでいた。署名欄には霞庁沿岸復興局とオリオン海洋の連名がある。
灯が役場へ着くと、すでに島民が集まっていた。美汐は通告を握りしめ、奈津は腕を組んで壁にもたれている。春は診療所に残した。知らなくていい言葉が、世の中には多すぎる。
役場のモニターに、オリオン海洋の渉外担当、瀬名梓が映った。整った髪、乱れない口調。彼女は島を見ていない。資料を見ている。
『星潮濃度の上昇は人体および航行機器へ不測の影響を及ぼします。旧灯台設備は規格外であり、住民の安全確保のため停止が必要です』
「新型ブイ網の遅延は?」
灯が聞くと、梓は一拍置いた。
『許容範囲内です』
「その許容範囲で、足の悪い人が高台へ逃げ遅れたら?」
『個別避難計画で対応します』
「その計画を作ったのは父です。灯台を使う前提で」
役場がざわついた。梓の表情は変わらない。
『感情的な議論ではなく、広域復興計画として判断すべきです。潮ノ島の一部移転には十分な補助が用意されています』
「補助で海は買えない」
源三が低く言った。漁師たちがうなずく。一方で、低地に住む若い夫婦が不安そうに目を伏せた。残ることだけが正義ではない。灯はそれも知っている。
陸は後ろの席で黙っていた。彼の立場は危うい。通告に従えば灯台は止まる。逆らえば仕事を失う。
会議の終盤、梓は春のことを切り出した。
『漂着した未成年者は、記録媒体による認知影響を受けている可能性があります。専門施設での保護が必要です』
「保護するなら、本人の同意と医師の判断が必要です」
奈津がきっぱり言った。
『緊急措置の場合、同意は後追いで』
「島の診療所を舐めないでください。私は医師です。あの子は搬送に耐えません」
梓の目がわずかに細くなった。
『水瀬灯さん。あなたが未許可記録を保持していることは把握しています。提出しない場合、灯台への立ち入り権限を停止します』
灯は笑った。自分でも驚くほど静かな笑いだった。
「権限なら、父から預かりました」
『法的な権限ではありません』
「人を逃がす道に必要なのは、法的な権限だけですか」
通信はそこで切られた。役場には重い沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのは、低地の若い父親だった。
「俺は、子どもを危ない島に残したくない。でも、勝手に決められるのも嫌だ」
その言葉で、皆の顔が少し変わった。残るか去るかではなく、自分たちで選べるかどうか。
灯は深く頭を下げた。
「七日ください。灯台が本当に必要か、事故の記録に何が隠されているか、全部出します。その上で、島で決めてください」
役場を出ると、陸が追ってきた。
「七日はありません。停止命令は三日以内に執行されます」
「なら三日でやる」
「海底の鐘へ行くつもりですね」
「はい」
陸は長い沈黙の後、工具ケースを灯へ差し出した。
「僕の予備端末です。庁の管理外回線に繋がります」
「いいんですか」
「設備確認の一環です」
その答えは、もう言い訳には聞こえなかった。




