第11話 灯台を盗む計画
灯台を盗む、と美汐が言った。
言葉だけ聞けば物騒だが、彼女の計画は現実的だった。霞庁の遠隔停止が入る前に、灯台の制御系を島内ローカル網へ切り離す。非常時の避難信号だけは手動で出せるようにし、表向きは停止したように見せる。つまり灯台を場所ごと盗むのではなく、灯台の心臓を島の手に戻すのだ。
「漁協の旧無線網を使えば、外からは死んだ設備に見える」
美汐はホワイトボードへ線を引いた。奈津が救護所、源三が海上監視、陸が制御室、灯が記録槽。春は自分の名前がないことに不満そうだった。
「ぼくは?」
「寝る」
奈津が即答する。
「寝るのは作戦じゃない」
「体力を戻すのは立派な作戦」
春は口を尖らせたが、灯が「灯台にいるだけで助かる」と言うと少し機嫌を直した。
夜、島の有志が灯台へ集まった。誰も大声を出さない。漁師は古い無線機を運び、役場の若者は非常用バッテリーを抱え、菓子屋の老夫婦は差し入れの握り飯を置いていった。残ると決めた人だけではない。本土へ移る準備をしている家族もいた。
「逃げる道がちゃんとあるなら、安心して出ていけるから」
若い母親がそう言った。灯は胸が詰まった。灯台は、島に縛るための鎖ではない。残る人にも去る人にも、同じように道を示すものでなければならない。
陸は制御室で端末を並べ、遠隔停止の鍵を探っていた。
「停止命令が入ると、主送信器が物理ロックされます。解除には庁の鍵が必要です」
「あなた、鍵を持ってないんですか」
「持っていたら、ここまで苦労していません」
陸は言いながら、古い回路図を拡大した。父の書き込みがある。『海里案。正規鍵が死んだ時の裏口』。
灯は思わず笑った。
「兄さん、こういうことだけ先回りする」
「違法改造です」
「褒めてます?」
「かなり」
裏口回路は灯台地下の記録槽へつながっていた。灯は春の記録核を持ち、地下へ降りる。普段は封じられた扉の向こうに、円筒形の水槽があった。水ではなく、星潮を含んだ透明な液体が満ちている。内部で青い粒がゆっくり回り、時折、人の声のような波紋を作った。
記録槽。
星潮灯台は、単に信号を送る塔ではなかった。海に散った記録を受け取り、一時的に保管する場所だったのだ。
春が階段の上から覗いていた。
「寝てるんじゃなかった?」
「寝る作戦は失敗した」
灯は叱ろうとして、少年の顔が青ざめていることに気づいた。春の胸元の記録核が、記録槽と同じリズムで光っている。
「ここ、知ってる」
「思い出した?」
「ぼく、ここから出た気がする」
その瞬間、灯台全体が震えた。遠隔停止の第一波が入ったのだ。制御室から陸の声が響く。
「来ます。三十秒後に主送信器ロック」
灯は記録核を接続台へ置いた。春が手を伸ばし、灯の袖をつかむ。
「開けたら、ぼくは消える?」
灯は少年の目を見た。
「分からない。でも、勝手にはしない。春が嫌なら止める」
春は震えながら、うなずいた。
「知りたい」
灯は接続を開始した。星潮が一斉に明るくなり、灯台の地下に八年前の夜の海が広がった。




